第二章二話 初恋の彼女から
【平成29年2017年5月8日】
妙に冷え込む廊下を抜け教室に入ると、いつもグループでつるんでいる風花 冬香が何やら慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。
「椛、行方不明だって」
「え」
なんの冗談だろう、だって彼女とは先週の金曜日、つまり三日前に会ったばかりだ。なのに行方不明だなんて。
「冬香、それ本当なの。冗談だったら何もおもしろく」
「冗談でこんなこと言うわけないじゃん」
冬香は私の言葉を遮りそう答える。相当焦っているようで、瞳には涙が溜まっている。
「ご、ごめん」
「別に、責めてるわけじゃない」
「その、行方不明って情報は誰から聞いたの」
「朝職員室に行ったら先生たちが話してた」
「そっか。じゃあ朝の会で何か言われるかもね」
私の予想は当たり、朝の会の前に10分ほどの時間をとり、椛が行方不明であることはクラスの周知の事実となった。
朝の会が終わり一時限目までの自由時間、私と冬香は担任の安室先生に呼ばれ階段の踊り場で椛について聴取を受けていた。
「お二人は紅葉さんと親しかったわよね、何か連絡だとか何処に行っているかの心当たりはない」
先生はやけに冷静で妙に気味の悪い笑顔で訪ねてくる。
「ないですよ、あたっらこんなに焦ってるわけないでしょう」
冬香は涙を流しながら先生に訴えた。よく人前で泣けるなと関心を覚える。私には到底できないことだ、恥ずかしい。
「そうよね、配慮に欠けていたわねごめんなさい。もう行っていいわよ」
その言い方も配慮に欠けていると、私はおもうのだがな。
「分かりました、失礼します」
涙でぐずぐずの冬香に代わり私が返答し、私たちは教室へと戻った。
昼休みになっても、彼女は相変わらず顔を涙で染めていた。
「冬香お昼食べよう」
気を紛らわせてあげようと、普段よりワントーン声を高くして話し掛ける。
「何で嬉しそうなの。椛が行方不明だっていうのに」
どうやら裏目に出たらしい。
「別に嬉しくないよ。冬香の気を紛らわせようとしただけ、暗く話し掛けられるよりは良いでしょ」
「紛らわしいことしないでよ」
そう言い放つと冬香は教室を飛び出した。
「あ、ちょっと」
私は急いで冬香を追った。
「痛っ」
階段を駆け下りていると、二階から三階へと繋がる踊り場で小柄な女の子とぶつかった。その雰囲気はどことなく、私の初恋の人と似ていた。
「すみません、お怪我はありませんか」
驚いた、声まで似ている。
「う、うん大丈夫だよ。こっちこそごめんね。それじゃ」
少し声が上擦る。私にそんな資格はないというのに。
冬香はいつもみんなでたむろしている、南校舎にある音楽室に居た。
「ごめんね。私、向日葵に八つ当たりして、最低だよね」
走ったことで冷静になったのか、私が教室に足を踏み入れるや否や謝罪を述べてきた。にしても、この子の急に鬱状態になるのは毎度面倒くさい。
「そんなことないよ、ほらご飯食べよう」
持ってきた彼女の弁当を差し出し笑って見せる。
「うん、食べる」
彼女はぎこちない笑顔でそう答えてくれたのだった。
放課後、帰り支度をしていると冬香が喋りかけてきた。
「ねぇ向日葵、帰りに椛の家に行こう」
何を言い出すかと思えば、また突拍子もないことを。
「椛の家に行ってどうするの、私たちが行っても場を荒らすだけだよ」
「でも、じっとなんてしてらんないよ」
なぜじっとしていられないからと、何の手がかりもない彼女の家に行こうという発想になるのだろうか。彼女はここまで考えが及ばない子だっただろうか。
私は深い溜息を吐き、彼女に言い放った。
「行きたいなら行けばいいよ、私は行かない。何の意味もないからね」
ふと見た冬香の顔は、みるみる赤く染まり、涙を流していた。またか。
「どうして、どうしてそんなに冷静なのさ。あの子のこと心配じゃないの」
何故そのような考えに至るのか、甚だ疑問だ。それに、同じような言葉を担任に言われて傷ついていたというのに自分は使うのか。腸が煮えくり返りそうだ。
「そんなわけないでしょ。何で冬香はいつも零か百しか考えられないの。たまには自分のことばかりじゃなくて、他人の気持ちも慮ってよ、努力してよ」
というか、昼休みに同じような会話をしたではないか。もう忘れたのか。
私の怒号は教室中に響き渡り、自分の支度を忘れ私たちに注目している。
「ごめん言い過ぎた」
「うぅん、私こそごめん。本当に、ごめんなさい」
洟を啜る彼女はいつもの何倍も美しく見えた。そんな顔を見せられては、従わざるを得ないではないか。
私は浅く溜息を吐いてから
「やっぱり、行こうか」
と言葉にした。
彼女の曇った顔はみるみる晴れへと変わっていき、高らかに
「うん」
と満面の笑みで答えるのだった。
帰り支度を終えると、彼女は人混みを掻き分け急いで下駄箱へと向かった。
「ちょっと、速いって」
私の制止も聞かずにどんどんと前へ前へと進んでいく。
「向日葵早く」
冬香は昇降口の扉の前で私を呼ぶ。彼女の後ろから日が差していて、神秘的な雰囲気を醸し出している。
「まったくもう」
思わず微笑んでしまう。急いで靴を履き、彼女の元へと足を運んだ。
椛宅のチャイムを鳴らすと、神妙な面持ちをした妹が出てきた。
最初に口を開いたのは冬香だった。
「久しぶり。えっと、ちょっといい?」
「うん、いいよ。上がって」
「ありがとう」
私たちは靴を脱ぎスリッパへと履き替える。家の中はどこか暗く、どんよりとしている。
「おじゃまします」
彼女の母親に挨拶をし、妹の部屋へと上がる。まさか、人生で本当にお邪魔をすることになるとは思わなかった。
「で、何しに来たの。お姉ちゃんのことは知ってるんでしょ」
怪訝な顔をしている。二歳下の子にこんな顔をされるとは、癪だ。
「ごめんね、知ってるんだけど、何か力になれないかなって。じっとしていられないの私」
「力も何も、何もわからないからこっちも困ってるんだよ、学校にも頼ってるんだよ。家に来ても意味ないよ。そう思ったから、だから何しに来たのって聞いたんだよ」
彼女の言っていることには同感だ。というか、私が言ったことほぼそのままだ。
冬香の顔はまたもや悲しみに染まっていく。彼女が傷心している顔は美しいが、いい加減鬱陶しく感じる。
「冬香もういいでしょ、帰ろ。迷惑だよ」
また駄々をこねるかと思ったが、冬香は素直に私の提案を受け入れた。いい加減学んだらしい。
「おじゃましました」
「お邪魔しました」
それぞれに挨拶を済ませ椛宅を跡にする。冬香の声は非常に小さかった。
しばらく無言で歩いていると、冬香が口を開く。
「ねぇ向日葵、椛を捜さない」
「捜すったってどうやって」
「わからないけど、椛が行きそうな所を当たったりしようよ。何もしないよりは良いでしょ」
「それで貴方の気は済むの」
「済む」
「わかった。だったら明日から捜そうか」
「うん。ありがとう」
まったく、この子は忙しいな。顔を曇らせたり笑顔になったり、面白い。
機嫌の良くなった冬香と、帰路を歩いているとスマホのバイブが響く。ポケットから取り出し唖然とする
。スマホの画面に映し出された通知には私の初恋の人、もう死んでしまったあの子の名前が書かれていた。
「何で、月桂からメールがくるのよ」
急いで通知を押し中身を確認する。
[久しぶり。私今、貴方の家の前にいるわ。でも、まだ逢うには早いわね。近いうちに逢えると思うから、楽しみにしていてね。]
私の心は困惑や恐怖を超え、喜びで満ち満ちていた。
「どうしたの向日葵、顔が怖いよ」
「そう、いつも通りよ、きっと」
「そ、そう。なら、いいけど」
月桂、いつ逢えるの。私楽しみで仕方ないわ。
私は返信画面を開き
[早く逢いたい。また、貴方に逢えるのなら今度は伝えるは、私の思い。]
そう書き込み、返信画面を押した。
死人が蘇るはずがない、そんなことはわかっている。だが、好きな人からメールが来たのだ、しかも死んだ。縋るしかないのだ、そんなありえないメールに。
次回、初恋の人




