98.兄ちゃん、急にお泊まりが決まる
「ああー、何でお前らみたいなやつにできて私ができないんだ!」
「ミレイユ団長、そろそろやめま――」
「ユリウスは団長の言うことが聞けないというのかね?」
「うっ……」
僕たちは部屋の隅で、合体家事魔法の実験を見守っていた。
その後、どこかへ行っていたユリウスさんが戻ってきたのだが、運悪くミレイユ団長に捕まってしまった。
しかも、なぜか実験の手伝いまでさせられている。
今もユリウスさんは恨めしそうに僕を睨んでいるが、さすがに僕は悪くないと思う。
「あの人たちとは反対に二人は機嫌がいいですね」
「「そんなことないぞ」」
なぜかエアリオスさんとアクエリオスさんに挟まれて、僕は体育座りのまま潰されそうだ。
まるで猫に懐かれた気分だね。
そういえば、バリーさんも大きなネコみたいだから、似た者同士なんだろう。
「おい、お前たちもう一回見本を見せてみろ!」
「「わっかりましたー!」」
二人は嬉しそうにミレイユ団長の元へ駆け寄った。
きっと頼られて嬉しいのだろう。
ただ、それと同時に不機嫌なユリウスさんがやってきた。
「おい、ミレイユ団長を止めてくれよ」
「いやー、さすがに僕では難しいと思いますよ」
「はぁー、やけに今日は機嫌がいいからな」
上司の機嫌に左右される部下は大変なんだろう。
父さんも小言をよく呟いていたからね。
「頑張ってください」
僕はユリウスさんの背中を撫でると、なぜかキッと睨まれてしまった。
やっぱり僕はユリウスさんに嫌われているようだ。
――ガチャ!
「ソウタ、遅れてすみません」
部屋に入ってきたのはエリオットさんだ。
あれから中々戻ってこないため、心配になっていた。
「料理人たちとは予定が決まりましたか?」
「あぁ……、中々頑固な方も多いですが、宰相が言いくるめましたね……」
少しげっそりした顔をしていたのは、料理人の説得に時間がかかったかららしい。
そして、そんな人たちにレシピを教えないといけないってことに僕は気が滅入りそうだ。
「もちろんエリオットさんも来ますよね?」
「すみません。明日からはソウタ一人で城に来てもらうことになっています」
「えっ!?」
僕は驚いて大きな声を出してしまった。
――バシャン!
その声に驚いたエアリオスさんとアクエリオスさんは魔法が失敗したようだ。
「なんでですか……」
まさかエリオットさんがいない中、一人で城に来るなんて迷子になれと言っているもんだ。
僕は震える手でエリオットさんの団服を掴む。
「くっ……すみません」
なぜか目を合わせようとしないエリオットさんに、僕はさらに団服を掴むが無意味なようだ。
頑なに顔を逸らして、団服が伸びそうになっている。
「きっと貴族に慣れさせるためだろ」
話を聞いていたユリウスさんの言葉にエリオットさんは頷く。
「貴族の子どもたちには、礼儀作法を実践させるためにそういう習わしがあるんです」
「そっか……」
きっと貴族たちの社会科見学みたいなものだろう。
僕の場合は、職場体験みたいな役割もあるけど……。
「でもせめて城までは一緒に来てくれますよね?」
城の中を一人で歩くのはわかったけど、さすがに貴族街を一人で歩くわけではないよね。
少し心配になって聞いてみたが、再びエリオットさんは困ったような顔をしていた。
きっと普段の僕の様子とは違うからだろう。
でも、僕もどこか今回はしがみついていないといけないような気がした。
「それはコンラッド団長に頼みました」
「コンラッド団長……ですか?」
突然名前が出てきた青翼騎士団のコンラッド団長の名前に僕は首を傾げる。
「ついでにコンラッド団長のご自宅に泊めてもらうことになってます」
「うええええぇぇぇ!?」
――バシャン!
再び僕の驚いた声でエアリオスさんとアクエリオスさんは合体家事魔法を失敗させていた。
「二人とも集中する!」
「「イエッサアアァァァ!」」
僕の言葉に二人は胸元に手を当てて敬礼をしていた。
魔法を使うのに強靭な精神力が必要って聞いているからね。
「社会科見学に泊まりがついたら、それだと修学旅行じゃないですか!? ……いや、旅行じゃないし違うのか?」
「なんですかそれ?」
「なんだそれ?」
僕の言葉にエリオットさんとユリウスさんは首を傾げていたが、大事なのはそこじゃない。
僕が黒翼騎士団を離れて生活できるのか心配だ。
きっと家の中を汚して、ご飯もまともに食べれ――。
「あれ? 意外に生活できるのかな?」
僕の言葉に二人は顔を見合わせていた。
意外にも今日の朝のことを考えると、僕がいなくても黒翼騎士団の騎士たちは生活できそうな気がする。
「僕がいなくてもエリオットさんたちは大丈夫ですか?」
僕の言葉に少し戸惑いながらも、エリオットさんは何かを堪えるように唇を噛む。
そして、大きく息を吐いてから、僕にニコリと微笑んだ。
「大丈夫です」
どこかその言葉に安心感を覚えたが、やけに寂しく感じた。
子離れってこんな気分なんだろう。
……いや、実際は僕の方がかなり子どもなんだけど、すごく寂しく感じる。
僕はそのままエリオットさんにギュッと抱きつく。
朝から黒翼騎士団の騎士たちが寂しそうにしていたのは、元からこうなることがわかっていたのだろう。
今までずっと一緒にいたから、長い時間離れるのは初めてだもんね。
「僕がいなくてもちゃんとご飯を食べてくださいね」
「はい……」
「掃除もするんですよ」
「わかりました」
僕は騎士たちが心配で仕方ない。
でも、いつまでも心配していたらいけないからね。
「エリオットさんもしっかり者だから無理しないでくださいね」
「ええ……わかっています」
僕はエリオットさんを強く抱きしめた。
エリオットさんも僕を見送るように強く抱きしめ返す。
しかし、隣で見ていたユリウスさんはクスクスと笑っていた。
「一生の別れじゃないぞ?」
「寂しいんです!」
僕は睨みつけるようにユリウスを見たが、彼は少し驚いた顔をしていた。
「そうか……羨ましいな……」
「では帰りはあの二人と一緒に青翼騎士団に庁舎に行って、コンラッド団長と帰宅してください」
ユリウスさんは小さな声で何かをボソッと呟いていたが、エリオットさんの声でかき消されていた。
エリオットさんは要件を伝えると、そのまま振り返らずに部屋を出ていった。
どこかその背中は小さく震えているように見えたが、きっと僕の気のせいだろう。
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