第九話 『王族暗殺計画 前編』
翌朝。
窓から差し込む朝の陽射しと、潮風が非常に心地良い。
街は静謐を湛えており、自然だけが織り成す旋律が耳を撫でる。
俺はゆっくりと意識を覚醒させると、顔を濯ぎ、着替えもそこそこに部屋を出た。
ギルドは未だ活動を始めておらず、静寂に満たされている。
普段とは異なる雰囲気を味わいながら、俺は入口の扉を捻ると街へと繰り出した。
今日は暗殺の遂行日。
今更殺人に対する恐れはないが、不安はある。
その不安を和らげるため、俺は街にある高台へと歩を進める。
高台から臨むは、まさに絶景。
透き通った翡翠色の海と、純白に染め上げられた街並みの調和。
『ゾディアック教団』のものと思しき教会は銀色に光り輝き、海に点在する六芒星状の孤島は相変わらずその美しさを主張している。
『ドッドッッ‼』
だが、そんな静寂を切り裂くかの如く、突如として鈍い音が高台に響き渡った。
「はーい、二名様御来店っと」
煽るような声色でそう言いながら。背後、何もない場所から姿を現したのは、「隠蔽」で透明化していたアインだ。彼の足元には気を失った二人の王国兵が、白目を剥いて倒れている。
「静かにしろ。見つかったらどうするんだ」
「大丈夫だって。他の兵士が居ないのは確認済みだろ?」
何処までも楽観的なアインに嘆息しつつ、俺は地に付した二人の兵士へと近付くと、その鎧を脱がし始める。想定とは少し異なったが、これは作戦の一に該当する部分だ。
昨日の兵士と別れた後、俺たちを付ける二人組の別の兵士の姿があった。護衛として入場したとはいえ、この時期に来訪したことを怪しんだのだろう。彼らは徹夜で傭兵ギルドを監視していた。
そこで先ず俺を囮として二人組を高台へと誘導。「隠蔽」で姿を晦ませたアインがそれを背後から叩くという、何とも単純な方法を実践したのだ。
徹夜明けということもあり集中力を欠いていたのだろう。短剣の柄による頭部への峰打ちで、彼らは呆気なくその意識を手放した。
「よし、これで終わりだ」
身包みさえ剥ぎ終われば、彼らは用済み。捕縛用のロープで二人をきつく縛り上げると、口には猿轡を噛ませておいた。
一先ず、剥いだ鎧とその他諸々を身に着ける。これで俺たちも晴れて、リヴァリエ兵士の仲間入りだ。
「ここに長居するのはマズい。早く行くぞ」
「ちょっと待てよ、せっかち野郎……」
アインには少々サイズが合わなかったようで、鎧を身に着けるのに苦戦している。
が、それを無視して準備を済ませると、俺は王城の方角へと進み始めた。
*
「レヴィアルス城」――またの名を「金剛城」
城下町の美しさを、落ち着いた真珠の輝きであるとするならば、城郭は差し詰め、煌びやかな金剛石の輝きといったところだろう。朝陽に照らされた城壁はその透明感を遺憾なく発揮し、見る者全てに天上の景色を想起させるほどに艶美であった。
また諸所に鏤められたレリーフは、嵌め込まれた翠玉と蒼玉のコントラストも相俟って、程良いアクセントとなっている。
明け方。俺たちは今から、兵士として「レヴィアルス城」に潜入する。
門番として屹立する兵士たちに軽く会釈をしながら、王城への一歩を踏み出した。
「失敗するなよ、アイン」
「分かってるって。お前もドジ踏むんじゃねぇぞ?」
軽口を叩き合った俺たちは、それぞれの役割を果たすべく別々に歩き出す。
失敗は許されない、そんな不安を胸にしながら。
――アレフ視点――
俺の仕事は、出来るだけターゲットから敵兵を遠ざけることだ。
兵士に変装しているとはいえ、見抜かれるのは時間の問題。であれば、俺が先んじて正体を明かすことで戦力を分散させ、アインへのヘイトを少しでも減らそうという作戦である。
あわよくば、侵入者が俺一人であると思い込んでほしいところだが……。
絢爛豪華な廊下を巡回しつつ、しばらく城内の構造を頭に入れていると、前から兵士長らしき人物が歩いてきた。
俺は深く被っていた兜を浅く被り直すと、軽く敬礼して奴が通り過ぎるのを待つ。
『待て、お前見ない顔だな。どこの隊の者だ?』
「はっ‼ 私は先週から義勇兵として、王城に仕えている者です‼」
基本的に国家間の戦争には民衆も参加する。戦闘経験の少ない民衆といっても、割り振られた能力によっては、歴戦の将校をも凌駕する可能性があるからだ。
故に才能ある研究者や職人以外の成人(十八歳~六十歳)には、兵役が課されていることが多い。
『そうか、念のため兵士番号を聞いておくぞ』
俺の返事を聞いた兵士長は、何とも事務的な様子で身分証明を求めてきた。特に怪しまれている訳では無さそうだが、兵士固有の番号など知るはずもない。
まあ、茶番はこのくらいでいいだろう。
「ちっ、まぁいいか」
俺は「錬成」を使って兵士長の足元の床を槍状に変化させると、そのまま奴の脚を貫かせた。床は大理石製らしく、それなりに硬度がある。
『ガッ――⁉ き、貴様何者だ‼』
兵士長は激痛に喘ぎながらも、俺を見据えて睨みつけてくる。このまま殺してしまうのは簡単だが、指揮官が居ないと兵士の統率が取れなくなる。お前たちは、俺に釘付けになってもらわないと困るからな。
『一階南西部に侵入者一人‼ だが、他にも隠れているかもしれん。見つけ次第殺せ‼』
鬼気迫るような兵士長の伝達を聞き届けた俺は、足早にその場を後にする。
残念だが、そう上手くはいかないようだ。
「さて、何分耐えれば良いんだ?」
*
『氷柱槍‼』
『暗黒弓‼』
『光魔剣‼』
兵士たちの放つ、七色の魔法が宙を舞う。
既に逃走劇は二十五分を超えており、体力的にも精神的にも辛くなってくる頃合いだ。兵士の数も想定よりかなり多く、徴兵の条件を厳しくしたことが伺える。
俺は目下、飛んできた氷の槍を変形させた壁で相殺すると、眉間に迫る漆黒の弓矢を既の所で回避した。――が、大気を切り裂く光の刃までは躱し切ることが出来ず、脚部に新たな傷が刻まれていく。
「ちっ……」
既に満身創痍。
肩部と脇腹には氷の矢が突き刺さり、左目は炎で焼き切れている。度重なる洗脳攻撃で精神も限界、身体中が悲鳴を上げていた。
それでも辛うじて逃走劇を続けられているのは、スキル「軟体化」の御陰だと言えるだろう。あまり馴染みのないスキルだったため、大して期待はしていなかったのだが、狭く入り組んだ城内において予想外の活躍を見せてくれた。
(もう少し……)
俺は携帯していた最後の治療薬を飲み干すと「軟体化」を発動、粘性体もかくやという身のこなしで兵士たちを置き去りにしていく。
効果の持続する一分間で何としても距離を取りたい俺は、外壁を伝って二階から三階へと移動、バルコニー部分に着地すると、敵が潜んでいないか確認するため部屋の中を覗き込んだ。
綺麗に整えられた室内は、しかし最低限のモノしか置かれていない。故にシックな雰囲気を湛えながらも、何処か儚げな印象を抱かせるようだった。
そんな部屋の中心部――。
透き通るような金色の髪を長く伸ばした、一人の少女が佇んでいた。




