第79話 復讐の終わり
「おれは夕方の仕込みで忙しい。お前が作ってみろ」
「えっ」
ユズに何か消化にいいものを、と店長に頼んでみたら、そのように言われたので、そのようになった。
……いや、忙しいとか言いつつ作業しながらちらちらこっち見てるし、俺が何を作るか興味があるだけなんじゃないか?
だが、仕方ないので準備をして手を洗い、調理場に立つ。
うーん、消化にいいもの、となると…… まあ、あれしかないな。
調理場に置かせてもらっているお米を取り出して、鍋に入れて研ぎ始める。
「えぇ、またお米……?」
「食わず嫌いはよくないぞ、ミーシャ」
俺の手元を見て眉をひそめるミーシャだが、ここ最近、俺が米を炊く匂いに負けたのか、鳥の餌でもいいので食べてみたい、という声が大牙亭常連の間でも聞かれるようになった。
ご飯食を広めるために何度か振る舞ったが、反応は上々だ。
ミーシャも香りが美味しそうなのは認めているのだが、未だに米を口にはしていなかった。
「あ、そうだ。量は三人前で作ってくれる?」
「ユズにそんなに食べさせるつもりか……?
元々少食だし、一人前も食べられるかどうか怪しいぞ」
「何言ってるの、私とアルマさんのぶんに決まってるでしょ」
「え、俺はもう昼食食べたんだけど……」
「いいから、三人前で作って」
まあ、お粥の一杯くらい食べられるし、言われるままに三人前の分量を用意する。
そう、これから作るのはお粥である。
やはり消化にいい食べ物といったらお粥だ。
お粥の作り方自体は、普通の炊き方とさほど変わらない。
水の量は大幅に増えて、米の五倍。今回は柔らか目に仕上げるために、さらに増やして七倍の水を入れた。
お米の吸水量ってのは大したもので、かつて適当に多め……といっても二~三倍くらい……の水でお粥を作ろうと思ったら、普通に柔らか目のご飯が炊けてしまったのはいい思い出である。
ご飯を炊くときと同じく強火で一度沸かしてから、弱火に落としてことことと煮込む。ただし水の量が多く吹き零れやすいため、少しだけ蓋をずらしておく。
このまましばらくかかるので、ここでもう一品、スープを作ろう。
ところで、こうして自分で料理を作るにあたって困ったのは、現代日本にあってこちらには無い様々な調味料だ。
醤油もなければ味噌もない、だしの素も固形のカレールーも、干し貝柱や干しエビも煮干しや昆布もないのだ。いや海産物は海が遠いという理由で無いので、海辺の街にはあるのかもしれないが。
おかげで、牛丼とかカレーとか作れない料理も色々あるのだが、出汁に関しては一縷の希望が残されていた!
ファンタジーの定番! 旅のお供! 保存食オブ保存食!
その名は……干し肉!
そのままでは固くて塩気が強くて美味くはないのだが、最近はカツオ節ならぬ鹿肉のシカ節なんかがあるので、それと同じようなものと考えれば出汁も取れる筈!
「えっ、干し肉なんて何に使うの? シチューの具にするんなら、普通にお肉使った方がいいんじゃない?」
「出汁を取るんなら、こっちの方がいいかと思って」
「だ、だし? だしってなに?」
出汁が出やすいよう、干し肉の塊を包丁で出来る限り薄くスライスし、その間にお粥とは別の鍋にお湯を沸かす。
沸騰したら火を止めて、スライスした干し肉を投入。
出汁が出ている間に別の鍋とざるを用意して……ついでに卵も出しておこう。カカンッとひとつ割って器に移し、スプーンで手早くかき混ぜておく。
おっと、出汁も取りすぎると雑味が出る。ざるで越して干し肉を取り除き、スープを別の鍋に移す。これで干し肉の出番は終了である。
カツオ節で出汁を取るのと同じようにやってみたが…… 小皿で味見してみると、結構いい出汁が取れていた。むしろちょっと塩気が強いくらいか。
「えっ、えっ? そんなすぐに取り出して、何のための干し肉だったの?」
「少し味見をさせろ。……ほう。なるほど、ううむ……」
「店長、仕込みが忙しかったんじゃ……いや、いいですけど」
ミーシャは困惑の表情を浮かべているが、店長はスープを味見して興味深げにうなずいていた。
さて、スープは中華風にまとめてみようと思う。
先程の溶き卵の他に、片栗粉……はないので小麦粉を水に溶かしたものと、胡麻油を用意する。
スープを再び火にかけて、水溶き小麦粉を投入。くるくるとかき混ぜてとろみをつけ、十分に火が入ってきたら鍋全体をかき混ぜながらその流れに乗せるように少しずつ溶き卵を投入。
……よしよし、美味しそうに糸のような細い卵が広がったぞ。
強めの塩気も卵でまろやかになるはずだ。
最後に火を止めて、胡麻油をひとさじ混ぜれば完成。
干し肉出汁の中華風玉子スープ、ってところだな。
スープを作っている間に、お粥も随分出来上がってきた。
火を止めて、塩をひとつまみ入れて味を調える。
シンプルにこのままでもいいのだが、ここで一手間加えたくなるのが人情ってものである。
ここで取り出すのは、ネギと生姜。
ネギは普通に細かく刻んで。
生姜は薄くスライスしてから千切りして針のような形に。
お椀によそったお粥の上にこれらを散らして、出来上がりだ。
「ふう、完成っと。結構、料理に熱中しちゃったな」
「スープはいいんだけど…… う、うわあ、これ、お米すごく煮崩れてない? っていうか溶けてない? 大丈夫なのこれ……?」
「ああ、美味しく出来てるはずだ」
相変わらずミーシャは米食に抵抗があるようだが……まあ、食べられないようだったら俺が食べよう。
三人前の器にお粥とスープをよそって、トレイに乗せる。
「う、うん、じゃあ……行きましょうか、ユズさんのお部屋に」
そして再び、俺達はユズの部屋へと戻ることになった。
三人ぶんを運ぶとなるとそれなりに重いので、トレイは俺が持つ。
というか、ミーシャに持たせて男の俺が手ぶらっていうのも居心地悪いよな。
部屋の鍵はかけ直されてはおらず、再びマスターキーを使う必要はなかった。
手の塞がっている俺の代わりに、ミーシャがドアを開ける。
「ユズさーん、ご飯が出来たわよー」
ユズは、部屋を出たときと変わらずベッドに横になっていた。
眠っているわけではないようだが、俺とミーシャが部屋に入っても起き上がる様子もない。
「ほら、起きて起きて。アルマさんがご飯作ってくれたから、一緒に食べましょ?」
「……食べたくない」
「そんなこと言わないで。ほら、美味しそうよ? ……に、匂いは」
「ミーシャは無理に食べなくてもいいんだぞ?」
「何言ってるの、ご飯はみんなで食べるものでしょ?」
抵抗はあるくせに覚悟は決まっているのか、当たり前のように言いながらミーシャはユズを揺り起こす。
自分で起き上がろうともしないユズに軽くため息をつきながら、俺はトレイをベッド横のサイドテーブルに置いた。
手狭になったテーブルの上から、先に置いてあったぬいぐるみを窓辺に移す。
「ね、ユズさんってば。起きてよ」
「いいよ、しばらくほっといて……」
「……もう、ほんと、ユズさんったら……」
『おい、ユート。あの娘、強化魔法を発動したぞ』
えっ。
と、声をあげる暇もあらばこそ。
ミーシャはユズの胸ぐらを引っ掴んで、強引に引き起こした。
強化魔法つきの腕力で、引っ張るというよりも振り回すとか引きずり起こすといった勢いで、呆気に取られたユズの目と口が開いている。
「いい加減にしなさい!! いつまでもうじうじしてないで、ご飯くらいちゃんと食べるの!!」
「お、おい、ミーシャ、そんな言い方は……」
ミーシャはぐいっとユズの身体を片手で吊り上げて、眼を白黒させるユズの口の中へと、お粥をすくったスプーンを突っ込んだ。
「んむっ!? あつ、あふーっ!?」
ぱっ、とミーシャが手を離すと、熱い湯気をあげるお粥を突っ込まれたユズは口元に手を当ててベッドの上を転げ回った。
俺はというと、突然のミーシャの凶行にあわてふためくばかりだ。
なんなのだ、これは。一体どうすればいいのだ。
それは私のセリフのような気がする、と天龍がぼやいているが相手にしていられない。
「さ、二口目も私が食べさせてあげましょうか?」
「た、食べるよ! 自分で食べるから、やめて!」
流石のユズも、慌てて起き上がり必死に手を突きだしてミーシャを止める。
ミーシャはにっこりと笑うと、その手にお粥のお椀を持たせた。
ユズも観念してそれを受け取り、ベッドの縁に腰掛けたユズの隣へとミーシャも腰を下ろす。
「まったく、きみがこんなに無茶するなんて思わなかったよ……」
「それじゃ、いただきましょ。ね、アルマさん」
「あ、ああ。……いただきます」
座る場所がないので俺は立ったままだが、片手でいただきますをしてお粥をひとすくい。
水を多めにしたので、白く濁ったスープに米が沈んでいるようなさらっとしたお粥になっている。
この上澄みを重湯と言って、病人食にしたり疲れた時や暖まりたい時などに飲んだわけだ。少しとろっとしていて、これだけでもお米の甘味を感じた。
お粥というと薄味で味気ないというイメージがあるが、中国などでは定番の朝食メニューとして人気がある立派な料理だ、というのは今ではよく知られている。
まあ薄味にしたのは確かなのたが、散らしたネギの香りとピリッとした生姜の風味がいいアクセントになっている。
我ながら、なかなかいいできだ。
「どう? ユズさん、おいしい?」
「……おいしい」
ミーシャに口に突っ込まれたので警戒してか、ユズは慎重に息をふきかけてぱくりと口に入れたが……ユズは味覚、ないからな。
それよりミーシャの方が、ユズを見てばかりで一口も食べてない。
いや、一さじすくいはしたものの、決心がつかない感じだ。
「俺も美味しく作れたとは思ってるけど……ミーシャ、ほんとに無理しなくていいよ?」
「む、無理なんかしてないわよ!?」
確かにご飯食が広まればいいなとは思って料理してはいるが、無理に食べさせようとは思っていないのだ。
ただ、匂いにつられて食べたくなるように仕向けているだけでな……くっくっく。
「だ、大丈夫よ、おとうさんだって食べたんだもの…… あむっ」
意を決して、ミーシャはぱくりとお粥を口にした。
「んっ…… あれ、薄味だけど、美味しい」
「ようこそ、ご飯食の世界へ……」
「変な言い方やめてくれる? でも、ほんと美味しい! うちのお店では出せそうにないのが残念だけど」
「うーん、やっぱり米は駄目なのか?」
「というより、探索士のみんなにはやっぱり、もっと濃いめでがっつりしたものの方が受けるのよね」
なら、牛丼等の丼ものがいいかな。いやしかし、醤油も酒も味醂もなしでは美味しく作れる自信がないんだよな。
この世界で作れるものなら、ドリアとか挑戦してみるのもいいかもしれない。
「……二人とも、楽しそうに食べるよね」
「そうね、美味しいものを食べるのは楽しいわ。このスープも美味しい!」
「まあ、そうだな。自分の作った料理がうまく出来てると嬉しいよ」
ミーシャは美味しそうに玉子スープを飲んでいたが、ユズの手が止まっているのに気付くと、一旦器を置く。
「ねえ、ユズさん。私にあなたの気持ちがわかるとは言わないわ。
でも、探索士相手のお店をしているとね、仲間が死んだってパーティを見ることも珍しいことじゃないの。
みんな、悲しんで、落ち込んで…… 探索士をやめちゃう人もいる。でも、美味しいご飯を食べてゆっくり休めば、また明日も頑張ろうって気になるものよ」
「……ぼくは…… でも……」
「うん、時間がかかっちゃうこともあるわよね。
でも、ご飯はちゃんと食べてほしいわ。美味しいものをみんなで食べると、心も体も元気が出るんだから。ね?
ほら、この玉子のスープ美味しいわよ」
微笑みながら、ミーシャはユズにスープの器を持たせる。
確かに、落ち込んでいる時に一人で食べるのは味気ないからな。それで三人前で作らせたのか。
しかし、ユズには味覚がない。
みんなで食べても、そもそも美味しいとは感じないのだ。
むしろ余計に寂しく感じるのかもしれない。
実際、ユズはスープを手にしたまま、飲むのをためらっていた。
「ねえ、ミーシャ、ぼくは……」
「……なあ、ユズ。飲めないなら、無理に飲まなくてもいいんだ」
「ちょっと、アルマさん!」
「でも、一口でも飲んでくれると嬉しい。
胡麻の油がポイントでな、いい香りがするぞ」
「……ほんとだ、美味しそうな匂いだね」
スプーンを口元に近付けて、くん、と鼻を鳴らす。
俺とミーシャが固唾を飲んで見守る中、ユズはゆっくりとスープを飲んだ。
「とろっとしてるけど、あったかくて、なんだか……ほっとする。おいしい……と、思うよ」
「無理はしなくていい。ユズが美味しくご飯を食べられるようになったら、また作るよ」
「うん……
…………あれ、アズマ、もしかして、きみ」
はっ、と何か気付いたようにユズが顔をあげる。
目と目が合って、俺はこくりとうなずく。
ユズは視線を落として、じっと手元のスープを見詰めた。
「ミーシャ、アズマの料理……美味しい?」
「え? ええ、美味しいわよ。まさか、お米を食べて美味しいなんて感想が出るなんて…… でも美味しい!」
釈然としないような表情で、しかしミーシャは手を止めることなく順調なペースで料理を口に運ぶ。
ユズはしばらくそれを見詰めていたが、やがてもう一度スープに視線を落とした。
「……そっか。
ぼくは…… ずっと昔の仲間のことを考えてたけど、今の仲間のこと、忘れてた。ぼくのこと、心配してくれてたんだね」
「そうよ、ユズさん。私もアルマさんも、心配したんだから」
「うん…… ありがと、二人とも」
そう言って、ユズは小さく笑った。
そして、手元のスープをすくいとり、ゆっくりと口に運ぶ。
「ん…… 美味しい。……美味しいよ、アズマ」
「ああ。口に合って良かったよ」
「美味しい…… ほんとに、美味しいよ」
二口、三口とスープを口に運ぶユズの頬に、ぽろりと涙の雫が流れた。
ぐす、と鼻を鳴らし、しゃくりあげ、やがて嗚咽を漏らす。
俯いて泣くユズを、そっと覆い隠すように隣に座るミーシャが抱き寄せた。
『ふむ…… ユートよ、どうやらあの娘の味覚障害は消えたようだぞ。能力値のマイナスがなくなっている』
天龍に言われ、自分でもユズのステータスを確認する。
確かに、今までついていた精神と感覚へのマイナスが消えていた。
それはすなわち、ユズの中で復讐が終わったことを意味する。
復讐が終わったことを受け入れて、心に区切りをつけることができたのだ。
……それにしても、俺はあまり力になれなかったな。
ミーシャに言われて料理しただけだし。
ほとんど、ミーシャが元気付けてくれたようなものだ。
『ふむ、私はそうは思わぬが。……お前も変なところで鈍いやつだな、くくくっ』
妙なニュアンスを含ませて笑う天龍に、俺は小さくため息をついた。
……まあ、ユズが元気になってくれたならそれでいい。
それ以上のことは、望むべくもないだろう。
そう思いながら、俺はミーシャの胸元に顔を埋めて泣くユズを見守った。
次回予告
過去のすれ違いから、互いに反目しあっていたクロードとルティア。
だが、その関係も少しずつ改善に向かっていた。
次回、第79.5話「僕とわたくしのこじれた関係」




