第二十話
(キリアン視点)
キリアンは午前中のうちに、騎士団をまとめ、午前九時の水道塔で張り込んでいた。各自が階段の下や塔の影、物置の横に隠れて、犯人達が来るのをひっそりと待っていた。
「お父様、ここよ」
深くローブを被った二人の怪しい影が、北棟の給水塔の一番奥まで登っていった。水道塔の滝を受ける水道のカラクリを支える支柱部分を覗き見て、そのおもりの先を辿ろうとしていた。
「だいぶ重いな」
「水浸しになってしまうわ」
二人が必死になって、上から錘を引き上げようと確認しているところへーー。騎士団が取り囲み、キリアンは一歩前へ出た。
「残念。そこまでだったね。エメラルダ・ダグラス、ここに逮捕状を持ってきた」
騎士団に囲まれた二人は、水道のお守りへの手を離し、後退りした。
「一体どういうことだ?ちゃんと説明しろ」
「ありえないわ。何しにきたのかしら」
シラを着る親子のもとへ、キリアンは令状を叩きつけた。
「君は王子を誘拐して毒を飲ませた罪だ。父上は誘拐教唆罪が出ている。俺がこの目であなたが王子に毒を飲ませているのをしっかり見た」
「何を言ってるんだ?彼女は王子の婚約者だぞ。頭が高い!無礼者め」
キリアンの言葉にも一切怯まない父親は、剣を突きつけて騎士団を威嚇した。
「そうよ。王子と王妃を呼んでちょうだい!絶対にありえないわ!!こんなの、陰謀よ!王子!王子!」
彼女の絶叫が塔に響き渡ったその時、重厚な扉が静かに開いた。そこからゆっくりと歩み出た影を見て、エメラルダの顔から一瞬にして血の気が引いていく。
「呼んだかな?エメラルダ。僕の記憶がないとでも思ってるのか?昨日のこと、全て覚えているよ」
掠れた、けれど芯の通ったその声。毒を浄化したばかりで、まだ顔色は青白い。
「カイル王子……!? なぜ、貴方がここに……」
「貴女が僕の耳元で囁いた不快な言葉も、薬の味も、すべて覚えているよ」
「昨日、解毒薬と引き換えに、と言われて俺が吐いた場所に、まんまと現れるなんて、、、いくらなんでも愚直すぎる」
昨日の朝、急に王と王妃から、エメラルダとの婚約の話を切り出された王子は、叔父のダグラス侯爵の元へ話をしにいった。そこで頭を強打され、拘束されて、使用人の部屋へ隠されてた。そこで、激しい苦痛と共に真実を吐かせる薬を飲まされて、彼らの使用人達に拷問されていた。意識を失うほどの苦痛の中、最後にエメラルダが現れ、苦痛をなくす薬を与える代わりに財宝の場所をはくよう言われたのだった。
「この国の財宝は全て、新しい王宮改築に全て投じた。無駄骨だったな」
毒を吐き出してまだわずかな時間だったが、王子は立ち上がって、エメラルダの達を一網打尽にしにきていた。彼の笑い声に、エメラルダとその両親は顔を歪めて泣き喚いた。すぐに騎士団たちに捕まった。一仕事を終えた安堵からか、カイルが激しく咳き込み、膝をつきそうになる。キリアンが咄嗟にその肩を支えた。二人は騎士団と共に、塔を降りた。
「王子、無理をなさらず。あとは我々が」
「早く彼女を裁判にかけて黒幕について全て吐かせなければ、、、」
「案外、その必要はないかもしれないぞ」
キリアンの言葉に顔を上げると、遠征に出ていたはずの騎士団が、土埃にまみれた姿で帰還したところだった。その中央には、縄をかけられたユキエールとヒーロの姿がある。
「殿下! 逃走していた側近二人を捕縛いたしました! すでに主犯についての供述も始めております!」
「……ご苦労。全員まとめて、地下の牢へ」
そこからは、堰を切ったように真実が露わになっていった。事件の首謀者は、エメラルダの父。現王妃の兄であり、王宮の宝を虎視眈々と狙っていた男だ。彼は王と王妃の密談を盗み聞きし、この地に眠る「黄金」の存在を知った。そして、王妃を唆して強引に婚約の号外を出させ、エメラルダを王子の側に置く計画を立てていた。意識を混濁させる薬でカイルから宝の在り処を吐かせた後、王子を亡き者にして王宮を、そして黄金を我が物にする――。それが、一族を挙げた悍ましい計画の全貌だった。
事の重大さに、王宮は激震した。兄の野望に加担してしまった王妃は、深すぎる罪の意識に打ちひしがれ、自ら「今後は王宮を離れ、故郷へ戻ってやり直したい」と申し出た。そして、妻の裏切りと親族の醜い争いに心折れた国王もまた、静かに告げた。
「……私は、家族すら守れぬ無力な王だった。これからは妻と共に歩み、罪を償いたい。カイル、この国を……次代を、お前に託す」
と、急な王位継承の宣言をした。議会は大きな事件に、揺れ、結局王子が王位に着くことで決着がついた。それは、バイオレットと共に泥にまみれて戦い抜いたカイルが、真の王として立つ夜明けの始まりだった。
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怒涛の一日が、ようやく終わりを告げようとしていた。エメラルダ一族の捕縛、議会での糾弾、そして国王による突然の譲位宣言――。王宮を揺るがした騒乱も、議会の混乱も、捕縛と糾弾の嵐も――ようやく静まり返り、長い長い一日が、ようやく幕を下ろそうとしていた。
それでも、私の胸の奥だけは、ずっと騒がしいままだった。
(……ちゃんと来るのだろうか)
窓の外は、深い夜。王宮の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。あれほどの出来事の中心にいた人なのだから、きっと今も休む間もなく動いているはずだ。頭ではわかっている。わかっているのに――それでも、どうしても、待ってしまう。
扉の前に立つことすらできず、私は部屋の中央で立ち尽くしたまま、何度も指を握りしめた。
その時だった。ガチャッと、ドアノブを開ける音が響いた。ゆっくりと扉が開いて、王子が部屋の中へ足を踏み入れてきた。
「……バイオレット」
朝、あんな状態で運ばれていった人とは思えないほど、きちんとした衣服に身を包んでいる。けれど、その顔色はまだ完全ではなく、どこか青白く、瞳の奥にかすかな疲労が滲んでいた。
それでも――ちゃんと生きている。自分の足で立って、ここに来ている。それだけで、胸がいっぱいになる。
「……無事で、よかった……」
気づけば、そんな言葉しか出てこなかった。すると彼は、一歩、ゆっくりと近づいてきた。
「君がいてくれて、助かったよ。王医に発見が遅くなったら危なかったと言われたよ」
王子はまた一歩、こちらへ近づいてきて、私と視線を合わせた。
「見つけてくれて、本当にありがとう」
そういうと、彼は私の両手を取って、優しく包み込んでくれた。
「怖い思いをさせてごめん。しかも自分勝手に突き放してしまった」
王子はそういうと、真っ直ぐ私の目を見た。
「寂しかったです」
「ごめん」
「でも、……王子が私を遠ざけたのは、私を守るためだって信じていました」
「そうだよ。……けど正直、シャオンと一緒に王宮に来るのを見た時は、俺もひどいと思ったよ」
王子は拗ねたような表情で、私の手をぎゅっと強く握った。
「そんな、誤解です!」
慌てる私を見て、カイルは悪戯っぽく、けれど慈しむように目を細めた。
「ははは、わかってるよ。キリアンから全部聞いたんだ。昨日の夜のバイオレットがすごかったって」
「な、何がですか?」
「必死すぎて、誰も止められなかったって」
「ええ?」
「何度も、何度も必死に口移しで薬を飲ませて……看病してくれたんでしょ? それが君の本当の気持ちだって、痛いほど伝わったよ」
「それはその、、、」
恥ずかしくて目を伏せた私の顔を、彼は真剣な表情で、覗き込んできた。
気がつくと、王子は私の腕を優しくひいて、そっと指に口づけしてくれた。そのまま彼の腕に引き込まれ、強く抱きしめられた。彼の頬が、私の耳元にあたって、体温が一気に上昇する。
「助けてくれてありがとう。もう、二度と離す気はない」
彼の熱い吐息に、胸の奥が震えるのを感じながら、私は精一杯返事をした。
「もうどこにも行きません」
私の言葉に、彼の手が伸びてきて優しく、包み込むように頬に触れた。そして、そっと口づけが降りてきた。どこまでも温かく、甘い口づけで、身体中が溶けてしまいそうだった。
彼の体をゆっくりとお湯で拭いて、消化に良いリゾットと栄養剤を差し出した。
「さあ、今日はもう休んでください。ベッドへ」
促すと、カイルは素直に横になったが、私の手を離そうとしない。
それどころか、期待に満ちた目でシーツの端を持ち上げた。
「……こっち、入ってきて」
「いいえ。そんなことはしません」
「ええっ!?」
食い気味の拒絶に、カイルが素っ頓狂な声を出す。
「今日は、王子がしっかり眠るのを見届けてから帰りますから」
「そんな!どこにも行かないって言ってなかった? 病人の僕を一人にして帰るつもり?」
「ええ、もう十分お元気そうですから。大丈夫でしょう。ちゃんと明日来ますから」
王子は目を丸くして、子供のようにごね始めた。
「ええー……まさか建設省の寮に帰るの? キリアンだってルカと同じ部屋で寝泊まりしてるんだし、大丈夫だって。簡易ベッドでも出そうか?」
「結構です」
「バイオレットって、意外とクール……。それにまた『王子』呼びに戻ってるし……」
唇を尖らせて不満を漏らす彼に、私は思わず口角が上がるのを隠せなかった。王位を継ぎ、一国の主となる重圧を背負った彼。けれど私の前では、こうして少しだけ困った顔を見せてくれる。
(……こんなに甘やかされたら、私の心臓が持ちませんから)
そんな本音は胸に仕舞い込み、私はわざと冷淡なふりをして、彼が眠りに落ちるまでその手を握り続けた。




