表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/23

第二十一話

 荘厳な鐘の音が、王都全体へと鳴り渡った。

高く、澄み切ったその音は、

まるでこの国の歴史そのものが新たに書き換えられる瞬間を告げているかのようだった。


「ここに――カイル・クロースを、第十代イリーナ王国国王に任命する」

 重々しい宣言が大広間に響いた瞬間、空気がわずかに震えた。

そして次の瞬間――割れんばかりの拍手が、空間を埋め尽くした。

広間に詰めかけた貴族たち、各機関の長、騎士団、そして招かれた民衆。

その誰もが、新たな王の誕生を讃えていた。


 私は、その光景を少し離れた場所から見つめていた。

玉座の前に立つカイルは、以前と何も変わらない顔をしているようで、

どこか威厳を備えた堂々とした横顔に見えた。

(……本当に、この国の王様になってしまったんだな)

 そう思った瞬間、自分でも驚くほど胸がきゅっと締め付けられた。

ほんの少し前まで、同じ泥にまみれて、同じ場所に膝をついて、同じ図面を覗き込んでいた人なのに。

今はもう、あの人は――国そのものを背負う存在になっている。


 それでもカイルは、群衆の中にしっかりと顔を向けて、挨拶をした。

そして、その中に私を見つけたように、ほんの一瞬だけこちらへ微笑んだ。

その視線が重なった瞬間、胸の奥にあった不安が、すっと溶けていった。

(……大丈夫)

あの人は、変わっていない。変わったのは、立つ場所だけだわ。


 式典の後、王宮は一気に祝祭の空気に包まれた。

大広間では音楽演奏会や国の成り立ちの演劇が上演され、

噴水広場、新生科学図書館、中庭回廊、玄関ホール――私たちが関わったすべてが公開された。

街は途轍もない熱狂と歓喜に満ちていた。


 噴水広場で行われた表彰式では、ブルーノとシャオンが勲章を受け取った。

「カイル国王、このような栄誉を賜り、光栄の極みです」

「この仕事に関われたこと、一生の誇りにいたします」

二人は深く膝をつき、頭を垂れる様子を見て、私とルカは安堵の息を吐いた。


……本当に、やっとの思いでここまで来た。

計画完了まで--あともう少し。


-------


その夜。

王宮の誰もが祝杯に酔いしれ、騎士も使用人も街の喧騒へ消えていった頃。

……私たちの、最後にして最大の極秘任務が始まった。


「本当にさー、こんな日にわざわざとんでもないこと持ってこなくても……」

キリアンは何度も呆れたように、大きなため息をついていた。

「今でしょ?逆に今しかないっしょ。何言ってんの?」

ルカは迷いなく言い切って、作業着の袖を捲り上げながら地下0階へと駆け降りていく。

二人が言い合う様子を見て笑いながら、私とカイルも後を追った。


「ルカの言う通り。お祭り騒ぎで人が出払ってる今以上の好機はない」

カイルもまた、豪華な王礼服を脱ぎ捨て、作業着に着替えていた。

そのギャップが私の胸をときめかせる。

「だからって……!ありえないよ!

何も王位継承式の夜に、新王自ら地下で泥まみれの引っ越し作業なんてーーー!!!」

キリアンの悲鳴にも似た声が響く地下0階。

すぐ上の階の王室居住空間にまで響いているかもしれないが、今はそこに誰もいなかった。

私のすぐ横にいる王も、

キリアンとルカの様子を見て大きな声で笑っていた。


百年前の秘密が眠り続けていた場所で今ーー。

--新しい未来のために、大移動が始まろうとしていた。


「――いくよ!」  

ルカの合図で、4人で魔術を唱えると、魔力が一つに重なった。

まるで、大地そのものが目を覚ましたかのようだった。

パイプの中の黄金が蜂蜜のようにとろけていく。

やがて温度の上昇とともに金は滑らかさを増し、サラサラと暗黒の配管を勢いよく流れ始めた。

パイプの随所にはめてある耐熱石英ガラスから、金の流れを確認しながら魔法の手を進めた。

この国の血流のように、黄金が流れる光景は圧巻だった。


「ルカ、玄関ホールへの流れは順調だ。そのまま行ける」

キリアンが大きな声を上げて、こちらへ目線を送った。

「よかった。バイオレット、じゃあ後で!」

ルカとキリアンが上流へ移動すると、私はカイルと共に下流の調整に回った。

大量の黄金が固まらないよう、魔力をさらに補填しながら硬度を調整し、

最後の一滴までを地下の骨組みへと封じ込めようとしていた。

最大限の魔力を放出ていて、汗が滝のように噴き出してくる。

ほんのわずかな誤差が、国の明暗を分けてしまう。

失敗は許されない。


「バイオレット、この一本だけ流れが詰まりそうだ」

王の間の下から曲がってすぐのパイプを指差し、カイルが声を上げた。

「一度温度上げてダメなら、風の魔術を強めて流せるはず」

「わかった!」

他のパイプの移動を確認してから、私はカイルの方へ様子を見に行くと、彼は静かに頷いていた。

「言われた通りにしたら、ちゃんと流れたよ!」

「よかった」

私たちは笑顔で目を合わせると、また魔法の手に力を込めていた。

金を指定位置まで移動すると、すぐに蓋をして一気に冷却作業で封鎖した。

金の移動作業が終わる頃には、カイルも汗だくで髪がびっしょり濡れていた。

「生まれたての子鹿みたいにびしょびしょになってる」

汗を腕で拭う王は笑いながらそう呟いた。

街を歩いている若い労働者のような王の姿が眩しく、美しくて、ーー

私の胸がとても熱く、強く早鐘を打った。


「そっちも終わった〜?」

「こっちも順調に終わったよ!」

上からキリアンとルカが顔を出した。

「まだまだ一番の体力作業が待ってるわね」

ルカも手ぬぐいで汗を拭きながら、全員でまた王の間の地下へ戻る。

黄金が抜けた後のルビーやエメラルド、ダイアモンドなどの宝石類が大量に残っていた。

それらは大量に袋に詰めて、全て四人の手や台車で運ぶしかなかった。

実質、一番の重労働はここだった。

「一個くらいほしいな」

キリアンがそう言葉にすると、誓約魔法の腕の印がブワッと青い炎をあげた。

「いてててて!!」

「大丈夫だ。ちゃんと労働の証として時給分はあげるから」

その王の言葉に、炎が反応したのか、すぐにキリアンの腕に戻った。

「これからまだまだ肉体労働残ってるのにーー!」

「身から出た錆でしょ」

キリアンに鋭く突っ込んだルカは笑って、彼の腕に軟膏を塗って包帯を巻いてあげていた。


宝石の移動は思っていた以上の重労働だった。

「……重、い……」

「死ぬ……腰が……」

「苦しい」

「もう見たくもない」

ルカとキリアンだけでなく、カイルと私も文句や弱音を吐きまくっていた。

息も絶え絶えに何往復もして運び終え、最後の一袋を巨大な柱の内側に封じ込めた。


 すべての工程が終わったとき。

そこに残っていたのは――ただの、古びた煉瓦の空間だった。

誰が見ても、価値など見出さないだろう。

けれど、その内側には、この国の未来が静かに封じられている。

「百年後、ここ見つけた人が何を思うかな」

「ただの倉庫かワインセラー?」

「ああ、もう酒飲みたい」

「夢ないなぁ……」

軽口を叩き合いながら、私たちは最後の封印を施す。

扉に暗号魔法を重ね、地下0階を再び歴史の闇へと封印した。

 

こうして長い長い、あまりにも長い一日をかけて、

――やっとすべての極秘プロジェクトが終わった。


-------


 キリアンの部屋に戻った私たちは、泥だらけのままソファになだれ込んだ。

チーズとパン、そしてとっておきのワインを並べた。

変わるがわるにお湯を浴び、ラフな格好に着替えながら、次々とボトルが開けられていく。

「はあああ、これで本当に終わった!!」

「お疲れ!」

みんなで何度もグラスを乾杯した。

「ちょっと、あんた他にもハム隠してたでしょ?出しなさいよ」

「ええー」

 騒がしい二人のやり取りに、思わず笑みがこぼれた。

カイルも、珍しく声を立てて笑っている。

王としてではなく、一人の青年らしい笑顔が愛らしく見えてしょうがなかった。


 やがて、時間がゆっくりと流れ--白々とした夜明けの光が差し込み始める頃。

ルカがグラスを傾けながら、ぼんやりと天井を見上げる。

「ここさ、窓がひとつもないのに、なんで朝になるとこんなに明るいの?」

「鏡を複雑に組み合わせた採光装置があるんだよ」

キリアンの声に、ルカはどうでも良さそうに答えた。


「あーあれか。

それにしてもこんな朝から全員が酔い潰れてる国なんて、

やばい国の連中が知ったら一気に、攻められちゃうわね」

「だから俺たち騎士団は、ワインに強いから大丈夫だって」

「あんた、、、あんなに飲みたい飲みたい騒いでたくせに、酔っ払いもせずに飲んで何が楽しいの?」

ルカとキリアンがまたおかしな会話を繰り広げている横で、

カイルは机に突っ伏したまま眠っていた。

頬がほんのり赤く染まっている。


「かわいい……お酒、弱かったのかな?」  

彼の色づいたおでこを指でつつくと、ルカが即座に突っ込みを入れる。

「いやいや、一人でワイン七本も空けて酔わない奴がいたら化け物だから」

ルカに続いて、キリアンもこちらを見て笑顔だった。

「……まあ、今日はさすがに疲れたんでしょ。国を背負う王になったんだから」

(そうか、この人は、もう王なんだな)


そう思い直しながら、彼の頬に手を当て、耳元へ近づいてみた。

「王、私ね、今は手が自由に動くの。何でも頑張るし、どんな形でも支えたいと思ってるからね」

そう耳元に囁き、手を引こうとすると、

カイルは私の手を強くぎゅっと握って、私の手にキスをした。

そして、その手のひらに頬擦りしてきた。

可愛らしい猫のような仕草に、胸がときめく。

「ありがとう、バイオレット」

「起きてたの?」

「うん」

新しい時代の、清々しい光の中。ーー

私たちは見つめあって、うっとりと微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ