第二章三話 初恋の人
桜木 月桂と出会ったのは高校一年生の時だった。入学して最初の席替えで隣になったことがきっかけで、私と月桂は仲良くなった。
【高校一年生 春】
「月桂おはよう。昨日勧めてくれた漫画読んだよ」
「本当、どうだった」
「とても良かった。特にあの主人公がヒロインのために犠牲になるところが良かった」
「私もあそこ好き。今まで他人のためになんて絶対動かなかった主人公が、ヒロインのために自分を犠牲にするなんてロマンチックだよね」
「ねえ、そうだよね」
月桂とは、こんな他愛もない会話を毎日していた。とても楽しくて、愛おしい時間。ずっとこの時間が続けばいいのに。
だが、そんな日々は長くは続かなかった。雨続きの水無月、彼女、椛は転校してきた。
「紅葉椛といいます。よろしくお願いします」
彼女の初印象は至って普通の、可愛らしい高校生だった。皆、物珍しさに次々と彼女の周りに集まっていき、質問攻めしている。椛はそれに律儀に一つも漏らすことなく答えていた。
お昼の時間になると、珍しさも薄れたのか皆いつも通り各々のグループで昼食を取っていた。薄情なことに誰一人としてその安全の基地に入れようとはしない。それを見兼ねてなのか、はたまた単純に彼女に興味があったのか、定かではないが月桂は話掛け、彼女を昼食に誘ったのだった。
一緒に昼食を取っていると椛が口を開いた。
「あの、ありがとうございます。お昼、誘ってくれて」
「お礼なんてやめてよ、私が貴女に興味があって、お喋りしたくて誘っただけなんだから。私の自己満足なのだから」
「本当に、ありがとう」
彼女は瞳から雫をぽたぽたと零している。無理もない、さんざん質問して気が済めば放置だ、まるで人間扱いをされていない。可哀想な娘だ。
「これからも一緒に食べようよ、椛、でいいかな。月桂も良いでしょ」
「勿論」
「ええ、お願いします向日葵さん、月桂さん」
ああ、何て良い顔なんだろう。雫が乾き始めて赤く腫れている目頭はまるで化粧のようで、笑顔は宝石の如く輝いている。
「呼び捨てでいいよ」
私はそう呼んで欲しくて堪らなくなった。彼女は一息置いて
「お願いします、向日葵、月桂」
と満面の笑みで答えてくれるのだった。
それから僅か4ヶ月ではあるが、私達は誰がどう見ても親友と呼べる関係だった。そう、私達の関係が崩れたのは彼女が越してきた神無月のことだった。
神無月の第二木曜日、風花冬香が転校してきた。冬香も例に漏れず質問攻めに遭っていた。だが、椛と決定的に違っていたのは徹底的に無視を貫いていたということだ。
可愛らしい顔と小さく華奢な外見とは裏腹に随分強かなものだ。
これが、彼女に対して私が抱いた初印象だった。
昼休みになり、月桂は椛の時と同様に彼女も昼食に誘った。断られるだろうと思っていたのだが、冬香は案外すんなりと承諾した。きっと月桂が可愛いからだろう。
「皆よく一緒にご飯食べてるの」
「よく、て言うか毎日だよ」
「ひぇ仲良しなんだね」
「まぁね」
月桂と冬香の質疑応答は何度も交わされ、もうすっかり仲良しになっていた。月桂のコミュニケーション能力の高さにはまったく恐れ入る。
それから一週間後、月桂への虐めは始まった。発端は冬香だった。
「ねぇ、月桂ちゃんさぁ、ちょっと可愛いからって調子乗ってない」
「何、急に」
月桂がトイレへと席を立った途端、冬香は語りだした。
「向日葵ちゃんはそう思わないの」
「思わないわよ」
「そう、従順なのね。私はスーーーッごく思うの、だから私、あの子に分からせてあげようと思うの」
「分からせるってどうやって」
椛が前のめりに冬香に問う。
「う~~~ん、少し可愛がるだけよ」
斯くして月桂への虐めは始まった。勿論私と椛は参加しなかった。そう、最初は冬香だけだったのだ。
【翌日】
「おはよう向日葵、椛」
「おはよう月桂」
「おはよう」
「冬香もおはよう」
「………」
「どうしたの冬香、体調悪いの」
「あ、朋美ちゃんおはよう。昨日のドラマ見た、面白かったよね」
「え、」
こんな調子が1週間続き、それに伴い次第に、月桂の顔から笑顔が減っていった。
「ねぇ冬香、もう止めてよ。日に日に月桂から笑顔が減っていってる」
「そりゃ、それが目的だからね」
彼女は悪びれる様子一つなく、私を映す彼女の瞳はまるで、私が間違っている、空気の読めない奴だと言わんばかりだ。
「もしかして、向日葵ちゃん月桂のこと、恋愛対象として見てるの。だからそんなにムキになってるの」
「そうだったら何よ」
「うっそ、冗談で言ったのにマジなのうける」
「うるさいな、てか好きとか以前の問題でしょ何が楽しいのよこんなの。あんた悪趣味だよ」
「あ?」
冬香の低い声が身体に響く。
「そんなこと言うんだ、そっか。あ、いいこと思いついた。これから貴女が何か言ってくる度にあの子への虐め、過激にしていこうか」
背筋が凍る、この女はどこまで卑劣なのだろうか。
「それにさ、貴女正義面してるけど、無視をし始めた時に止めなかったのだから同罪よ。どこかでただの無視だし、とか思っているのでしょ。自分を棚に上げて人に物言ってんじゃないわよ」
彼女はそう言い終えると教室へと戻って行った。
何も言い返せなかったな、と窓の外を眺めながら思う。授業の声など上の空だ。実際、彼女の言ったことは正しい。私は彼女のやることを無視していた、私も共犯と言われればそうだ。何も否定できない、してはならないのだ。
隣の月桂に目をやるとそこにはもう、私の好きな笑顔はない。いつも楽しそうに授業を聴いていた顔にはもう、生気はなくなっていた。
彼女の好きな所を一つ、私が殺したも同然という現実を嫌というほど突きつけられ視界が揺れる。
「向日葵大丈夫、顔色悪いよ」
あぁ、貴女は何故そんなに優しいの。私は貴女を見捨てたも同然だというのに。
「大丈夫よ、ごめんね」
「何で向日葵が謝ってるの」
久しぶりに月桂の笑顔が見れた。前のような明るい笑顔ではないが、少し救われた。私は熟人間なのだ。
その日の放課後、彼女は宣言通り月桂への虐めをより過激なものへと変えた。
次回、冬景色




