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第十七話  『交渉』


『き、貴様‼ 王女様から離れろ‼』

『王女様‼ 今、お助けします‼』


 ギーメルの私室から顔を出すと、当然対面することになる見張りの兵士たち。


「離れろと言われて、素直に離れる族がどこにいるんだ?」


(どうして態々、煽るようなことを言うのですか⁉)


 思わず口を衝いて出た煽り文句に、ギーメルがそっと耳打ちをしてくる。確かに彼女の言う通り、今から協力しようという相手を挑発しても、百害あって一利なしである。


(悪い。以後、気を付ける)


 反省。俺は小さな声でそう返すと、彼女の首筋にナイフを突き付け、続けて――。


「お前たちが俺と遊んでいる間に、国王陛下が殺られたらしいな? どうだ、俺と取引しないか?」


(あの……、人の話はちゃんと聞くべきだと思います……)


 ガックリと肩を落とし、諦めたようにそう呟くギーメル。

 これでもダメか。凄まじい殺気を放つ兵士たちを前にして、慎ましく居ろというのも無理な話なのだが。

 すると、そんな彼女を見た兵士の一人が何を勘違いしたのか、その黒瞳に闘志を宿した。


『王女様を泣かせるとは絶対に許さん‼ 刺し違えてでも、貴様の命葬ってやろう‼』


 ギーメルのためなら自分の命すら惜しまない、そんな気概さえ感じさせる様相で。その兵士は果敢にも突貫してくる。


(ちっ、お前の所為だぞ)

(わ、私の所為ではありません‼)


 兵士の放つ加減された槍の一撃を回避した俺は、ギーメルを抱えるとバックステップを取り、そのまま脱兎の如く逃げ出した。

 奴らを無力化する手も考えたが、彼女との約束の手前それも出来ない。


「なっ――!?」

「お前、敏捷幾つだ?」

「43ですが……」

「じゃあ抱えた方が早い、諦めろ」


 横抱きされた格好のギーメルは、何か言いたげに口をモゴモゴとさせていたが、やがて観念したのか俺に身体を委ねてくる。

 その頬がやや赤く染まっているように感じるのは、気のせいだろうか。





                 *





「はぁ……」

「あの……、運んで貰っておいて言うのもアレなのですけれど……。何度か私を盾にしませんでしたか?」


 一通り兵士を巻き終えて一息つく俺を、ギーメルはジト目で見つめてくる。


「兵士たちもお前には攻撃できないからな。特に魔法系を抑制できるのがデカい」

「私は魔法盾(マジックシールド)ではないのですが……」

「俺に傷付いて欲しくないんだろ?」

「む。だからと言って女性を盾にするのは、倫理的によろしくないかと」


 冗談交じりにそう返すと、頬を膨らませ不満気な態度を見せるギーメル。

 そんな益体のない会話を交わす俺たちだが、今は玉座の間へと侵入するタイミングを見計らっている。


 守るべき対象が居なくなったことで、現在玉座の間はかなり手薄な状況。大臣や兵士長を始めとして、五十人程度しか確認できない。

 交渉するなら、今しかないだろう。


「よし、行くぞ」

「はい――」


 失敗は許されない。そんなプレッシャーに気を引き締めながら、俺たちは玉座の間への一歩を踏み出した。





                *





 玉座の間へと入るや否や、全員の視線が俺たちに集中した。


『き、貴様ら……、陛下のみならず王女様まで――』

「まあ待て、一先ず話を聞k――いてくれ。交渉といこう」


 開口一番、凄まじい殺気を放つ兵士長。俺は奴を暴発させないよう、全身全霊を込めて丁寧な言葉遣いで受け応える。


『交渉だと?』

「ああ、その陛下とやらを生き返らせてやる。それと王女も解放するさ」


 ギーメルの首筋にあてていたナイフを一瞬下ろし。俺がそう言うと、玉座の間全体に緊張が走った。


『生き返らせるだと‼ そんな嘘に我々が騙されると――』

「正確に言うと、まだ死んじゃあいない。〖毒牙〗のスキルで、仮死状態になっているだけだ」


 動揺を見せる兵士たちを見渡しながら、俺は尚も続ける。


「帝都の外に、転移した俺の相棒が控えている。交渉に応じてくれるなら、そいつを呼んで解毒してやるが――、どうする?」

『なるほど……、信用はせぬが一応聞こう。貴様らの目的は何じゃ?』


 ここで側に控えていた老年の大臣が警戒しつつも、そう問い掛けてきた。王族なき今、国政の決定権はこいつにあるのだろう。


「簡単だ。帝国を落とすのに協力しろ」


『『――――!?』』


 さもありなんと。一切の躊躇なくそう告げると、玉座の間にいる者たちは総じて理解不能という表情を浮かべた。


『お……、お前は帝国の雇われ傭兵じゃないのか?』

「そうだが? 裏切りなんて、別に珍しい話じゃないだろ?」


 まあ、敗戦濃厚のこの国に加担しようなんて酔狂者は、中々いないだろうがな。


『流石に信じられぬ……。それに帝国を落とすじゃと?』


 疑念からか、その白眉を顰める大臣。

 というか、こいつらも帝国に勝てないことくらい理解しているのか。


 ということはあれだな。

 本気で帝国を落とせると思っているのは馬鹿王子たちだけで、そいつらも一部貴族の思惑に乗せられたのだろう。

 ならば今残っているのは、真に王国の将来を案ずる者だけ。まあ都合は良いか。


「既に目標は殆ど達成している。今更俺がお前たちに交渉を持ち掛ける意味は、それくらいしかないと思うが?」


 ギーメルの肩をポンポンと叩きながら、己が優位を示すように言い放つ。と、それまで沈黙を貫いていた彼女が、突如として声を上げた。


「皆さん、お願いします‼ こちらの御仁に、王国の未来を賭けては頂けないでしょうか‼」


『『『――――!?』』』


 これまでよりも強い衝撃に揺れる玉座の間。人質に取られているはずの王女様が「賊を信用しろ」と、そう言うのだから当然だろう。


『ど、どうなさったのですか王女様⁉ まさか洗脳を⁉』

『落ち着きなさいランドル。王女様に洗脳は効かぬ。以前、第二王子が騒いでおったろう。誠に腹立たしい話ではあるのじゃがな……』

『そ、そうでした……。申し訳ありません、取り乱しました』


 落ち着き払った大臣の一言に、ランドルと呼ばれた兵士長は素直に引き下がる。

 それにしても、第二王子がギーメルに洗脳を仕掛けたということだろうか。この国の王子共は、大概に救いようがないな。


『どういうことか、お聞かせ願えますかな? 王女様』

「はい。実を言うと、私は人質に取られている訳ではないのです」


 ギーメルの目配せを受け取った俺は、突き付けていたナイフを床へと落とした。晴れて自由の身となった彼女は一歩前へ出ると、驚く臣下たちを見渡し、続けて――。


「仮にこの方を殺めて帝国と戦ったとしても、勝機は万に一つもないでしょう。それならば彼の描く作戦に賭けてみようと、私はそう思ったのです」


 一縷の望みに縋るような、だが明確な意思を孕んだ声で言い放った。それを聞き届けた大臣は、やれやれといった様子でギーメルを見た後、その視線を俺へと移してくる。


『貴女様がそこまで仰るのなら……、話だけでもお聞かせ願えますかな?』


 俺はそれから作戦の概要について、スキルの詳細を交えながら説明した。

 作戦の大まかな流れはこうだ。


 一、帝都の外周部で(王国に保管してある)死体を焼く。

 二、王城に火を放ち、ついでに死体を並べておく。

 三、帝国の軍勢が到着次第、頭部のコピーを持った俺が現れ、

   一人で王国を壊滅させたことにする。

 四、俺が帝都へ向かう間に、アイン率いる精鋭部隊が『転移結晶』で移動、

   帝城へ侵入。

 五、皇帝との謁見の場で、合わせて一斉蜂起。

 

 因みに王国に死体が保管されている理由についてだが、これはスキル〖死霊術〗と【血鬼の統率者】が関係している。


 〖死霊術〗はその名の通り、死体を媒体に屍兵を生み出すスキルであり、【血鬼の統率者】は「死体が血液を含んでいなければならない」という縛りがある代わりに、強力な吸血鬼を生み出すことが出来るスキルである。

 故に死体の価値は高く、その売買を生業としている商人さえ存在するほどだ。


『我らの王城を燃やすだと‼』

『ふざけるな‼ 一体どれだけの価値があると思っているんだ⁉』


 一通りの説明をし終えると、案の状降り注ぐ兵士たちからの苦情。ギーメルもそれを聞いて、少しばかり物憂げな表情を浮かべていた。


「どうしても、燃やさなければなりませんか……?」

「王国壊滅を演出するなら、城が綺麗なままなのはおかしいだろ?」

「ならば、幻惑スキルで燃えているように見せかける、ということは出来ないのでしょうか?」

「無理だな。それだと城を占拠された時に必ずバレる。俺たちの身が危険に晒されるだけだ」


 見た目だけで温度の伴わない炎。そんなもの、触れるまでもなく見抜かれてしまうだろう。


「そう……、ですね。仕方ないです。城は立て直せますが、人間の命は有限なのですから」


 何処かで聞いたような台詞だが、今の彼女はどの程度本気でそう思っているのだろうか。


「な、何ですかその目は?」

「いや、何でも。交渉成立ってことでいいんだな?」

『王女様がそう仰るのなら、儂らに異論はありますまい』

「そうか、だったら外の兵士にも伝達しろ。能力順に上から十一人。それ以外は帰っていいぞ」

『な……、貴様らに任せて我らに逃げろと言うのか⁉』


 交渉が上手く纏まりかけていた折。兵士たちが一斉に意義を申し立ててきたのだが、こいつらは話を聞いていたのだろうか……。


「残党狩りを発生させないために壊滅状態を演出するんだぞ? それに何千人もの集団で、帝城に潜入出来る訳ないだろ。少しは頭を働か――」

「お気持ちは分かりますが、私たちにお任せください」


 俺の言葉を遮るようにして、ギーメルはいきり立つ兵士たちを宥めるべくそう言った。そんな彼女の表情は、少し呆れ気味だ。

 

「ん……? お前も潜入するのか?」

「はい。これでも能力はかなり高い方ですし、何より皇帝からの降伏宣言を聞き届けなければなりませんから」

「そうか……。アインはああ見えて役に立つ男だ。何かあったら頼るといい」

「はい。そうさせて頂きますね」


 ギーメルはそれだけ言うとその真紅の瞳に決意を宿らせ、来るべき決戦の時を見据えた。

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