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第80話 ぅゎ、くまっょぃ

「おおおおおっ!」

「グアオオオオッ!!」


 俺の声をかき消すように、野獣の咆哮が月下に響き渡る。

 冴え冴えとした三日月の光をきらめかせ、互いの刃が振るわれた。


 方や、二尺四寸の鋼の一刀。

 方や、毛深い豪腕の先から生えた四本の熊の爪。

 互いの命を刈り取らんと、渾身の威力を込めて振るわれる。


 ──浅い!

 クレセントベアは皮も皮下脂肪も厚く、幾重にも重なった強靭な繊維の体毛が刃を阻む。まるで天然の鎖帷子である。

 当然のように筋肉も強靭で硬く、生きた動物の体ではなく密度の高い木の丸太でも叩いたような感触だった。


 その程度の怪我では痛みも感じないというのか、クレセントベアはまるで怯むことなく爪を振り抜く。

 刀を振り抜いたばかりの体勢では回避しきれず、その爪は俺の胸元を切り裂いた。


「ぐあっ!?」


 ミノタウロス革のジャケットがざっくりと裂け、激痛と共に血と俺の体が宙を舞う。

 特製のジャケットのおかげか思ったよりも傷は浅いが、クレセントベアのパワーは全盛期の店長に匹敵する。爪の先を引っ掛けただけなのに、俺の体はトラックにはね飛ばされたような勢いで吹き飛ばされていた。


「アズマっ! きゃっ!?」


 俺が吹き飛ばされた先にユズが素早く滑り込んで受け止めるが、細身のユズでは受け止めきれずに一緒に倒れ込んでしまう。

 そこへ、追撃を見舞うべくクレセントベアが迫る!


「物質の容の公式に我は干渉する。大気よ凍てつけ、汝は氷の属性なり。立証、エアステイシス!」


 すかさず、クロードがクレセントベアに向かって魔法を発動した。

 身体を巻き込むようにして空気を固められ、クレセントベアは咆哮をあげながらその場に転倒する。

 その隙に、俺とユズは素早く立ち上がった。


「二人とも、大丈夫かい?」

「ぼくは平気、でもアズマは……」

「ああ、俺も大丈夫だ。まだ動ける」


 防具がなければ身体が真っ二つになっていたかもしれないが、おかげさまで痛みはあるものの戦うことはできそうだ。

 クレセントベアが動けないうちに攻撃を……と刀を構え直した途端、ばき、という音が響いた。


「ガアアァァッ!!」


 クレセントベアが、自分の身体を拘束する空気の塊を力業で砕いて立ち上がる。

 氷を砕くようなバキバキという派手な音と共に、固体化した空気が砕け散って無力化されてしまった。


「……まさか、力業で魔法を破られるとはね」

「やっぱり三人でクレセントベアは無理だよ、ぼくのナイフも通らないし…… ていっ!」


 ユズがクレセントベアの目に向けて投げナイフを抜き打つが、鋭い爪の一振りで叩き落とされてしまう。

 クレセントベアは未だ身体にまとわりつく空気の塊を振り落とすように、全身をぶるぶると震えさせた。

 まったく、なんて魔物だ……!


――――――――――――――――――――――――

【名前】クレセントベア   【Lv】38

【種族】動物系魔物

【属性】月

【能力値】

 体力 70    精神 13

 筋力 85    魔力 15

 技量 26    感覚 30

 敏捷 21    知性  9


【クラス】

 魔物Lv38


【アビリティ】

 月光浴……月の光を浴びている時、生命力・魔力が徐々に回復する

 夜目……僅かな光でも良好な視界を得る

 鋭敏嗅覚……優れた嗅覚を有している


【スキル】

 格闘Lv4

――――――――――――――――――――――――


 ステータスは単純な物理特化ではある。

 だが、あまりに高すぎる体力と筋力が、攻撃も防御も生半可なものは強引にねじ伏せてしまう。


 しかも、地味に厄介なのが月光浴のアビリティだ。

 常に三日月が輝いている三日月の迷宮とはシナジーが効いていて、こうしている間にも体力バーがじわじわと回復していっている。

 先ほど切りつけた傷も、もうとっくに治り始めて血が止まっているようだった。

 これは酷い。そんな能力まで持ってたら、そりゃ最強の魔物として数えられもする。


「アヅマ、ここは一旦撤退しよう。もう一度魔法で足止めすれば逃げられるはずだ」

「そうだな…… いや、その前にひとつだけ試したい。二人は少し下がっていてくれ」


 そう言って、刀を鞘に納め、抜刀の構えを取る。

 クレセントベアは何か感じ取ったのか、警戒するように低い唸りをあげ、様子を見ている。

 必殺の意気と魔力を集中させる。こんなこともあろうかと、予め霊薬も飲んである。


『準備はいいぞ、ユート!』


 ……よし、行くぞ天龍!


「ロケットスタート、ゴー!!」

『鳳翼一閃──!!』




 ──その翌日。


「アルマ君、最近剣の扱いが雑になっていないかい?」

「いえ、そんなつもりは無いんですけど……」

「でも、無茶な扱いをしているのは剣を見ればわかるよ。

 探索士だからね、無茶をしないといけない時もあるだろう。だけど、無理はいつまでも続かない。いつか必ず、つけを支払う時が来るものなんだ」


 俺は、工房でゲイルさんにお説教をくらっていた。


 クレセントベアはどうにか両断できたのだが、力任せにぶった斬る鳳翼一閃は刀への負担が大きい。

 刀を鞘に納める時に歪みを感じたので、整備してもらいに来たのである。

 防具もざっくりやられてしまったので、今日は装備のメンテナンスのため探索は休みだ。


「ゲイルちゃん、それくらいにしておいてあげたら? アルマちゃんだってちゃーんと自覚してるでしょ、ね?」

「でも、ゲイルさんだってアルマさんのことを思ってのことです。

 普通の鍛冶士なら、仕事が増えたと黙って喜ぶところですが、流石ゲイルさんは一味違いますね!」


 たまたまお茶を飲みに来ていたシオンさんと、協会の仕事が休みで工房に来ていたシャリア先生が口を挟む。

 後でシオンさんの工房に行く予定だったが、先にゲイルさんの工房に来ておいて正解だったな。無駄足になるところだった。


「……それにしても、一体何をどうしたらこうなるんだい? 何かとんでもない力で、固いものを無理矢理切ったような傷み方だね」


 凄いな、少し見ただけでわかるのか。流石はゲイルさんだ。


「ええと、クレセントベアの胴体を、こう…… 真っ二つに」

「……なんだって?」

「オゥ…… パワフル……」

「ああー……」


 ゲイルさんは信じられないように聞き返し、シオンさんはエセ外人みたいに嘆いたが、三日月党との戦いを見ていたシャリア先生だけは納得したような声をあげた。


 レリックを真っ二つにした鳳翼一閃については、協会特殊部隊の間でも話題騒然だったらしい。

 空飛んだもんな、あの時。


「ウソみたいな話だけど、確かにジャケットについてるのはクレセントベアの爪跡ね」

「探索士登録からほんの数ヵ月でクレセントベアを倒すなんて、凄いことですけど……」

「クレセントベアを斬ってみた感触はどうだったかな?」

「鎖帷子みたいだ、と思いましたね。毛の一本一本が鉄で出来ているような、ざらっとした斬り心地でした」

「実際、クレセントベアの革鎧は下手な鎖帷子より丈夫だものね。

 本物のクレセントベアは、それに皮下脂肪と筋肉がついてくるんですもの、傷つけられるだけでも大したモンよ!」


 ふふん、と何故かシオンさんが得意気に鼻を鳴らす。

 しかし…… 三日月党のレリックは、クレセントベアの革鎧を着た戦士を斬っていたし、クレセントベア自体も斬っていたはず。

 ゲイルさんの刀は、ランクではミスリルソードにもひけをとらない筈だから、クレセントベアも斬れて然るべきなのだが……


『武器は同等、相手は同じ、ならば違うのは使い手と見るべきだな。

 くくっ、つまりユートよ、お前の腕はあの剣士にまだまだ及ばぬということよ。勝てたのは鳳翼一閃のおかげ……つまり、私のおかげということだな?』


 顔は見えないけど、天龍がどや顔してるのがわかる。

 くっ、うざいな!


 だが、確かに鳳翼一閃の急降下という特異な技であったからこそ、レリックに勝てたのだろう。普通の斬り合いで勝ち目は無かった。

 ……まあ、着地する方法が無いから、後が大変だったけど。


「ですが、剣士としてはともかく、探索士としてはクレセントベアを斬って倒そうというのは間違いですよ」

「え、そうなんですか?」

「はい。天然の重装甲を着込んでいるようなものですからね、斬りつけても刃は通りにくいですし、突けば刃は通りますが抜けなくなります。

 戦士は牽制して動きを封じ、魔法で攻撃するのがセオリーですね」


 なるほど、それで三日月党には魔法使いが二人いたのか。

 ゲイルさんの刀やミスリルソードのような、クレセントベアを倒せる強力な武器を持っている探索士は少ないだろうしな。


「んー、でもアルマちゃんのパーティってみぃんな魔法は使えるわよね? アルマちゃんも、クロードちゃんも。ユズちゃんなんてエルフだし」

「いや、ユズは魔法は使えないですよ」

「あらっ、そうなの? 街生まれのエルフならそういうこともあるのかしら」


 小首を傾げつつも、シオンさんはお茶をすする。大柄なシオンさんが持っているとカップも一回り小さく見えるな。


 確か、以前クロードも、エルフはみんな精霊魔法使いだとか言っていたか。

 魔法が無くても優秀な斥候だし、以前その話をしたときは本人が触れられたくない様子だったので放っておくことにしたが…… 何か魔法を使えない理由があるのかもしれない。


『あの小娘も、何かと問題を抱えているな。面倒なやつめ』


 こら天龍、仲間にそういうことを言うもんじゃないぞ。


「やっぱり、三人でクレセントベアを倒そうというのが難しいですね」

「シャリア、もし三人でクレセントベアを倒せるとしたら、どんなメンバーが理想的なんだい?」

「うーん、そうですね……

 まず、クレセントベアの攻撃を受けてもびくともしない重戦士。

 クレセントベアを倒せる強力な魔法を持った魔法使い。

 それに、重戦士を支える回復役の神官ですね!」

「うちには全員いないんですけど!?」


 いわゆる防御(タンカー)攻撃(アタッカー)回復(ヒーラー)の三位一体だ。

 地球の戦闘では、銃火器の発明によって防御がほぼ無意味になり、そもそも戦闘を継続しながら回復できる魔法の存在が無いせいで、ゲームの中でのみ生まれ、洗練され、運用されてきた概念だが、こちらの世界では探索士のセオリーとして実用されている。

 あるいは、これすらも転生者が広めたのかもしれないが。


 だがしかし、うちは学士・学士・斥候である。

 学士は敬遠されがちだというし、これから戦士や魔法使いを募るのも難しいだろう。

 ああ、ネトゲでメンバーが集まらなくて、30分くらい待った挙げ句「集まらないので解散します」「了解です」となった時のことを思い出す……ッ!


「アルマちゃんには頑張ってもらいたいわぁ。でなきゃ、ただでさえ品薄のクレセントベア革がますます高騰しちゃう!」

「最低限、アルマさんは無理すればクレセントベアを斬れるようですけれど……その度に刀を歪めるようでは、いつか刀を壊してしまいますね」

「熊切刀とか作ってみるかい? 今の刀と同じ素材で、あの剣くらいの重さと大きさのやつ。それならクレセントベアを斬っても問題ないと思うよ」


 と、ゲイルさんが指差したのは、いつぞや先生に無理矢理持たされたことのある五万ダイムのグレートソードだった。

 今ならあれを持つこともできるかもしれないが……


「……でもお高いんでしょう?」

「単純に計算しても10万ダイムは下りませんし、そもそも一等の鋼は量が限られててそんなに大量に買い付けられません。その刀を作った時も大変だったんですからね!」

「はははっ、まあ一度はそんな贅沢な仕事もしてみたいけどね」


 シャリア先生にぴしゃりと釘を刺されて、ゲイルさんは爽やかに朗らかな笑みを浮かべた。

 作れたとしても、残念ながら10万ダイムは簡単には出せないし、そんなでかい刀は使いこなすのも大変そうだ。

 そもそも、その大きさでは抜刀術が使えそうにない。


「さて、それじゃそろそろ、刀の修理に取りかかるとしよう。

 明日までには仕上げておくから、またおいで」

「じゃあアタシも、お茶を飲んだら工房に戻るわ。切り口がキレイだから、こっちも明日には元通りに直せそうよ。

 でも、他の仕事もあるから悪いけどうちまで取りに来てね?」

「はい、よろしくお願いします」


 ゲイルさんとシオンさんに軽く一礼する。

 シオンさんが自分の工房に戻るのと一緒に、俺もゲイルさんの工房を後にした。




 うーん、それにしてもクレセントベアか……

 強いのは聞いてたけど、まさかあそこまで歯が立たない相手だったなんてな。


『ふむ、ステータスを見たところ、奴は筋力と体力に極端に偏重した特化型であったな。突出しているぶん、強さも弱点もわかりやすいが、生半可な攻撃では通じまい。

 そこで、鳳翼一閃でだな……』


 お前、最近何でも鳳翼一閃で片付けようとしてないか?

 以前は何でも天龍眼だったのに…… いや、鳳翼一閃にも天龍眼は必要だから、結局変わってないのか。


 とはいえ、解決法はいくつかある。

 まず、俺が剣の腕を上げる。刀とミスリルソード、違いはあっても同じランクの武器だ。俺がレリックと同等のレベルになれば斬れる筈である。


 あるいは、魔法の腕を上げる。

 とはいえ、最近あまり使ってないガンシューティングが本来の拳銃並の威力を発揮しても、熊を撃ち殺すのは難しいだろう。もっと威力の高い魔法を編み出す必要があるな。


『いずれも、お前や仲間達が成長せねば話にならぬか。

 確かにそれは必要だが、すぐに試せる対策というわけではないな』


 では、搦め手を使うのはどうか。

 たとえば、三日月党との決着がついたあと、残ったクレセントベアはアンフィスバエナの毒であっさりと始末されていた。


 しかし毒牙を手に入れるにしても、クレセントベアを倒せない有様では、同様に巨体と剛力と堅固な鱗を誇るアンフィスバエナを倒せないだろう。毒の購入も規制されているので無理だ。

 アサシンスネークの麻痺毒やフラッシュバンの魔法は使えるが、動きを止めている間に致命傷を与えられないのなら意味がない。


『それに、クレセントベアには月光浴のアビリティがある。あれでは、アンフィスバエナのものほど強烈な毒でなければ、すぐに影響から脱するだろう』


 となると、後は…… 仲間を増やす、か?

 タンカーとヒーラーとアタッカー、全部一度にとは言わず、どれかひとつ、一人くらいなら探せば仲間になってくれる人がいるかもしれない。


 とはいえ、仲間を探すとなるとクロードやユズにも相談しないとな。

 あるいは、二人には他にいい案があるかもしれない。


 俺は天龍と共に考えをまとめながら、大牙亭へ戻る帰路についた。

次回予告

 細かいことは言わずにタイトルで察してほしいこともある。

 次回、第81話「お好み焼きを箸で食べる午後の話」

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