第81話 お好み焼きを箸で食べる午後の話
※2017/03/03
後の話との整合性のため、お酒の飲める年齢についての設定を変更しました。
慣習として15歳から → 小さな子供には飲ませないが、具体的な制限は無い
「店長、クレセントベアが倒せないんですが」
昼過ぎの大牙亭で、店長に聞いてみた。
昼食のピークも過ぎ、夜のための仕込みを進めるにはまだ早い、中休みのような時間帯だ。こうして、カウンター越しに話をするのも心置きなくできる。
「…………要は、単純なことだ」
ざくざくと大量のキャベツを刻みながら、店長は語る。
「三位一体だとか、パーティを組むだとか。
そんなものは手段に過ぎん。つまりは、殺られる前に殺ればいい」
水でといた小麦粉に、刻んだキャベツ、ネギ、ひき肉、卵を混ぜる。
店長はミキサーのような力強いスプーンさばきで空気を混ぜこむようにざくざくと混ぜ、渾然一体となったものをよく熱したフライパンの上に注ぎ込んだ。
じゅうう、と万雷のごとき音が上がる。
「斬って傷を付けられるなら、それは殺せるということだ。
あとは死ぬまで斬れ」
「そんな、データがあるなら倒せる、みたいなこと言われても」
「………………意味がわからん」
焼くのを待つ間にソース作りだ。
自家製マヨネーズに、ウスターソースとトマトケチャップを投入し、よく混ぜ合わせるだけ。
日焼けした肌色みたいな色合いの、どろっとしたソースになる。
……まあ、データがあるなら倒せるというのは至言だが、データがあるから倒してみたらバッドエンドになってしまった、ということもあるからなあ。
「でも、クレセントベアって月の光を浴びてる間は自動回復するじゃないですか。かすり傷を重ねても勝てそうにないんですが」
「再生するよりも早く攻撃しろ」
「ちょっとおとうさん、それはあんまり脳筋すぎない?」
「おれはシンプルなやり方しか知らん」
丁度背後を通りかかったミーシャの突っ込みに淡々と答えつつ、店長は円盤状に焼けた生地をへらを使ってひっくり返す。
うまくひっくり返すのはコツがいるのだが、流石は店長、鮮やかな手つきだ。
「月が出てるときに強くなるんなら、月がない時に戦ったらどうかしら。
お昼とか、雲が出てるときとか」
「三日月の迷宮は常に月夜で、雲も風もない。勉強不足だな」
「そんなこと言ったって、私は迷宮に行ったことなんてないんだもん、しょうがないじゃない」
むう、と頬をふくらませながら、ミーシャは俺の隣に腰を下ろした。
「……じゃあ、月を隠せないかな?」
「え、どういうこと?」
「雲を作り出すような魔法か何かで、月の光を遮ればクレセントベアの回復を封じられるかな、って」
「ふむ、それができるなら少しは楽になるかもしれん。
……それにしても、クレセントベアの再生能力が月の光に関係しているとは初耳だ。よく気付いたな」
「えっ」
なんと。これは知られていなかったのか。
いや、自動回復能力があるのは知られていたようだが、それと月光の関連性については知られていなかったのか。
三日月の迷宮が常に夜であるため、わからなかったのだろう。
「だが、それは朗報かもしれん。
この街の外壁は、三日月の迷宮がオーバーフローした時にクレセントベアを防ぐために作られたものだ。昼間は比較的倒しやすいというのは、万が一の時に役立つ情報だろう」
「へー、あの壁ってそのために作られたのね」
「……自分の住んでいる街のことぐらい、勉強しておけ」
これにはミーシャも反論できずに誤魔化し笑いをする。
『クレセントベアを防ぐ、か。
だが、迷宮の外に出たクレセントベアを、それほど怖れる必要は無いかもしれぬ』
ん、どういう意味だ、天龍?
『うむ、奴は月の属性の魔物であったが──』
天龍が話し出そうとしたその時、店長がすっと俺の前に皿を差し出した。
その皿には、湯気を立てる出来立ての料理が乗っている。
「オコノミ焼きだ。食ってみてくれ」
小麦粉の生地にマヨネーズと混ざったソースが塗られ、その上に細かく刻んだ緑の葉が散らされている。
これは青のりではなく、パセリに似ているが苦みの少ない、聞き慣れない名前のこの世界の香草を刻んだものらしいが、それと鰹節がかかっていないのを除けば、まさにお好み焼きだ。
一度、自分で食べるために作ってみたところ、店長が興味を示したので、作り方を教えたものである。
ただし、今のところ自分ではもう作るつもりがない。
焼くまではいいんだけど、お好み焼きソースと青のりと鰹節がないと、どうもしっくりこないんだよな。
あと紅しょうがも欲しい。
だが勿論、店長が作るぶんには文句はないので美味しく頂く。
「……あれ、おとうさん、私のぶんは?」
「無い。仕事は済んだのか?」
「もう片付けたわ。私、そんな風に言われるほどさぼったりしないわよ、もう」
「じゃあ、半分食べてくれないか。一枚丸々食べるには大きいし」
お好み焼きをナイフで半分に切る。
ひき肉がたっぷり入っているので、お好み焼きとハンバーグの合の子みたいな感じだが、これも異世界風ということで。
具に何をどう入れても良い。その懐の広さがお好み焼きなのだ。
「一口ずつ切って食べるのが作法だ。ほら、フォークとナイフ」
「あら、ありがと。アルマさんには新しいの持ってくるわね」
「心配には及ばない。これがあるからな!」
スッ……と、満を持して俺が懐から取り出したのは、箸である。
「…………え。……えっ? ……枝……?」
「枝じゃない。箸だ」
「は、橋? えっ? ……えっ?」
そう、マイ箸である。
勿論この世界に箸なんて売ってないので、自分でトレントの枝を削って作ってみた。
未だに勇儀王による木材高騰は……流石に枯渇からは回復したが……続いているので、自分達で入手したものをユズとクロードに断ってひとつ確保したのである。
こういう工作も手慣れないからなかなか難しかったが、ちょっと楽しかった。
シオンさんから革の端切れをもらってマイ箸袋も作ったぞ。
ともあれ、お好み焼きに箸を入れ、一口大に切る。
お好み焼きの生地のふんわりとした柔らかさに、微かな弾力も感じる。キャベツもひき肉もたっぷりで美味しそうな断面だ。
箸でお好み焼きをつまみ、片手を添えてぱくりと一口。
「えっ、何それ。アルマさんすっごい器用じゃない? しかもなんだか仕草が上品なんだけど?」
「ん、普通だ。それより、これ美味しいぞ」
マヨネーズとソースのこってり濃厚な味のソースががつんと来るが、生地はふわりと柔らかく、しかし厚みがあってしっかりと食べごたえがある。
そしてひき肉の旨味! キャベツの甘味! たっぷり振られた青のりがわりの香草は微かにほろ苦いが、それが味を引き締めてくれる。
「んんっ……! 美味しい! 見た目以上にどっしりっていうか、このソースがかなり濃い味だけど…… うん、冷えたエールが進みそうな味ね!」
「酒場の娘らしい感想だなあ……」
ミーシャも、フォークとナイフでお好み焼きを切って、ぱくぱくと食べている。流石にアルコールは入れられないので、かわりにお茶をぐいっとあおっている。
なお、この世界に飲酒の年齢制限は無い。
一応、慣習として小さな子供には飲ませてはいけないことになっているが、具体的な制限や法令は無い。時々、ミーシャが客に酒を飲まされているのを見かけることもある。
ちなみに俺はお酒は飲まない。未成年だからな。飲みたいと思ったこともないし。
「……これなら、メニューに加えられそうだな。具を変えて、バリエーションも出してみるか……」
「そうね、チーズを入れても美味しいんじゃない?」
「いきなりハイカラなとこ行ったな」
女性が好きそうな、というかなんというか。
エビ、タコ、イカは定番なんだけど、残念ながらラディオンではいずれも手に入らない。
変わったところでは、納豆とか金時豆とか入れたりもするらしいが、やっぱりラディオンでは手に入らないな。
くっ、意外に辛いな、異世界縛り……
「…………あとはやはりキノコ肉は外せんな」
「そうね、キノコ肉は必要よね」
「ラディオンの人はキノコ肉好きすぎだろ」
豚バラ肉のかわりに薄く切って乗せると、シャキッとして面白い歯応えになるのではないだろうか。アリな気がしてきた。
流石はお好み焼き、懐が深すぎる……
「チーズとトマトをたっぶり使って、キノコやベーコンを乗せてオーブンで焼いたら美味しいんじゃないかしら」
「それもうお好み焼きなのかピザなのかわからないな!」
美味しいと思うけど、お好み焼きとは言えないと思うよ!
「じゃあ、いっそフルーツを乗せて巻いてみたらどうかしら?」
「それは最早クレープだよ!
というかミーシャ、遊んでないか?」
「あっはははっ、だってアルマさんったら反応が面白いんだもの!」
ころころと笑うミーシャと共に、同じ皿のお好み焼きをつついて食べる。
話題は店長も交えて、お好み焼きをどういう形で提供するか、という話に移っていった。
手の平に乗るくらいの小さな形にしてたくさん出すとか、いやいやフライパンいっぱいのビッグサイズでみんなで切り分けて食べるようにするとか。
値段はどれくらいにするか、具は豚とキノコの他はどうするか、などなど。
大きさの違うものやチーズ入りなど、あと何回か試作してから、正式にメニューに乗せることになりそうだった。
『……落ち着いたか?』
落ち着いた。
お好み焼きも食べ終わって、すごく落ち着いた。
『オコノミヤキとやらで御満悦のところ水を差すようだが、クレセントベアの対策についてはあまり進まなかったな』
そうか?
月を隠せればクレセントベアの月光浴アビリティによる回復を封じられそうだ、ということがわかっただろう。
『回復を封じても、そもそも大したダメージが与えられないのであれば意味があるまい』
……あっ。
やっぱり、鳳翼一閃以外に安定して使える火力を確保するしかないか。
新しい魔法でも修得するかな……
『ふむ。新しい魔法もいいが、属性には気を付けろ。
たとえば今から新たに地属性の魔法を覚えるくらいなら、例の魔力弾を連射する魔法を鍛えた方がモノになるだろう』
属性か。
魔法のスキルも回復・強化などを除けば、八つの属性に別れていたっけ。
スキルのレベルが低ければ、同じ魔法でも威力が違う。
元のイメージがいかに強力でも、レベルが不足していてはそれを再現しきれないのだ。
たとえば核爆弾のイメージを元に魔法を修得しても、今の俺では普通の規模の爆発を起こすのが精々だろう。
……まあ、そんな物騒な魔法は使わないけどな。放射能怖いし。
そういえば、属性の詳しい話を今度すると言っていたが、まだだったな。
お好み焼きで中断されたけど、クレセントベアの属性がどうだとか言いかけていたし。
そうそう、そもそもクレセントベアの月属性とは何なのか。いきなり出てきた九つ目の属性だが、属性は無、地、天、火、水、風、氷、雷の八つだけではないのか。
『ふむ、そうだな。
いい機会だ、午後の無聊の慰みに、属性というものについて話をしてやろう』
などと、勿体をつけて天龍は語りだした。
次回予告
世界は八つの属性で出来ている。
無属性から始まり、地、天、火、水、風、氷、雷、月、星、陽……あれ?
次回、第82話「天龍魔法講座・属性編」




