ピーちゃんの秘密
アレンがいないマスタールーム。
いつもならアレンがいるはずの部屋には、クロノスしかいなかった。
いや、正確にはもう一人いる。
机の上にちょこんと座っている、小さな存在。
ピーちゃんだ。
「ピー」
いつものように鳴いた。
しかし、その声を聞いているのはクロノスだけだった。
「いつになったら、話せることを明かす気だ?」
『まだその時ではない』
「……やはり、まだか」
ピーちゃんは小さく羽を動かした。
『今はこのままでよい』
「アレンもセレスティアも、お主が普通に会話できるとは思っていないからな」
『そうじゃ』
「本人の前では、ずっと『ピー』だけか」
『そのほうが都合がいい』
「まあ、そうだろうな」
クロノスはピーちゃんを見る。
普段の姿だけを見れば、とてもではないが、普通に会話できる存在には見えない。
「しかし、我を使役できることがおかしい」
『お主ほどの存在を使役しておるのだからな』
「そうだ。普通ならあり得ん」
クロノスは少し考えてから尋ねた。
「お主は抵抗できなかったのか?」
『そもそも抵抗などしておらん』
「……何?」
『抵抗する理由がなかった』
「お主はそれでいいのか?」
『今は毎日が楽しいぞ』
「楽しい、か」
『うむ』
「我は振り回されてばかりじゃ」
『お主も十分楽しんでおるじゃろう』
「それは否定できん」
クロノスは苦笑した。
実際、アレンに振り回される毎日は退屈とは無縁だった。
ダンジョンを守り、冒険者を眺め、新しいものを見て、時には意味の分からないことまでさせられる。
以前なら考えられなかった生活だ。
「それにしても、お主は不思議な奴だな」
『お主に言われたくはない』
「それもそうだな」
二人の間に、しばらく沈黙が流れる。
やがてクロノスが、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、お主は地域によっては神にも等しい存在じゃないのか?」
『神ではない』
「ほう」
『我は神ではない』
「だが、神として崇めている者もいるのだろう?」
『それは地上の者から見れば、そう見えるというだけじゃ』
「では、神とは何なのだ?」
鳳凰は少しだけ間を置いた。
『神とは、星を創造できる存在じゃ』
「……星を?」
『そうじゃ』
「星を創造する?」
『我にはできん』
クロノスは黙り込んだ。
『我は地上では強大な存在じゃ。地域によっては神にも等しいとされることもある』
『じゃが、本当の神とは違う』
「なるほどな」
『神と我では、そもそもの規模が違う』
「どれほど違う?」
『あんな星をつまんで潰せるような高位な存在もおる』
「……」
クロノスは言葉を失った。
「星をつまんで潰せるのか?」
『そういう存在もおる』
「それはもう、我々とは別の世界の話だな」
『そうじゃ』
「我など、せいぜい地上を支配するのが精一杯じゃ」
『我も同じじゃ』
クロノスは少し考えた。
そして、突然笑い出した。
「そう考えると、ワシとお主がおれば魔王も心配ないな」
『魔王など我の敵ではないわ』
「即答か」
『当然じゃ』
「魔王が聞いたら泣くぞ」
『知らぬ』
「まあ、我も魔王程度なら敵ではないがな」
『ならば問題ない』
クロノスはピーちゃんを見る。
小さな体。
いつもは「ピー」としか鳴かない。
そんな姿を見ていると、先ほどまで話していた内容が嘘のように思えてくる。
「しかし……」
クロノスは笑みを浮かべた。
「本当に誰も、お主がこんなに普通に話せるとは思っていないだろうな」
『だから今は秘密なのじゃ』
「いつまで続けるつもりだ?」
『まだその時ではない』
「またそれか」
『まだその時ではないのじゃ』
「……まあ、いい」
クロノスはそれ以上追及しなかった。
ピーちゃんも、それ以上は何も語らない。
二人だけの会話。
アレンも知らない。
セレスティアも知らない。
いつも「ピー」と鳴いている小さな鳳凰が、実は普通に会話をしていることを。
その秘密は、まだ誰にも明かされる時ではなかった。




