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第二章八話 侘しさ

 パイプから滴り落ちる血。血溜りに静かに落ちていく。

「呆気なかったな、向日葵」

 彼女の髪を掴み、頭を起こす。

「お前、本当いかれてるよ。なんつう良い顔で死んでんだ」

 彼女が死ぬまでに頭部へフルスイングで十回程殴りつけたので相当の痛みだったはずなのに、彼女の顔はとても穏やかで、幸せに満ちている様だ。

 時刻は18時30分。早急に片付けを済ませ出なければ警備員の見回りの時刻になってしまう。

 そこそこ広い音楽室の中心だというのに彼女の血は窓にまで飛び散っている。床の血溜りの中を見ると、そこには彼女の脳みそが細々と浮いている。

 鞄を漁りモップに洗剤、ごみ袋を取り出す。取り出したごみ袋を広げ、向日葵の死体を掬うようにして中へ入れ込み、ごみ袋の口を縛り、音楽室の外に置いてあった大きめのボストンバックへ入れる。

 体格故に当たり前だが、椛よりも重く、これを持って帰るのだと思うと殺すと決めたときよりも気が遠くなる。たった一人殺しただけで、ここまで殺害という行為に躊躇いと気落ちが薄くなるとは思わなかった。皆こうなのだろうか。それとも私がやはり異常なのだろうか。

 窓に洗剤を吹きかけ、粗目のスポンジで幾度か擦っていく。すると見事に血が流れ落ち、向かいにある中庭の大樹が見える。

 大樹は微風に揺られとても気持ち良さそうにしている。それにつられ私の心も換気される。

「あと一人で終わるんだ」

 気付けば言葉が漏れていた。この焦りと安堵で煮詰まっている感情を内に秘めておく事は非常にきつい。故に、たまにこうして言葉が勝手に出てしまようになった、のだと思う。

 頬を叩き気を入れ直し、掃除を再開する。

 掃除は着々と進み、残す所床のみとなった。

 音楽室を出てすぐの所にある手洗い場でバケツに水を入れてきて、モップを浸け、床一面を軽く拭く。  

 血だまりを拭くと、脳みそがモップに絡まり一旦手を止め、脳みそを取る。脳みそはぷにぷにとしていて、まるでホルモンのような感触だ。

 脳を取り終え、洗剤を撒き、水で軽く洗ったモップで拭く。これを5回ほど繰り返した。すると床は此処へ来た時以上の光沢を放つようになった。あとは消臭をすれば完璧である。

 モップを鞄へしまい、消臭スプレイを取り出し部屋全体へ吹きかける。すると、部屋が血の独特な鉄の香りから、薔薇の良い香りへと変わっていく。この消臭スプレイは本当に凄い、効果抜群だ。

 そこから10分程度時間を置き、再度匂いを確認し問題がなかったので掃除は之にて終了とした。窓の外がすっかり暗くなっており時計を確認すると、時計の針は19時50分を指し示していた。

 まずい、後10分もすれば巡回時刻になってしまう。

 急いで荷物を担ぎ、窓を閉め音楽室を出る。最後に向日葵の入ったボストンバックを担ぎ階段を駆け下りる。

 階段を降り終え下駄箱へと走っていると、向かいの校舎からこちらへ近づいてくる光が見える。

「やっば」

 急旋回し西側の出口へと走る。走る。走る。大量の金属制の道具に人一人を担いでいるおかげでどんどんと光との距離は縮まっていく。

「おい、そこにいるのは誰だ」

 業者の声が廊下に響き渡る。だがなんとか業者が事を言い終えるまでに外廊下へと出ることができた。この勢いを崩すまいと必死に走り、玄関に放り出しておいた靴を履き、校門を越える。それからも足を止めることなく走り続け、椛を殺害した小屋へと向かった。

 小屋の戸を開けると濁った風が顔面へと吹き掛かる。やはり人を殺した場所というのは、幾ら換気だの消臭だのをしたところで嫌な空気、気配が残ってしまうようだ。音楽室は元々濁ったような、埃っぽい空気なので、殺害現場には最適なのかもしれない。

 重たい荷物達をようやく下し、使った道具を取り出す。まずは鉄パイプを取り出し、付いた血を軽く濡らした布で拭き取り、乾拭きをし、錆止めを塗る。次にモップを取り出し房糸を交換する。後に、気絶させる為に使った、ホームセンター産レンガを取り出し、血を洗い流し、小屋の隣に埋める。それはそれは宝物を埋めるが如く。

 使った道具の手入れを終え死体の処理へと取り掛かる。

 ボストンバックのチャックを丁寧に、重々しく開く。ごみ袋の縛り口を掴み一気に引き抜く。すると、重さに耐えかねゴトンッ、という大きな音を立て落下させてしまった。縛り口を開き、袋をひっくり返し向日葵を転がし出す。

 こう死体を眺めていると心拍数が上がる。彼女の黄色がかった黒髪、同じく黄色がかった黒色の瞳、美しい。きっと私が快楽殺人鬼ならば、ホルマリン漬けにでもして保存しておくことだろう。

 まだ蛆も湧いていない向日葵を抱えてみる。すると、腕に輝く物があり、袖をめくるとピンクゴールドの時計が顔を出す。

「お姉ちゃんがしてたのと一緒」

 死体を置き自分の袖もめくり確かめる。そういえば、姉が高校一年生の5か6月頃に友達と出かけて帰って来たときに、お揃いの時計を買ったと嬉しそうに言っていたっけか。

「お前とだったんだな」

 つくづく姉との仲の良さを見せつけられ苛立ちを覚える。裏切っておいて未練がましく仲の良かった時の時計を着けているだなんて笑止千万。私には何故、向日葵が姉を裏切ったのかなどわかりはしないが、ただ勿体なくて仕方がない。

「もっと話しておくべきだった」

 そう、私は話しておくべきだったのだ、向日葵とも、姉とも。

 想いも程々に彼女を抱え直し、姉と向日葵の過去のメールのやり取りを読み新しく買っていた保冷剤を大量に仕込んだ保冷バックへと入れ替える。これは私なりの(なさ)けのつもりだ。姉が最後まで友と思っていたであろう者への情け、姉を最後まで好きでいたご褒美、のつもりだ。

 私の考えとしては、子の態度、考え、所業は親を模したものであると思っている。故に、畜生が如く所業をした者の親にも同様に畜生が如く所業をし、解らせねばならぬと思うのだ。さすれば子は親の考えを模し、正しい方向へと進むことができるようになる、と思っている。…まあ、この考えに則ると、私の行動は少し矛盾しているのだが。こじつけるとするなら、あの世で性根を正せ、といったところだろうか。

 保冷バックの蓋を閉め、担いで外へ出る。空を見上げると満天の星空が広がっていた。雲が一つとてなく、実によく見える。

「綺麗だな」

 溜息と共に出た言葉は森の樹々が全て吸収していき、一瞬で沈黙がやってくる。私の人生に疑問を押し当てるように。

次回、豪力

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