第二十一話 『男の娘?』
「アレフ‼」
溌剌とした声で俺を呼ぶのは、黒髪黒眼の中性的な少年――。
いや、誰だこいつは?
まあ状況から察するに、ギーメル以外考えられないのだが……。
「何の冗談だ?」
「すっげー、完全に別人じゃん‼」
「でしょ⁉ 態々コンタクトまでしたんだから‼」
ギーメルはしたり顔でそう言うと、身に纏う藍色のカーディガンを見せつけるように一回転した。
その見た目も然ることながら、口調の違和感が尋常じゃないな。ただ、声も〖変声〗の魔道具で変えているし、元々凹凸の少ない体つきだったため、少年と言って十分通用しそうではあった。
「何か失礼なことを考えていませんか?」
「いや、別に」
急に素に戻ったギーメルが、ジト目でこちらを見詰めてくる。読心術などというスキルはなかったはずだが。
「何故、性別ごと変える必要があったんだ。別に街娘の設定でも良かっただろ?」
「ダメ、かな……? アレフはこういうのが好きだって聞いたんだけど……」
上目遣いでそんなことを言ってくるが、全く身に覚えがない。まあ、そんなよく分からない嘘を憑くのは一人しかいないだろうがな。
「おい、アイン?」
「くくっ……。お兄ちゃんって呼ぶと喜ぶぜ?」
心底楽しそうで何よりだ。
ギーメルも分かってやってるんだろうな……、二人揃って質が悪い。
「お兄ちゃ――」
「言わなくていい。それにその長い髪はどうするんだ?」
嗜好の部分はどうでもいいとして、問題なのはその少年らしからぬ長髪。流石にそのままという訳にはいかないだろう。
「大丈夫だよ。髪を纏めて、帽子を被れば……、ほら‼」
ギーメルは一つ結びの後ろ髪を頭の低い位置で纏め始めると、最後にそれをピンで留めた。そして、大きめの帽子を被れば……。
まあ若干はみ出してはいるが、そこまで見ている奴はいないだろう。
「及第点だな。行くなら早く準備しろ」
「もう出来てるよ。行こ‼」
違和感の塊のような存在に何とも言えない感情を抱きながらも、俺たちは街へと繰り出していった。
*
「こんなの何年振りだろう……」
感慨深げに呟きながら、手に持った串焼きを頬張るのは黒髪の少年――、もといギーメル摂政殿下である。
「偶にはこういうのもいいよな。メルちゃんも好きなだけ食べろよ?」
「うん、ありがとう‼」
同じく手に串焼きを持ったアインが優しい兄貴面をしているが、雑費が全て俺持ちなことを忘れないでいただきたい。
アインが金を払わないのはいつものことだが、ギーメルはというと……。
「お金は持ち歩いてないんだ……。ねぇ、貸してよアレフ‼」
ときた。揃いも揃って集りやがって。
「アレフも食えよ。そんなだからいつまでも痩せたままなんだぞ」
「余計なお世話だ。昼ので十分だろ」
得体の知れない魔物の肉を口に含みながら、器用に話して見せるアイン。というか、人の金でモノを薦めるとはどういう神経をしているのだろうか。
まあそれはともかく、この数時間で一通りの買い物を終えることができた。
購入したのは『転移結晶』と治療薬、それからアインの武器。かなり渋っていたが、結局4,600,000sの長弓を選択した。
今回の一件で俺たちは救国の英雄という扱いになっているらしく、かなりの値引きをしてもらった。
街を歩いていても感謝や感激といった声が多く聞こえ、何とも複雑な気分になる。選択を違えていれば、お前たちの国を滅ぼすことになっていたというのに。
そんな訳で倹約家のアインに武器を買わせることに成功した俺たちは、食べ歩きながらギーメルの要望である露店街へと向かっていた。
「ん、あれって……」
するとその道中、一つの建物が視界に入ってくる。
純白の建物群の中、異彩を放つド派手な建造物。開いた扉からは騒音が鳴り響き、何とも凄まじい場違い感を演出している。
「やっぱり、賭博場じゃん‼ あれ、ここにもあったんだっけ⁉」
はしゃぐアインの言う通りここは賭博場。一日で数十億もの金が動くと言われている、金持ち御用達の娯楽場だ。
「景観を損ねるので撤去したかったのですが、国への献金額が段違いでして……。泣く泣く放置しているのが現状です」
素に戻ったギーメルが、本気で恨めしそうに賭博場を見詰めている。まあいつの時代も賄賂というモノは存在しているからな。
そんなことを考えていると、賭博場から出てきた一人の男と鉢合わせになった。奴は寝不足なのか酔っているのか、ふらふらと俺の肩を掠めていく。
「おっと、ごめんよ――」
二十代後半といったところだろうか。
四方に伸び切った茶色の髪に、不相応に輝く橄欖石色の淡緑眼。高そうな魔法衣と魔法帽子を身に着けた、如何にも〝魔術師〟という恰好の人物だ。
「ん? まさか……、兄貴じゃないか⁉」
ついでに、俺の「会いたくない人物ワースト3」に名を連ねる逸材でもある。
「アレフの知り合いか?」
「いや、人違いだ。いいから行くぞ」
話すのも億劫なのでその場を去ろうとしたが、奴はそれを見逃してはくれなかった。がっちりと掴まれた戦闘服の裾が、ミシミシと悲鳴を上げている。
「まあまあ、話すくらいはいいだろう?」
「俺たちは今忙しいんだ。今度にしてくれ」
こいつの名前は「ベート・オリゴー」――人呼んで『奇跡の創造主』
こう見えて、傭兵・冒険者・研究者の全ギルドでSランクを達成している、正真正銘の実力者だ。特に研究者としての評価は凄まじく、同ランクの者たちと比べてもその能力や実績は頭一つ抜けていると言われている。
間違いなく、間違いなく偉大な人物ではあるのだが……。
「俺たち、か……。何、そういう癖にでも目覚めたのかい?」
ベートは俺の両脇に立つ、二人の青少年を見てそう呟いた。
「言いたいことはそれだけか? なら帰らせてもらうが」
「待って待って、冗談だって‼ 姉御がどうしたのか聞きたかったんだよ」
「知っていることを聞くな。女帝になったと、そう聞いているはずだろ?」
「いやそうじゃなくてね、何で別れたんだってことさ」
生憎とこの男はデリカシーなどというものを持ち合わせていない。だから人の気持ちを慮るなんてことはしないし、人の領域に土足で踏み込んでくる。正直言って、関わり合いになりたくない人種だ。
「方向性の違いだ。それ以上でも、それ以下でもない」
「なんだその〝恋人〟みてぇな理由」
「こ、恋人ですか……」
どうしてこのバカは態々話を広げようとするのだろうか。ギーメルはギーメルでよく分からない反応を見せているし。
「まあ、話したくないならいいけどね。じゃあ、久し振りに賭博場で一儲けといこうじゃないか‼」
ベートは高らかにそう言うと俺の裾を千切れんばかりに引っ張り、強引に建物内へと連行していく。ステイタスの差は歴然のようで、どう足掻いても逃れられそうになかった。
こいつのこういう軽薄で軽率で、無遠慮で無神経で、それでいて悪とも割り切れない中途半端さが昔から苦手だ。




