最適解
アレンはマスタールームで、50階層の戦闘を眺めていた。
「また同じところまで来たな」
モニターに映っているのは、以前から何度も50階層に挑戦している勇者候補だった。
何度倒されても諦めずに挑戦する。
そして、挑戦するたびに少しずつ先へ進んでいる。
最初はボスの攻撃を避けることすらできなかった。
それが今では、かなり長い時間戦えるようになっている。
「こいつ、確実に成長してるな」
アレンは素直に感心した。
何度も同じ相手と戦っているのだから、当然といえば当然だ。
しかし、戦闘を見ているうちに、アレンは妙な違和感を覚えた。
「……いや、これって成長なのか?」
勇者候補の動きを見ていると、ボスが攻撃する前から動き始めている。
次にどんな攻撃が来るのか知っているような動きだった。
ボスが右腕を動かす。
勇者候補は即座に回避する。
次に来る攻撃も避ける。
そして、決まったタイミングで反撃する。
「やっぱりそうだ」
アレンは腕を組んだ。
「こいつ、ボスの行動を覚えてるだけじゃないか?」
もちろん、それだけでも簡単なことではない。
何度も敗北しながら、敵の動きを観察して覚えたのだ。
それは間違いなく努力の結果だ。
しかし、アレンには以前から似たような光景を見た記憶があった。
「……30階層のときと同じだな」
以前も、ボスの行動パターンを覚えることで攻略しようとする冒険者がいた。
同じ状況を作る。
同じ攻撃を待つ。
同じタイミングで回避する。
そして、同じタイミングで反撃する。
まるで決められた手順を繰り返しているような戦い方だった。
そのときアレンは、ボスラッシュを作った。
一体のボスだけと戦い続けるのではなく、次々と違うボスを相手にさせる。
相手が変われば、当然覚えたパターンは使えない。
自分で相手を見て判断する必要がある。
「全部倒す頃には、それなりに実力がついてるだろ」
当時のアレンはそう考えた。
実際、それなりの効果はあった。
ただし――。
「37階層のリッチだけは完全に難易度を間違えたけどな」
アレンは苦笑する。
あれは今でも、ちょっとやりすぎたと思っている。
「でも50階層じゃ、同じ方法は使えない」
50階層のボスはAランク。
ここまで来た冒険者を、さらに別のボスと連戦させるような仕組みにする必要はない。
それに、50階層の攻略そのものが一つの大きな試練になっている。
「なら、同じ状況になっても同じ答えが返ってこなければいい」
アレンはボスの設定を確認する。
これまでの50階層のボスは、状況に応じて最適な行動を選んでいた。
つまり、同じ状況を作れば、同じような行動をする。
何度も戦えば、その答えを覚えることができる。
「将棋みたいなものだな」
アレンは呟いた。
「この局面なら、この手が正解って覚えてる」
それなら、その「正解」を一つにしなければいい。
アレンは設定を変更する。
状況ごとに設定されている行動パターン。
その中から、最適解だけではなく、上位三つのパターンを候補にする。
そして、その三つからランダムに一つを選択する。
「これなら同じ局面になっても、毎回同じ攻撃が来るとは限らない」
「はい」
「パターンを覚えてる奴は、これまでの手順が使えなくなる」
「その可能性が高いです」
アレンは満足そうに頷いた。
「よし」
しばらくして、設定変更後の戦闘が始まった。
例の勇者候補が、再び50階層のボスに挑戦している。
そして、以前と同じ局面まで到達した。
アレンはモニターに顔を近づける。
「来るぞ」
勇者候補は、これまで何度も成功してきた動きを取った。
しかし――。
「ん?」
ボスの攻撃が違った。
勇者候補の表情が変わる。
「おお」
回避のタイミングがずれた。
これまでなら余裕を持って避けられていた攻撃が迫る。
なんとか避けようとするが、完全には対応できない。
攻撃を受ける。
「そうそう、それが見たかったんだよ」
アレンは嬉しそうに笑った。
勇者候補は必死に立て直そうとする。
だが、これまで覚えてきた戦闘の流れが崩れている。
次の攻撃にも対応しきれない。
そして、最後には敗北した。
「よし!」
アレンは満足した。
「これで丸暗記だけじゃ突破できない」
しかし――。
別の冒険者が50階層に入った。
アレンはその冒険者の戦いも眺める。
「こいつは……」
先ほどの勇者候補とは動きが違う。
ボスの攻撃を見てから避けている。
相手が何をするのか分からない。
だからこそ、攻撃の予兆を見て、その都度判断している。
「普通に戦ってるな」
その冒険者は、特定のパターンに頼っていない。
だからボスの攻撃が変わっても、それほど動揺しなかった。
「……あれ?」
アレンは首を傾げた。
なんとなく、以前より戦いやすそうに見える。
一度目の攻撃を避ける。
二度目も避ける。
反撃を入れる。
さらに距離を取る。
「なんでこいつ、前より楽そうなんだ?」
アレンが疑問を口にすると、ダンジョンコアが淡々と答えた。
「ボスが最適解を選択しなくなったためです」
「……」
アレンが固まった。
「つまり?」
「以前のボスは、状況に応じて最も効果的な攻撃を選択していました」
「うん」
「現在は、上位三つの行動からランダムに選択しています」
「うん」
「したがって、最適解以外の行動を選択する場合があります」
「……あ」
アレンはようやく理解した。
パターンを覚えて戦っている冒険者。
そういう相手には確かに効果がある。
覚えた通りにボスが動かなくなるからだ。
しかし、最初から相手を見て戦っている冒険者にとっては?
「ボスが最適な攻撃をしてこなくなったんだから……」
「戦いやすくなります」
「……」
アレンはモニターを見る。
普通に戦っている冒険者が、また攻撃を避けた。
そして、反撃を入れる。
「俺、ボスを弱くしてないか?」
「結果としては、そうなります」
「……うっかりしてた」
アレンは椅子に深く座り込んだ。
パターン暗記という攻略法に対抗する。
その目的だけを考えていた。
だから、「最適解を選ばなくなる」ということが、他の冒険者にどう作用するのかまで考えていなかった。
「いや、待て」
アレンは少し考える。
「でも、普通に戦ってる奴には、元々ちゃんと対応できるだけの実力があるんだよな?」
「はい」
「だったら、多少ボスが弱くなっても問題ないか」
「そういう考え方もできます」
アレンは再びモニターを見る。
一方では、これまで覚えてきたパターンが通用せず苦戦する勇者候補。
もう一方では、相手の動きを見ながら戦い、以前より順調に戦えている冒険者。
「同じボスなのに、戦い方によって難易度が変わるのか」
アレンは少し考えてから笑った。
「まあ、これはこれで面白いか」
自分では完璧な対策をしたつもりだった。
ところが、実際に蓋を開けてみれば別の効果まで発生している。
「ダンジョンの設定って、思った通りにはいかないな」
アレンはそう呟きながら、再び戦闘を眺め始めた。
そして、モニターの中では――。
パターンを覚えることをやめ、目の前の敵を見て戦い始めた冒険者が、少しずつ50階層のボスを追い詰めていた。




