第二十二話 『賭博場の魔術師』
一言で表すと、絢爛豪華。
天井から釣り下がるシャンデリアがフロアを照らし、粋なムードを演出している。床は全面大理石なのだろうが、覆い被さる真紅のカーペットの影響で、その全容を把握できないのが勿体なく感じられてしまう。
諸所に設置されたテーブルやマシンでは多くの人々が遊戯に興じており、一喜一憂様々な声が響いている。以外にも身なりの良いものばかりでないのは、場所によって住みわけが為されていることの証拠だろう。
そんな欲望渦巻く賭博場の一角で、俺たちは騒がしく屯していた。
「おい、いい加減放せ」
「逃げないならいいよ。でも兄貴、賭博場嫌いだろ?」
「分かってるなら連れてくるな。その首、叩き落すぞ」
裾を掴んだ姿勢のまま宣うベートに対し、殺意のようなものを抱き始める。こいつは間違いなく、人をイラつかせる天才だ。
「なあ、いまいち話に付いていけないんだが……。どういうことだ、おっさん?」
「昔からの知り合いってことだよね、おじさん?」
「おじ――、僕はまだそう言われる年ではないんだけど……。ま、そういうことだよ。僕とアレフの兄貴は、十年来のマブダチさ‼」
「ストーカーの間違いだろ。また俺に集りにきたのか?」
「いや、僕もあれから成長したんだ。今じゃこの賭博場きっての賭博師だぜ?」
意気揚々とそう自称するベートだが、大方元金の暴力でどうにかしているだけだろう。オールSランクの猛者ともなれば、その稼ぎも尋常ではない。
「やっぱりアレフが賭博場に通ってたってことなのか?」
「全然イメージできないけど……」
アインとギーメルが揃って疑問符を浮かべているが、まあ無理もない。俺とて別に好きで通っていた訳ではないのだから。
「そうだよ。何を隠そうアレフの兄貴は〝冷酷機械〟と恐れられた男なんだぜ‼」
「「…………?」」
「初耳なんだが……。ていうか、それ蔑称だろ」
「いやー、あの無表情で相手を薙ぎ倒していく姿、今思い出してもゾクゾクするよ‼ ま、姉御の方が凄かったけどさ」
余談であるが、賭博場ではディーラーと睨み合う以外に、手数料を払えばプレイヤー同士で賭けを行うこともできる。ポーカーが主流ではあるが、明確なルールさえあれば実質何でもOK。
やはりプレイヤー同士というのは盛り上がるもので、周りにギャラリーができることもしばしばである。
「さっきも言ってたけど、姉御って戦乙女のことか……?」
「ああ、今はそう呼ばれてるんだったね。そうだよ」
「マジか。女帝様も賭け事とかするんだな……」
「あいつは面白そうなことがあれば、何でも首を突っ込むからな。その所為で何度悩まされたことか……」
好奇心と嗜虐心の権化のようなイカレた乙女。あいつの気紛れの所為で飛んだ俺の手足は、一本や二本では利かない。
「あー、あれについては同情するよ……。流石の僕でもドン引きだったからね」
そんな俺を見て話すベートの目には、珍しく哀れみの色が見て取れた。
と、しばし会話を続けていると、テーブルの方から一人の人物が近付いてくる。傭兵か何かだろう、腰に剣と幾つかの治療薬を括りつけている。
『ベートの野郎来てたのか。それとそっちは見ねぇ顔――いや、もしかして救国の英雄様か⁉ ん、しかしどっかで……? あ、お前〝二億王子〟だろ‼』
何とも忙しなく、その表情を二転三転させる傭兵然とした男。何を言いたいのか分からないので、落ち着いてゆっくりと話すことをお勧めしたい。
「お前、異名多過ぎだろ……。にしても〝二億王子〟って何だ?」
『知らねえのか? ここリヴァリエの賭博場で、歴代最高の負け金額を叩き出した伝説の賭博師だぞ‼』
「は……? てことはあれか、二億s負けたってことか⁉」
「正確には、二億と二千四百万sだ」
今でもハッキリと覚えている。
あのイカレ乙女は俺に全財産を賭けるよう命令した上で、負けるように細工をしやがったのだ。
で、挙句の果てに放った台詞が、
『そっちの方が、面白そうだったから』
ときた。
まあ、当時の俺に逆らう術は無かった訳だが。
「主従関係ってマジだったのかよ」
「んー……。それよりも首輪を掛けられた、哀れな愛玩犬って感じだったけどね」
顎に手を当て、当時を思い出すようにそう語るベート。何とも酷い言われようだが、否定し切れないのが辛い所だ。
「でも、何だかんだ言って楽しそうに見えたけど? 姉御との旅を通して、兄貴も人間として強くなれたんじゃないかな?」
「お前はあいつの恐ろしさを知らないからそう言えるんだ。まあいい、この話は終わりだ。さっさと帰るぞ――」
もうこれ以上話すことはないと踵を返そうとするが、何か忘れているような気がする。
そうだ、つい先程まで隣に居たはずのギーメルは、どこへ行ったんだ?
「おい、アイン‼ あいつは――」
「少年なら、あそこにいるよ」
俺の問い掛けを先回りするようにして。ベートが指で示すその先には、煌びやかなショーウィンドウを、目を輝かせながら見つめるギーメルの姿があった。
「あいつは賭博場が嫌いなんじゃなかったのか?」
「さあ、それとこれとは別なんじゃね?」
心底から疎んでいるようだったが、何故ああも楽しそうなのか。
その感覚は理解できないが、一先ず連れ戻すべく歩き出す。するとこちらに気付いたのか、ギーメルはやや興奮した様子で手招きしてきた。
「アレフ、ちょっと見てよ‼」
「何だ? 見たらすぐ帰るぞ」
ギーメルの指差す先、数々の景品が立ち並ぶショーウィンドウの中で、一際光を放つ宝石細工。それは、黄色い眼をした白犬を象っていた。
「これがどうしたんだ?」
「欲しい‼ 取ってよ‼ アレフ‼」
そんな片言マシンみたいな言い方をされてもな。賭博場でチップをモノと交換するのは、あまり効率が良いとは言えないのだが。
「似たような奴を買ってやる……。待て、何故俺がお前に買ってやらなきゃならないんだ?」
「い、いいじゃん別に‼ ほら、旅の思い出ってことで‼」
危うく流されそうになったが、俺が買ってやる義理などありはしない。少年の形をしていても強かなのは変わらないな。ちゃっかりしてやがる。
「どうした、何かあったのか?」
すると、騒ぎを聞きつけたアインがこちらへやってきた。当然、にやけ面を貼り付けたベートも後ろから付いてきている。
「別に。今から帰ろうって話をしていただけだ」
「嫌だ‼ 取ってくれるまで動かないよ‼」
イヤイヤと首を振って駄々をこねるギーメル。それにしてもこいつの人格、変わりすぎではないだろうか。王女様の風格とやらは微塵も残っていない。
「欲しいんだったら取ってやれば? いくらすんの?」
「一番高いチップだと15枚。300万sだな」
賭博場のチップは色ごとに値段が分けられており、一番高い橙色は一枚20万s、一番安い青色は一枚1sとなっている。
「――高いと思うのなら、増やせばいいじゃないか‼」
どうしたものかと悩んでいると、突如声を張り上げる奇人が一人。ベートはその場で大きく手を広げると、尚も続けて言った。
「勝てば0sも同義だろう? 君ならやれるさ‼」
何処の賭博狂の理論だろうか。手遅れだな、こいつの脳は完全に賭博の闇に染まり切っているらしい。
「お、いいじゃん。俺も見てみたいし」
「頑張って‼ ……お兄ちゃん‼」
だが、どうやら俺には味方が居ないらしい。他人事だと思って好き勝手言う三人を横目に、俺は一人両替所へと向かった。




