88.兄ちゃん、選択の自由を求める
「結局捕まっちゃいましたね」
宰相と財務卿にしっかりと声をかけられたら無視するわけにはいかない。
チラッとエリオットさんの顔を見ると、気まずそうにしていた。
僕は下ろしてもらうと、団服を整える。
「僕に何か用がありましたでしょうか?」
「ああ、君をずっと捜していたよ」
「大事な仕事があるからな。黒翼騎士団の副団長……いや、ソウタ専属の秘書官だったかね?」
その宰相の視線の先にはエリオットさんがいた。
二人とも表情はにこやかなのに、どこか含みのある笑みをしているように感じる。
「エリオットさんって秘書官だったんですか?」
「あっ……いや……」
視線を合わせようとしないエリオットさんを僕はジーッと見つめる。
「エリオットは君を――」
「申し訳ありません。理由は僕が聞きます!」
宰相の言葉を遮るように、僕はエリオットさんの団服の裾を掴んだ。
エリオットさんは申し訳なさそうにその場で片膝をついた。
家族が何かやったことであれば、その本人の口から僕は聞きたい。
「エリオットさん、しっかりと話してください。僕たちは家族ですよね」
頬に手を添え、視線を逸らせないように見つめる。
「ソウタを見つけるために宰相と財務卿の依頼を受けることにしました。勝手なことをしてすみません」
いつも冷静なエリオットさんの落ち込んでいる姿をあまり見ることはない。
僕は頬を掴んでグルグルと回す。
「しばらくは洗濯魔法の刑ですからね。最近シーツも洗えてないから、ちょうどいいです!」
僕が笑って伝えると、エリオットさんはキョトンとしていた。
その表情が驚かせた時の弟に似ていてどこか可愛らしい。
「なんか……微笑ましいな」
「私たち貴族には到底築くことのできない絆ですからね……」
エリオットさんを困らせたのは、むしろ背後で見ている宰相と財務卿だからね。
僕は向きを変えて二人に詰め寄る。
「依頼が何かはわかりませんが、こちらにも条件があります」
宰相と財務卿はお互いに顔を見て頷く。
「条件か……。それで何が目当てだ?」
「魔法が使えるようになる何かをください」
僕が求めたのは貴族じゃなくても魔法が使えるようになる何かだ。
ミレイユ団長がその存在を知っていたから、実在するのだろう。
「ああ……世界樹の実か……」
宰相と財務卿の顔は険しくなる。
隣にいるエリオットさんすら同じだ。
「難しい話だな」
「世界樹の実はかなり高価なものだからな……」
どうやら珍しいもので値が張るのだろう。
「それっていくらぐらいですか……?」
「価格にすると黒翼騎士団の年間予算ぐらいになります」
エリオットさんの言葉に耳を疑った。
「えっ……えええええ!」
あまりの高さに僕は驚きを隠せない。
黒翼騎士団の年間予算の中には、騎士たちに支払われる給料も含まれているはず。
年間予算の内訳は騎士全員の人件費と生活費、武防具の管理維持費、宿舎の管理費などって聞いたことがある。
「それに食べたからって魔法がうまく使えるわけではないですからね。それに魔法が使えても魔力量や属性に左右されます」
「まるで人生の賭けをしているみたいですね」
僕の言葉にエリオットさんは頷いた。
ただ、賭けではあるものの、教育にお金を使うよりも可能性を広げるために、世界樹の実を手に入れるらしい。
「ってことは魔法が使える人たちは、貴族の中でも裕福ってことですか?」
「んー、見栄を張っている貴族も多いですが、爵位を上げようとしている人たちが大半ってのが正しいです」
貴族の中でも魔法が使えない人はいるようで、その人たちは他の貴族の従者や文官として働いている。
ただ、それだけでは成果が上げにくいため、爵位を上げるのは難しいらしい。
魔法を使えることができれば、騎士団や魔法師団に所属して成果を上げる方が確率が高いとエリオットさんは言っていた。
「やっぱりエリオットさんは優秀な人なんですね」
エリオットさんはどこか穏やかな表情で笑っていた。
「クスッ……黒翼騎士団が優秀って……くくく」
そんな僕たちを見たユリウスさんは笑っていた。
きっと黒翼騎士団に対して、どこか見下しているのだろう。
僕を誘拐して頼ってきたのに、見下すって……バリーさんと似たような匂いがする。
「ゴホン! 君は私の息子まで侮辱するのかね?」
財務卿に睨まれると、何食わぬ顔で視線を外した。
「ゼノさんは優秀ですよ?」
「そうか。まあ、私の息子だから優秀じゃないと困る」
「くくく……財務卿はゼノさんと違って素直じゃないですね」
「なっ……」
ふいに父親と似たような表情をする財務卿につい僕も笑ってしまう。
素直にゼノさんが褒められたら喜べばいいのにね。
その辺は子どもの僕にはいまいちわからないや。
「ソウタは魔法が使いたいから、世界樹の実が欲しいのか?」
宰相の言葉に僕は首を横に振る。
「いえ、僕は魔法も爵位もいらないですよ。今でも黒翼騎士団で楽しく過ごせればいいので必要ないですね」
「ソウタ……」
エリオットさんの目はどこかウルウルとしていた。
最近、涙脆くなったのかな?
僕がハンカチを渡すと目元を拭いていた。
「ただ、孤児院の子ども……だけではなく、商店街に働いている子どもたちにも職業を選べる自由があればいいなと思ったので」
孤児院の子どもたちは、この先騎士団の調理場や家事の手伝いなど職業の幅は広がった。
だけど、商店街で働いている人の子どもたちは家業を継ぐしかない。
「くくく、貴族は選ばれた人がなるものだ。文官や従者も平民のようなやつらがなれるものではないからな」
一拍置いて、ユリウスさんは続けた。
「秩序は血によって守られる。平民に選択など与えれば、この国はいずれ崩れるからな」
僕はユリウスさんを睨む。
黒翼騎士団のみんなの顔が、頭に浮かんだからだ。
彼の言ってることは正しいかもしれない。
それがこの世界での生き方であり、曲げられない事実だからね。
でも、黒翼騎士団はそれを曲げて騎士になった。
「貴族ってそんなに偉いんですか? 先祖の方々が築いた恩恵であって、その人が評価される理由にはならないですよね」
僕の言葉にユリウスさんは眉間にシワを寄せた。
日本に住んでいた僕からすると、職業の自由がないことに違和感を覚えている。
少なからず環境によっては、教育の質などは変わってくる。
でも、選ぶ自由はあるはずだ。
「何も知らない平民の子ども風情が――」
きっと言いすぎて機嫌が悪くなったのだろう。
ユリウスさんから嫌な雰囲気を感じ取った瞬間、周囲の空気がガラリと変わった。
背筋を撫でるような圧に、思わず息を呑む。
――ドンッ!
だが、それと同時に大きな音が鳴った。
さっきまで目の前にいたユリウスさんがいなくなり、消えていた。
「くはっ!?」
衝撃は壁にぶつかることで止まった。
壁にもたれて項垂れるユリウスさん。
突然の出来事で僕は驚くしかなかった。
「ソウタ、部下が失礼な態度をとった」
僕に向かって頭を下げたのは銀色に輝く長髪の女性。
長い髪から耳の先端が少し飛び出ている。
「あのー、どなたでしょうか?」
さっきまで女性はミレイユ団長しかいなかったはず……。
「ははは、やはりこの綺麗な美貌に驚いたか?」
「いや……綺麗ではありますが……」
僕はジーッと見つめるが、豊満な胸はないし、お尻もぺちゃんこだ。
さっき聞いていた姿とは全く違う。
ただ、ついさっきまで一緒にいたミレイユ団長と同じローブを着ている。
見た目も小さなミレイユ団長をそのまま大きくしただけだ。
「何か失礼なことを考えてないか?」
「いえ、僕は綺麗としか言ってないですよ」
僕はジーッとミレイユ団長の目を見つめると、ついに諦めたようだ。
別にさっきから見つめていることには変わりない。
むしろ、凝視しすぎて失礼になるぐらいだ。
「ユリウスさんは大丈夫ですか?」
「ああ、魔法師団はそんな弱い存在ではないからな」
チラッと視線を送ると、ユリウスさんは自身に治癒魔法をかけていた。
「まあ、それはさておき、私が持っている世界樹の実をソウタにわけてあげよう」
その言葉に周囲の人たちからの視線はミレイユ団長に集まる。
まさかすでに持っている人がいるとは思わなかった。
「いいんですか?」
「ああ。ただし、魔法が使えるようになったら魔法師団に所属してもらうからな」
ミレイユ団長はニヤリと笑った。
やっぱり高価なものをそんな簡単に手に入れることはできないようだ。
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