37【最強の面】~浅井将鷹~
玉竜旗大会、三回戦。対九星学院、副将戦。
毛利から思いを託された副主将、浅井将鷹の視点でお送りします。
――なぁ、玉竜旗っていったら、高校剣道じゃ、三大大会のひとつだろ。これって、おれらにとっちゃすっげえボーナスステージじゃん!
九星学院高校との対副将戦。試合場に入った将鷹の脳内には、弾んだ声が響いていた。それは、この九州遠征の報せを受けたときの、毛利の言葉だ。彼は瞳を輝かせ、それはもう嬉しそうに、まるで幼い子どものような笑顔でそう言いながら、部室に戻ってすぐ、九州遠征の詳細が書かれたプリントを広げていた。
「すげえ、フェリーでの移動だって! おれは絶対行く。……なぁ、みんなは? どうすんの?」
「もちろん、参加するつもりだよ。なぁ、マサ」
「あぁ」
「やったぁ! じゃあ、伊達も――」
「あ……、ごめん。おれは……、ちょっと無理かな」
伊達は、寂しそうな笑顔を見せてそう答えた。毛利は彼の事情をよく知っていたのだろう。思い出したように「そっか、そうだよな」と、やはり寂しそうに答えたが、その後、すぐに気を取り直したのか、「おれらが伊達の分まで、九州で戦ってくるよ」と明るく返したのだった。
毛利と伊達は、この一年弱、先鋒と次鋒を任されてきたせいか、普段も一緒にいることが多かった。ただ、伊達の話によれば、レギュラーのポジションだとか、同じ前衛タイプというよりも、将鷹と市鷹がいつもセットだったために、自然と彼らもセットで動くことが多くなり、仲がよくなったのだそうだ。もっとも、伊達の家の事情は、将鷹、市鷹も聞いて知っている。彼の家が開業医であることや、剣道部での活動は、高校までだと両親に約束させられていること。大学では医学部を目指し、ゆくゆくは医者になって、父の跡を継がなければならないことも。
だが、毛利はほかの部員の誰よりも長く伊達と接してきた。だから、それだけ深く彼を理解していたのかもしれない。九州へ着いてからも、毛利はよく「伊達の分も、頑張らないとなぁ」と話していた。それなのにさっき、試合中に足をくじいてしまったわけだ。
あの調子じゃあ、この試合を勝ったとしたって、次はもう出られねえだろうな。あんなに張り切ってたのに、毛利のヤツ、大丈夫かな……。
つまり、おそらくは毛利にとって、さっきの試合が高校での剣道部活動の最後の試合になってしまったわけだ。彼のメンタルが少々気になるが、今、将鷹は彼に思いを託され、戦うためにここに立っている。振り返ってはいられない。毛利のことは、市鷹に織田、雑賀に浬、そして航に任せておけば大丈夫だろう。将鷹は深呼吸をして、開始線で蹲踞をした。
まぁ、毛利の分まで、オレが戦ってやればいいだけの話だ。そんで……、まずはこいつに勝つ!
将鷹は真っすぐに前を見据えた。目の前に立つのは、九星学院高校の副将、龍造寺。彼はまだ二年生らしいが、その出で立ちも体つきも、どう見ても年下には見えない。身長が百八十センチある将鷹と、視線の高さがほとんど変わらないところを見る限り、彼もまた、それくらいの背丈はあるのだろう。加えて、防具の付け方、面紐の位置。見るからに、彼は強者だった。
さっき、宗像見てても思ったけど……、二年でこれだけの体作ってるって、普段から相当なトレーニング積んでるな……。さすがは九州の強豪だ。
龍造寺は今、面金の奥から、鋭い眼差しをこちらへ向けている。その目つきは、まるで天狗か鬼のようだった。その視線を受けて、将鷹の全身にはぶわっと鳥肌が立つ。おそらくはこの試合、開始早々から猛攻撃が来るだろう。航と毛利のおかげで、市立船戸は現在、優勝候補を相手に一歩リードした状態を保っている。ここで引き分け以下なら、九星学院高校に残る選手は大将ひとり。まさに、背水の陣。将鷹はにやりと口角を上げた。
優勝候補だろうが、なんだろうが、オレたちは目の前に立ちふさがる壁を突破する。今はただ、それだけだ……!
「はじめぇッ!」
「……面りゃぁあああッ!」
「おおっ!」
試合が開始された直後、龍造寺が飛び出してくる。案の定だ。将鷹はそれを竹刀で避け、鍔迫り合いからすぐに引き面を狙った。
「面だぁあああッ!」
「小手ッ、面やぁああッ!」
引き面の後、残心を取るが、龍造寺は逃がさないと言わんばかりに追いかけてきた。そうして、さらにそこから連続技を出してくる。序盤から、激しく白熱した展開だが、龍造寺はやはり、それだけ必死になっているに違いなかった。
なにがなんでも、負けるわけにはいかねえと思ってんだろうが、それはこっちだって同じだぜ……。
将鷹は、鍔迫り合いから、再び引き技を狙い、龍造寺の体を強くいなした。すると、龍造寺がそこをまさに狙っていたのか、引き小手を打つ。
「面りゃぁああっ!」
「小手ぇぇええッ! 小手だぁああ!」
「おぉっ!」
思わずヒヤリとしたが、将鷹の剣先は惜しくも面の横側に当たり、龍造寺の剣先は鍔元に当たる。おそらく、龍造寺の狙いは打つ瞬間の出鼻と、打ち終わり。試合の中で、もっとも隙が出来やすいタイミングを徹底的に狙っているようだった。彼から一本を取るには、意表をついたタイミングと、技の選択が必要だろう。将鷹は頭を巡らせる。
しばらくは辛抱だな。こいつの猛攻撃に合わせて、一緒になって打ち合ったら、それこそ向こうの思うツボだ。
今、市立船戸高校はわずかではあるが、有利な状況にいる。将鷹はなにも、龍造寺のペースに合わせることはない。ただし、そうはいっても、ずっと守りに徹して、四分をやり過ごすのもまた難しいだろう。そもそも、守る一方では反則を取られてしまう。将鷹は、間合いの攻防の中で、なおも策を練った。
情けねえが、オレには、遠間からの面くらいしか武器がない。だけど、この面だけは、誰にも負けない自信があるんだ……!
遠間からの差し面は、将鷹の得意技だ。これをうまく使えば、どんな強者にも一本を取れる。将鷹はそう自負していた。問題は、タイミングだ。どんなに自慢の技だとしても、タイミングをひとつ間違えば、逆に相手にとってチャンスになりかねない。
龍造寺の意表を突いて、居つかせるしかねぇか……。
技を出した瞬間、相手に予測も反応もさせず、その場に居つかせる――。それができれば、誰が見ても納得のいく一本が取れるはずだ。しかしそれには、龍造寺の動きをよく観察し、呼吸のリズムやタイミングを読むしかない。また、ある程度の時間経過と、彼の体力を消耗させることも必要だ。それは体力面でも、精神面でも同じ。疲れは自然と苛立ちを生み、技の正確性、安定性を崩すようになる。そうなってからが狙い目だ。一本を取ろうとして、速いペースで技を繰り出しているうちは、それだけ体力があるということ。そういうときには、大抵の場合、集中力が高まっているし、感覚も研ぎ澄まされている。だが、一本も取れないまま、時間が半分も過ぎれば、変化は見えてくるはずだ。おそらく、最初に彼が感じはじめるのは、焦りだろう。
どんな強いヤツも、格下相手に思い通りにいかなきゃ、当然、焦る。焦りは、自然と苛立ちを生むんだ。そうすりゃ、必ず技は狂ってくるし、技が狂いはじめりゃ、それだけ、間合いの取り方だって雑になる。それまでは、なるべく渋くいかねえとな……。
本当なら、このレベルの選手と戦う機会はそうはないわけで、将鷹としては、稽古のごとく、思うがままに打ち合ってみたいというのが本心ではあった。だが、そんなことをすれば、当然、隙ができ、打たれてしまう。
こういう奴らとは、錬成会で思いっきり戦ってみたかったな……。
将鷹は龍造寺の激しい攻めと技をかわしながら、隙を見て打ち込んでいく。
「小手ぇっ! 面だぁあああっ!」
「……胴ぉおおッ!」
「おおッ!」
しかし、策を練ってはみたものの、実際に龍造寺をかわすのはそうカンタンな話ではなかった。彼もまた、おそらくは策を練り、将鷹を自分の間合いへ誘い込み、技を仕掛け、鍔迫り合いになれば、休みなく引き技を狙ってくる。将鷹は、その技、ひとつひとつにいちいちヒヤリとさせられながらも、ひたすらに堪え、辛抱を続けた。だが、やがて――。
龍造寺……。だんだん息が上がってきたか……。
気付けば、わずかだが、龍造寺の肩が上下し始めている。ここからが、重要だ。将鷹は、一足一刀の間合いから半歩下がった。すると、龍造寺はすぐにその距離を詰めてくる。いい反応だった。
さぁ、こい……!
チャンスはたぶん、そう何度も訪れないだろう。失敗すれば、同じ手は二度使えない。将鷹はごくり、と生唾を飲み、もう半歩下がった。そこをまた、龍造寺が追う。将鷹が下がる。龍造寺が追う。
よし……。
次の瞬間、将鷹は龍造寺の竹刀を払いながら、さらに大きく数歩下がった。間合いは遠間になり、龍造寺はすぐに、逸れた剣先を中心へ戻しながら、距離を詰める。遠間は一足一刀の間合いに比べて、技が届きにくくなるため、最も警戒心が薄れやすい。そのため、タイミングをずらされると、居ついてしまうことが多いのだ。そこに疲れが加われば、なおのこと反応が遅れてしまう。
ここだ……!
将鷹はその瞬間を狙い、思い切り左足を蹴って飛び込んだ。
「面だぁぁああッ!」
「メンりゃああッ!」
「おおーっ!」
は――……? 相面……!
絶好のタイミングでの、得意技。しかし、想定通りにはいかなかった。将鷹は彼の面を打ち抜き、残心を取ったが、一方で龍造寺もまた同時に、将鷹の面を打ち抜いていた。相面だった。タイミングを見て、うまく居つかせたと思ったが、龍造寺は将鷹の誘いには惑わされず、瞬時に反応したのだ。
信じらんねぇ、こいつ……、反応速すぎだろ……。
動作を起こす瞬間は、大抵は誰でも居ついてしまって、反応が遅れるものなのに、そこを瞬時に反応し、相面にしてしまうとは、やはり彼らはタダモノではないかもしれない。
ただし、それでも将鷹には自信があった。先に飛んだのも、打ったのも、明らかに自分だったとわかるからだ。ところが、残心を取って振り返り、一斉に上がった旗の色を見て、将鷹はすぐに足を止める。
な――……ッ!
相面は、そのスピードが速ければ速いほど、傍から見れば、ほとんど相打ちに見える。どちらが速かったか、それを見極めるのは剣道経験者であっても難しい。だが、大抵の場合、打った方はわかるものだ。自分が先だった、打ったのは自分だ、と。そして、打たれた方はもっとわかる。ほとんど同時に思えても、打たれたのは自分。これは、相手の面だと。そして、今の相面は――……。
オレの面だったはずだ――……!
しかし、その確信とは裏腹に、審判は赤い旗を上げている。将鷹は悔しさあまりに、奥歯を噛み締めた。将鷹には、今の面は自分だと、自分の方が速く打ったと、その感覚が確かにあったのだ。
……やっぱり、名前か。相打ちなら、あの九星学院の方が強いだろうって、そう見えんのか。絶対、オレが打ったと思ったのに、クソ……っ!
将鷹は開始線へ戻るとき、ちらと自チームの方を見る。すると、面をつけている途中の市鷹と視線がぶつかった。彼はかぶりを振ってから、両手で引っ張っていた面紐を放し、「落ち着けよ」とジェスチャーをくれる。将鷹はふん、と鼻を鳴らした。
わかってる……。心配されなくたって、オレは今、バカみたいに落ち着いてるよ。
落ち着いてはいる。だが、四分の半分も使って、策を練って、必死に相手を誘い込んで、得意技で勝負して、たしかに打った感覚はあったのに、それが無効どころか、相手の方に旗が上がってしまうなんて、悔しくてたまらない。もっと言えば、将鷹は今、龍造寺から一本を取り返す方法も、第二の作戦もまったく浮かんでいない。それが、また余計に悔しいのだ。ところが、その時だった。
「マサ、次!」
突如、応援の声が聞こえ、将鷹はハッとした。今のは、毛利の声だ。打たれた一本に囚われるな、今は取り返すことを考えろ、と彼はそう言いたいのだろう。
そうだな……。反省と愚痴は、後回しだ。
毛利の声を聞いたおかげで、将鷹の頭の中がスッと切り替わる。そうして、ふと、思い出した。前の試合、白波高校と戦った後、観覧席で毛利や市鷹たちと一緒に食事をとったときの会話を。
そういや、あのときアイツらが言ってたこと……。
「なぁなぁ、マサの遠間からの面さぁ、めちゃくちゃレベル上がったよなぁ」
「え?」
「たしかに。去年と比較しても、圧倒的に威力あるし、スピードも上がってるしな」
「なんだよ……。毛利も、イチも急に……。気持ちわりぃな」
試合の合間、観覧席に座り、おにぎりを食べながら、毛利と市鷹に急に褒められて、将鷹は戸惑った。そもそも褒められるのは、ちょっと苦手なのだ。
「別に……、レベル上がってんのは、オレだけじゃねえだろ。みんなそれぞれ稽古してきてんだから――」
「いやでも、マサの面は、やっぱすげえ進化したよ。この半年くらいで、特に」
「そうか……?」
「そりゃあ、だって……、それだけハードな特訓、したもんな。マサ」
「……まぁな」
「えっ、そうなの? なんだぁー、ちゃんとやってんだなぁ。さすが!」
毛利は、おにぎりを頬張りながら、そう言った。おまけに、市鷹までにこにこ顔で頷いたものだから、もう将鷹はたまらず、ジトっとふたりを睨んだが、ふたりはまったくお構いなしだった。
本当のことをいえば、ハードな特訓の理由はあまり格好のいいものではない。将鷹は去年の冬、とても焦っていたのだ。今度入ってくる新入生の中に、大砲みたいな面を打つ背丈の高いヤツがいるぞ、と織田から聞いて、自分と似たようなタイプの新入生の登場に、漠然と不安になって焦り、市鷹に特訓を付き合ってもらっていた。――なんて、そんな恥ずかしいことを、その場で打ち明けられるはずもなかった。
「たぶん、正攻法で打ったら、マサの面はそうそう誰にも負けないだろうな。ここまで来たって、そう思うよ。ただ――……」
「ただ?」
「マサは、感覚のままに動いてるときの方が、俄然、活きがいいよな。あんまり策を張らない方が、楽に一本取れる気がする」
「な……っ」
「たしかにー! それ、すげえわかる! マサの作戦、ときどきめちゃくちゃわかりやすいし、錬成会でも、たまに裏かかれるからなぁ」
「うるせえッ!」
将鷹がまた睨むと、ふたりはまた、げらげらと笑った。
小細工なしの正攻法か……。言われてみれば、たしかに……。イチと違って、オレは頭使うのはあんまり得意じゃねえ……。
将鷹は彼らとの会話を思い出しながら、開始線へ戻り、構えた。それから、深呼吸をひとつして、前を見据える。こんな強者相手に、作戦もなく感覚のままに突っ込んでいくなんて、危険だとしか思えない。だが、双子の兄、市鷹が言うことで、間違っていたことなど一度もないのだ。
いっちょ、やってみるか……!
「二本目!」
主審の声を合図に、将鷹はすぐに一歩、真っすぐ前へ攻めた。一足一刀の間に入り、龍造寺と呼吸が合う。その瞬間、彼の思考を察した。
出鼻狙いだな……。
まさにそこを狙われているとわかっていても、将鷹には恐怖も不安もなかった。技の選択を変える気もないし、まったく負ける気もしない。イメージは、頭の中でしっかりと出来上がっている。将鷹は、左足を思いきり蹴って飛んだ。
「メンりゃぁあああッ!」
「小手ぇ――ッ」
「おぉーッ!」
バグンッ、と音がしたのと同時に、歓声が湧く。竹刀を握っている手指には、衝撃が伝わってくる。将鷹は龍造寺の脳天を打ち抜き、残心を取った。その目の前で、龍造寺は天を仰ぐ。視界の隅では、白い旗が一斉に上がった。将鷹の面の、一本だった。
……おっしゃあ! 今度こそ、オレの面だあっ!
「面あり!」
「いいとこーッ!」
主審の声と、自チームの歓声が響く。将鷹の面は、龍造寺の技を潰し、見事に彼の脳天を打った。一足一刀の間合いから飛んだ面の威力とスピードに、龍造寺の小手は間に合わなかったのだ。将鷹はしっかり残心を取った後、構え直してから開始線へと戻る。得意技が見事に決まった後は、自然と足取りも軽くなった。
よし……、よし! これで五分だ!
しかし、ここからが正念場。将鷹の粘りの見せ所になる。わずか数秒で一本を返されて、龍造寺が悔しくないはずがない。おそらく、試合が再開されたのと時に、これまでにない彼の猛攻撃がくるだろう。
こっからだぜ……。来いや、龍造寺……!
「勝負!」
「……面りゃぁああッ!」
「胴ーーーッ!」
開始早々、龍造寺は攻め、面を打ち込んできた。将鷹はそれを竹刀で受け、すぐに体をいなし、引き胴を打つ。そこを龍造寺は追ってくる。息をする間もなかった。
「小手ッ、面やぁッ!」
「面ッ!」
「胴ォーーッ!」
互いに連続で技を打ち合い、間合いがやっと離れた。だが、やはり休んでいるヒマはなく、龍造寺はすぐに近づいてきて、再び攻めてくる。将鷹はじっと彼の動きを観察しながら、隙を探した。竹刀を払い、床を踏み鳴らし、一足一刀の間合いで攻め合っては、また打ち合いになる。ただし、将鷹はあくまで冷静だった。熱くなりすぎず、そうかといって防戦一方にならないように、龍造寺の打ち終わりをひたすらに狙う。
一本勝負は、先に一本を取った方に勝利が決まる。だからどうしても、慎重さが出る。もっと言えば、チームとしては、ここで無理やりに勝ちにいくよりも、しっかり抑えて龍造寺を潰しておくほうがいい。本当なら、将鷹の性分からいえば、引き分け狙いというのはあまり好ましい選択ではないし、勝敗はきっちりつけたいところではある。だが、相手はさっき戦った白波高校とはレベルが違う。九州の強豪で、この大会の優勝候補、九星学院なのだ。
なるべく、羽柴とイチには楽させてやんねえと……。羽柴は、責任感強すぎてなんでも責任を負おうとするところがあるし、イチもタイプとしては似てるからな……。
この試合、龍造寺に勝って繋いだとしても、このまま引き分けても、市立船戸高校が有利だ。しかし、それは九星学院に勝ってこの三回戦を勝ち抜けるという保証ではない。九星学院には、まだ大将の大友が残っているのだから。
勝ち抜き戦ってのは、こういうとき厄介だよなぁ……。たとえこっちに四人残ってたって、最後の一人にあとの全員がやられる可能性があるんだから……。
大友がどんな剣道をするのかはわからないが、九星学院のレギュラー陣の中で、大将を任されているのだから、相当な強者であることには変わりないだろう。油断はできない。
終盤まで、苦労して有利に試合を繋げても、最後の大将を倒せずに、逆転されて敗退するケースは、この大会では決して珍しくない。現に将鷹は、これまで試合の合間に何度もそういうシーンを見かけているのだ。
イチと羽柴のことを信頼してないわけじゃないが、今回は相手が相手だ。できるだけ、楽はさせてやりてえ……。ここは、安全策が無難だな。
「うらぁあああッ!」
将鷹は気合いの声を張り上げ、間合いの攻防で、じりじりと攻めながら、龍造寺の剣先をパンッと払いのけた。すると、龍造寺の中心が逸れ、彼は半歩、下がる。その瞬間を狙って、将鷹は面に飛ぼうとしたが、ふと嫌な予感を察して、ぐっとこらえた。なんとなく、待ち伏せされているような気がしたのだ。
なんだ……? 今の感じ……。やけにあっさり下がったな……。
戦った時間は、まだ数分でも、将鷹は彼の強さをもうよくわかっている。彼は、間合いの勝負で多少不利になったとしても、すぐに引き下がるような軟弱な剣道はしないはずだ。試しにダンッ、と床を踏み鳴らして振りかぶると、その途端、龍造寺は打って出てきた。
「――面りゃあッ!」
どこか、こらえきれなくなったようなタイミングに違和感を覚え、同時に気付かされる。ほとんど前へ飛ばない面と、出鼻のタイミング。それは、さっき相面になったときの打ち方と、酷似していた。
まさか、さっきの相面……。あれはオレが誘ってたんじゃなくて、逆に待ち伏せされてたってのか……。
あの相面は、思い出しても摩訶不思議だった。将鷹が間合いの攻防で誘って引き込み、打つ瞬間を狙ったのに、咄嗟に反応されて、しかも先に面を打たれてしまったからだ。彼の反応は、あまりに速すぎた。もしかしたら、将鷹の策はとうに見透かされていたのかもしれない。白波高校との試合も、もちろんその前の試合でも、将鷹は面を打って一本を取っている。それを、彼らは見ていたのかもしれない。無名だとしても、白波高校に勝ち、次に対戦する可能性がある高校なら、彼らが事前にチェックしていても不思議はなかった。
そうか……、たぶん、そうだったんだ。龍造寺は、オレが面を狙ってるって予測したうえで、最初から出鼻を狙ってた……。だから、あのとき打たれたんだ……。全然気付かなかったな……。
ただし、いくら相手が九星学院のレギュラーとはいえ、これまで、相面になって負けたことなどほとんどなかったのに、出鼻でカンタンに合わせられ、打たれてしまうなんて、やはりそれだけ龍造寺の面にはスピードがあるということだろう。今、将鷹の目には、自分と変わらない背丈の龍造寺が、高くそびえる山のように見えていた。さっき、取り返した一本も、単にラッキーだったのかもしれない、とさえ思えてしまう。
航の存在がきっかけで、オレは必死に稽古して特訓して、面技を磨いてきた。その成果は絶対にあったし、自信もそれなりについた。けど、まだまだ上には上がいるってことだな……。
体格を活かした面、というだけだった技を、日々の稽古に特訓を重ね、タイミングや身体のバネの使い方を研究し、さらに限界点へ挑戦して、ここまでに磨きあげてきた。だが、きっとこの道に終わりはないのだと、将鷹は悟る。どれだけ強くなって技を磨いても、その先にはもっと強く、洗練された技を持つ誰かが待っているのだ、と。
ただし、今は暢気に感心している場合でもない。残り時間はもう一分もなく、龍造寺の攻めも、技も、さらに鋭さを増している。
「面ッ、小手ぇええッ!」
「……ッ!」
うわ、あぶねぇ……! こりゃあ、ちょっとでも気ぃ抜いたら、速攻で打たれるな……。
ようやっとここまで粘ったのだ。なんとか有利な状態をキープして、羽柴と市鷹に繋いでやりたい。将鷹は間合いの攻防で、龍造寺の喉元からなるべく剣先を外さないようにしながら、必死に攻め返した。
そうして、互いに一歩も譲らぬ攻め合いと、腹の探り合いが続き、一足一刀の間合いからわずかに距離が近づけば、途端に激しい打ち合いになった。将鷹は、自分が呼吸をしているのかどうかもわからなくなるほど、龍造寺の動きに、集中し続けた。
絶対、一ミリだって触らせねえ……!
ここを抑えれば、市立船戸高校の勝利は確実に近づく。たとえ、それが単なるラッキーでも、まぐれでもいい。この三回戦を突破すれば、今、市立船戸高校にある勝利への流れは、さらに速くなるはずだ。
お前らには悪いけどな……、オレはまだ、負けたくねえ。もうちょっとだけ、このチームの副主将でいたい……!
――それから、ほどなくして。時間切れを報せるブザーが鳴った。直後、「やめ!」と主審の声が響く。途端に、歓声とどよめきが同時に湧き上がった。これは素晴らしい試合だと、拍手、賞賛する声と、こんな結果はおかしい、なにかの間違いだと、目の前で起こっている事実に懐疑的な声が、あちこちで飛び交っているのだろう。だが、無理もない。この展開を予想できた人が、この会場にどれだけいただろうか。千葉からはるばるやって来た無名の高校が、優勝候補、九星学院をここまで追い詰めるなんて。ただし将鷹は、今、自分たちが、あり得ない奇跡を起こしているとは思っていなかった。市立船戸高校が全国大会レベルには及ばず、今はまだ、無名だったとしても。自分たちの強さと、ここまで積み上げてきた力を信じているからだ。将鷹は肩を上下させながら、開始線へ戻り、構えた。
「引き分け!」
龍蔵寺と目が合ったまま、蹲踞をして、試合場を出る。九星学院は、市立船戸高校に一歩リードを許したまま、あとひとり、大将の大友を残すのみとなった。
ただし、どうにか有利な状態をキープしたままで副将、羽柴へ繋げたものの、将鷹は自分の弱さを痛感していた。副主将として、勝って繋げれられず、引き分けることしかできなかったのは、それ以外にはない。
「マサ先輩」
不意に、背後から声をかけられて、振り返る。すれ違いで試合場に入る羽柴だ。将鷹は、彼の肩をポン、と叩き、笑みを零した。
「わりィな。引き分けがやっとだった」
「いえ、十分です。あとは任せてください」
「おう、頼んだ」
羽柴の背中にそう声をかけ、自チームの控え場所へ戻る。だが、羽柴がどれだけ緊張しているのか、短い会話とその声で伝わってきた。強気な言葉は、将鷹に安心させるためもあるだろうが、おそらく一番は、緊張している自分を鼓舞するためだろう。
あんまり、力むなよ……。
「おかえり、マサ」
「おう」
毛利に声をかけられ、彼の隣に正座する。そうしながら、ちら、と彼の左足を気にした。彼の左足は、いつもよりもやや膨れて見える。患部が腫れているのだ。もっとも、ここで正座ではなく、あぐらを掻いているところを見れば、足の具合はあまりよくないのだとわかる。ただし、当の本人は至って明るかった。
「マサ、すごかったな、二本目の面。あんなの飛んできたら、絶対避けらんねぇよ」
毛利は目を輝かせてそう言ったが、将鷹は面を取って、笑みを零す。彼はそんなことを言ってはいるが、いざとなれば、きっと返し胴か抜き胴、あるいは出小手なんかで、あっさりと一本を取ってしまうに違いなかった。
「やっぱさ、マサのスッて入って、ズドーン! の面は、最強だよな」
「最強?」
「そうだよ。最強!」
「どうかな……」
最強だと褒められているのに、その言葉が、こんなにも自分に似合わないと感じたことはなかった。いや、これまでなら、お世辞だとわかっていても、嬉しかったかもしれない。だが、今はなんだか、ひどい違和感があった。将鷹は肩をすくめて見せる。
「上には上がいるからな」
「上?」
「いや、なんでもねえ」
将鷹はそう言って、面を取り始める。ほどなくすると、「はじめぇッ!」という主審の声が響き、対大将戦、羽柴と大友の試合が始まった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ、続きをお楽しみくださいますと嬉しいです。
いなば海羽丸




