第八話 『リヴァリエ王国』
『リヴァリエ王国』――王都「レヴィアルス」
海に隣接するこの都市は、世界有数の美しい景観を誇る。
綺麗な翡翠色を湛える海は、海底が臨めるほど清く透き通っており、往来する船がまるで空中に浮遊しているかの如く錯覚させる。
全ての区画が美しく整備された、一望無垠の景色。しかし、その中でも飛び抜けて美しいと言われる区画が存在する。
六角形の人工島の上には、三角形構造を用いた透明なドーム。その内部には暖国特有の植物が立ち並ぶ、所謂「海上都市」だ。
何処か非現実的な様相を呈したその景色は、訪れた旅人が「ここが理想郷である」と、そう認識してしまうほどに美しかった。
「いつ見ても凄ぇよな……」
隣に立つアインが、心底感動したといった様子で街を眺めている。確かに素晴らしい景色だが、俺たちは何も物見遊山に来たわけではないのだ。
「呆けてないで集中しろ」
約六日に及ぶ旅路を経て。俺たちが現在行っているのは、高ランクの研究者ギルド証を持った旅人探しである。
『オーラヘイム帝国』とは異なり『リヴァリエ王国』の検問所は現在、かなり規制が厳しくなっている。これが二週間以上前であれば、傭兵や冒険者として入国することが出来たのだろうが、開戦間近となった今では門前払いされるのが目に見えている。
そこで、研究者の護衛という立場を利用して入国する算段を考えたのだ。
研究者であれば王国としても迎え入れたい存在であり、且つ入国させるリスクも少ない。その人物の口添えさえあれば、護衛としての入国が認められるというものである。
まあ一つ問題点を挙げるとするならば、こんな時期に態々王国を訪れる時点で、そいつは相当な情弱か酔狂者かの二択に絞られるということだろう。
「しっかし来ねえなぁー。ま、当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ」
「もう少し粘ってダメなら、動くぞ」
検問所から少し離れた場所で見張りを続けること数時間。高ランクの研究者は疎か、それらしき人影さえ見つけられなかった。
だが、それも想定の範囲内。最悪の場合、検問所の衛兵を無力化して不法入国するという選択肢もある。
「ん? 待て、あれは……」
そろそろ潮時かと、計画の変更を考え始めていたその時。一人の女の姿が、俺たちの視界に映った。
深海を象徴するかの如き藍色の髪に、深淵を湛えた縞瑪瑙色の黒瞳。その身には純白の衣を纏い、大胆に開いた胸元からは豊かな双丘が覗いている。
「研究者っぽいけど、護衛も居ないし違うか?」
「あいつ〝幻影狼〟じゃないか? 何故こんな所に……?」
異質な雰囲気を醸し出す彼女を見て、俺とアインの独り言が同時に発せられた。
「コフ・パンタシア」――またの名を〝幻影狼〟。
世界で五人しか居ないとされている、Sランク研究者の一人。五年ほど前に彗星の如く現れ、数々の魔法理論を解き明かした、正真正銘の天才である。戦闘面においても才覚を宿し、冒険者としてAランクまで上り詰めている。
「へぇー、初めて見たかも。俺の苦手なタイプだわ」
「お前の好みなど聞いていない。しかしどうするか……」
予想外の大物の登場に、計画の見直しを検討させられる。彼女が誰かを殺めたという類の黒い噂は聞かないが、迂闊に近付いて良い相手でないのは確かだろう。
とは言え、ああいう手合いは明確なメリットさえ提示出来れば、協力してくれる可能性が高い。時間のことも考えて、出来ればここで協力を仰いでおきたいところだ。
「手痛い出費だが仕方ない。行くぞアイン」
「マジかよ。逃げる準備しとこう……」
何故か怯えた様子のアインを無理矢理引き連れて、俺はコフの前へとその身を投じた。
「何だお前たちは。私に何用だ?」
妖艶な声で紡がれるのは、疑念に満ちた言葉。
「単刀直入に言おう。俺たちの入国に手を貸してほしい」
「ほう……。お前たち〝白猟犬〟と〝黒山羊〟だな。何故入国を切望する?」
特に驚いた様子も無く、淡々とそう返してくるコフ。俺たちは今、いつもの装備を身に着けていないのだが、彼女には全てお見通しのようだ。
「いや、冗談だ。理由など聞かぬよ。して、私に何を献上してくれるというのだ?」
取引の際にその背景まで探るのは、一般的にタブーとされている。念のため考えてあった口上を述べようとしたが、どうやら不要だったようだ。
「これでどうだ?」
俺は懐から銀色の鉱石を取り出すと、コフへと手渡した。銀色の鉱石――『白銀鉱石』は魔晶石の一種で、その小さな物質には莫大な魔力が込められている。売れば相応の値段の付く代物で、研究者からすれば喉から手が出るほど欲しい一品だろう。
「『白銀鉱石』か……。十分だが、面白みに欠ける」
「取引失敗ということか?」
「まあ待て、早まるな。そうだな……、しばし私の護衛を務めるというのはどうだ?」
「「は?」」
だが、鉱石を受け取ったコフはそう言うと、浮かない顔で突き返してきた。
それにしても護衛だと。『白銀鉱石』を売った金があれば、Sランク冒険者や傭兵でさえも十分に雇えると思うのだが。
「安心しろ。今すぐにというわけではない。時が来たら、とでも言っておこうか」
「俺たちが逃げる可能性は考えないのか?」
「その時は地の果てまで追いかけてでも、契約は守ってもらうとするよ」
微笑を湛えながら答えるコフだが、その目は全く笑っていない。やると言ったらやる、そう確信させる凄みが彼女にはあった。
「分かった、契約成立だ。護衛のタイミングはギルド伝手に知らせてくれ。こちらの都合次第で向かわせてもらう」
「その必要は――。いや、そういうことにしておいてくれ」
怪しい部分も多い。だが、彼女とて取って食うようなマネはしないだろう。それならば、今は王都への入場手段が最優先である。
「え、マジでやるのかよ……」
アインは非常に嫌そうな顔で呟いているが、張本人を前にして大した度胸である。
*
それからは特に問題もなく、王都へと入場することが出来た。
初めは護衛の引率に難色を示していた検問所の衛兵たちだったが、Sランク研究者のギルド証を見ると態度を一変させてOKを出してきたのだ。流石は五本指に数えられる天才研究者といったところだろう。
そんな彼女とは、入場して間もなく別れることとなった。
何でも『リヴァリエ王国』の研究者ギルドに用があるらしく、「では」と短く別れの挨拶を済ませると足早に去っていってしまったのだ。
「なあ、本当に大丈夫なのか?」
純白を基調とした美しい街並みを歩いていると、アインが心配そうな顔でこちらを覗き込んできた。
「分からない――が、ある程度の融通は利くようだ。そこまで悪いことにはならないだろう」
「でもよー、あの女狼が何の意味もなく護衛に誘うと思うか? 絶対何か企んでるって‼」
彼女が何を考えているのか、俺にもさっぱり分からない。ただ、ああいう捻じ曲がった人種は、時折興味本位で行動をする節がある。その類ではないかと、俺は睨んでいるのだが……。
ともかく今考えるべきは、彼女のことではない。俺たちは目の前の光景に意識を向けると、暗殺計画について思考を巡らせる。
「それにしても兵士ばっかりだな……。民衆はもう逃げたのか?」
「だろうな。恐らく国王の崩御自体は、もっと以前に起きていたんだろう」
国王崩御の噂から凡そ二週間。その程度の期間で、国民の避難が終わるはずもない。
「それなら、もう新国王が誕生してるかもな」
「ああ、その場合は最優先目標にする。恐らく第一王子か第一王女のどちらかだろう」
王国としてはすぐにでも統率者が欲しい現状だ。数か月もあれば新しい国王が誕生していてもおかしくはない。
それにしてもそれだけの期間があって、降伏声明が出されていないというのはかなり不可解ではある。新国王が相当な馬鹿なのか、或いは秘密兵器でも隠しているのか。
いずれにせよ一度潜入して、確認しておきたいところだ。
「ま、取り敢えず寝るとこ探しますか」
相も変わらず旅の定石、俺たちは一先ず寝床を探すことにする。
本来なら宿屋に泊まる予定だったのだが、既にどの店にも人が居ない。何処かで野宿することも考えたが、見回りの兵士に見つかるとかなり面倒なことになるだろう。
そこで俺たちは辺りを見渡した後、先んじて兵士の一人へと声を掛けた。
「寝床を探してるんだが、何処かないか?」
それを聞いた兵士は訝しげにこちらを見た後、合点がいったというように軽く頷いた。
「ああ、報告にあった護衛の連中か。ギルドででも寝れば良いんじゃないか?」
「成程、掛け合ってみるとするよ」
既に情報が回っていたようで、そうアドバイスしてくる王国の兵士。話が早くて助かったが、しかしギルドか……。
以前一度だけ宿泊できるか交渉したことがあるのだが、その時は門前払いされている。
この国では果たして――。
粗野な傭兵にはお似合いの、最低限の家具しか置かれていない狭苦しい室内。
あるのは簡易的なベッドが二つと、年期を感じる椅子が二つのみ。
辛うじてトイレはあるが、シャワーや時計などといったモノは存在しない。
俺たちは今、傭兵ギルドの二階にある一室を拝借していた。
「何かこう……、ギャップが凄いな」
室内の様子を目の当たりにしたアインが、少し残念そうに呟く。
まあ、気持ちは分かる。
外観と一階部分はかなり煌びやかな造りで、流石リヴァリエとでも言うべき見事なものだったのだが、二階に足を運んだ途端いつもの光景が広がっていた。
しかし、今は安全な場所で眠れるだけ僥倖というもの。俺たちは入念なシミュレーションを済ませると、明日に備えて早い時間に就寝した。




