第十六話 『不殺という名の理想郷』
『『『――――⁉』』』
誰もが予期せぬ、不可避の一閃。
羨望と陰謀の渦巻いていた玉座の間は、一瞬にして喧騒を奏で始めた。
『き、貴様、何のつもりだ⁉』
「おっと、動くなよ。動いたらお前と――、大事な跡取りたちの首が飛ぶぞ?」
『なにっ……!?』
唐突の出来事に慌てふためくバルバトスが視線を向けたその先には――、同じく首元に刃物を突き付けられた皇族たちの姿があった。
『貴様……、最初から図っておったのか⁉』
「さあな。あと、喋るのも禁止だ」
こちらを真っ直ぐに捉え、鋭い眼差しで睨み付けてくるバルバトス。どうやら、己の置かれている状況というものを、教えてやらなければならないらしい。
俺は短くそれだけ返すと、奴の耳部に手を当て――。
『パァァン――!!』
『ガァァッ――!?』
鼓膜ごと、右耳を吹き飛ばした。
(あ……)
つい衝動的にやってしまったのだが、背後から責めるような視線を感じるのは、気のせいだろうか。
「なあ……、治せるんだったら傷付けたことにはならない――、そう思わないか?」
『くっ……、何の話――』
バルバトスは思わずといった様子で口を開くと、慌てて噤む。別に左耳まで吹き飛ばしてやっても良いのだが、交渉がしづらくなるので一旦スルー。
「まあ、そんな訳でお前の心臓に爆弾を設置させてもらった。解除できるのは俺だけ。その意味が分からないほど馬鹿じゃないだろう?」
『っ――』
「あと念のため言っとくが、俺には【哀切の献身者】のスキルがある。最悪の場合、帝城ごと吹き飛ばしてやるから覚悟しておけよ」
俺の放つその言葉によって、玉座の間の空気がまた一段と引き締められた。
当然だが、これはハッタリである。
スキル【哀切の献身者】は、自身の魂と引き換えに大爆発を引き起こすという諸刃のスキルで、一応は〖爆破〗の互換スキルということになっている。しかし、そのデメリットと威力が桁違いであるため、使わずに終わることの多いスキルだ。
本来であれば苦し紛れの言い訳だと、そう笑い飛ばされるところだろうが、現在は俺の圧倒的優位な状況。ハッタリはこちらが有利であるほど、その効果を示すモノである。
『――降参だ』
バルバトスは紫水晶色の紫眼に悔しさを滲ませると、掠れたような声でそう告げた。
「待て、もう一度だ」
俺はその宣言に待ったをかけると、現在皇后へと刃を向けている人物に合図を送る。と、その人物は身に着けていた兜を脱ぎ、こちらへゆっくりと歩み始めた。
『な、何故……⁉』
「それは、降伏宣言ということでよろしいのですね?」
その人物――「ギーメル・ディア・リヴァリエ」はバルバトスを真っ直ぐに見据えると、はっきりとした声でそう言い放った。
*
時は遡り――、ギーメルの私室。
「結局、お前はどうしたいんだ? さっきのまま考えは変わらないか?」
「いいえ。私とて、何も死にたい訳ではありません。ですが、誰かが傷付くのも傷付けるのも、もう見たくはないのです。ゆえに誰も殺されず、誰も殺さない――、そんな結末があるのなら見てみたいと、そう強く願っています」
果てしなく自分勝手で、強欲な願望。しかしその言葉には他でもない、彼女自身の〝意思〟が込められているような気がした。
「まあいい、俺に考えがある。お義父様の意思とやら、完璧に遂行してやるよ」
だが、ギーメルはそのことに気付いていない。恐らく義父の意思を遂行しているつもりなのだろう。
それに気付くのは、彼女自身であるべきだ。
「後のことは、お任せします」
「少し、目を瞑っておけ」
迷っている時間など、ありはしない。俺は懐から小さなナイフを取り出すと――。
『ドシュッッ――‼』
自分の腕を深く切り裂いた。
噴き出す鮮血で、純白の戦闘服が赤く染まる。
「――な、何をなさっているのですか⁉」
血飛沫の音で目を開いたのだろうか。ギーメルは慌てた様子で、自傷する俺を止めにかかってきた。
「口で言うより、見せた方が早いだろ?」
だが、これも必要な行為。
腕を掴まんとするその手を回避した俺は、ナイフをシースへと仕舞うと――、さらにそれを巨大な金塊へと変化させた。
「なっ……⁉ げ、幻惑系のスキルでしょうか?」
「ああ。【狂乱の詐術師】、幻惑系統の最上位スキルだ」
金色に光り輝く立方体を前にして、目を丸くするギーメル。その美しい瞳は、戸惑いと疑問の色で塗り潰されている。
「なるほど……。ですが、それで何を?」
「察しが悪いな。これでお前たち王族の頭部をコピーする」
「――――⁉」
俺の言葉を聞いてようやく察したのか、ギーメルは驚いたような表情を浮かべて見せる。というか口ではああ言いながらも、自らの死は仕方のないものとして捉えていたようだな。
つくづく〝愚か〟というか、何というか……。
「だが、一つ問題があってな。少し触ってみろ」
「は、はい……。え――」
未だ平静を取り戻さぬギーメルは、おずおずといった様子で俺の持つ金塊へと手を伸ばす。が、その華奢な手は実体を捉えることなく空を切った。
「【狂乱の詐術師】で騙せるのは見た目だけ。触れれば一発で見抜かれる」
「そ、それならどうやって……」
「王国に保管してある死体を使わせてもらう。まさか、無いなんてことはないだろう?」
「そ、それは勿論。ですが……」
軽く首肯しながら、しかし何か言いたげな様子のギーメル。彼女はしばらくの間もじもじとしていたが、やがて決心が付いたのか、俺の顔を真っ直ぐに見据え、問う。
「本気で、死者を出さずに切り抜けるおつもりですか……?」
「お前が言い出したことだろうが……。それとも何か? 今更自分の傲慢さに気付いたとでも言うつもりか?」
「いえ、そうではありません。――ただ、そこまで真剣に考えて頂けるとは、思ってもみませんでしたので……」
「別にお前のためじゃないぞ? 王都へ馬鹿みたいに金を注ぎ込んでいる王国よりも、帝国から巻き上げた方が効率いいと判断したまでだ」
「ば、馬鹿とは何ですか⁉ 街の景観は世界に誇る財産なんです‼」
直前までの様子は何処へやら、ギーメルは語気を荒げてそう言った。
何か王都の景観に特別な思い入れでもあるのだろう。右手に作った握り拳が、わなわなと震えている。
「お義父様の思いが込められた、素晴らしい街です……」
違ったようだ。これではただのファザコンである。
「何かズレてるな……。まあいい、そういう訳だからお前も協力しろ。聖女様の御言葉が必要になる」
聖女様の兵士からの人気はすこぶる高い。まあ、定期的に傷を癒していたというのだから、当然と言えば当然だろう。
彼らの協力を得ることができれば、作戦の成功率はぐっと高くなる。
「勿論です。ですが、お義兄様方は納得なさるでしょうか? 帝国に正面から勝てると、本気で息巻いていたくらいですし……」
「それについては心配要らない。俺の相棒が既に黙らせてある」
声を荒げて少しは落ち着きを取り戻したのか、ギーメルは冷静に言葉を繋ぐ。
だが、アインが最低でも国王を仕留めているのは、窓から見える発煙弾で既に確認済み。何ら問題は無いだろう。
「――殺してしまったのですか?」
「安心しろ、仮死状態だ。奴らには人質としての使い道がある」
「そうですか……。あっ――、何故放置しているのですか⁉」
思い出されると面倒なので、切った腕は隠しておいたのだが……。俺は観念して、未だ体液を垂れ流し続ける左腕を前に出した。
「服を染めるのに丁度良かったからな」
「傷付くところは見たくないと、そう言いましたのに」
ギーメルはそう言うと、少しだけ寂しそうな表情を浮かべて見せる。
「俺は王国の人間でも、帝国の人間でもない。なら大丈夫だろ?」
「そういう問題ではないのですが……」
「だったら、お前が治してくれ」
「勿論です。――――〝解放〟」
三度紡がれる、四節の詠唱文。温かな光の奔流が俺の全身を優しく包み込んでいくと――、深々と刻まれていたはずの創傷は、全て跡形もなく消え去っていた。
「もう少し、ご自身を大切になさって下さい……」
「お前だけには言われたくないんだがな……。まあいい、行くぞ」
「はい、分かりました」
小さく返事をしたギーメルは、そのまま華奢な身体を俺の胸へと預けてきた。
受け入れるか受け入れないか、そんな選択肢すら与えないほどに自然な所作。
「――何故、密着する必要がある?」
「一先ずは人質になさるのですよね? でしたら、こちらの方がご都合がよろしいかと」
「まあ、そうだが……」
いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべるギーメルに、何かしてやられたような感覚を抱く。
が、別に悪い気はしないと。そんな柄にもないことを思いながら、俺たちは玉座の間に向けて行動を開始した。




