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第三章二話 血色土

【2017年5月26日金曜日】

 明日に備え、今日は学校を休み、道具を手入れしていると、母が部屋のドアを叩いた。

「ハルちゃん、体調大丈夫なの」

 母は姉の事もあり、私の体調や顔色をやたらと気に掛けるようになった。親としてごく当然の事なのだが、あまりにおどおどと壊れ物に触れるような態度には、いい加減苛立ちを覚える。

「大丈夫だよ。そこまで悪い訳じゃないから」

 休んでしまえばこちらのもので、休むための理屈に幾らでも背いてよいのだ。それに、少しでも本音を言わねば精神的に毒だ。

「そう、悪くなければいいの。それだけでいいの」

 そう言うと、母は階段を降りて行った。その音を聞き届け、私は鞄へ道具を詰め込む。詰め込んだ鞄を机の隣へ置き、普段使いしている肩掛けバック持ち、部屋を出る。

「お母さん、ホームセンターに行ってくるね」

「え、大丈夫なの」

「大丈夫だって。仮病だからさ、心配しないでよ」

 母の顔を見ることができなかった。私は逃げた。母と向き合うことから。

 自転車を走らせ30分ほどの、隣町のホームセンター。目当ては防具だ。彼女の攻撃力はとてつもない。故に、一撃で仕留められなかった時のために、何かしら身を守る物が欲しいのだ。

 何が身を守るのに役立つのか、吟味しながらホームセンター内を闊歩する。なかなかこれだという物がなく、数十分歩いていると金具コーナに戻っていた。やはり鉄板と金具を使い、鎧擬きを作成する他ないのだろうか。だがどう作っても可動域が狭すぎる。攻撃力を捨てることになる。それでは本末転倒だ。どうするべきなのだろうか。

 また数十分考えた結果、一つの答えへとたどり着いた。それは、大量の園芸用のネット入り鉢底石を買い、冬香へ遠距離攻撃を仕掛けるのだ。まあ、一撃必殺を防がれ、石を投げられる距離を取れるのかは分からないけれど。だがもういい。これ以上考えても仕方がない。潔く散るときは散る、咲くときは咲く、だ。

 40個程鉢底石をかごに入れ、レジで会計を済ませ帰宅した。

【2017年5月27日土曜日】

 私は姉の携帯から、風花 冬香のメール画面を開きメッセージを打ち込む。


『冬香へ。

 

     決着をつけたい。今日、音楽室で待ってる。17時に来て。

                              

                               by月桂より』


 きっと彼女はこのメールを見るし、来てくれるだろう。だって彼奴は、いかれてるから。

 携帯の電源を切り、荷物を担ぎ学校へ向かう。時刻は15時ジャスト。家から学校まで約30分。精神を落ち着かせる時間を考慮すれば、ベストな時間だろう。

 音楽室に入るのは容易だった。碌に鍵も掛けられていないうえに、人通りが少ない。本当、虐めやすい場所だ。時計を確認する。時刻は16時30分。精神統一を一時間ほどしてみたのだが、ちっとも落ち着きやしない。心臓バックバクだ。

 鞄を漁り鉄パイプを握る。少し早いが扉の方を向き、構える。

「早く来てくれないかな」

 緊張を誤魔化すために思いを口にする。

「早く来て。早く、早く」

 勢いよく扉が私の横を舞っていく。

「あら、春、奈、だったかしら。貴女だったの、犯人」

 嫌嫌嫌嫌嫌嫌、人間ができることかよ。

「化物が」

「答えなさいよ。あんたなの、椛と向日葵を拐ったの」

 緊張が恐怖で払拭され、舌が良く回った。

「ええそうよ。拐って殺したのは私よ」

 明らかに彼女の瞳から容赦の文字が消えた。

「そう。なら、あんたも死になさい」

 そう言い終えると彼女は強く地面を蹴り、こちらへ飛び掛かって来た。彼女は6m離れた距離を軽々と飛び、拳を振るってくる。

 すんでのところで躱し、鉄パイプを彼女の脇腹を目掛け振るう。しかし彼女は、地面に手をつきバランスを取り、パイプの先端を足で抑え、蹴り返す。

 私の体はグランドピアノへと叩きつけられる。彼女はまたも踏み込み、こちらへ飛んでくる。

「何でお姉ちゃんを虐めたの」

 彼女の拳が頬を掠め、切り傷を生む。その拳はピアノの脚へと当たり、ピアノは脚からボディに掛けて罅が入っていた。

「あんた、月桂の妹?」

 ピアノから拳を引き抜くと、彼女は私の目の前に座り、私の顎を掴んでは右へ左へ、上へ下へ動かし

「ほんとだ、月桂そっくり」

と呟いた。

「なるほど、敵討ちってわけね。くっだらない」

 お前だけには言われたくない。

「何だっけ。何で虐めたか、だっけ。それはね」

 勿体付け彼女はこう言い放った。

「気に食わなかったからよ」

 彼女の長いツインテールを力いっぱい引っ張り、彼女をどけ出口へと駆け出す。

「ちょっと、待ちなさい、よ!」

 声が聞こえたと思うと、扉に先程まで私が持っていた鉄パイプが貫通し刺さっていた。

 私は構わず、屋上へと駆け上がる。音楽室から屋上まではすぐそこの階段を上がるとある扉を開ければすぐだ。いくら彼女の脚力が化け物じみていたとしても何とか入ることが出来るはず。

「逃げられる訳なくない?」

 隣から急に声が聞こえ、振り向こうとすると頬にとてつもない痛みが走り、屋上へと繋がる扉ごと、屋上へと放り出される。

「そう言えばさ。月桂の死因って、屋上からの飛び降り自殺…だったよね?なに、あんた姉と同じ死に方が良かったの?敵討ちじゃなくて殺されるために私を呼んだの?バカじゃん」

 バカはお前だ糞ツインテール。勝手な事ぬかしやがって。

「つーか私殺してないし。勝手に死んだだけだし、めーわくなんですけど」

 クソ、何でこんな奴に勝てないんだ。きっと、どこかしらの骨が折れているのだろう。身体がうまく言う事を聞かない。

「ぜんっぜん違うわよ。ちゃんと仇討のつもりで来たわ。ただ、貴女が思ったより化け物だっただけよ」

「あっそ。まあ、何でもいいけど。とっとと飛び降りてちょうだい、人殺しに何て成りたくないもん」

「死ぬのはあんたよ」

「この状況で何言ってんの。月桂の妹のくせにバカなの」

「お前がお姉ちゃんを語るな!」

 校舎に音が反射し、響き渡る。

「うるっさ。ヒスらないでよ、みっともないよ」

 無理に身体を起き上がらせ、立ち上がる。彼女と顔が付きそうなほど近づく。

「なによ」

 彼女の襟を掴み一気に後ろへ引き、投げ飛ばそうとすると視界には薄暗い空が広がる。

「痛っ」

「とーしろーがこんな超近距離で投げれるわけないでしょ。ほん、と、バカね」

 そう言うと冬香は、私の手首を掴み、刀を振る様に片手で、コンクリートの地面へと叩きつけた。

 骨の砕けるような音が聞こえた気がする。本当に死んでしまうのではないだろうか。せめて、死ぬにしても、道連れにしなければ。

「あんた案外タフね。気絶させるつもりで投げたのに」

 這いながら柵の傍へと向かう。姉が飛び降りた事で、とても越えることのできない高さになってはいるが、冬香の力を利用すれば容易に破壊できるだろう。

「諦めたの?姉の仇取りはもういいの?」

 思い通りに事が運び気が良いらしく、彼女の足音は軽快である。

「はい!」

 冬香はそう言うと柵を殴りつけ破壊した。

「これで落ちれるわよ。感謝なさい」

 満面の笑み。暗さもあり、彼女への恐怖は更に煽られる。

「…ありがとさん」

 見下ろすと体の底から震えがやってくる。

「最後に、顔見せてくれないかな。呪い殺せるようにさ」

 彼女は高らかに笑い、鼻が付きそうなぐらい近づけて来る。

「これでいいかしら。ちゃーんと覚えなさいよね」

「ありがとう。やっぱりバカは貴女よ」

 彼女の首を脚でホールドし重力に任せ、落下する。何やら喚いているようだが、風切り音で聞き取れない。きっと殴っているのだろうけど、何も感じない。嗚呼、もう死ぬのか。嫌だな。

「お姉ちゃん愛してる」

 

 

 


 

次回、腐朽

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