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第78話 復讐の火が消えた後に

 三日月党との戦いから、四日が過ぎた。

 その間、俺達は迷宮に潜っていない。刀の修理に時間がかかっているから……ではない。確かに時間はかかるらしいが、脇差しがあるのでジャベリンウルフやクレセントベアに挑むのでなければ問題ない。


 ユズの体調が優れないのである。

 というか、ずっと部屋に入ったまま出てこない。

 まあ、三日月党への復讐という大きな目標を遂げたばかりだし、気持ちを整理する時間が必要だろう、とクロードとも話し合ってそっとしておくことにしたのだが……


「ユズさん、ずっと降りてこないわね」

「ミーシャもユズを見てないのか」


 俺の前にお茶のカップを置きながら、ミーシャは天井に視線をやった。

 時間は昼過ぎ、まだ日は高い。三日も探索が休みだと出かける用事も大方なくなってしまい、俺は大牙亭でのんびりしている。


 買い物や装備の手入れで出かける俺とは違って、ミーシャはほぼ年中無休で大牙亭にいるはずだが、やはりユズを見ていないのか。


「私も監視してるわけじゃないし、ユズさんってばいつの間にかそこにいたりするから、わかんないけど……

 おとうさんは見てない?」

「……見ていないな」

「店長が見てないなら間違いないな」

「アルマさん、おとうさんに謎の信頼感あるわよね……」


 謎も何も、店長のレベルならユズが本気で隠れても隠れおおせるかどうか、といったところだからな。

 純粋にそれだけの能力がある、というだけだ。


「大丈夫かしら。もしかして何も食べてないんじゃない?」

「だとすると心配だな……」


 部屋から一歩も出てないなら、水も飲んでいないかもしれない。

 あれからもう四日だ。俺とミーシャは、そろって心配げに上の方を見上げた。


「ところで、人間は飲まず食わずでは四日くらいしか生きられないらしいな」

「ねえ、今なんでその話したの? ちょっと、ねえ」


 なんでと言われても、ふと思い出したから、としか言いようがないが……

 ミーシャは急に不安そうな表情になり、俺と顔を見合わせる。

 それから二人して、天井……ユズの部屋のあるあたりを見上げた。


「ち、ちょっと様子とか見た方がいいんじゃないかしら……?」

「一昨日、ドア越しに話した時は変わった様子はなかったけど……」


 話したと言っても、探索士協会に行く前に呼びに来ただけで、行きたくない、という一言をドア越しに聞いただけなのだが。

 ……何か、急に不安になってきた。


「ちょっと、声をかけてくるか」

「あ、私も行くわ。マスターキー取ってくる」


 ぱたぱたとミーシャが鍵を取ってくるのを待って、二人で階段を上がる。

 ユズの部屋の前まで来たが、妙にしんと静まり返っていて、ノックするのがためらわれた。


『どうした、ユート。小娘なら、中にいるようだぞ』


 わかるのか、天龍。

 ……ああ、そういえば近くにいれば多少隠れてても魔力の流れで天龍眼は捉えられるんだっけ。

 何の変哲もない部屋のドアくらいなら、俺の視界は遮られるが天龍にはわかるらしい。


 ちらっと後ろについてきたミーシャを振り返ると、ぐっ、と両手を握って無言でエールを送られた。

 意を決して、コンコン、とドアをノックする。


「……ユズ、いるか?」


 いるかも何も、部屋から出ていない筈なのだが…… 返事がない。

 軽くノブを回してみたが、鍵がかかっているようだ。

 天龍によるといるのは確かなようだから、居留守を使っているのだろうか?


『生きているのは確かだが、流石に扉越しでは誰かがそこにいること程度しかわからぬ。

 ただ寝ているだけか、あるいは返事も出来ぬ状態か……』


 ふ、不安になるようなこと言うなよ……!


「ゆ、ユズさーん? ……いないの?」

「いや、中にはいるみたいだけど…… おーい、ユズ!」


 ドンドン、と強めにドアを叩いて呼ぶが、やはり反応がない。

 まるで二時間サスペンスで最初の被害者が発見されるような……いやいや、縁起でもない。


「アルマさん、どいて」


 俺を押し退けて、するりとミーシャが前に出た。

 二時間サスペンスものならドアをぶち破るところだが、勿論そんな訳はなく、マスターキーをかちりと回す。

 あっさりと扉は開いて、俺とミーシャは部屋の中に踏み込んだ。


 ユズの部屋は当然ながら同じ宿である俺の部屋と同じ間取りだが、中には様々なものが置かれている。

 その大半は、ユズの以前の仲間が前の宿に残していた遺品で、そのせいか俺の部屋よりも幾分手狭に感じた。


 ユズは……天龍の言うとおり、そこにいた。

 ベッドの上で、鞘に納められたミスリルソードを抱えたまま、ぐったりと横たわっている。


「ユズ!」

「ユズさん、しっかりして!」

「……二人とも、うるさいよ」


 慌てて俺達が駆け寄ると、ユズはかすれた声で言って、ゆっくりと体を起こした。

 思ったよりも元気そう……なの、か?


「どうしたの……? 二人とも、そんなに慌てて」

「どうしたの、じゃないわよ! ユズさんが心配だったのよ」

「もう四日も部屋から出てないだろ? 体は大丈夫なのか?」

「……あれ、もう四日も経ったっけ……? うん、まあ、別に……食べなくても、一週間くらい平気だよ」


 淡々と応えるユズに、ミーシャが軽く俺を睨んだ。

 アルマさんが変なこと言うから! とその目が語っている。

 ……エルフはそのへん、人間よりも丈夫だったらしい。


 ただ、今まで食事は普通にとっていたし、お腹が空いたり喉が乾いたりしないはずはない。

 少しやつれているように見えるし、何より表情が違う。

 笑顔でいることが多かったユズだが、何かが抜け落ちたように無気力そうな無表情なのだ。


「でも、やっぱり何も食べないのは体に良くないわ。顔色も悪いし、少しお腹に物を入れた方がいいわよ」

「ん…… いい、食べたくない」


 そう言って、ぱたり、とベッドの上に倒れこんでしまう。

 ゆるゆると息を吐いて、俺とミーシャがいるというのに、そのまま眠ってしまいそうな様子だ。


「ユズ、お前……」

「……なんかね、もう、いいかな……って」

「いいかな、って……どういうこと?」

「ん…… みんなの仇をとらないと、って思ってたから。だから、食べたくなくても食べたし、笑いたくなくても笑ったし、死にたくても……生きてた。

 でも、それが終わっちゃったら…… 死にたくはなくなったけど、生きたいとも、思えなくって」


 淡々と、つぶやくようにユズは語る。

 俺とミーシャに語るというより、独り言のように。


「そもそも、仇もちゃんと取れたっていうか、微妙なんだけど……ん、でも、もういいかな……って」

「いいかな、って…… 本当にそれでいいのか?」


 かといって、やる気になって拘留所のガルシアを殺しに行かれても困るのは確かだが……


 ……いや、実は既に一度やる気になっているのだ。

 クロードと支部長から聞いた話なのだが、俺が倒れた後のことで、抵抗をやめたガルシアを殺そうとしたらしい。

 だが、その時は支部長ら協会の特殊部隊によって阻止されたという。


 ユズにとっての復讐は、そこで手の届かない遠くに行って、終わってしまったのだろう。

 完全に、燃え尽き症候群になってしまっている。

 

 どうすればいいんだろう? 流石に俺も、復讐を終えて生きる気力を失った相手を慰めた経験なんてない。

 誰か教えくれ、天龍は何も答えてはくれない。


『ユートよ、私に人の心の機微など期待するな』


 うん、まあ、わかってた。


「わかったわ。じゃあ、とりあえずご飯にしましょう」

「しましょう、って、ミーシャ……」


 ぱん、と手をあわせて明るく言うミーシャに、思わず戸惑いの視線を向ける。

 とりあえずご飯って、問題を棚上げにしているだけのような。


「お腹が空いてるから良くないのよ。ご飯を食べれば少しは元気が出るわ。

 行きましょ、アルマさん。何か消化にいいものを作らなきゃ」

「え、あ、いや、それでいいのか?」

「いいのいいの。

 出来たら持ってくるから、ちゃんと食べてね、ユズさん」

「………………………………」


 ユズはベッドに横になって、眼を閉じたまま何の反応も見せなかった。

 ユズを放っていっていいのかと思ったが、ミーシャはさっさと部屋を出ていってしまうし、残っていても何かが出来るわけでもない。


「……じゃあ、後でまた来る。元気出せよ、ユズ」


 部屋を出る前にユズに声をかけたが、やはりユズは何の反応も見せなかった。

次回予告

 ユズのため、ユートは料理を作る。

 はたして、ユートとミーシャはユズを元気付けることができるのか。

 次回、第79話「復讐の終わり」

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