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26【要の次鋒】~朝比奈航~

玉竜旗大会、所詮。対次鋒戦に臨む、航のお話。

航視点でお送りします。

「はじめ!」


 主審の声がかかった瞬間に、航は相手の異常なまでの気迫を感じた。真崎(まさき)という彼の目は(するど)く、面金(めんがね)の間からまるで肉食獣のようにこちらを見つめている。航は気合いの声は出さずに攻め始めるが、それよりもやや早く、一歩攻め入られてしまった。彼の攻めは速い。少なくとも先ほどの先鋒、三上よりも速い。もしかしたら、真崎の実力は三上よりも上回るかもしれない。


 そうか……。先鋒が取られても、確実に次鋒で取り返す布陣になってるのかも……。


 そう考えずにはいられない。攻められ、航は一度下がる。当然、真崎はそこをさらに攻めてくる。一気に間合いが近くなった――次の瞬間、真崎が飛んだ。


「面――ッ!」

「おおっ!」


 ガシャンッ、と音がする。歓声と拍手が湧く。航はただ真崎の打ちを竹刀で受けるだけで精一杯だった。それほどに、スピードがあったのだ。

 しばらくの間、真崎には拍手が送られていた。もちろん、航は打たれてはいない。ただし、焦りを感じていた。攻めのスピードも強さも、真崎は明らかに先ほど戦った三上を超えている。


「せりゃぁあああッ!」

「うらぁあぁッ! 小手ぇ――ッ! 小手だぁぁッ!」


 鍔迫(つばぜ)り合いになってからも、そこで(とど)まることはなく、瞬時に(すき)を見て技を出す、その身のさばきは見事なものだった。しかし、ここが好機。航は引き小手を打って下がった真崎をすぐに追いかける。

 場外のライン(ぎわ)、間合いは一足一刀。飛べば相手に十分に届く距離である。ただし、ここでの技の選択には慎重になった。わずかでも間違えれば、航は一本を取られかねない。

 いつもなら迷わず飛び込んで、相手の脳天目がけて打ち込むのだが、今はまさにそこを狙われている気がしてならなかった。かと言って、なにを狙われているか、それも読めない。


 真崎の体勢は悪くなかった。たいてい、引き技を打ったあとの体勢は、後ろに重心がかかりがちだが、彼は今、飛ぼうと思えば飛べるだろう。

 いったい、どこを狙っているのか。それを懸命に考え、可能性が高いのは面に対しての技だろうか、と航は推測する。ライン(ぎわ)に追い込めば、たいていはその追い込んだ方に分があるし、先ほどの試合を、あの文句なしの一本になった相面を見ていたのなら、少なからず航が面打ちを得意としていることは真崎も察しているはずだ。


 そうだとすれば、真崎の狙ってるのは……出小手。あるいは抜き胴かなんかか……。


 よし――と、わずかな迷いもなく、航は飛び込んだ。狙うは相小手面。やはり、真崎は出小手を打つつもりだろうと考え、それに合わせたのだ。ところが――。


「小手ッ、面――ッ!」

「メンりゃああああ――ッ!」

「おおーっ!」


 脳天に深い打突を受ける。航は思わず顔を(ゆが)めた。湧く歓声と拍手の中、咄嗟(とっさ)に残身を取る真崎を追いながら、体のあちこちからは冷や汗が一気に(にじ)んでいく。

 まずい、今のはまずい。完全に打たれた。そう思っても、航は諦めずに真崎を追い、打ち込んだ。――が、もう遅かった。


「面あり!」


 主審の声と、拍手、そして歓声が聞こえた。上がった旗の色を見て、思わず奥歯を噛み締める。小手面に対して、彼はストレートの面を打ってきたのだ。まぎれもなく、真崎の一本だった。

 開始線に戻ると、面金(めんがね)の間から真っすぐ、こちらを見つめる彼の目に気付いた。航は悔しいあまり、それから逃れるようにして一度視線を外し、足下へ目をやる。


 やっぱり思った通りだ。この人は強い。きっと、このチームん中じゃ(かなめ)の一人なんだ。俺は一本取り返せるのか……。この人から……。


 自問自答しながら開始線へ戻る途中、不意に視線を感じて振り向いた。すると、浬の瞳と視線がぶつかる。


 ――大丈夫。返せるよ……!


 彼に、そう言われた気がした。どうしてか、浬が返せると言うのなら、航も自分を信じられる気がする。残りの時間を使って二本勝ちはできなくても、一本返せば引き分けだ。真崎が先に勝ち進むことはなくなる。


 せめて、俺がこの人を止められれば……。


 幸い、試合開始早々に一本を取られたおかげで、まだ時間はたっぷりある。航は心を決め、構えて真っすぐに前方を見つめる。真崎の目と再び視線がぶつかったが、もう()らさなかった。


 返すぞ……! 一本!


「二本目!」


 主審の声がかかり、航は一歩大きく攻めた。竹刀の剣先を真崎の喉元(のどもと)にしっかりと向けて中心を取る。剣先を払う。それでも真崎はなかなか構えが崩れない。明らかに、こちらの出方を観察しているふうだ。


 航はしきりに考える。どうにかして相手に読まれない技を組み立てなければ、と。行き当たりばったりの技では、真崎には敵わない。簡単に見破られるフェイントも良くない。なにか、意表を突きたいところである。

 航は懸命に考え、間合いの攻防を続けながら、真崎の動き方をよくよく観察した。攻め込んでも、脅かしても、真崎はほとんど手元を上げない。だが、剣先を払えば、時折(ときおり)、中心が外れた。


 イチかバチか……。やってみるか。まだ練習以外で打ったことないけど……。


 正直なところ、その技を一本にする自信はない。特段、苦手というわけでもなく、ただそれを使うにはあまりに経験が少ないのだ。しかし、成功すれば、確実に相手の意表を突けるはずである。やってみる価値はあった。


 航は再び攻めながら、真崎の剣先を払った。真崎が構えをほとんど崩さないまま、ほんの少し下がり、また攻め返そうとする。ほんの一瞬、中心が()れた。


 ここだ……!


 航は半歩前に攻めながら、一度、自ら剣先を下ろし、真崎の喉元(のどもと)を目がけて竹刀を突いた。


「ツキゃぁああッ!」


 真っすぐに突いた竹刀の剣先は、深く真崎の喉元(のどもと)にめり込むようにして当たった。確かなその打突の感触が、剣先から、握っている(つか)の部分まで伝わってくる。真崎は体勢を一度崩したが、慌てて打ち込んでくる。今、航が打った突きが一本ではないと証明するかのように。しかし、同時に視界の(はじ)では、一斉に赤い旗が上がっていた。


「突きあり!」

「おおっ!」

「すげえ……、突きだ……!」


 主審の声と、歓声。割れんばかりの拍手。中にはどよめきの声も混じっているようだ。その中で、航は真崎に向かって一度構え直し、静かに開始線へと戻った。


 当たった……。


 突きが一本になったことには、航自身、少し驚いていた。イメージは完璧だったものの、突きという技にはまだ自信がなかった。ただ、狙えるとは思ったのだ。むしろ、それ以外に選択肢がなかった。だから突いた。

 大会の試合で、突きで一本を取るのは決して簡単なことではない。そもそも、突きは高校生から打つことが許される技。難易度の高い、そして危険な技である。航はまだ一年生で、突きの技稽古を始めてからまだ数ヶ月しか経っていないし、毎日の稽古ではそれなりに打てても、試合稽古での命中率は低かった。それでも、そこに一本を取れるチャンスがわずかでもあるなら、狙わないわけにはいかない。ここで一本を取り返せなければ、真崎は勝ち進み、次鋒の毛利と戦うことになる。つまり、せっかく先の先鋒の試合でリードした分が、まるっきり無駄になってしまうのだ。


 なんだっていい。とにかく、これで五分だ……。


 航は開始線で構える。すると、すでにそこに戻っていた真崎としっかり目が合った。心臓が高鳴って、アドレナリンが体の奥底から溢れてくるのを感じた。負けない。航がそう思っているのと同じく、彼も覚悟を決めているようだった。


「勝負!」


 再び拍手が鳴り、最後の一本勝負が始まる。航は慎重に、竹刀の剣先で真崎の出方を観察しようとした。だが、真崎もそこは同じだったようだ。彼は先ほどのように攻め込んでは来ない。おそらく、残り時間も少ないせいで、慎重になっているのだろう。ただし今は真崎が苛立つくらいでちょうどいいかもしれない。無駄を省き、一本を大事に狙っていくために、とにかく渋く戦いたいところだった。


 真崎がポイントを取る役目があって次鋒にいるのであれば、彼は勝ち進むことを前提としてこのポジションにいる。残り少ない時間の中で、技を組み立てて仕掛けてくるはずだ。

 航はじりじりと攻め、足を少しずつ前に進めながらも、真崎を見つめる。ダンッ、と一度、足を踏み鳴らすと、真崎は体を()るようにして下がったが、すぐに打ってきた。


「面りゃああッ!」


 そのまま真崎の打ちを竹刀で受け、鍔迫(つばぜ)り合いになる。真崎が狙っているのは面か、小手か。時折(ときおり)、航の面金(めんがね)に竹刀を当てているところを見ると、そのどちらかだろう。だが、もう間もなく四分が経つ頃だろうから、ここが互いに最後のチャンスになるかもしれない。航は体をいなし、大きく振りかぶる。


「小手ぇぇえええッ!」


 航の手元があがった瞬間に引き小手を打って、真崎が下がる。打ちは拳に当たり、バグッと音が響いた。歓声と拍手が起こる。タイミングはバッチリ合っていたが拳だ。一本にはならない。


 落ち着け……。大丈夫。


 航はヒヤリとしながらも、あえて審判を確認しないまま、真崎を追った。追いながら、頭の中で、これまでの真崎の反応の仕方を瞬時に思い返し、多くある選択肢の中から技を絞り出す。真崎は試合場の(すみ)まで下がり、航は一度、振りかぶる。案の定、真崎は剣先をわずかに外し、体を()らした。その瞬間、航は思い切り左足を踏み、真崎に向かって飛び込んだ。


「面りゃああぁ――ッ!」

「小手――ッ」

「おおーっ!」


 真崎の面に深く打ち込んだ、その感触があった。だが、同時にピーッという笛の音がして、歓声が湧く。これが一本なのか、そうでないのかはわからなかった。ただ、打ち切った感触だけは確かにあって、航は無心で残心を取っていた。

 審判を確認はしない。する必要も、もうなかった。どうせこれが一本でも、一本でなくても、次鋒の真崎を止めることはできる。そう思った時だ。


「……やめ!」


 主審の声がかかる。航はほんの一瞬、真崎を一瞥(いちべつ)し、開始線へ戻った。主審はひと呼吸置いて、両方の旗を上げ、頭の上で交差させ、重ねる。


「引き分け!」


 航は構え、蹲踞(そんきょ)をしてから後方へ下がった。どうやら最後の一本は、時間内には間に合わなかったらしい。航の背後で待っていた毛利がすれ違いに試合場へ入っていく。その背中を見送り、航は自チームの所へ戻った。すると、すでに面を付け終わっていた将鷹が立ち上がり、航に言う。


「航、サンキュな。二人、(つぶ)してくれて」

「いえ……。もっと勝ち進みたかったんですけど、すみません……」

「いや。十分だよ。それに、あの次鋒は(かなめ)だったぜ、たぶん。強かったろ」

「はい……」

「あいつまだ二年らしいから、来年もまだいるだろうけど、突きで引き分けに持ってったんだから、お前もたいしたもんだ」


 面金(めんがね)の中で口角を上げ、将鷹が言う。航は今一度、真崎を確認した。試合の流れを作り、チームの勝利へ誘導させるために、そこに置かれた(かなめ)である彼と引き分けたことも、航が先鋒、次鋒を(つぶ)したことも事実だ。しかし、間合いの攻防や、技の選択でいえば、航は真崎に勝っていたとは思えない。航が打ったあの突きも狙って打ちはしたものの、単にラッキーだったというところは大きかった。もし、剣道に判定勝ちというものが存在していたら、航は真崎に負けていたような気がする。


 最後の引き小手も危なかったしな……。強かったなぁ、あの真崎って人……。


 やはり九州勢は(あなど)れない。しかし、だからこそ面白い。航は面を取り、毛利を応援しながら、九州勢の強さを感じ、彼らやこの地に興味を持った。自分よりも強い相手がここに多くいるのなら、それはなぜなのか。そこには、自分たちとどんな違いがあるのか。それをもっと深く知りたくなったのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ、続きをお楽しみいただけますと嬉しいです。


いなば海羽丸

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