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罠の設置

アレンは、最近の冒険者たちの動向を調べていた。


ダンジョンを運営する以上、どんな冒険者が、どの階層まで進み、どれくらいの時間を滞在しているのか。


それを把握しておく必要がある。


「冒険者見習いは一階層と二階層が中心か」


一階層はダンジョンに入ったばかりの冒険者でも進める。


二階層になると少しだけ敵が強くなるが、まだ見習いでも十分に対応できる。


そして三階層。


「新人冒険者になると、三階層と四階層が多いな」


アレンは記録を確認する。


三階層から先になると、明らかに冒険者の動きが変わっていた。


一階層や二階層では、モンスターを見つけるとすぐに倒して先へ進む。


ところが三階層以降では、敵の位置を確認し、周囲を警戒しながら進む冒険者が増える。


「五階層から九階層は……まばらだな」


この辺りまで来られる冒険者は多くない。


初心者向けのGランクダンジョンなのだから当然だった。


一度攻略できるようになった冒険者は、もっと上のランクのダンジョンへ移っていく。


「十階層はさらに少ない」


十階層まで来る冒険者は、このダンジョンの適正を越えたベテランばかりだった。


Gランクダンジョンとしては、そこまで到達できれば十分すぎる。


アレンは記録を眺めながら、ふと思った。


「……待てよ」


冒険者の動きを記録しているうちに、別のことが気になってきた。


ダンジョンにはポイントがある。


冒険者がダンジョンに滞在することで入ってくるポイント。


そして、冒険者がダメージを受けることでもポイントが入る。


「冒険者同士の喧嘩でもポイントが入ってたんだよな」


最初は偶然だと思っていた。


だが、何度か記録を確認してみると間違いない。


冒険者がダメージを受ける。


すると、その分だけダンジョンにポイントが入る。


「だったら……」


アレンは椅子に座ったまま、腕を組む。


「罠で怪我をしてもらえばいいんじゃないか?」


罠を設置する。


冒険者が踏む。


ダメージを受ける。


ポイントが入る。


「完璧だな」


しかし、すぐに問題に気づいた。


「いや、怪我が大きすぎたら困るな」


冒険者が大怪我をしたら、治療のために町へ戻る。


場合によっては、その冒険者が二度と来なくなるかもしれない。


それでは本末転倒だ。


「痛いけど怪我しないくらいがいい」


アレンは日本の道具を思い浮かべる。


そして、ひとつ思いついた。


「水風船」


水とゴム。


どちらも安い。


水風船そのものも大量に用意できる。


しかも、勢いよく飛ばせば結構痛い。


「これならいいか」


アレンはさっそく試作品を作る。


罠を踏む。


すると、水風船が飛んでくる。


当たれば痛い。


だが、水なので怪我はしにくい。


「よし」


設置場所は三階層。


新人冒険者が最も多く訪れる階層だ。


一階層や二階層にいきなり罠を設置するより、少し慣れてきた三階層から設置したほうがいい。


「三階層なら、冒険者も警戒するだろう」


アレンは三階層の通路に罠を設置した。


見た目は普通の床。


罠があることを知らせる看板もない。


踏めば作動する。


準備は完了した。


そして、その日の午後。


一組の新人冒険者パーティーが三階層へやってきた。


「三階層まで来ると、敵も少し強くなるな」


「気を抜くなよ」


「分かってるって」


彼らは一階層、二階層と進んできた。


三階層に入ったことで、少しだけ緊張感が増している。


しかし、まだ罠の存在までは考えていなかった。


「この辺りには敵はいないみたいだな」


先頭を歩いていた冒険者が、通路を進む。


そして――。


カチッ。


「……ん?」


足元から小さな音がした。


冒険者が動きを止める。


「なんか踏んだぞ」


後ろにいた仲間も立ち止まった。


「何を踏んだ?」


「分からない。今、カチッて音がした」


「周りを警戒しろ!」


全員が一斉に周囲を見る。


前。


後ろ。


壁。


天井。


そして足元。


「何もないぞ?」


「罠じゃないのか?」


「でも、確かに音がしたぞ」


しばらく待っても何も起こらない。


「……何だったんだ?」


先頭の冒険者が少しだけ足を動かした。


その瞬間。


プシューッ!


「うわっ!」


何かが高速で飛んできた。


「痛っ!」


水風船が冒険者の胸に命中する。


パァン!


水が弾け、冒険者の服がびしょ濡れになった。


「なんか飛んできたぞ!」


「どこからだ!?」


「分からない!」


全員が慌てて周囲を見る。


しかし、飛んできたものはもう存在しない。


床に水が残っているだけだ。


「……冷たい」


胸元を確認する。


怪我はない。


服が濡れただけだった。


「攻撃されたのか?」


「いや、攻撃にしては弱すぎるだろ」


「でも、罠なのは間違いない」


冒険者たちは慎重に周囲を調べる。


すると、先ほど踏んだ場所に小さな仕掛けがあることが分かった。


「やっぱり罠だ」


「三階層から罠があるのか?」


「今までなかったから油断してたな」


パーティーの全員が顔を見合わせる。


「ここからは気を引き締めろ」


「足元をよく見て進もう」


それから彼らの進み方は明らかに変わった。


一歩進む。


止まる。


足元を見る。


周囲を見る。


また一歩進む。


以前なら普通に歩いていた距離なのに、なかなか先へ進まない。


アレンはそれを見ていた。


「おお……」


これは予想していなかった。


冒険者が慎重になっている。


罠そのもののダメージは小さい。


だが、罠が存在すると知られたことで、冒険者が警戒している。


「これなら滞在時間が伸びるな」


アレンはすぐに記録を確認した。


三階層に入ってからの経過時間。


以前のパーティーと比較する。


「やっぱり遅くなってる」


アレンはポイントの増加量も確認する。


「……あれ?」


思ったほどポイントが増えていない。


水風船ではダメージが小さすぎる。


「ダメージが少なすぎるな」


アレンは素直に認めた。


怪我をさせるどころか、ほとんど濡らしただけだ。


「これじゃ、ダメージによるポイントはほとんど入らないか」


アレンの狙いは外れた。


しかし――。


「でも、滞在時間は伸びてる」


冒険者が歩く速度を落とせば、それだけダンジョン内にいる時間が長くなる。


長く滞在してもらえれば、それだけポイントが入る。


「なるほど」


アレンは少し嬉しくなった。


「別に怪我をさせなくてもいいんだな」


目的は冒険者を傷つけることではない。


ダンジョンを運営することだ。


だったら、こういう小さな仕掛けでも十分意味がある。


「水風船、悪くないじゃないか」


その後も三階層を訪れる冒険者たちは、同じ罠に引っかかった。


カチッ。


「止まれ!」


プシューッ!


「痛っ!」


「何だこれ!?」


「水か?」


「罠だ! この階層には罠があるぞ!」


一組。


また一組。


罠の存在が冒険者たちの間に広まっていく。


そして三階層では、以前よりもゆっくり歩く冒険者が増えていった。


アレンはその様子を眺めながら、満足そうに頷いた。


「三階層から罠があるって覚えてもらえればいい」


ポイントを確認する。


罠によるダメージで入るポイントは、ほとんどない。


しかし、滞在時間によるポイントは確実に増えている。


「ダメージ目的としては失敗だけど、結果的には成功か」


アレンは水風船の罠を撤去しなかった。


三階層に入った冒険者が、必ず足元を気にするようになる。


それだけで、ダンジョンに長く滞在してくれる。


「次は、もう少しだけ面白い罠を考えてみるか」


アレンの頭の中では、すでに次の実験が始まっていた。

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