第二十一話
荘厳な鐘の音が、王都全体へと鳴り渡った。高く、澄み切ったその音は、まるでこの国の歴史そのものが新たに書き換えられる瞬間を告げているかのようだった。
「ここに――カイル・クロースを、第十代イリーナ王国国王に任命する」
重々しい宣言が大広間に響いた瞬間、空気がわずかに震えた。そして次の瞬間――割れんばかりの拍手が、空間を埋め尽くした。広間に詰めかけた貴族たち、各機関の長、騎士団、そして招かれた民衆。その誰もが、新たな王の誕生を讃えていた。
私は、その光景を少し離れた場所から見つめていた。玉座の前に立つカイルは、以前と何も変わらない顔をしているようで、どこか威厳を備えた堂々とした横顔に見えた。
(……本当に、この国の王様になってしまったんだな)
そう思った瞬間、自分でも驚くほど胸がきゅっと締め付けられた。ほんの少し前まで、同じ泥にまみれて、同じ場所に膝をついて、同じ図面を覗き込んでいた人なのに。今はもう、あの人は――国そのものを背負う存在になっている。
それでもカイルは、群衆の中にしっかりと顔を向けて、挨拶をした。そして、その中に私を見つけたように、ほんの一瞬だけこちらへ微笑んだ。その視線が重なった瞬間、胸の奥にあった不安が、すっと溶けていった。
(……大丈夫)
あの人は、変わっていない。変わったのは、立つ場所だけだわ。
式典の後、王宮は一気に祝祭の空気に包まれた。大広間では音楽演奏会や国の成り立ちの演劇が上演され、噴水広場、新生科学図書館、中庭回廊、玄関ホール――私たちが関わったすべてが公開され、街は歓喜に満ちていた。
噴水広場で行われた表彰式で、ブルーノとシャオンが勲章を受け取った。
「カイル国王、このような栄誉を賜り、光栄の極みです」「この仕事に関われたこと、一生の誇りにいたします」
二人は深く膝をつき、頭を垂れる様子を見て、私とルカは安堵の息を吐いた。
本当に、ついにここまで来た。計画完了まで--あともう少し。
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その夜。王宮の誰もが祝杯に酔いしれ、騎士も使用人も街の喧騒へ消えていった頃。……私たちの、最後にして最大の極秘任務が始まった。
「本当にさー、こんな日にわざわざとんでもないこと持ってこなくても……」
キリアンは何度も呆れたように、大きなため息をついていた。
「今でしょ?逆に今しかないでしょ。何言ってんの?」
ルカは迷いなく言い切って、作業着の袖を捲り上げながら地下0階へと駆け降りていく。二人が言い合う様子を見て笑いながら、私とカイルも後を追った。
「ルカの言う通り。お祭り騒ぎで人が出払ってる今以上の好機はない」
カイルもまた、豪華な王礼服を脱ぎ捨て、作業着に着替えていた。そのギャップが私の胸をときめかせる。
「だからって……! 何も王位継承式の夜に、新王自ら地下で泥まみれの引っ越し作業なんてーーー!!」
キリアンの悲鳴にも似た声が響く地下0階。
百年前の秘密が眠り続けていた場所で今。--新しい未来のために、大移動が始まろうとしていた。
「――いくわよ!」
ルカの合図で、4人の魔力が一つに重なる。まるで、大地そのものが目を覚ましたかのようだった。
グゴゴゴ……。
まるで、大地そのものが目を覚ましたかのような音だった。パイプの中の黄金が蜂蜜のようにとろけていく。やがて温度の上昇とともに金は滑らかさを増し、サラサラと暗黒の配管を勢いよく流れ始めた。パイプの随所にはめてある耐熱石英ガラスから、金の流れを確認しながら魔法の手を進めた。まるでこの国の血流のように、黄金が流れる光景は圧巻だった。
「ルカ、玄関ホールへの流れは順調だ。そのまま行ける」
「よかった。バイオレット、じゃあ後で!」
ルカとキリアンが上流へ移動すると、私はカイルと共に下流の調整に回った。
充填される黄金が固まらないよう魔力で硬度を調整し、最後の一滴までを地下の骨組みへと封じ込めようとしていた。ほんのわずかな誤差が、国の明暗を分けてしまう。失敗は許されない。
「バイオレット、この一本だけ流れが詰まりそうだ」
王の間の下から曲がってすぐのパイプを指差し、カイルが声を上げた。
「一度温度上げてダメなら、風の魔術を強めて流せるはず」
「わかった!」
他のパイプの移動を確認してから、私はカイルの方へ様子を見に行くと、カイルは静かに頷いていた。
「言われた通りにしたら、ちゃんと流れたよ!」
「よかった」
私たちは笑顔で目を合わせると、また魔法の手に力を込めていた。
金を指定位置まで移動すると、すぐに蓋をして一気に冷却作業で封鎖した。
その後は、黄金が抜けた後のルビーやエメラルド、ダイアモンドなどの宝石類は大量に袋に詰めて、全て四人の腕で運んだ。実質、一番の重労働はここだった。
「……重、い……」
「死ぬ……腰が……」
ルカとキリアンは文句を言いながら、息も絶え絶えに何往復もして運び終え、最後の一袋を巨大な柱の内側に封じ込めた。
すべての工程が終わったとき。そこに残っていたのは――ただの、古びた煉瓦の空間だった。誰が見ても、価値など見出さないだろう。けれど、その内側には、この国の未来が静かに封じられている。
「百年後、ここ見つけた人が何を思うかな」
「ただの倉庫かワインセラー?」
「ああ、もう酒飲みたい」
「夢ないなぁ……」
軽口を叩き合いながら、私たちは最後の封印を施す。扉に暗号魔法を重ね、地下0階を再び歴史の闇へと封印した。
こうして――やっとすべてが終わった。
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キリアンの部屋に戻った私たちは、泥だらけのままソファになだれ込み、チーズとパン、そしてとっておきのワインを並べた。変わるがわるにお湯を浴び、ラフな格好に着替えながら、次々とボトルが開けられていく。
「はあああ、これで本当に終わった!!」
「お疲れ!」
みんなで何度もグラスを乾杯した。
「ちょっと、あんた他にもハム隠してたでしょ?出しなさいよ」
「ええー」
騒がしい二人のやり取りに、思わず笑みがこぼれた。カイルも、珍しく声を立てて笑っている。王としてではなく、一人の青年らしい笑顔が、私にはとても眩しく見えた。
やがて、時間がゆっくりと流れ--白々とした夜明けの光が差し込み始める頃。ルカがグラスを傾けながら、ぼんやりと天井を見上げる。
「ここさ、窓なんてないのに、なんで朝になるとこんなに明るいの?」
「鏡を複雑に組み合わせた採光装置があるんだよ」
キリアンの声に、ルカはどうでも良さそうに答えた。
「あっそ。あー、、、それにしてもこんな朝から全員が酔い潰れてる国なんて、やばい国の連中が知ったら一気に、攻められちゃうわね」
「だから俺たち騎士団は、ワインに強いから大丈夫だって」
「あんた、、、あんなに飲みたい飲みたい騒いでたくせに、酔っ払いもせずに飲んで何が楽しいの?」
ルカとキリアンがまたおかしな会話を繰り広げている横で、カイルは机に突っ伏したまま眠っていた。頬がほんのり赤く染まっている。
「かわいい……お酒、弱かったのかな?」
彼の色づいたおでこを指でつつくと、ルカが即座に突っ込みを入れる。
「いやいや、一人でワイン7本も空けて酔わない奴がいたら化け物だから」
ルカに続いて、キリアンもこちらを見て笑顔だった。
「……まあ、今日はさすがに疲れたんでしょ。国を背負う王になったんだから」
(そうかー、この人は、もう王なんだな)
そう思い直しながら、彼の頬に手を当て、耳元へ近づいてみた。
「王、私ね、今は手が自由に動くの。何でも頑張るし、どんな形でも支えたいと思ってるからね」
そう耳元に囁き、手を引こうとすると、カイルは私の手を強くぎゅっと握って、私の手にキスをして、頬擦りしてきた。
「ありがとう、バイオレット」
「起きてたの?」
「うん」
新しい時代の、清々しい光の中。私たちは見つめあって、うっとりと微笑んだ。




