第十五話 『凱旋』
『リヴァリエ王国』――帝都「レヴィアルス」外周部。
『『『ど、どうなってやがる‼』』』
広大な平原に集うは、暗黒色の武装に身を包んだ帝国兵たちと、ならず者の傭兵たち。帝国の切り札とも呼べるその集団は、しかし傍から見れば巨大な盗賊団だと、そう言われた方がしっくりくるほどの風体である。
そんな彼らが見据える先には――、無惨にも焼き尽くされた王国兵たちの死体と、燃え盛る王城が映し出されていた。
『な、何だよこれ……』
『まさか、偵察部隊がやったのか?』
『いや、今回偵察部隊は派遣されてないはずだぞ……』
これより王国を蹂躙せんと、そう息巻いていたのは記憶に新しい話。だが、今の彼らは何が起こっているのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くすのみであった。
『一先ず陣形を敷け‼ 他国に先を越されたのかもしれん‼』
と、軍勢の中でもより見栄えのする武装を纏った男――『アイネス・ギルテンシュタイン』軍団長は冷静さを取り戻すと、戸惑う兵士たちに指示を出した。
バラバラの動きながらも、何とか陣形と呼べるモノを形成していく兵士たち。するとその途中、一人の傭兵が遠くに映る小さな影を視認した。
『おい、あそこに誰かいるぞ‼』
そう言って指差す先――、検問所の上から彼らを見下ろすのは、一人の青年。
女性顔向けの美しい銀髪に、激情を宿した琥珀色の黄眼。その痩躯を包み込む純白の戦闘服は、しかし真紅の血潮に染め上げられていた。
『あいつは……、〝白猟犬〟‼』
彼の人物のことを知っているのか、帝国兵の一人が驚きのあまり声を上げる。
『〝白猟犬〟って、――エステのか⁉』
『ああ……。エステ王国を単独で壊滅させた、正真正銘のイカレ野郎だ』
兵士たちの視線を一身に受ける青年は、小さく飛翔し地面へと着地すると、彼らの形成する陣形の前へと歩を進めた。
ランウェイを歩くかの如きその優美な所作に、兵士たちは釘付けになる。
「残念だったな。お前らの〝旅路〟は、無駄足だったようだぜ?」
一切怖じることなく。青年は陣形の前で足を止めると、持っていた大きめの麻袋を放り投げた。
するとその中身――、四つの球体がゴロゴロと地面へと転がっていく。
『まさか……』
真っ先に勘づいたアイネスは、恐る恐るそれらを拾い上げると、その端正な顔を蒼褪めさせた。
何せその球体とは――、四人の人間の頭部であったのだから。
『な、何故……』
「察しが悪いな。俺が全部、殺っちまったって訳だ」
首元を親指で切るジェスチャーをしながら、青年は獰猛な笑みを湛えてそう言った。
アイネスは信じられないといった様子で全ての頭を入念に確認したが、そのどれもが王族のものであると分かると、肩を落とし絶句する。
「おい、呆けてないで行動しろ。戦後処理はお前らの仕事だろ?」
『……あ、ああ。戦力は半分に分ける。正規兵の半数と義勇兵は皇帝陛下へ伝達の後、帝都へ帰還。残りの半数と傭兵は、大砲部隊と共に王国を占拠しろ‼』
しかし、流石は一団の将といったところか。アイネスは無理やり平静を取り戻すと、的確な指示を兵士たちに飛ばした。
『は、ふざけんなよ⁉ 〝白猟犬〟だか何だか知らんが、抜け駆けしやがって‼』
『やめろバカ‼ 今のあいつの能力が、どんだけ高いと思ってんだ⁉』
それに憤る傭兵と、止める帝国兵。
目の前の青年が本当に単独で王国を陥落させたというならば、そのステイタスはカンストレベル、加えて多人数に対して有効なスキル持ちと推測できる。
ゆえに歴戦の猛者集団といえども、迂闊に手を出せないのが現状なのである。
「悔しいんだったら、お前らが先に殺れば良かっただろ? 大砲の後ろに隠れた腰抜け共が」
『ちっ、覚えてろよ……』
小さく悪態を吐いた傭兵だったが、それ以上突っかかる真似はしなかった。それも抜け駆けを規制されていない今回の戦においては、何を言っても負け惜しみにしかならないと理解していたからである。
青年はそんな彼に対して「お先」と軽く煽りを入れると、その横を堂々と通り抜けていった。
*
『オーラヘイム帝国』――帝都「オーラビア」
相も変わらず空気の重い「蛮族の都」は、しかし以前立ち寄った時よりも活気に満ち溢れており、数多くの露店や屋台が出ているようだった。
街中は一種のお祭り騒ぎ状態で、住人たちは昼間からジョッキを呷っている。
「性に合わないな……」
大型の騎乗用魔物『風操巨亀』から『風切馬』へと乗り継ぎ、帝都に到着したアレフたちは今、列を為して街路のど真ん中を進行していた。
いわゆる〝凱旋〟というやつだ。
既にアレフが一人で王国を陥落させたという噂は広まっており、住民からは尊敬と羨望、そして畏怖の眼差しが向けられている。
『待って、あの人ちょーカッコイイ‼』
『キャー‼ こっち向いてー‼』
中には黄色い声援も含まれているようだが、お国柄ゆえかガタイが良い。アレフが適当に手をひらひらとさせてその声に応えると、民衆の歓声はより大きく広がっていく。
まあともあれ、大歓声に包まれた凱旋も次第に終わりを迎えるもの。アレフたちは帝城に到着すると、馬から降りて皇帝の待つ玉座の間へと歩を進めた。
*
「オーラビア城」――玉座の間。
金、銀、財宝。至極の限りを尽くしたような玉座の間は、しかし何処か品性に欠けている。
数多の宝石を用いた玉座も唯々光っているといった様子で、その美的センスには思わず首を傾げてしまいそうになるほどだ。
そんな玉座に踏ん反り返り、アレフたちを睥睨する偉丈夫こそが――。
オーラヘイム帝国 第五十七代皇帝『バルバトス・ヴィ・オーラヘイム』その人である。
そんな彼の見下ろす先、アレフは王国侵略の立役者として恭しく跪いていた。
『面を上げよ‼︎ 此度の活躍、誠に大義であった。欲望のままに欲するがよい‼︎ 好きなだけ褒美を取らせてやるぞ!!』
広い玉座の間全体に響き渡る、バルバトスの詔。
その声は露ほどにも老いを感じさせない、歴戦の猛者を彷彿とさせる威圧感を孕んでいた。
「では一つ宜しいでしょうか、皇帝陛下」
『おお、何なりと申すがよいぞ』
「帝国の貴族としての地位を頂きたく存じます」
その申し出を耳にした帝国貴族たちは、少しばかりの動揺を見せる。
しかしバルバトスは依然とした態度を崩すことなく、続けて言った。
『よかろう。貴様には男爵……、いや子爵としての地位と、リヴァリエ王国の一部を治める権利をくれてやろう!!』
玉座の間に激震が走る。
当然だろう。
功績を挙げたものに爵位を授けるというのは稀に有る話だが、男爵を通り越して子爵の位を授かるというのは前代未聞の措置であるからだ。
『ついでに我が娘と婚約する権利も与えてやるぞ?』
それは国王から下される最大級の評価。
そんな栄誉を受け取ったアレフは、再び顔を床面へと伏せる。
『おっと、その前に憎きリヴァリエの王族共の首を見ておくとしよう。持って参れ‼︎』
ふと思い出したかのように。バルバトスがそう指示を出すと、脇に控えていた兵士たちが粗野な織布に包まれた台座を運んできた。
『お待たせ致しました!! こちらが左手から第一王子改め国王レイアス、第二王子エルガー、第三王子へルナール、そして第一王女ギーメルの素首にございます‼︎』
兵士たちが織布を取り払うと、あらわになる四つ並びの生首。
乱雑に切断されたその断面からは、真紅の液体が溢れ出していた。
『ほう、これが憎き蛮族共の首か。本来であれば、あの愚王ヨハンのモノも並べたかったところだが……、まあ仕方あるまい』
バルバトスは忌々しげにそう言うと、玉座から腰を浮かせ、台座のもとへと歩を進める。
そして――。
『ガシャァァン――!!』
思い切り足を振り上げ、生首を台座ごと蹴り飛ばした。
『これで儂の溜飲も下がるというものよ。貴様ら、そのゴミを片付けておけ』
『『『畏まりました‼︎』』』
バルバトスはそれだけ言うと、再び玉座へと腰を据える。
『済まぬな、汚らわしいモノを見せてしまった。ところでアレフと言ったか? 近こう寄れ、儂が直々に勲章を授けてやろう』
「はっ、ありがたき幸せに存じます‼︎」
アレフは声高にそう返すと、皇族もかくやという身のこなしで玉座の側まで歩を進める。
そして美しいお辞儀を披露すると、皇帝の眼前で恭しく跪いた。
『ではここに、新たな帝国貴族の誕生を宣言する‼︎ 我が国の繁栄のために尽くすがよい!!』
そう高らかに宣言し、バルバトスは側近から受け取った小さな冠を、アレフへと被せようとした――。
刹那。
「チェックメイトだ、蛮族の帝よ」
アレフの持つ一振りの短剣が、皇帝の首筋を捉えていた。




