アレンの正座
アレンは正座をしていた。
正確にいえば、正座をさせられていた。
ことの始まりは、宝くじ箱に届いた一枚の手紙だった。
差出人はセレスティア。
内容は簡単なものだった。
面会したい。
それだけだった。
アレンはしばらく手紙を眺めていた。
正体がばれている以上、無視するわけにもいかない。
セレスティアがその気になれば、王妃様に話すこともできる。
それだけは避けたい。
アレンは仕方なく面会を受けることにした。
場所は10階層のボス部屋。
セレスティアがやってくる。
「久しぶりですね」
「そうだな」
アレンは椅子に座ったまま答える。
「それで、何の用だ?」
少し強気に出てみる。
するとセレスティアは、にっこりと笑った。
「私にそんな態度でいられるのかしら?」
「どういう意味だ?」
「王妃様にばらすわよ」
「ごめんなさい。言わないでください」
即座に謝った。
セレスティアは満足そうに微笑む。
すでに上下関係は逆転していた。
ダンジョンマスターであるアレンが、セレスティアに頭が上がらない。
なんとも情けない話である。
「それで、本当に何の用なんだ?」
「ダンジョンの運営について見てみたいわ」
「運営?」
「ええ。普段、あなたが何をしているのか気になって」
セレスティアはボス部屋を見回す。
「ここでダンジョンを管理しているの?」
「ここじゃない」
「では、どこ?」
アレンは少し迷った。
マスタールームを見せることには抵抗がある。
そこはダンジョンの中枢だ。
しかし、セレスティアにはすでに正体を知られている。
ここで隠しても意味がない。
「……分かった。こちらへどうぞ」
アレンは立ち上がった。
セレスティアを連れてマスタールームへ向かう。
扉を開ける。
「ここがマスタールームだ」
「まあ……」
セレスティアが部屋の中を見渡す。
そこには大量のモニターが並んでいた。
ダンジョン内の様々な場所が映し出されている。
「これが全部?」
「そう」
「何をしているの?」
「基本的にはダンジョンの監視と管理だな」
アレンが説明する。
「冒険者がどこにいるか確認したり、町の様子を見たり、必要があれば施設を動かしたりする」
セレスティアはモニターの一つに目を向けた。
そこにはダンジョン内の町が映っていた。
人々が歩き、店が営業し、馬車が行き交っている。
「これは何かしら?」
「町の様子が見られる」
「この画面で?」
「そう」
「動かせるのかしら?」
「もちろん」
アレンが操作すると、映像が切り替わる。
別の通り。
別の店。
さらに別の場所。
セレスティアは興味深そうに画面を眺めていた。
「本当に全部見られるのね」
「ダンジョン内ならな」
「便利ね」
「便利すぎて、逆にやることがなくなることもあるけどな」
アレンはそう呟いた。
セレスティアが別のモニターを見る。
「これは?」
「ホテル」
「こちらは?」
「商店街」
「これは?」
「農場」
次々と質問される。
アレンは一つ一つ答えていく。
セレスティアはしばらくモニターを眺めていたが、突然こちらを向いた。
「王妃様の様子が見たいわ」
「王妃様?」
「ええ」
アレンは少し考えてから操作する。
「こちらです」
画面に王妃様が映し出された。
自宅で紅茶を飲みながら、メイドと談笑している。
「本当に見られるのね」
「ダンジョン内ならな」
セレスティアは画面を眺めている。
王妃様は何も知らず、楽しそうに話をしている。
「これなら、離れていても様子が分かるのね」
「そういうことだ」
「便利なものね」
しばらく画面を見ていたセレスティアが、ふと思い出したようにアレンを見る。
「そういえば」
「何だ?」
「あなた、やたらと洋服を送ってきますよね」
「そうですね」
「どうして?」
「喜んでもらえるから」
「それだけ?」
「それだけ」
セレスティアがじっとアレンを見る。
「……」
「……」
嫌な予感がする。
「着替えているところも見ているの?」
「ソンナコトナイデス」
アレンの返事が片言になった。
「怪しいわね」
「気のせいです」
「本当に?」
「本当です」
セレスティアはモニターとアレンを交互に見る。
そして、さらに嫌な質問をした。
「まさか、お風呂までは?」
アレンは黙った。
そんな機能はある。
だが、さすがに見ない。
……見ないようにしている。
プライベートな空間まで覗く趣味はない。
たぶん。
きっと。
セレスティアの目が細くなる。
「見てますね」
「……ノーコメントで」
「本当は?」
「……」
答えられない。
「アレン」
名前を呼ばれた。
「はい」
「風呂とトイレと寝室は、見られないようにしなさい」
「はい」
アレンはすぐにダンジョンコアへ指示を出す。
「これでいいだろ?」
「寝室もよ」
「分かってる」
「王妃様だけではなく、ダンジョンに住んでいる全員よ」
「はい」
セレスティアは満足そうに頷いた。
そして、もう一つ思いついたように言う。
「それから」
「まだあるのか?」
「正座しなさい」
「……はい」
アレンはその場に正座した。
こうして、ダンジョンマスターはマスタールームで正座することになった。
セレスティアは満足そうに椅子へ座る。
「さて」
「……はい」
「続きを見せてちょうだい」
「何を?」
「ダンジョンマスターの仕事を」
アレンは正座したまま、マスタールームのモニターを操作することになった。
ダンジョンの全てを管理できるはずの男が、一人の令嬢に命令されている。
その光景を見たら、誰もアレンがダンジョンマスターだとは信じないだろう。
しかしアレンは、もう諦めていた。
セレスティアに正体がばれた時点で、こうなる運命だったのかもしれない。




