13【あの人に繋ぐ】~羽柴洋輝~
兜山高校との副将戦。
羽柴視点でお送りします。
「はじめ!」
主審の声がして、羽柴が立ち上がった瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が聞こえた。しかし、それは自分のために送られているわけではない。この応援のほとんどは対峙している剣士、県立兜山高校の三枝に送られている。
三枝とは、中学時代から錬成会で数回対戦したことがあった。彼は羽柴の一年先輩だ。ただし当時、羽柴にとって彼は、決して脅威ではなかった。
勝率は割合良い。三枝は決して弱いわけではないが、強いと感じたことも羽柴はなかった。日頃、稽古を積んではいるのだろうが、実力は――それなりだった。
だから、高校へ上がって初めての公式戦で、三枝が兜山高校のチームにいる、とわかったときは、相当驚いたものだ。特別強い印象があるわけではなかった中学校出身の、とある平凡な剣士が、毎年全国大会へ出場している強豪校にいたのだから。
そうは言っても、強豪チームの仲間入りを果たしたからと言って、彼自身がある日突然、強くなるわけではない。羽柴が市立船戸高校へ入学したばかりの頃、三枝は選抜メンバーにはおろか、控え選手にも選ばれていなかったと記憶している。地方大会や、錬成会等で当たったことは何度かあるものの、やはり脅威はなかった。
ところが、彼は今年の春先から、いつの間にか選抜メンバーに選ばれていたのだ。しかも、彼が副将を担っているこのチームは、疑いようもなく最強だった。
きっと彼は、並大抵ではない努力を積み重ねて、選抜メンバーの座を勝ち取ったのだろう。羽柴にとって今、三枝の強さは間違いなく脅威的なものと化していた。
くそ……。こんなふうに鋭く攻めてくる人じゃなかったのに……。
「小手ぇッ!」
「おぉっ!」
ガシャン、と音がした。三枝が打ってきた小手を、羽柴が竹刀で受けて防いだのだ。しかし、当然のごとく歓声は沸く。拍手が鳴り響く。
四面楚歌。そう言えばこの状況は正しいかもしれない。彼らに背中を後押しされるように、今、県立兜山高校は勢いに乗り始めている。一度こうなってしまうと彼らの流れを止めることは非常に難しい。それは誰もが理解していた。もちろん羽柴も同じだ。
それでも、彼らを倒さなければこのチームはここで終わり。自分を引っ張ってここまで来てくれた市鷹や将鷹、毛利や伊達は、現役を引退することになる。彼らと同じチームで戦うことは、もう二度とできない。
いや。まだだ……。まだ、終わらない……!
ここはできれば勝って、大将へ繋ぎたいところだ。後ろには市鷹がいる。彼ならきっと勝ってくれるはずだ。チームにとってなるべく有利な状態を作り、大将である市鷹に託すこと。それがこの試合で羽柴に課せられた仕事だった。羽柴は自らを奮い立たせ、三枝に攻め込んだ。
「せぇやぁぁあッ!」
「やぁさぁぁッ!」
少しずつ、だが確実に距離を詰める。早く一本を取りたい、と逸る気持ちをこらえる。焦る必要はない。欲張らなくていい。四分で一本。一本が取れればいいのだ。
そうだ。四分間で一本だ……。
市鷹が先の試合で話していたことを思い出して攻める。さらに距離を詰める。やがて、長く続いた間合いの攻防にしびれを切らしたのか、三枝が打ち込んできた。
「面りゃぁあッ!」
「おおっ!」
うるさいほどの歓声が沸く。拍手が鳴る。忌々しい。だが、気にするな、と必死に自分に言い聞かせる。羽柴は自分の試合をするだけだ。
鍔迫り合いになり、互いに引き技を狙う。三枝は引き小手を打ちながら離れ、羽柴は瞬時に手元を引いてそれをかわした。遠間からの攻防が始まる。
竹刀の剣先で、相手の竹刀の先端を弾くように払い、攻める。ダンッ、と足を踏み鳴らす。三枝が半歩引いた。羽柴はそこをさらに攻め、距離を詰める。竹刀を払い、押さえ、反応を観察する。しばらくそれを続けると、三枝は再び打ってくる。
「小手ぇッ!」
再び三枝の打った小手を、羽柴は竹刀で受ける。また、ガシャン、と音がする。鍔迫り合いになり、そこから引き技を打って三枝が離れた。
妙だ……。さっきから技があまりにも単発過ぎる。小手を狙ってるのは、フェイクか……?
面金の間から見えている三枝の鋭い視線は、明らかに機会を狙い、なにかを考えているふうだった。どうやら彼は小手を狙っているようだが、それもどこか不自然である。そんなに執拗に小手を狙われるほど、羽柴は手元を上げていない。本来ならこれだけ小手を狙われていれば、対処法としてそれに対する技を使いたくなるものだが、羽柴はさらにその先を読んだ。
違う……。次に来るのは……、担ぎ面だ。
三枝は小手を打つと見せかけて面に飛んでくるのではないか。羽柴はそう考えた。もし、本当に小手を狙われているのなら、羽柴はそれに対する技を打つだろう。その瞬間、どうしても面はガラ空きになる。三枝はそこを狙おうと、あえて小手を狙っているのかもしれない。
そう簡単に騙されるもんか……。
羽柴は三枝の動いた瞬間、面を狙おうと攻めた。彼が小手であろうと、面であろうと、そして相小手面であろうと構わない。動いた瞬間に彼の出す技を潰し、尚且つ、一本を取る。しかし、先ほどまで安易に打ち込んできたというのに、どうしたことか。三枝は急に技を出さなくなった。
急に大人しくなった……。なにを考えてるんだ……?
彼の行動と心理がまるで読めない。だが、ここまで打ってこないのなら、羽柴が打ち込むまでだ。羽柴は右足を数センチ進め、一足一刀の間合いからさらに三枝に攻め入った。三枝は下がることを堪えているようだ。さらに攻めると、それを嫌がるようにして、彼は羽柴の竹刀を払った。羽柴はそれに負けじと竹刀の剣先で中心を取り直す。再び、半歩攻める。
ここだ……っ!
「面――ッ! メンだぁぁあッ!」
「おおっ!」
歓声が聞こえる。これは自チームのものだ。わずかに面金に当たり、打突が浅いために一本にはならなかったが、タイミングは良かった。残心を取る羽柴を、三枝が追ってくる。
「小手ぇッ!」
また小手……?
三枝が打ってきたのは小手だった。羽柴は鍔迫り合いになってすぐに三枝をいなし、引き面を打つ。だが、同時に引き小手を合わせて打たれ、互いの技はまたもや一本にならなかった。
なんで小手ばかり狙ってくる……? まさか、考えなしに技を出してるんじゃないだろうし……。
おそらく、三枝は考えがあって小手を狙い続けているのだ。それは間違いない。県立兜山高校の副将がなにも考えずに闇雲に技を出すわけがないし、顧問、またそのほかのメンバーもそれを許すはずがない。そして、できれば勝って市鷹へ繋ぐという仕事が羽柴にあるように、三枝にも仕事があるはずだ。羽柴と対戦したときの勝率が悪い三枝の仕事。それは――。
まさか、おれを潰すため……。めいっぱい時間使って、惑わせて、勝負まで持っていく前に技を潰して、時間が過ぎるのを待ってる。そういうことか……?
三枝はこう考えているのかもしれない。このまま一本も取れず、引き分けでこの副将戦が終わったとしても、大将の武田はきっとどんな相手であっても勝つ、と。それが市鷹であっても、決して負けない、と。
兜山高校がチームとして確実に勝つためには、今、ここで三枝が羽柴に対して無理に一本を狙うより、引き分けを狙った方がいい。羽柴とこれまで対戦した勝率が悪ければ、そう考えるのは当然だった。つまり、彼は『一本を取る』ことよりも、『一本も取られないこと』を優先し、あえて羽柴を惑わせる戦い方をしている。その可能性は十分にあった。
そうはいくか……。 おれがここで潰されるわけにいかないんだ。
羽柴は再び果敢に攻め始める。もう惑わされない。彼の思考の先の先まで読んでやろうと、面金の間から彼を見据えた。
「せぇやぁぁああッ!」
「やあさぁぁッ!」
気合の声を張り上げて、威嚇する。剣先で三枝の竹刀を払い、足を踏み鳴らす。すでに時間は一分――いや、一分半は経とうとしているはずだ。つまり残り時間は二分半か、あっても三分。
大丈夫だ。一本を狙う時間は十分ある。
だが、羽柴がいくら攻めても彼は動じなかった。と言っても、攻め返しては来るし、技を仕掛けてもくる。しかし、それはただ、反則を取られないように時間を使う術であるような感じがした。彼の技は、必死に一本を取ろうとする意志のこもったものではなかったのだ。
くそ……!
それでも羽柴はなおも攻めた。どんなに防御に徹していても、体勢を崩すことができれば、隙はできるはずだ。
おれはこのチームで、もっと上へ行きたい……。そのためにも、ここで勝って繋ぐんだ。得意技がなにもない、ただ平凡な剣道しかできないオレに、安定してるのは魅力だって、そう教えてくれたイチ先輩に――。
攻めては攻め返され、間合いの攻防が続く中、羽柴はわざと三枝の攻めに反応し、半歩引いて手元をふわりと上げた。すると、そこを狙おうとしてか、三枝はこれまでよりもやや積極的に間合いを詰めてくる。何度かそれを繰り返した。
掛かったか……。
これだけ手元が上がっているのを見れば、たとえフェイクかもしれない、という不安があっても、彼はなにかしら技を打ちたくなるはずだ。その瞬間は必ず隙ができる。これはさっきとほぼ同じ作戦だったが、間合いをしっかり詰めた状態でそこを狙えば、きっと今度こそ一本が狙える。
来い……!
羽柴がふっと剣先を上げた。三枝が動く。それにタイミングを合わせ、羽柴も動いた。
「面――ッ!」
「メーーンッ! 面だぁぁあああッ!」
「おぉっ!」
頭の上に、三枝の竹刀が飛んできて、ずしん、と乗っかる。一瞬の出来事だったはずなのにそれはやけにゆっくりと、まるでスローモーションのように見えた。
相面……!
「面あり!」
「おおーーっ!」
湧き上がる歓声が空しく全身に響く。羽柴は呆然として、残心を取っている三枝を見つめた。やがて審判が赤い旗を上げているのを確認し、彼は開始線へ戻っていく。
この人と……、相面になって負けたことなんかなかったのに……。
ひとまず羽柴も開始線へ戻る。目の前に構えている三枝の目は、じっとこちらを見据えていた。羽柴もまた彼を見つめる。そして、今一度、思い出す。彼とはもう何度も対戦していること。勝率こそ自分の方が勝っているが、対戦自体にはおそらく互いに慣れていること。そして彼は、羽柴の知っている以上に強くなっていたのだということ。
やっぱり、この人は強くなったんだ。兜山へ行って、たくさんの選手候補の中から選ばれて、ここにいるんだもんな……。
「二本目!」
「せぇぇやぁぁああッ!」
主審の声で、羽柴はすぐに攻める。時間がない。たぶん、もうあと一分もない。
一本を取らなきゃならない。おれは……、勝ってあの人に繋ぎたいんだ……!
去年なら、きっと羽柴は三枝には楽に勝てたに違いなかった。間違いなく、四分間で一本は取れただろう。けれど、今ここにいる三枝は、去年の彼とはまるで別人のようだった。
「面りゃぁッ!」
三枝が再び面に飛んできたのを、羽柴は竹刀で受ける。鍔迫り合いになった。次の瞬間、三枝の体をいなして大きく振りかぶり、そこから腹を竹刀で削ぐようにして、思い切り打ち込む。
「胴ーーーーッ!」
「おおっ!」
三枝の手元を上げさせて引き胴を打つ。当たりは良かった。しかし、残心を取る羽柴を三枝が追ってきている。間合いがしっかりと切れていないまま、技を打ち込まれる。そのせいもあってか、旗は上がらなかった。
上がらないか……!
もう残り数十秒だろうか。羽柴は焦り、三枝に対して休みなく攻めては技を打った。しかし、繰り出した技はどれも簡単に防がれてしまった。
やがて、ピーッという機械音が鳴り響く。その瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が会場中から聞こえた。それは絶望感とともに空しく羽柴に届く。羽柴は静かに開始線へ戻り、構えた。
負けた――……。
「勝負あり!」
蹲踞をして、後方へ下がる。背後には市鷹が待っている。その気配を感じたが、羽柴は振り返って彼の顔を見ることをためらい、顔を上げずに奥歯を噛み締めた。すると、羽柴の肩には温かな手が置かれる。
「大丈夫だ。あとは任せろ」
「すみません……」
「なに謝ってんだよ。いい試合だったぞ」
優しく声をかけられ、思わず顔を上げた。市鷹は目を細くしてそう言うと、羽柴と入れ違いに、試合場へ入っていく。たくましく、広い背中を見つめ、羽柴は深く頭を下げた。
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いなば海羽丸




