89.兄ちゃん、交渉をする
「魔法師団の所属ですか……」
「そうだ。ただし、十年間は黒翼騎士団との兼任も認めない」
ミレイユ団長が求めたのは魔法が使えない僕が魔法師団に所属することだった。
僕のどこに期待して評価しているのだろうか。
「なぜそこまで僕に期待するんですか?」
「君は複合魔法が作れる唯一の可能性を持っているからね」
複合魔法ってミレイユ団長が失敗した魔法のはず。
魔法が使えない僕に可能性はないと思うけど……。
首を傾げていると、ミレイユ団長は話を続けた。
「洗濯魔法を使ってみたが、魔法の自由度が高いことを知った。ただ、それと同時に固定概念に縛られている私たちでは、それを実現するだけの自由がない現実を突きつけられた」
「それって……魔法を知らない僕だからこそ、複合魔法を完成させるヒントが得られるってことですか?」
僕の言葉にミレイユ団長は頷いた。
どうやら呪文を詠唱して発動するのが魔法という概念が邪魔をしているため、イメージから魔法を作るのが難しいらしい。
確かに魔法を知らないからこそ、僕なら自由なアイデアが出せるかもしれない。
エリオットさんやゼノさんにも、イメージを膨らませるために、起こる現象や似たようなものをやって見せて、イメージを強くさせた。
知恵があればあるほど、その枠組みから外れるのは難しいのだろう。
ただ、それは僕じゃなくても務まる気がする。
「平民なら誰でもできませんか?」
「ソウタ、それは無理だと思いますよ」
隣にいたエリオットさんがすぐに否定した。
商店街の人と身近に接しているエリオットさんがそう思うのには理由があるのだろう。
「なんでですか?」
「貴族に対して物怖じしない人で、尚且つ貴族と立場が近い平民はほぼいないからね」
「わぁー、僕貴族の方々苦手ですよー。こわーい!」
咄嗟に否定してみたけど、棒読みになっていたようだ。
周囲は静けさに包まれていた。
「ゴホン!」
僕に注目が集まったため、咳払いをして、さっきのことはないものとした。
「自分でも違和感に気付いたみたいだな」
「貴族の子どもたちですら、私たちに怯えるからな。息子は大人になってもそうだ」
ゼノさんは父である財務卿に怯えているのかな?
直接話を聞いたことがないけど、家族仲があまりよくないみたいだね。
「僕も同じ人間ですよ? ウニョウニョした虫なら怯えますけど……」
エルドラン団長に見せてもらった虫と比べたら、宰相や財務卿は特に怖くもない。
「そういう問題ではないよ。爵位が高い人と関わるのは、一歩間違えたら命取りになるからね」
「貴族って大変なんですね……」
「ソウタもついこの間、巻き込まれたばかりですからね?」
そういえば、ブラックマーケット伯爵家に誘拐されている時も爵位を盾に脅されていたっけ?
かっこよくゼノさんが言い返していたけどね。
「最悪、不敬罪になって、その場で処刑も普通にありますから」
「うっ……うん……」
僕はその場で息を呑んだ。
貴族たちは不敬罪にならないように、態度や言葉使いに気をつけているのだろう。
僕のような平民はそれを知らない。
相手が貴族相手となると、命の危険すらあるということだ。
「でも、僕からしたら貴族よりも見た目だけで言ったら、出会った時の黒翼騎士団の騎士たちの方が顔は怖かったですよ……」
「「……」」
僕の言葉に宰相と財務卿は口を閉じた。
だって、初めて出会った時のエルドラン団長とか顔だけ見たら震えるほどだ。
つい何もできないことを知った影響で、弟のように感じたし、彼らが見た目よりも優しいことに気づいた。
それに今では毎日ニコニコしているから、全く怖さを感じない。
「それでソウタ、どうするんだ?」
ミレイユ団長は僕に魔法師団に所属するか選択を迫ってきた。
ただ、僕の中では第一優先にしていることはずっと決まっている。
「エリオットさん、そんな心配した顔をしないでください。僕は黒翼騎士団を離れませんから」
僕はエリオットさんに向かって微笑むと、ホッとした顔をしていた。
「僕は魔法師団には所属しません」
体の向きを変えて、ミレイユ団長に伝える。
「そうか。それなら仕方――」
「いえ、世界樹の実も諦めませんよ? 僕が複合魔法の研究に協力すればいいだけですからね?」
僕が忙しくなるのはここに宰相や財務卿がいる時点で、すでに決まっている。
城に来るなら、一緒に用事を済ませればいいだけだ。
魔法が使えないから、僕にできることは少ないだろうしね。
「ほぉ、それなら複合魔法に関する実験で、何かしらの結果が出たら対価として渡そう。それならユリウスもいいだろう?」
「えぇ……」
ミレイユ団長は治療を終えたユリウスさんに、話を振っていた。
どうやら傷口は治ったのだろう。
本当に治癒魔法は便利だ。
「ソウタもユリウスのことを悪く思わないでくれ、彼は彼なりに貴族の誇りと務めがあるからな」
今の僕には貴族の誇りと務めが何かはわからない。
それはあとでエリオットさんに聞いてみよう。
「わかりました」
ただ、今は世界樹の実が欲しいから我慢するけど、黒翼騎士団の騎士を見下していたのは忘れないからね。
そして、後の問題は目の前にいる宰相と財務卿だ。
「それでお二人は僕に何を依頼するつもりですか?」
「ああ、私にお弁当を……いや、この城で働くシェフへ料理の指導を頼む」
「息子のことを聞きたくてな」
二人の声が重なって聞こえづらかった。
「えーっと、要するに城で提供される食事の改善とゼノさんの話をして欲しいってことですか?」
僕の言葉に二人とも頷く。
思ったよりも簡単そうなことに、僕はどこか呆れてしまった。
この中でミレイユ団長の提案が一番問題だったからね。
「エリオットさん、今の僕の仕事状況で受けられそうですか?」
せっかくなら僕の専属秘書官に聞いてみた。
エリオットさんは、嬉しそうにメガネを上げて話しだす。
「ソウタの仕事内容は黒翼騎士団での業務、孤児院の食事および家事の指導、青翼騎士団の食事管理――」
「んっ? ちょっと待った。青翼騎士団の食事管理とはなんだ?」
宰相は気になったのか、エリオットさんの話を途中で止めた。
「コンラッド団長に頼まれて、青翼騎士団の後務騎士であるキッシュさんの指導と定期的に青翼騎士団で料理を作ってます」
「そんなこともしているのか……」
僕の話を聞いて、宰相はどこか遠い顔をしていた。
まだ五歳程度の見た目だけど、外で遊べないぐらいハードスケジュールなんだからね。
「だから、ここに来る回数もそんなに――」
「いや、コンラッド団長には私から伝えよう。青翼騎士団の食事管理と指導は城でやるようにとな」
宰相はニヤリと笑った。
やはり宰相をやっているだけのことはある。
頭の回転がとにかく早いね。
青翼騎士団の庁舎は同じ貴族街にあるので、こっちに来るならその先の城でやっても変わらないってことだろう。
「はぁー、わかりました。青翼騎士団の時間を使えってことですね」
「物分かりがよい子は私は好きだぞ」
「その代わり青翼騎士団でもらっているお給料より倍以上はもらいますよ?」
せっかくそこまでするなら、こっちも交渉しないわけにはいかない。
時間は無限にあるわけではないし、孤児院にいる子どもたちに僕もプレゼントとかしたいし。
「くくく、ここまで宰相の私相手に交渉する子どもは君しかいないだろう。どうだ、私の養子にでも――」
「さぁ、僕も忙しいのでエリオットさん帰りましょうか!」
僕はエリオットさんの腕を掴んで、城の廊下を歩いていく。
「ははは、将来は少し明るいかもしれないな」
「いつ魔王が復活するかわからない状況だからこそ、頭が回る人が未来にも必要ですからね」
「そういえば、息子のことは何か条件出さなくてもよかったのか?」
「あぁ!?」
宰相と財務卿が何か小声で話していたが、その場から逃げることに精一杯でうまく聞こえなかった。
ただ、途中で振り返り、僕は舌を出して軽くからかっておいた。
これで少し腹いせになったかな。
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