第十九話 《???》
結論から言うと、作戦は成功した。
というか城の警備がザル過ぎて、ぶっちゃけ誰でも良かったくらい。兵士たちは昼間っから酒だの何だのやりたい放題だし、皇族の連中も似たようなもんだ。
戦勝ムードってのは分かるんだけど、これだけ酷いといつもの恰好でもバレなかったんじゃないかって、そう思っちまうくらいだな。
ああでも、唯一大変だったのは王女様の見張り、もとい護衛だな。だってあの子、前国王の悪口聞くとすぐ飛び出そうとするし。俺と兵士たちで止めるのが、結構大変だったよ……。
まあそんなこんなで、大きな問題もなく潜入出来たってわけ。以上。
*
――アレフ視点――
『な、何故……⁉』
俺の合図に合わせて兵士――、もといギーメルがこちらへと向かってくる。彼女に掛けていたスキルは既に解除してあるので、その美しい金髪と紅眼は白日の下に晒されていた。
「それは、降伏宣言ということでよろしいのですね?」
確固たる眼差しで。ギーメルはバルバトスを真っ直ぐに射貫くと、力強く言い放った。対する皇帝は一度台座へと目をやった後、悔しそうに言葉を溢す。
『そういうこと……、か。王城の占拠は完了したと聞いていた故、油断しておったわ。仕方あるまい、ここにオーラヘイム帝国の降伏を――』
してやられたという表情を浮かべつつも、バルバトスが帝国の降伏を宣言しようとした――、次の瞬間。
『シュッ――』
『キイィィン――‼』
俺の持つ瑠璃色の直剣が、ギーメルへと迫る一本の弓矢を叩き落としていた。
「やらせるかよ、三下」
矢の飛んできた方角へと視線を向けると、そこには弓を構える兵士の姿。
恐らく奴は帝国貴族の私兵。ギーメルを殺害――、いや仮殺することで状況の打破を狙ったのだろう。如何にも蛮族のやりそうなことだ。
『なっ……⁉ 貴様ら、そこな愚兵を捕らえよ‼』
それを認めたバルバトスは、酷く慌てた様子で周りの兵士たちへと指示を出した。
こいつの命令ではなかったのだろうが、仮殺が成功していたらギーメルを出しに態度を一変させていただろうな。
まあ良い、今は最大限利用させてもらうとしよう。
「おい。お前のところの兵士が王女様を殺そうとしたみたいだが、どう落とし前を付けてくれるんだ?」
『そ、それはだな……』
バルバトスはしどろもどろといった様子で思考を巡らせているようだが、最早言い逃れは出来ないだろう。
「和平交渉を結ぼうってタイミングで、相手の旗頭を狙うってのはどういう了見なんだ?」
「そうですね、流石に看過出来ません。交渉は厳しいものになると、そう覚悟しておいてください」
ギーメルは俺の意図を汲んでくれたようで、続けざまにそう言った。
それからは順調に交渉が進み、帝国側は支配していた国々の解放、賠償金の支払い、一部領土の譲渡という、異例の処置を取らされることとなった。
本来であればここまで搾取することは出来なかっただろうが、馬鹿な貴族と王女様の手腕の御陰と言ったところだろう。
ここまで戦力を削っておけば、報復されるリスクも減るというものである。
俺たちは降伏文書への調印を確認すると、それを受け取ろうとした――。
その時だった。
(くそっ……、蛮族共の横暴が許されてなるものか‼ やれ‼)
『っ……、ぐあぁぁあぁぁ――‼』
床面に落ちた魔道具から響く声に伴い、捕縛されていた兵士が苦悶の表情で叫び出した。奴は全身からどす黒い瘴気を発生させると、やがて明滅を始める。
(まさか、本当に【哀切の献身者】を――)
いち早く異変の正体に気付いた俺は、兵士の息の根を止めるべく動き出す。が、彼我の距離凡そ15m。加速に割く時間を加味すると、間に合いそうもない。
まるで正気の沙汰ではないが、クーデターでも起こす気なのか。そんな疑問を抱きながらも、奴との距離を少しずつ縮めていく。
(くそっ、間に合わねぇ……)
しかし、時の流れというものは残酷である。
兵士の明滅は次第に終わりを迎え、身体の内側から溢れ出す莫大なエネルギーが、玉座の間を覆い尽くさんとしていた――。
「どうして……、どうして皆、自身の命を顧みないのでしょうか。私の目の届く範囲では、もう誰も死なせはしません‼」
ギーメルは自身の思いのままに両手を合わせ、安寧を願い、祈りを捧げる。
「我は〝ーーー〟。――――――――――――――『ーーーー』」
高く清らかな声によって紡がれる何らかの詠唱は、しかし轟音によって搔き消され――。
いや、掻き消されることはなかった。
ギーメルの祈祷と呼応するようにして、突如玉座の間を包み込む光のドーム。全ての殺意を無に帰すかの如きその光は、優しくもあり同時に残酷な色を映し出していた。
『『『――――――!?』』』
玉座の間を支配するは、驚愕と静寂。今にも爆発寸前だった件の兵士は、既に意識を手放していた。
(何が起きたんだ⁉ 何故、爆発音が聞こえない⁉ おい‼)
その静寂を破ったのは、魔道具から聞こえる男の罵声。恐らく奴は兵士の主人で、魔道具越しに指示を出していたのだろう。
俺はその声で我に返ると、今も祈祷を捧げるギーメルの元へと歩を進めた。
「――今のは、何だ?」
「分かりません。私の脳内に突然〝彼女〟の声が響いたのです」
ギーメルは組んでいた手を離すと、ゆっくりと立ち上がりそう言ってきた。
〝彼女〟とは誰のことだろうか。いや、今はそれよりもだ。
「意図的に起こしたわけではない、ということか?」
「――分かりません。ですが私はあの時、誰にも死んでほしくないと祈りました。その結果として〝彼女〟が福音を下さったのだと、そう考えてしまうのは現実的ではないでしょうか……?」
いまいち的を射ないが、要はギーメルの思いに呼応して『何か』が力を授けたということだろうか。
聊か突飛な話だが、現時点で【哀切の献身者】を防げるスキルの存在は確認されていない。ゆえに戯言だと、そう切り捨てることは出来ないかもしれないな。
「何だったんだ、今の……?」
しばらく放心していたであろうアインも、こちらへとやってくる。
「分からない。ただ今やるべきことは決まっているはずだ」
俺たちは一先ず放心している王国兵たちを正気に戻し、降伏文書を回収した。その時、皇族の連中に軽く触れておくことを忘れてはいけない。
そして最後に玉座へと向き直ると、帝城を後にする旨をバルバトスに伝えた。
「じゃあな。王国に駐在する兵士たちを引き上げさせておけよ。能力更新までに為されなければ、お前たちの心臓部を爆破する」
『な、何だったのだ? 今の光は……』
「さあな、ただリヴァリエの聖女様には【哀切】ですら効果が無いらしい。これに懲りたら、二度と侵攻しないことだな」
『う、うむ……』
バルバトスは未だ理解出来ないといった様子で頷くと、一応は了承の意を示す。それを見届けた俺たちは『転移結晶』を作動し、未だ静寂に包まれる玉座の間を後にした。
*
「マインツ村」――とある宿屋の一室。
転移を果たした俺たちはというと、王国から駐在兵が立ち退くまでの間を、近隣の村で過ごしていた。
そんなある日のこと。
「あ、あの……。これを見て頂けませんか?」
ギーメルがおずおずといった様子で、手の甲に刻まれた蒼い文字を見せてきた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
○ギーメル・スキエンティア
【種族】人族
【体力】37
【魔力】57
【攻撃力】89
【防御力】57
【魔法攻撃力】76
【魔法防御力】75
【敏捷力】43
≪スキル≫《???》【聖女の祈祷】〖攻撃力上昇(中)〗「魔力上昇(小)」
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「見かけによらず、意外と脳筋じゃん」
「あの、そこではなく……」
横から覗き込み、そんな所感を漏らすアイン。
それにしても、こいつの目は節穴なのだろうか。有事以外における視野が、絶望的に狭い。
「妙なスキルが刻まれているな。これは、あの時からのモノか?」
「はい、そのようなのです。お二方は何かご存じありませんか?」
「いーや、俺は知らないね」
少しでも考えることをしたのだろうか。アインはそう即答すると、お手上げのジェスチャーを取った。
「俺は一度だけ見たことがある。『情熱の戦乙女』って知ってるか?」
「え、ええ当然です。『ヴァロワール帝国』の〝女帝〟陛下ですよね?」
「祖国を滅ぼした〝悪魔〟みたいな奴だって聞いてるけど」
「ああ、それで合ってる。俺は一時期そいつと旅をしていた時期があるんだが、そいつの手の甲にも同じようなスキルが刻まれていた」
「「ええっ――!?」」
心底驚いたような、二人の声が同時に発せられる。
「ど、どういうことでしょうか⁉」
「は? 何だそれ、聞いてねえぞ?」
「言ってないからな。面倒だから黙っておいただけだ」
別段言う必要性を感じなかったし、余り思い出したくないから言わなかっただけなのだが。
「色々と聞きたいことはありますが、一先ずスキルについて教えて頂けませんか?」
「悪いが詳細は知らない。出逢った時から刻まれていたし、消えることもなかった」
「そ、そうですか……。では、やはり何か意味があるのでしょうね」
そう言うとギーメルは手の甲を見詰め、何か考えるような素振りを見せた。
「前旅してた奴ってそんな大物だったのかよ……。まあ、アレフを玩具に出来る時点で只者じゃないとは思ってたけどさ」
「人聞きの悪い言い方をするな。そもそもお前も大概だと思うがな」
「ん、そうか?」
「何言ってんだお前」みたいな顔でアインが見てくるが、こいつに自覚というものはないのだろうか。
「と、ところで『戦乙女』様とは、どのようなご関係だったのでしょうか……?」
するとギーメルが、何やら意を決したような面持ちでそう問い掛けてくる。
「まあ、強いて言うなら主従関係といったところか? それがお前と何か関係が?」
「ギーメル……」
「ん……?」
「ギーメルと、そう呼んでは頂けませんか?」
ギーメルは今にも消えてしまいそうなほど小さな声で呟くと――、やがて頬を染めて俯いてしまった。
「アレフ、何呆けてんだよ」
「あ、ああ……。――ギーメル。これでいいか」
「は、はい。では以後、名前でお願いしますね、――アレフ様」
そう言って微笑むギーメルの表情は、晴れやかな空の情景を想起させるほど、一点の曇りもなく透き通っていた。




