22【一勝!】〜朝比奈航〜
九州遠征、三日目。福岡海城学院高校での練習試合のお話。
航視点で、お送りします。
翌日も、福岡海城学院高校で練習試合が行われた。今日は地元の高校がもう一校加わって、三校でローテーションしながら試合が進められている。新たに加わったのは福岡県立西神高校。この高校もまた、福岡県内では常に上位に勝ち上がってくる強豪らしいが、しかし、航たちはひるんでいられない。
第一試合目は海城学院高校対、市立船戸高校。この試合は残念ながら、あともう一歩のところで負けてしまった。次いで二試合目は海城学院高校対、西神高校。この試合は西神高校が勝利を挙げる。三試合目になって、航の出番が回ってきた。西神高校対、市立船戸高校だ。
「先鋒、浬。次鋒、マサ。中堅は羽柴。副将が航。大将はイチな。行け」
「はい!」
織田の出したオーダーで、航は確信する。織田もまた、この試合で勝利を得ようとしている。将鷹を次鋒に持ってくるのは、そこで勝ち点を取りたいからにほかない。
剣道の団体戦において、先鋒から大将まで選ばれる選手は五人だ。ここにはそれぞれ、タイプ的に適している選手が選ばれる。
たとえば、先鋒を任されるのは、たいていの場合、チームに勢いをつけられる選手であることがほとんどだ。先鋒というのは五人の中でも、比較的、強い選手、チームを盛り上げることを得意とする選手が選ばれることになる。チームを勢いづけるのは、その選手の試合の取り組み方はもちろんだが、勝って帰ってくることが一番シンプルに効果的であるから、先鋒にはある程度の得点力を持った選手を起用するわけである。
次に次鋒。ここは試合の流れを決めるポジションである。先鋒の試合結果次第で、一本を取りに果敢に攻めるのか、それとも無理をせずにうまく中堅へ繋ぐのか、次鋒は戦い方を変える必要がある。ただし、次鋒は重要なポジションであると同時に、五人の中では穴だと言われることもまた多い。つまり、五人の中で一番弱い選手がここへ選ばれやすいということだ。実際には次鋒を強化するケースもあるが、一般的にはそういう認識をされていることは否めない。
続いて中堅だが、ここは非常に重要なポジションだ。ここでの試合結果がチームとしての勝敗に直接的に響いてくる、あるいは決定づけてしまう場合は多い。たとえば先鋒、次鋒が二本取られて帰ってきた場合、中堅が負ければチームとしてはそこで負けが決定してしまうし、取り返せば勝利する可能性を副将、大将へ繋ぐことができる。そういった意味では、中堅は五人の中でもトップクラスの実力を持った選手に託されることが多いわけだ。
事実、将鷹はこの十一人の中でも、一番、二番を争う強者だ。双子の兄、市鷹とはほぼ互角で、ほかの部員は、日頃の試合稽古でも、彼から一本を取ることは相当、難しかった。そういう存在こそが、この中堅に選ばれることは多い。
さて、織田はその中堅を任せることの多い将鷹を、今回、次鋒へ置いた。ということは、そこで絶対に勝ち点を取りたい意図がある、ということがわかる。中堅クラスの選手を次鋒へ置き、早い段階で確実に勝ち点を取ることによって、チームの勝利へ結びつけようというわけだ。もっとも、織田がこういったオーダーを出すことはそう珍しくなかった。錬成会などでは、強豪校を相手に、大将である市鷹をわざと中堅、副将にして、確実にポイントを取ろうとすることも多かったのだ。
昨日から、航たちはまだチームとしては一勝もしていない。なんとかして、まずは一勝を取りたい。そう思っているのは、織田も航たち選手も、きっと同じだろう。
先鋒に選ばれたのは浬だった。浬は昨日、十一人の中でも戦績が抜群に良かった。彼ならチームに勢いをつけて、勝ち点を挙げて帰ってきてくれる。織田はそう思って、彼を先鋒に選んだのだろう。また、西神高校との初戦に選ばれた五人は、昨日の戦績が比較的良かった印象がある。これもまた偶然ではない。
「はじめ!」
海城学院高校の赤星の声で、浬と相手がすくっと立ち上がる。西神高校の先鋒は、『志賀』という選手だ。ふたりは気合いの声はあげず、すぐに攻め合った。やはり、と航は思う。間合いの攻防で攻めるタイミングが素早いのは、福岡海城学院の特徴ではない。それは九州勢――否、全国に通用する強い選手の特徴なのかもしれない。航と同じく、おそらくは浬もそれを感じ、理解していた。
「小手ッ、面ッ!」
「おぉっ!」
先に技を出したのは浬だった。相手の竹刀を上から押さえ込むように攻めて、そのまま小手面を打つ。難なく避けられてしまったものの、立ち上がり、間合いの攻防でのプレッシャーは与えたはずだ。ふたりは鍔迫り合いになってからも、積極的に相手の体勢を崩そうとしていた。
「せぇりゃぁああッ!」
「いやさぁぁああッ!」
気合の声を上げて、果敢に相手の体をいなすようにしながら、ふたりは互いに隙を作っている。一歩も譲る気はないといったふうだ。浬はやがて、しきりに相手の小手を狙い始めていた。彼はそのまま、左下へ打ち落とすようにして、引き小手を打つ。
「小手ぇぇえええッ!」
タイミングは悪くなかった。打ちは鍔元ではあったので、一本にはならなかったものの、惜しい技だ。浬は残心を取り、一気に志賀から離れた。間合いの切り方も上手い。さすがは浬だ。
いいぞ、浬――。
だが、あまりにシンプルだ、と航は思う。おそらく、浬が本当に打ちたいのは、引き小手ではなかったのではないだろうか。引き小手を狙っていると相手に意識させて、ほかの技を出そうとしている。そうでなければ、あんなに分かりやすい狙い方を、彼がするはずがない。しかし、こうして航がわかるくらいなのだから、それは相手にも気付かれてしまっている可能性もある。浬はなにを狙っているのだろう――と、航は懸命に考える。
「面――ッ!」
再び間合いの攻防が始まり、志賀は面を狙って打つ。しかし、浬はほぼ同時に前へ大きく進み出て、その技を竹刀で受けた。再び鍔迫り合いになり、ふたりは互いに技を狙い始める。浬はやはり小手を狙っているようだ。
一方、それに対して、志賀はなにか、浬が技を出すのを待っているように見える。これは良くない。浬はフェイクか否かわからないが、まだ小手を打つつもりでいるようだ。体と足を使い、いなして体勢を崩したあとの狙い方は、さっきと変わらない。このまま、さっきと同じように小手を打ったのでは逆に打たれる。
しかし、次の瞬間――。浬が相手の体をいなし、左下へ引くようにしながら小手を打ち落とす。志賀はそれを待っていたかのように振りかぶり、引き面を打った。
「面――ッ!」
「――テぇぇぇえッ!」
バグッと鈍い音がして、互いが残心を取る。航は息を呑んだ。相打ちか、と思ったが、静かに旗が上がる。赤星が上げたのは、赤い旗だった。
「小手あり!」
「おおっ!」
「いいとこっ!」
応援の声が上がる。一本となったのは浬の引き小手だった。打突は深く、残心もしっかり取れていた文句なしの一本だったが、浬が引き小手を打つことを志賀は見抜いていたはずだった。浬が引き小手を打つ瞬間、当然ながら彼の面はガラ空きになる。だから志賀は、引き面を狙っていたのだ。つまり状況として、浬は明らかに不利だったわけである。
ところが、実際にはそれよりも早く、浬は引き小手を打ち、見事に一本を取っていた。なぜ、志賀は浬の技を見抜いていたにもかかわらず、遅れたのだろう。それは試合を見ていた航にもわからなかった。
「二本目!」
二本目が始まる。志賀は一本を取り返すために、さっきよりも積極的に攻めている。それに対して、浬はやや押されていた。攻められては下がり、また攻められる。これはあまり良い状況とは言えない。幾度かそれを繰り返しているうちに、浬はやがてライン際まで追い詰められてしまっていた。
後ろに余裕がない……。
やはり、必死になった志賀の攻めは素早く、プレッシャーも強いのだろう。浬も間合いで押されていることに気付いているらしく、彼の懐に入るかのようにして、鍔迫り合いに持ち込んだ。その瞬間、志賀は浬の体をいなして引き面を打つ。浬はそれを竹刀で受け、攻め込んで小手面。さらに、志賀は浬の技をかわし、小手を打つと見せかけて大きく振りかぶり、そのまま面に飛び込む。タイミングは抜群に良かった。航は思わずヒヤッとして、拳を握った。
「面やぁあああッ!」
「いいとこ!」
西神高校の声援が大きくなる。浬は大きく体を後ろに反り、なんとか志賀の打ちを防いでいた。大丈夫、打ちは面に当たりはしたが、面金だ。志賀は残心を取り、浬がそれを追う。その直後、互いに打ち合いが始まった。
目にも止まらぬ速さで、ふたりは激しく打ち合っていた。ところが、やがて志賀は、浬の足が一瞬止まったところで、大きく一歩踏み出して振りかぶる。足が止まった浬は、そのまま手元を上げた。おそらく、面を防ごうとしたのだ。しかし。
「ドォォオオオッ!」
パァンッ! と乾いた音がしたのと同時に、航は奥歯を噛み締めた。その直後、白い旗が上がる。
「胴あり!」
「おぉーっ!」
再び西神高校から声援があがる。拍手が鳴り響く。航はまた、拳を強く握り、奥歯を噛み締める。だが、志賀の技はどこにも文句がつけようがない。悔しいが、見事な逆胴だった。
「勝負!」
「せぇやぁあッ!」
「うらぁああああッ!」
最後の一本勝負が始まる。浬はなんとしても、この勝負で勝ちを得たいと言わんばかりに、果敢に攻め始めた。しかし、それは志賀もまた同じである。一本を取り返せたのだからもう一本取れないことはない、と確信しているように、志賀は鋭い攻めを見せていた。
「小手ぇッ!」
「面りゃあッ!」
「おおっ!」
浬の打った小手をかわし、志賀が面を打ち、航はホッと息を吐く。浬は志賀の打ちを竹刀で受けたので一本にはならなかったが、今のはちょっとヒヤッとする場面だったのだ。それは、志賀の面技がよかった、というよりも、その前に出した浬の小手打ちが、いささか雑であったせいではないか、と航には思える。しかし、浬に限ってこういうことは珍しかった。
「浬……」
互いに一歩も譲らないまま、間合いの攻防が続いている。その中で、浬を見つめながら航はハッとした。浬の肩がかなり大きく上下していることに気付いたのだ。同時に荒い息遣いも聞こえている。一方で、志賀の肩はさほど動いていない。聞こえている息遣いは、浬のものだけだ。
そうか……。そこにも違いはあるんだ。
やがて時間切れとなり、先鋒の試合は引き分けで次鋒へと引き継がれる。負けはしなかったものの、浬はかなり悔しそうだ。それは面金の間から覗く彼の表情ですぐにわかった。先に一本を取っていた浬からしてみれば、取り返されたのはどんなにか悔しかっただろう。
だが、航は思う。浬が取られた一本は、彼と志賀の決定的な違いを明らかにした。レベルの違いはなにも技術や間合いの攻防の強さだけではない。もっと根本的な所にもある。この違いを一番、身を持って知ったのは、おそらく浬だったはずだ。
「課題は山積みだな……」
不意に、織田がそう言ったのが聞こえた。航は頷く。今の試合を見ていて、浬と志賀は、技術的にレベルの違いがあるようには見えなかった。浬は試合中、常に冷静で、戦い方も安定している。背丈がないのが惜しいが、それだって困るほど低いわけではない。しかし、たった一つ。今の彼には弱点がある。体力だ。
「体力トレーニング、強化するかなぁ……」
また、織田がひとり言のように言う。斎藤がそれを聞いて下唇を突き出し、明らかに顔を歪ませた。体力トレーニングには、たいてい、苦しさが付き物だ。走り込みであれ、剣道の稽古であれ、技術的な向上を図るものとは違い、とにかく体力を限界ギリギリまで酷使して、体力、持久力、筋力、をつけていく必要がある。そして、すぐには効果が見えないのも体力トレーニングのモチベーション維持の難しいところだった。
「やっぱ、あれかな。みんなでプロテインでも始めるか」
「プロテインですか。確かに、プロスポーツ選手じゃ、最近はもう当たり前の世界ですもんね」
そう返したのは市鷹だった。彼の言う通り、今やスポーツ選手の間では当然のごとくプロテインの存在がある。おもにホエイプロテインという牛乳を原料とした動物性タンパク質の粉末を摂取するのだが、このホエイが練習や稽古で傷ついた筋肉の繊維の修復を助け、筋力を増大させるのである。筋力がつけば、体力、持久力の向上にも繋がる。
実を言うと、航は以前、地元のスポーツショップに立ち寄った際に、これが商品棚に並べられていたのを見て、気になって購入したことがあった。しかし、飲み続けてはいない。なぜなら、それが劇的に不味かったからである。
「なんでもやってみるしかないな」
「効果はありそうですよね」
市鷹は織田の考えに賛同している。もちろん、チームのレベルを上げるにはチーム力も大事だが、土台のレベルを上げることも必要だ。そこに、個々の体力、筋力、持久力のレベルアップは欠かせない。ただ、あのプロテインの味を思い出すと、航はちょっとだけ気が重くなった。
「くそ……っ」
試合を終えて戻ってきた浬が、航の隣で面を取って、小さく呟いた。やはり、相当悔しかったようだ。
「いい試合だったな」
航がそう言うと、浬は少しだけ頰を緩める。だが、すぐに弱々しくかぶりを振った。
「ありがと。でもおれ、途中から結構、息あがっちゃってさ……。なのに、志賀ってあの人、全然平気そうだった……」
「うん……」
「見ててわかった?」
「多少は」
航が答えると、浬は眉を寄せ、くしゃくしゃになった癖毛頭を余計にくしゃくしゃにしながら悔しそうに唸った。
「面ッ! 面だぁぁああッ!」
「小手ぇッ!」
試合場では今、次鋒、将鷹が戦っている。彼はここで一本を取り、勝ち点を獲得するために、かなり強気で攻めていた。次鋒に置かれた将鷹には、織田の「お前が勝ち点を取ってこい」というメッセージが届いているのだ。
「うらぁあああッ!」
「せりゃぁあああッ!」
しかし、相手が相手なのでそう簡単にはいかない。将鷹の相手は、『山田』という選手で、打ち方や構えを見る限り、安定しているとは言いにくかった。少なくとも彼は三年生ではなさそうだ。二年生、下手をすれば一年生かもしれない。ただし、タイミングの取り方や間合いの攻防などを見ていると、ひどく戦いにくそうではある。将鷹はやや苦戦しているようにも見えた。
「なんかやりにくそう……。マサ先輩……」
「だな。相手、まだ一年かな?」
「っぽいね……。でも、それにしたってガチガチじゃない?」
将鷹は今、一足一刀の間合いから山田を攻めている。山田は気合いの声だけは一丁前なわけだが、将鷹をやけに怖がっているようで、攻めれば攻めた分、後方へ下がっていた。しかし、そうかと思うと、突然打ち込んでくるのだ。そのタイミングは相当、掴みづらいのだろう。将鷹もなかなかうまく立ち回れていないようだ。
「完全に逃げてるよな」
「うん……」
そうなのだ。山田は逃げている。相手がそれなりに強い、あるいは自分よりも強いと踏んでいるのかもしれない。しかし、あまりに逃げ腰なのと、おっかなびっくりで打ち込んでくるため、そのタイミングが妙に掴みづらく、将鷹は彼から一本を取るのにかなり苦労していた。
「面りゃあぁぁあっ!」
山田が面を打ち、そのまま鍔迫り合いに持ち込もうとする。山田は決して打ち方等は悪くなかった。だがやはり、将鷹を怖がっているせいで動きがやや固く、ときにタイミングもちぐはぐだ。こういう相手が意外に厄介なのである。相当、ぼーっとしていない限り、打たれる心配はまずないが、ただし、空回っている相手に一本を取ることもまた、難しい。
しかし、この試合で将鷹に課せられた仕事は、ここで勝ち点を取って帰ってくることだった。やりにくかろうが、なんだろうが、将鷹はなんとしても一本を取りに行かなければならない。なにより、おそらくは彼がここで空回りしている山田に引き分けようものなら、チームにとっては大きなマイナスとなる。チームとしての一勝は遠ざかるだろう。
「マサ先輩……!」
祈るような気持ちで試合を見つめていると、山田が打った面を、竹刀で受けた将鷹は、そのまま鍔迫り合いになって数秒もしないうちに、体を使っていなした。次の瞬間、大袈裟なほどに大きく振りかぶる。山田はすぐに手元をあげ、慌てたように守りに入る。航は目を見開き、拳をきつく握った。
そこだ――!
「ドォオオオーーーッ!」
将鷹の声が道場内に響き渡った。同時にパァンッ! と乾いた音がして、彼は山田から一気に距離を取り、残心を取る。山田は慌てて将鷹を追うも、すでに一本は決まっていた。
「胴あり!」
「よしっ!」
「いいとこー!」
見事な引き胴だった。相当、やりにくかったはずだが、将鷹は冷静に観察し、隙を狙っていたようだ。さすがは三年生とだけあって、やり慣れている。
「ああいう相手ってさ、鍔迫りとか、やたら力入っててやりづらいんだよな」
「あ、それすごいわかる……。拳でグイグイ押される感じ。あれのせいでペース崩れたりするんだよねぇ」
「二本目!」
二本目が始まっても、将鷹はなおも攻め続けていた。さらに、もう一本を取って、二本勝ちを決めようというのだろう。将鷹なら可能だ、と航は思う。彼は本来の実力は、明らかに山田よりも優っているのだから、あとは空回りしている相手の隙をうまいこと作り、打ち込めばいい。三年間、経験を積んできた将鷹なら、きっとそれができるだろう。
一方で山田は、西神高校の顧問に「山田ぁ! 攻めんかい、このバカもん!」とまぁ、かなり檄を飛ばされている。そのせいもあって、彼はさすがに逃げるのをこらえ、なんとか攻め返すようになってきた。また、あとがないとわかれば、守るものもない心境になるので、捨て身で試合に臨めるのかもしれない。しかし、将鷹はその瞬間こそを狙っていたようだ。
「面……ッ!」
「ッテぇぇぇえッ!」
「小手あり!」
二本目の声がかかってからわずか十数秒。いや、数秒だったかもしれない。勝敗は一瞬でついた。将鷹は、きっと、ようやく攻めの姿勢に入った山田を待っていたのだ。もっとも、ずっとこれまで縮こまって逃げてばかりいたのに、突然攻めて打とうとしても、一本にするのは相当、難しいだろう。将鷹は先に一本を取っているので、先ほどよりもより冷静に山田を観察でき、対処もできる。また、一本を取られた方としてみれば、当然取り返そうとして攻めようとするのが普通だが、冷静さを欠いていたり、空回りしていると、攻めて相手の構えを崩そうとか、技を組み立てようという思考は、なかなか浮かんでこない。浮かんでいたとしても、上手くいかない。
たいていは「早く攻めなければ」、「打たなければ」というなにかに追われるような感覚に陥り、気持ちばかりが先走ってしまう。そうして、攻めているかと思いきや、実は誘い出されていることに気付かず、飛び出してしまったりするのだ。
「さすがだな、マサ先輩」
「ほんと。相手に影響されないのすごいや」
将鷹の凄さはそこにあった。人間は頭でわかっていても、実践するとなるとそう簡単にできないことが多い。相手が同じ人間なら、それは余計だ。
つまり、航も浬も、もし山田と対戦して、将鷹と同じ状況に陥った時、彼が空回っているのを見れば、冷静に隙を見つければいいと考えるだけなら容易にできる。だが、実際に対戦してみると、それは頭で考えていたものとはまるで違うと気付くのだ。タイミングは合わないし、動きも挙動不審で、はっきり言ってイライラするわけだ。イライラして感情的になると、自分も冷静さを欠くことになるので、いい技は出にくくなる。打ちも雑になる。そのせいで、一本を決め切れなくなる。
もちろん将鷹も、内心は絶対に苛立っていたはずだ。しかし、その感情を表に出さず、冷静さを保った。だから二本勝ちに繋がった。それは一見、簡単に見えるが、実際には誰しもができることではない。
「勝負あり!」
次鋒の試合は終わった。織田が出したオーダー通りの仕事を熟して、将鷹が戻ってくる。チームとしては一点をリードした状態で、中堅、羽柴へと繋げられた。航はやや緊張しながらも面をつけ始める。羽柴の試合が終われば、次は副将、いよいよ航の出番だ。
「航。副将、きっとあの人だよ。ほら、今さ、面つけ始めてる人」
「本当だ……」
試合場のちょうど向かい側に、西神高校の生徒たちが並んでいる。その端で、今さっき面をつけ始めたのは、『荒武 』という剣士だった。航は面金の間から彼をじっと見つめる。その面の付け方や防具からして、相当、手強そうだ。もっとも、副将というポジションを任された時点で、相手が強者であろうことは察してはいたが――。
「こンのバカもんっ! 声は出とらん、ろくに動けん。いったいなにをやっとるんや、お前はぁッ!」
「はい……!」
「お前はもう試合に出んでえい!」
西神高校の顧問の声が試合場に響く。さっき将鷹に呆気なく負けてしまった山田はこっぴどく叱られている。航はそれを耳にしながら、面を付け、立ち上がった。すると、まるで競うように荒武も竹刀を持って立ち上がる。距離としてはかなり離れているが、わかる。目が合っている。
取りに来るな……。
おそらくそうだ。今のところは市立船戸高校が勝ち点をリードしている。中堅の羽柴は今日も安定していて、明らかに強敵である相手にも怯まず、良い戦いっぷりを見せていた。彼が負けて帰ってくることも可能性としてはあるかもしれないが、いい流れは確実にこちら側に来ている。自分が上手く後ろへ繋げば、後ろに控えるのは大将、市鷹だ。
イチ先輩まで繋げば、絶対勝てる!
ただし、西神高校だってこの今の状況を把握できていないはずがない。このままでは、市立船戸高校に負けるかもしれないと、その不安は絶対に感じているはずだ。だから、荒武は来る。おそらく、よく知りもしない航相手にも、全力でかかってくる。
「小手やああああッ!」
「面! 面だぁぁああッ!」
目の前では変わらず白熱した試合が続けられている。羽柴の相手は『松浦』という選手だ。彼の防具の色褪せた感じから、航はなんとなく察した。彼が何年生なのかはわからないが、少なくとも相当な稽古数を重ねているはずだ。それは中学から始めたふうではない。浬のように、幼い頃から道場へ通い詰めた雰囲気がある。しかし、対する羽柴だってそこは同じだ。彼もまた、小学生の頃から道場通いを続けていたと聞いている。彼の安定した強さは、元々の彼の持つ特性のほかに、その年数で培われた経験も含まれているのだろう――と、航は思っている。
俺も頑張んなきゃな……。俺は経験もそんなにないし中学から始めたけど、そんなの言ってたって言い訳にしかならないんだから。
航はその場で竹刀を振り、ぴょんぴょん、と何度か跳ねて体を動かす。ところが、どうだ。試合場の向かい側にいる荒武もそれに負けじと竹刀を振って見せているではないか。
なんだ、あいつ。張り合ってきてんのか……?
どうもカンにさわる奴だ――と、航は鼻息を荒くする。早く戦って手合わせをしたいという欲が膨らんだが、もしかしたら、向こうもそうかもしれない。残り時間はたぶん――半分は過ぎているはずである。羽柴はまだ一本も取っていなかったが、それでも緊張はさほどしなかった。
絶対に取ってやる――!
航はむしろ今、武者震いを起こしそうなくらいだった。両腕を振って、また竹刀を振る。ストップウォッチを持つ生徒が、しきりに手元を気にし始める。出番はいよいよだ、と確信する。
「ね、ちょっと。航」
不意にトントン、と肩を叩かれ、声をかけられて振り向く。すると、そこには浬がいた。手招きをされて、航は彼のそばに寄る。
「なに?」
「ちょっと耳、貸して」
「え……、いや。もう面被っちゃってるけど」
「あ、そっか。じゃあ聞こえないように小さい声で言うね」
浬がそう言ったので、航はとりあえず屈んでやる。すると、浬は航の面の横、ちょうど耳の辺りに口を寄せ、両手をかざして言った。
「おれね、あの人には面、狙えると思うんだ」
「面?」
「うん、ほら。あの構え、見てよ」
航は言われるまま、まだ竹刀を振っている荒武に目を向けた。――が、その時。「時間です!」という声が響いて、試合が終わる。当然、荒武は竹刀を振るのを止めた。
「じゃ、そういうことだから! ファイト!」
「あっ、おい!」
浬はさっさと自分のいた場所へ戻っていく。航はわけがわからず、眉をしかめるが、ひとまず自分も竹刀を左手に持ち、羽柴と入れ違いで試合場へ入る。結局、羽柴は引き分けとなった。いまだ、市立船戸高校は一点をリードした状態で、副将へと引き継がれる。本数として見れば三対一。このままいけば勝てる。さぁ、ここが正念場だ。
よくわかんないけど、面か――。
浬が言っていたことを今一度、思い出し、三歩で試合場に入って蹲踞をした。しかし、蹲踞しただけではどうもその理由がわからない。たしか、浬は「構えを見ろ」と言っていたはずだ。
構えを見れば――。
「はじめ!」
審判の声ですくっと立ち上がり、気合いの声を出すよりもまず、前方に攻める。その瞬間、航は口角を上げた。なるほど。浬の言っていたことをようやく理解したのだ。確かに、彼に対して面は有効かもしれない。だが、ここは慎重にいかなければ。航は攻め、荒武の竹刀の先を払いながら、着実にその距離を詰めていった。
なるほどな。浬が言ってたのはこういうことか……。
航は納得しながらも攻める。剣先で荒武の竹刀を払い、足をわざと踏み込む。荒武はほとんどそれに反応しなかった。彼は間違いなく強い。こんなに積極的に攻めて脅かしているのに、下がるどころか、攻め返してくるのだ。面金の間から見えている目は、真っすぐに航を貫くようにこちらに向けられていた。だが、航には自信がある。彼から一本を取れる自信が。
――あの構え、見て。
浬は航にそう言った。荒武の構え――。彼はそれなりに背丈もあるので、構えた状態で攻められれば、かなりの威圧感があった。だが、右肩が少し上がっている。おそらくそれは、構えの癖だ。
剣道では、中段の構えで戦う人間が最も多いわけだが、構えに癖がある者が一定数いる。真っすぐに構えることを教えられても、その通りにできる者ばかりではない。なぜなら、人間には、利き手や利き足というものが存在するからである。
かなりの強豪校の中堅クラスの剣士であっても、意外に構えに癖を持つ者は少なくなかった。最も多いのは、攻め、または打ち方など、利き手の方に力が入ってしまうせいで、知らずうちに右被りになってしまうというものだ。右被りになると、剣先が相手に届くまでには余計な時間がかかる。どうやら荒武は構えにその癖を持っているようだった。
右に、少し傾いてる……。もしかしたら、打ち方も右被りかもしれないな。
ひとまずは様子を見ることにして、航はスッと前に攻めて攻め返されたところを、まるで観念したように半歩下がった。すると、ここぞとばかりに荒武は攻めてくる。航がさらに大きく一歩下がり、また荒武が攻める。剣先が触れ合って、間合いがだんだんと近くなる。次の瞬間、荒武が動いた。
「面りゃあっ!」
「おおっ!」
歓声が湧き、拍手が鳴る。だが、航は動じない。やはり、と思いながら、彼の打ちをしっかりと確認しながら竹刀で受けて、すぐに鍔迫り合いへ繋ぐ。思った通りだった。荒武の面打ちは右に少し傾いている。つまり、面を打つ瞬間、本人にとって左側の面が自然と空くのだ。そこを狙わない手はない。
よし――。面だ。
彼の癖を利用して左面を狙うなら、間合いの攻防から出す技の方がいい。航は鍔迫り合いから、体を使って荒武の体をいなそうとした。そうして遠間から仕切り直そうとしたのだ。しかし、彼は――……びくともしない。
くそ……っ、頑丈な奴だな……。
彼はかなりこちらを警戒しているようだ。もしかしたら、あまり聞いたことも、馴染みもない高校を前に、得体が知れない、とでも思っているのかもしれない。やがて、鍔迫り合いを続けるうちに、荒武もまた引き技を狙っているのか、体を使って手元を崩すようにいなし始めた。互いに引き技を打って離れ、また間合いの攻防を始める。ここが勝負どころだ。
相面だ。相面を狙えば……。
相面とは、互いに面を打つ技だ。形として相打ちのようにもなるが、より速かった方に一本が上がる。荒武の打ちは間違いなく速いが、右被りの癖がある分、どうしてもそこに無駄な動きができることは確かだ。そのため、技は必ず遅くなり、必ず隙ができる。そして、航は自分の面打ちにはそれなりに自信があった。癖がなく、真っすぐな打ち方と背丈は、航の一番の武器である。
「せりゃぁぁあああッ!」
「うらぁぁッ!」
航は一足一刀の間合いから攻める。相面で大切なのはまず、この間合いの攻防で下がらないことだ。いや、下がったとしても、体重を後ろへかけないことがなによりも大事である。体重を後ろにかけて下がってしまうと、前へ飛ぶ際に、一度、前方に体重をかけ直して飛ぶ形になるため、余計な時間ができるからだ。下がっても体勢だけを崩さないようにすればいい。だが、下がらないことがまずは大事だ。
荒武の剣先をパンッ、と払い除け、攻める。荒武も攻め返してくる。彼はどこか様子を窺っているようにも見えた。航がさらに攻めると、荒武が半歩後ろに下がる。
いける……。
荒武が半歩下がったせいで、間合いが少し開いた。互いの剣先は今、完全に触れない距離にある。遠間だ。航はそこからスッと一歩入った。同時に荒武の剣先も近づく。間合いは一気に近づき、再び、一足一刀の間合いになる。不意に、荒武の剣先がほんの少し浮いたように動いた。
来る……。ここだ!
その瞬間――。航は真っすぐ、荒武の左面を狙って飛んだ。
「メンだぁぁぁああッ!」
「面りゃぁ――ッ!」
竹刀を握る手に、深い打突の衝撃が伝わってくる。これは相手の脳天を打ち抜いた証拠だ。打突は十分だった。航は必死に残心を取る。荒武は追ってはこない。すでに旗は上がっていたのだ。
「面あり!」
「おおっ! いいとこー!」
「いいとこーっ!」
自チームの拍手と歓声が聞こえる。その中に混じっている、浬のちょっと高い声に反応して航は振り向き、一度だけ頷いた。すると、浬も小さく頷く。
――航、大丈夫。まだいけるよ。
彼がそう言った気がした。航も同感だった。癖というものはそう簡単に直せるものではない。もし、荒武が自分の癖を自覚していたとして、今、まさにそこを狙われたのだとわかっていたとしても、彼は今すぐにその癖を直せるわけではない。まだ荒武の左面は狙えるはずだ。
「二本目!」
二本目が始まった。声がかかった途端、荒武がすぐに攻めてくる。まだ時間はあるが、彼の攻め方は明らかに変わっていて、そこには必死さが感じられた。焦っている――とまではいかないが、悔しさはあるだろう。彼らだって、この九州地方ではそれなりの強豪なのだろうから。
「うらぁぁああッ!」
荒武の攻め方はさっきよりも素早く、強い。これをどう対処するべきか。航は頭を巡らせて考える。後ろに控える市鷹には、より有利な状態で繋ぎたいが、せっかく一本を取ったというのに、取り返さんとする相手のテンポに合わせてしまって、一本を取り返されでもしたら良くない。
次はじっくり行こう……。無理して取りに行く必要はないんだ。残り時間めいっぱい使って、一本だ……!
荒武は変わらず鋭く攻めてくる。ダンッ、と床を踏み鳴らして威嚇しながら、技を細かく出している。隙ができる瞬間を窺っているのだろう。だが、航だってせっかく取った一本をあっという間に返されてしまうわけにいかなかった。今はとにかく、一本を取り返そうと躍起になっている荒武の動きを封じようと必死になる。攻められては攻め返し、あるいは大きく前へ出て、荒武の懐に入り込むようにして、鍔迫り合いに繋げる。引き技を狙って打ち、間合いが離れれば、また荒武の執拗な攻めに対して冷静に対処する。
時間が経てば経つほど、荒武の焦りが見えた。航はできれば、あともう一本取りたいところだ。たぶん、取れないことはない。しかし、焦って取りにいくのもまた危うい。
落ち着け――。絶対に隙はできる。もうすぐ、時間制限間近になれば――。
おそらく、荒武が焦れば焦るほど隙は多くできる。その瞬間を、航は狙っていた。だんだんと時間が経ち、西神高校側の応援が大きくなってくれば頃合いだ。彼は攻めのテンポは焦りもあって、かなりそのスピードを速めているから、ほんの少し誘い出せば、安易に飛び出てくる可能性が高い。
航は間合いの攻防を続けながら、剣先を執拗に弾いた。それを嫌がり、振り払いつつも荒武は攻め返してくる。しかし、その場でふっとわずかに振り被れば、途端に彼は打ち込んできた。その手元が上がるのを、航は逃さなかった。
そこだ――!
「面――ッ!」
「コテぇぇッ! コテだぁぁあああッ!」
「小手あり!」
「おおっ!」
「よっしゃ!」
残心を取りながら、湧き上がる歓声の中に、浬の声と、織田の声が混じっているのが聞こえた。航はがっくりと肩を落とす荒武に向かって一度構えてから、開始線へ戻る。ふうっと息を吐く。
二本、取れた……!
「勝負あり!」
蹲踞をして、後方に下がる。肩をポン、と叩かれて振り返ると、面金の間から覗く市鷹の目と視線がぶつかった。
「サンキュな。後は任せてくれ」
「はい。お願いします」
市鷹は笑みを見せて試合場へ入って行く。航は胸を張って凱旋するような気分で、チームに戻った。そうして正座し、一礼をした後、面を外しながら市鷹の試合を見つめる。ほどなくすると、航のそばへ斎藤がやってきて、まだ面を被ったままの航の脳天をポンポンと叩いた。
「航、お前よく粘ったなー!」
「本当だよ。ここで二本勝ちは相当デカいぞ。いい仕事したな」
羽柴もそう言って航の背中を叩く。以前から憧れている羽柴に褒められると特別に嬉しくて、航は笑みを零し、頭を掻いた。
「二本は無理かなって思ったんですけど……、いけそうだったんで……!」
「さすがだよ、航」
「でも、浬がアドバイスくれたからなんです」
「アドバイス?」
「はい」
航の隣で、浬が歯を見せ、親指を立てて笑っている。航も笑みを返し、親指を立てて返した。これは浬が助言をくれたからこその勝利だ。彼があの時、荒武の癖を教えてくれなかったら、航はこんなふうには勝利できなかったかもしれない。航は面を取ると、浬に言った。
「浬の言った通りだったよ。あの人、ちょっと右被りだった。教えてくれてサンキュな」
すると、浬は嬉しそうにふふ、と笑みを零す。
「おれがあの人と面で競っても勝てないけどさ。航のズガーンッ! って面と背丈があれば、絶対いけるって思ったんだよ」
「ずがーん……? いや、でもよくわかったな……」
「だって、絶対今日は勝ちたいから。まず一勝したら、その次もいけそうな気がするじゃん」
「そっか。そうだな」
九州勢は強豪が多く、どこを見ても強者揃いである。だからこそ、目の前の相手やチームとしっかり向き合って戦い、一勝、一勝を積み重ねていくことが大事だ。そのために浬は、自分の試合が終わった後も相手チームを観察し、勝つ術を探していたのだろう。そういう所はさすがである。
「このままいけば一勝できるかもしんないね!」
「うん」
目の前ではすでに市鷹が戦っている。落ち着いた彼の戦い方は、大将さながらだった。航は試合を見つめ、期待感を抱く。まず一勝。それを熟せば、次は二勝。そうやって一つ一つを丁寧に勝って進んでいかなければならない。なにしろ、あさっては玉龍旗大会、本番なのだ。できればこの試合は、その第一ステップにしていきたいものだった。
「うらぁぁああッ!」
「やぁさぁぁあああッ!」
鍔迫り合い……!
市鷹が鍔迫り合いに持ち込むと、航は思わず、ごくっ、と唾を飲み込まずにはいられなかった。ここが彼の大得意な所だ。地元で行われる試合や錬成会では、彼の得意技はすでに知られているために警戒されてしまい、鍔迫り合いに持ち込むこと自体に苦労することもある。しかし、ここは九州、しかも相手は初対戦のチームである。彼の脅威的な引き技を知る者はいない。
イチ先輩……!
鍔迫り合いを続けながら、おそらく彼はその絶好なタイミングを狙っていた。しかし不意に、素早く相手をいなす。次の瞬間……、いや、ほぼ同時だったかもしれない。
「……メンりゃぁあああッ!」
バクンッ、という鈍い音と床を踏み鳴らす乾いた音。そして、市鷹の技を決める残心を取る声が響き渡る。彼は一瞬で相手との距離を取っていた。見事な引き面だった。航は思わず拳を握りしめる。ふと見れば、隣で浬も同じように拳を握りしめていた。
「面あり!」
「よしっ!」
「出たぁ……! イチ先輩の引き面、やっぱすげえ……!」
高い旗が上がれば、みんなが一斉に拍手を送る。織田も満足げに頷いていた。まずは一勝。その目標を達成しつつある市立船戸高校の士気は今、確実に上がっていた。
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いなば海羽丸




