第三章一話 豪力
けたたましく鳴り響くスマホに起こされ、私は通学の準備を始める。通学バックを担ぎ一階へ降り、母と父へ挨拶をする。何一つ変わり映えしない日常。それなのに強く感じる違和感は何だろう、とても気味が悪い。
朝食を済ませ家を出る。外は晴れ晴れとしている。とても気持ちが良い。だが違和感がある。何だろう。
学校に着きバックをロッカーへ入れ席に着く。何も変わりない。だがまだ違和感は続いている。何なのだろうか。
「皆さんおはようございます」
ここで異変。つまり、いつも通りではない事が起こった。担任の腐朽先生が、いつもよりも早くホームルームを開始したのだ。
「ええ、昨日から。三年二組の夏樹 向日葵さんがお家へ帰っていないそうです。以前お話した紅葉 椛さんの件もあります。何か思い当たること、事情を知っている方がいたら、ホームルーム終了後、私の所まで来てください。どんなに些細な事でも構いません。よろしくお願いします」
この先公が話終わるまで何故、忘れていたのだろうか。果たして忘れていたのだろうか。否、忘れようとしていたのだ。浅ましくも罪を無かったことにしようとしていたのだ。何ということだ。これでは彼奴らよりも人間として劣るではないか。
何が殺しに慣れただバカめ。精神ズタボロのぼろ雑巾ではないか。情けない。最悪だ。醜悪だ。何より、殺した者を忘れるだなんて不誠実だ。人を殺すからには誠心誠意気持ちを込めて、脳に刻んで、体に刻まなければ。刻まなければ、思いやらねば人ではない。私は人でいたい。
昼休みになり三年の教室へ足を運ぶ。椛のこともあり、向日葵の失踪は話題の種へと成っていた。きっと、椛のことが無ければここまで話題にはなっていなかっただろう。すれ違える人皆、向日葵の話題をしている。身の毛がよだつ。
すれ違う一人を引き止め、風花 冬香の教室を訪ねる。すると三年二組だと答えが返ってきた。驚いた。虐めを行った奴らが三年になっても同じクラスに集まっているだなんて、誰が思う。まるで蟲毒だ。
三年二組の教室を覗き見てみると、教室の後ろの方で人集りができている。何事かと、集りの者達の見ている方へ目をやると、私とさして変わらない体格のツインテール娘が教壇に上がり、何やら喚いていた。
「誰よ!椛と向日葵を何処へやったのよ。誰がやったのよ!」
彼女は瞳に涙を浮かべている。何故こうも。思うことすら憚られるが、まあ、俗に言う、友達思いな奴が姉を虐めるに至ったのだろうか。実に腹立たしい。
「俺達じゃないって」
「そんな訳ない」
彼女の言葉と同時に、コンパスの軸針が男子の頬を掠め、後方の黒板へと突き刺さった。すると、教室は悲鳴の嵐へと包まれた。それを聞きつけか、それとも、彼女が教壇へ立ったときに既に誰かがチクっていたのか、知りはしないが、すぐさま先公がやって来て彼女を、風花 冬香を羽交い絞めにし職員室へと連行して行った。
そこで面白いのは、まあ恰幅の良い体育教師が、145~147㎝あるかないかという少女を連行するのに手間取っていたということだ。羽交い絞めをする際腹に一発くらっていた時、顔は真っ青になっていた。その後羽交い絞めに成功するも、不自由な彼女の力なさげなパンチを幾度かくらい、顔色は更に酷い物へとなっていた。きっと明日は痣だらけになっていることだろう。
あれはもう人間とは言い難い。まあまあな距離がある教室の端から端へ、コンパスのあの細い針を黒板に刺すなど、人間の所業ではない。あれを相手にするとなると肝が冷える。
だが、脳に刻める。体にも刻めるだろう。つまり、私は人間でいられる。最後の殺しまで。
下駄箱で靴へ履き替え、玄関を出ると、冬香が誰かを待っているようで、中庭の大樹に凭れ掛かっていた。
今は特に用もないので、帰ろうと前を通ると、呼び止められ、冷汗が一滴流れ落ちた。
「ちょっとそこの娘!こっちに来なさい」
「わ、私ですか」
「そうよ!そこのあんたよ」
何用だろうか。勿論、彼女と会話をしたことなんてない。彼女にとっては初対面のはずなのに。
「紅葉 椛と夏樹 向日葵って知ってるでしょ!行方不明っていう。その娘達のこと何か知らない」
「知りません」
解り易いように端的に答えてやると、意にそぐわなかったようで睨まれた。何だ、お前は知らないだろう。私がそいつらを殺しただなんて知らないだろう、なのに何故、そのような確信を掴んでいるような眼で私を見る。
「そう、止めて悪かったわね」
「…いえ」
気に食わない、といった素振りでそう返される。こいつはこの学校の女王にでも成ったつもりなのだろう。勘違いも甚だしい。お前はお山の大将にすら成れるものか。
「そうだわ、貴女名前は」
私は慎重に、とても慎重に。空気を一つ一つ読むように、丁寧に丁寧に、声の裏返らないように
「春奈です。一年三組の」
と答えました。
「春、奈。どこかで聞いた名前ね。貴女お姉さんとかいる」
「いません」
「そう、気のせいかしら。ま、いい名前ね。何か彼女らの情報を知ったら、私に教えて頂戴ね」
お前が私の名を褒めるな。好きな名が汚れる。
「はい、解りました」
まあ教えてあげますとも。なんなら誘ってあげますよ。彼女達の元へね。
彼女の殺害決行は、明後日の土曜にすることにした。
次回、血色土




