80.兄ちゃん、解決策を提案する
「では、始めよう」
その一言で会議室の空気が張り詰める。
宰相と財務卿が椅子に座ると、すぐに会議が始まった。
「孤児院における奴隷売買、およびブラックマーケット伯爵家の件だ」
ピシッと装いが整った男性が話し始めた。
「はい」
リヒャルト殿下が重々しく返事をする。
「この度、ブラックマーケット伯爵家に関する事実確認を行った。併せて財務卿による調査結果も報告する」
隣にいた人が立ち上がったから、彼が財務卿なんだろう。
だけど、どこか財務卿の姿が僕の知っている人に似ている。
いつもは甘えん坊だけど、しっかりするところはピシッと決めている彼が歳を重ねたら、あんなかっこいい姿になるだろう。
「ソウタ、呼ばれているぞ」
エルドラン団長の声に僕はハッとする。
今は会議に集中しないといけないね。
「申し訳ありません。上の空に――」
「いや、仕方ない。直接暴力を振るわれていたと聞いているからね」
やっぱり僕に向ける瞳がゼノさんにそっくりだ。
「孤児院の奴隷売買について知っていることを話してもらえないか?」
「はい……」
僕はカイやルカと出会い、孤児院で奴隷売買が行われていると知ったことを話した。
そして、バリーさんの協力で孤児院へ潜入したこと。
犯人が黒翼騎士団を名乗っていたこと。
そして、あの場所で行われていた体罰と劣悪な環境についても全て話した。
思い出すだけでも、あの叩かれた記憶が蘇って体が震える。
「ソウタ、無理するなよ」
次第に僕を膝の上に載せているエルドラン団長の手が強く握られ、抱きしめていく。
「エルドラン団長、大丈夫ですよ」
僕がニコリと微笑むと、エルドラン団長の手は緩めた。
「孤児院にいるオリーブの話では、前は孤児院には二十名ほどの孤児がいました」
「ってことは――」
「半数が奴隷になっているかと思います。年上の女性孤児は貴族の愛玩奴隷、その他についてはどこに売られているかは聞いてないです」
会議室の中はさらに静まり返る。
女性であるローズ団長は憤りを隠せないのか、軽蔑の色を浮かべた。
こんな状況になるまで、貴族たちは誰も気づかなかった。
もちろん自分の部下であるリヒャルト殿下もだ。
「辛い思いをさせた。王族として詫びる」
リヒャルト殿下は立ち上がると、僕に頭を下げた。
それは彼だけではなく、コンラッド団長やローズ団長、宰相や財務卿も同じだ。
ただ、謝られるのは僕ではなく、ずっと孤児院で苦しめられていた子どもたちだ。
「それなら今後孤児院の子どもたちが困らないように対応してください。僕が望むのはそれだけです」
僕には黒翼騎士団という帰る場所があるからね。
「ああ、それは約束しよう」
王族であるリヒャルト殿下は口約束だとしても嘘は言えないだろう。
ここには宰相や財務卿だけではなく、騎士団のトップが集まっているからね。
「まず奴隷売買をしていたブラックマーケット伯爵家は爵位剥奪と今まで横領していた資金を全て回収することが決まった」
宰相の言葉に僕は頷く。
「奴隷売買された子どもたちに関しては全力で探すつもりだ。ただ、証拠があるかわからない」
「それは私が直接あいつに手を下すつもりだ」
「では、分かり次第保護していきましょう」
どうやらリヒャルト殿下が直接ブラックマーケット伯爵家から、売り出した相手先を聞き出して、保護してもらえることが決まったようだ。
だけど、傷ついた子どもたちは今後どうなるのだろうか。
「次は誰が孤児院を管理することになるんですか? 今は孤児院を管理できる人もいないですし、子どもたちは誰も信じられないと思います」
僕の言葉にこの場にいる人たちは黙ることしかできなかった。
ただ、一人だけを除いて――。
「それなら俺がやろうか?」
手を挙げたのはコンラッド団長の後ろに立っていたバリーさんだった。
「いやいや、兄さんでは無理ですよ」
「私もバリーに務まるとは……」
バリーさんを知るエリオットさんやコンラッド団長からは、心配する声が聞こえた。
昔から知っている二人がそう思っても仕方ない。
ただ、バリーさんの子どもたちからの信頼は異様に高い。
「僕もバリーさんは適任かと思います。バリーさん、見た目通りバカですけど、子どもたちに好かれていますし、今日もここに来る前に一緒に遊んでいましたよ」
「おいおい、余計な一言だぞ!」
「だって、バカにいって呼ばれているじゃないですか。それに一言以上余計だと思いますよ?」
「くっ……またそうやってお前は」
なぜか今日一番、会議室が静かになった気がする。
バリーさんって本当に信頼されていないのだろう。
バカにいの話をした瞬間、コンラッド団長は大きく頷いていた。
信頼されていないのに、副騎士団長がよく務まっていたね。
……いや、あの反応だとコンラッド団長が一人で運営していたのかもしれない。
「ただ、それだけだと不安があるので、黒翼騎士団と青翼騎士団で面倒を見るってのはどうですか?」
今度は僕を疑うような視線が向けられた。
さすがに僕は何も考えずに発言したわけではないからね。
「孤児院にいる子どもたちが成長したら、どうなるか知っていますか?」
「普通に働くんじゃないのか?」
リヒャルト殿下はエルドラン団長を見つめていた。
その考えは間違っていない。
現に黒翼騎士団は孤児院上がりの人たちばかりだ。
「みんなが黒翼騎士団のように強いと思いですか?」
「あー、それなら体罰に遭うこともなく、奴隷として売られることもないのか」
きっと力があれば自身で逃げ出せていただろう。
それに町の中で関わる人たちに孤児院について聞いたことがある。
しかし、黒翼騎士団以外に誰一人も孤児院を卒業した人には出会ったことがないと聞いていた。
町の人たちは、孤児院を卒業したら黒翼騎士団に所属すると思っていたらしい。
「孤児院を卒業した人は働く力がなく、路頭に迷っていると思います」
「それは本当か!?」
リヒャルト殿下は驚いていた。
それは他の貴族たちも同じだ。
きっとこの人たちは町の路地裏にいる人たちを知らないのだろう。
「あー、だからカイとルカが襲われることがなかったのか」
「バリーさんにしては珍しく頭が回っていますね」
バリーさんはこの中で一番路地裏のことを知っている。
路地裏の人たちは僕たちを襲うことはしなかったし、カイとルカが住み着いても追い出すことはしなかった。
きっと彼らがカイとルカが似たような境遇なのに気づいていたからだろう。
「だからお前は余計な一言が……いや、今は二言なのか?」
「はぁー」
バリーさんの言葉にコンラッド団長は頭を抱えていた。
さすがに好かれているからって、一人で孤児院を任せることはできないってここにいる人たちなら思うだろう。
「だから、孤児院の子どもたち及び路地裏で路頭に迷っている人たちが社会復帰できるシステム作りをして欲しいです」
僕の言葉にリヒャルト殿下だけではなく、宰相や財務卿は頭を悩ませていた。
言うのは簡単だけど、実際に何かをするには莫大なお金がかかるだろう。
じゃあ、それをどこから出すかって話にもなる。
「僕から提案できるのは一つ。孤児院の子どもたちを騎士見習いとして雇うことはできませんか?」
「騎士見習い……?」
リヒャルト殿下は首を傾げた。
きっとあの様子だと青翼騎士団と黒翼騎士団の現状がわかっていないのだろう。
「騎士団の庁舎での食事や家事はどんな感じですか?」
「白翼騎士団は各々の専属の従者がついている」
白翼騎士団は近衛騎士なのもあり、騎士自体に従者が付いているようだ。
「赤翼騎士団は後輩騎士がやってくれているわ」
一方の赤翼騎士団は寮生活に近いのだろう。
「青翼騎士団は?」
僕はコンラッド団長の方を見て、ニコリと笑うと顔を逸らした。
「私たちは後務騎士がやっている」
「その後務騎士は全員で何人ですか?」
「うっ……四人だ」
青翼騎士団にはキッシュさんを始めとする料理組と掃除および洗濯組で分かれている。
本来は騎士としての力もあるのに、後務騎士という名ではあるけど、仕事内容は騎士の訓練をしている家政婦とほぼ変わりない。
「ちなみに黒翼騎士団は誰もやってませんでした……」
「誰もやってなかった!?」
リヒャルト殿下の言葉に僕は頷く。
「僕が来るまではゴミ屋敷でしたし、食べるものは栄養が偏ったものばかり。黒い団服だからってそのまま川や池に入るだけで、お風呂にすら入って――」
「ちょっと待て待て。本当にそんな生活をしていたのか……?」
コンラッド団長も黒翼騎士団の状況を知らなかったのだろう。
エリオットさんを心配する目をしていた。
それは財務卿も同じだ。
「だから黒翼騎士団に教え込ませたんですが、やはり人手が足りないんです」
「教え込ませた……?」
コンラッド団長は目を大きく見開いた。
「私も料理をしてますよ」
エリオットさんの言葉にコンラッド団長とバリーさんは驚いた。
「ははは、貴族が掃除と料理をするって面白いな」
リヒャルト殿下はその様子に笑っている。
社畜状態になっている僕からしたら、結構深刻な悩みなんだからね。
「だから、人手が足りない両騎士団の見習いとして、家事を手伝わせて少しばかりのお給金を渡すのはどうでしょうか?」
「確かにそれなら人手の確保もできて、卒業後の社会復帰にも繋がるのか」
宰相の言葉に僕は頷いた。
孤児院の子どもたちを黒翼騎士団と青翼騎士団で育てて、社会復帰もしくはそのまま騎士団で働いてもらおうって魂胆だ。
やりたいことが見つかれば、働いたお金で事業の資金にできるかもしれないからね。
「では、そのように孤児院のシステムを調整して国王に判断をもらおう」
どうやら僕の意見は通ったみたいだね。
正直、僕一人でやるには仕事量も多かったし、レオがあれだけ成長したから、孤児たちでもできる気がする。
「あっ、そういえば君は料理が上手だって聞いている。ついでに白翼騎士団にも来てもらえないか?」
「……えっ?」
リヒャルト殿下の言葉に僕は唖然とする。
その後ろには手を振る白翼騎士団の副団長がいた。
「何でも君の作るお弁当ってやつがびっくりするほど美味しいって部下から聞いているからな」
「ほう、それは私も気になるな」
「国庫からは出せないが、お金ならいくらでも持っているからね」
リヒャルト殿下に続いて、宰相や財務卿まで話に乗ってきた。
僕は助けを求めようとエリオットさんを見つめると、耳元でコソコソと話しだした。
「国の上層部と繋がりを持っておいた方が良いかと思います」
あれ……?
僕は仕事を減らすために提案したのに、なぜ増えている?
もうこれ以上弟はいらないからね!?
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