第二十話 『MY HOME』
それから一週間が経過した。
王国に駐在していた帝国軍は既に立ち退き、今は復興作業に追われている。といっても王城以外は殆ど無傷のため、その立て直しがメインとなっているが。
因みに、国王レイアスの処遇は据え置きらしい。今回の一件でギーメルの派閥が大きく力を得たそうなのだが、本人が国王になることを辞退したのだとか。
まあ、養子が国のトップというのも格好がつかないのだろうし、ギーメルが摂政として実権を握ることになったため、政治自体にさして問題はないだろう。
国王が成人しているのに摂政というのも、おかしな話ではあるがな。
そしてレイアスを支持していた貴族についての処遇だが、一部領地の没収と、爵位の降格が命じられた。というのも奴らは、戦争に勝てる見込みがないと判断した上でレイアスを支持していたらしい。
新国王候補二人の考えはどちらも徹底抗戦。まあ、ギーメルの場合は降伏が最優先だったようだが、蛮族共が降伏宣言を素直に受け入れるとは思えない。
ゆえにギーメルよりも丸め込みやすいレイアスを支持することで、自分たちが戦争から逃げ出せるよう画策したという訳だ。大方、王妃の護衛だ何だと理由を付けて安全圏まで避難していたのだろう。
そして王国が帝国に支配された後、温存しておいた兵力を利用することで自分たちの立場を確立しようというのが魂胆だったようだな。
そんな訳で国家よりも個の利益を優先した奴らには、等しく罰が与えられたのである。
では、かく言う俺たちは今、何をしているのかというと――。
海に浮かぶ孤島の上で、優雅にバカンスと洒落込んでいた。
「出来ましたよー」
溌剌とした声で俺たちを呼ぶのは、淡桃色のワンピースに身を包み、美しい金髪を後ろに結わえた――、ギーメル・ディア・リヴァリエ摂政殿下、その人である。
「おー、美味そう‼」
「なあ、こんなとこ居ていいのか? 城は今絶賛立て直し中だろ?」
「大丈夫ですよ。雑事は全て義兄上に押し付けてまいりましたので」
そう言っていたずらっぽく笑うギーメルだが、国の中核がそんなので大丈夫なのだろうか。
「兵士の方々も見逃して下さいましたし。まあ大臣辺りに見つかれば、軽くお小言を貰うでしょうが……」
ギーメルが色々と苦労してきたことを知っている者からすれば、多少の我儘くらい許してやりたい、そんな考えにもなるのかもしれない。
「そんなことより早く食べましょう‼ 今日は腕によりを掛けた自信作です‼」
「でも、意外だよな。メルちゃんが料理上手だったなんて」
「研究者の頃は自炊が基本でしたからね。王城に入ってからはご無沙汰しておりましたが」
自信満々に卓上を示すギーメルと、素朴な所感を漏らすアイン。
雑なあだ名が非常に気になるが、こいつの短縮癖は今に始まった話ではない。俺の三文字の名前ですら短縮しようとした男である。
「なあアレフ、料理教えてもらえよ。絶望的に下手なんだからさ」
「今更必要ないと言ったはずだ。それにお前も教えるとか言って、一時間くらいで諦めてただろ」
「だってお前、教えたこと全然守んねえじゃん」
「アレフ様は料理がお得意ではないのですか? 何でも卒なくこなすイメージがあったのですが……」
ギーメルが意外そうな顔で問い掛けてくるが、別にそんなことはない。
必要があれば身に着けていたのかもしれないが、生憎とその機会には恵まれなかったからな。
「でしたら、今度一緒にやってみませんか……?」
すると、ギーメルがおずおずといった様子でそう提案してきた。
「失望するだけだと思うが。やりたいならやればいい」
「は、はいっ‼ 是非‼」
どうしてだろうな。ギーメルの頼みというのはどうにも断りづらい。これが、天性の魔性というものなのだろうか。
「へぇ……。ま、今は食べようぜ」
「はい、いただきましょう」
それから俺たちは食事に入った。
メニューは海洋国家らしく、魚のフルコース。刺身・煮付け・ムニエルに唐揚げ。あとはカルパッチョやスープなんかも添えられている。
様々な魚介が存在する中で、一際目を引くのが巨大な鮫。固有名を『雷鳴鮫』というらしい。
リヴァリエ近海に生息するこの鮫は、近付くと高電圧・高電流の電撃を放ってくる魔物で、周りの船や魚諸共感電させてしまう恐れのある危険生物である。
そのためこの魔物を捕まえる際には、専用の船と乗組員用の防具が必要となり、それゆえに入手難易度が高い。しかしその反面味は優れているため、かなりの高額で取引されている幻の高級魚である。
「始めて食べたけど、美味いなこれ」
「ありがとうございます。アレフ様はお口に合いましたか?」
「ああ、美味いぞ。アインのよりも数倍」
「おい、もう作ってやらねえぞ?」
そんな益体のない話をしていると、時間とは過ぎていくものだ。全ての料理を食べ終えた俺たちは、揃って片付けを始めた。
「しっかし良いよな、ここ。ずっと居たいくらいだぜ……」
「別にいつでも帰ってこれるだろ」
「ずっと居て下さってもいいのですよ?」
実を言うとこの家、というか孤島は俺が購入したものだ。
戦争の報酬としては金銭を受け取る予定だったのだが、如何せん王城の立て直しには金が掛かる。ゆえに俺の分の報酬は土地と建物にしてくれないかと、そう懇願されたのだ。
つくづくギーメルに甘いと、そう思わなくはないが、見張りとして兵士を一人置いてくれるというので、拠点としてはこれ以上ない条件である。
それにしても、この家結構デカい。
六角形の孤島の大きさは三百坪程度で、全体が透明な半球で覆われている。またその中には、鬱蒼と暖国特有の木々が茂っており、純白の建物とそれなりにマッチした景観となっている。
唯一の欠点を挙げるとすれば、孤島ゆえにアクセスが不便な点だが、専用の小船が付随しているためそこまで気にはならない。
また、街中に張り巡らされた結界の御陰でセキュリティー面も万全であり、間違っても鮫に感電死させられるなんてことは起こりえないようになっている。ゆえに拠点としては申し分ないという訳だ。
と、そんな思考に耽っていると、最後の皿を洗い終えた。
ギーメルは食器類をまとめて棚へと戻すと、こちらに向き直り口を開く。
「あ、あの……、お二方はこれからどうなさるのですか?」
「買い物がてら観光でもするかな。治療薬とか補充しないといけないし」
「お前は武器を新調しろ。勿体ないからっていつまでも同じのを使ってると、いつか痛い目を見るぞ」
「う……、まあそうなんだけどさ」
アインは勿体ないだの、まだ使えるだの言って、一年以上同じ武器を使ってるからな。いい加減もっと良い武器に変えてほしいところだ。
「では、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「全然良い――」
「駄目だ。自分の立場を理解しているのか?」
ならばとギーメルが同伴を申し出てくるが、それは許可できない。
彼女も今となっては王国の実質的なトップ。そう簡単に出歩いてよい存在ではないのだ。
「変装するので心配はありません。それに【宵闇の使者】のスキルもあります」
申し出を突っぱねられたギーメルは、しかし意固地になって折れようとしない。
彼女はそう言って姿を消すと、俺たちの認識外へと晦ませた。
「「――――!?」」
先日能力更新があったので、そこで発現したのだろう。
突然の出来事に少し驚いたが、駄目なものは駄目だ。ギーメルにもしものことがあったら、王国は立ち行かなくなる。
そう考え、どう説得するかと頭を捻らせていると、腰辺りに僅かな感触が。慌てて視線を向けると――、差していたはずの瑠璃色の直剣が無くなっていた。
「返してほしかったら、連れてって下さい」
何もない所から聞こえる脅し文句と、宙に輝く蒼色のロングソード。
面倒なことに実力行使に出てきたようだ。
「連れてってやりゃあいいじゃん。俺たちがちゃんと守ればいいだろ?」
確かにこのままでは勝手に付いてきそうな気もするが。それよりは護衛として見張っておいた方が良いのだろうか……。
「分かった。但し、変装はちゃんとしろよ」
「勿論です。次はあなた方にも見抜けない、完璧な変装をお見せしますよ」
根負け。俺は渋々許可を出すと、ギーメルは自身に掛けていたスキルを解除し、嬉しそうな表情で直剣を手渡してきた。




