第77話 後始末
三日月党は必ずクレセントベアの肝を持ち帰る。
とは言っても、何か特別な裏技のようなものがあるわけではない。ドロップ率アップのアビリティを持つザイードも、学士レベルが高いわけではないのだし。
レアとは言ってもクレセントベアを5体も6体も狩ればひとつくらいは出るので、単純に出るまで狩るだけだ。
ただ、たまには運の悪い日というのもある。
別にクレセントベアの肝を必ず持ち帰らなければいけないというわけではないのだが、ガルシアという男は案外体裁を気にするタチだった。
最強という自負。評判を落とすことへの怖れ。
そのために探索が長引くことはそう珍しいことではなかったという。
三年前のその日も、そんな日だった。
レリックがパーティに入り、連携も馴染んだ頃。
なかなか肝がドロップせずさ迷っていた中で、別のパーティとでくわした。
クレセントベアの肝を手に入れたと語るそのパーティのリーダーを、レリックが突然切りつけたのだ。
「肝が出ないなら、奪えばいいだろ?」
突然の凶行に驚く相手を、さらに一人、二人と斬り倒し、レリックは平然とそう言ったという。
そこでレリックを捕まえて、協会に突き出せば良かったのだが──
ガルシアは保身に走った。
三日月党のメンバーが凶行に走ったというのは一大スキャンダルだ。それを隠蔽するため、相手のパーティを全滅させたのである。
レリックの凶行は一度だけに留まらず、最初はパーティ追放も考えたというが、どんなことにも人間は慣れてしまうものだ。
やがて、熊から肝を得られないときの最後の手段として受け入れてしまったのだという。
「……経緯としてはそのようなことだ。
もっとも、それをどの程度受け入れていたかはそれぞれだな。俺はこんなことが長続きせんと思っていたし、ヴォルフ……本名はジョンだったか? 奴は内心ビビっていた。
レリックは言わずもがなだが、リアナの奴も……いや、死んだ奴のことは言うまい」
ザイードはそう言って、コーヒーを口にした。
三日月党との対決から二日経って。
俺とクロード、そして協会の支部長とで、ザイードから話を聞いていた。
すぐ翌日ではないのは、俺が昨日の日没まで目覚めなかったからだ。墜落時の怪我がかなり酷く、目が覚めたら教会に併設された施療院のベッドの上だった。
寝ている間に受けた回復魔法のおかげで、今は何ともない。
また、ユズは「行きたくない」と言って部屋に閉じこもってしまったので、ここにはいない。
いわゆる事情聴取だが、場所が取調室なり牢屋なりではなく、協会の応接室なのには理由がある。
「……それにしても、まさかザイードが協会に繋がっていたなんてな」
「最初は、貴様達を協会の始末屋の手の者だと思っていてな。これは悠長にしていられんと、あの後すぐに協会に顔を出したのだ」
そして、罪に問わないことを条件に、三日月党の調査と始末に協力していたのである。
……ちゃんと罪を償え、という話にやけに簡単にうなずくと思ったら、あの時にはもうその話が決まっていたというわけか。
「悪く思うな。ちゃんと協会の処分には従ったぞ」
「……釈然とはしないけどな」
にやり、と笑うザイードに、俺は軽くため息をついた。
「釈然としないといえば、協会が僕達を利用したことも、だね。助かったといえば、助かったけれども……」
「むしろ、今回のことは我々の温情と思ってもらおう。
本来ならば、君達も殺人で罪に問われるところだ」
事務的な口調で言う支部長に、クロードは苦い顔をする。
探索士協会はかなり前から三日月党に疑いをかけており、調査を進めていたらしい。
シャリア先生が俺に見せた被害者リストも、先生が急いで調べたものではなく前々から調査されていた資料の一部だ。
三日月党の知名度の高さから、公になっては騒ぎが大きくなるため慎重に捜査を進めていたが、ザイードの出頭とシャリア先生を通じて伝わった俺たちの情報で容疑は確定。
シャリア先生を通じて襲撃の日取りを確認し、俺達の後をつけていたという。
ちなみに、総勢で10名以上の部隊だったのだが、2~3名ずつでバラけていたので、ソナーに引っ掛かっても魔物と区別がついていなかった。
クレセントベアの登場こそ想定外だったが、戦闘している俺達と三日月党を包囲していたので、あそこでガルシアが逃げても逃げ切ることはできなかっただろう。
「……それで、三日月党はどうなるんですか?」
「筋書きはこうだ。探索中、クレセントベアとの戦闘によりメンバーを二人失った三日月党は、探索士を続けていくことに限界を感じ、自らの罪を自白して引退した、と」
つまり、俺達や協会は何ら関係していない、ということになる。
……まあ、妥当なところだ。俺達が三日月党を倒した……殺したとなると、良くも悪くも注目されすぎる。今後が動きにくくなるので、目立ちすぎるのは避けたい。
そして、協会の特殊部隊は存在自体が秘密なので、協会が捕まえたと言うこともできない。
そもそも、本来ならば三日月党は協会の特殊部隊によって、一人残らず抹殺される予定だった。
それに司法の裁きを受けさせて事件を明らかにしたいと言ったのは俺である。協会は俺の意見を汲んでくれたのだ。これが温情でなければなんなのか。
『今後の状況を鑑みての判断だろうな。
三日月党が迷宮に消えたとなると、三日月の迷宮はますます恐ろしい場所になり、迷宮に立ち入る者がいなくなってしまう。そうなればオーバーフローの危険は勿論、クレセントベアの素材も入手できなくなる。
だが、三日月の迷宮の難易度が三日月党の妨害によるものだと知れれば、三日月党がいなくなった今では行けるかもしれない、とステップアップを考える者もいるだろう』
ですよねー。まあ知ってた。
むしろ、俺達がまさにその、三日月党が消えたから三日月の迷宮に挑もうと考えているパーティだよ。
「幸い、三日月党のガルシアは観念したのかこちらの捜査には協力的だ。他のメンバーの減刑と、マリアベルの療養を保障することを約束させられたがね」
ガルシアは現在、衛兵詰所にある拘留所にて拘留中。
この世界の司法制度がどうなっているかは知らないが、本格的に罪が決まったらまた別の場所へ移されることになるようだ。
マリアベルは、クレセントベアの攻撃を受けて重症だった。
あの場に神官であるガイウスがいてすぐに回復魔法をかけていなければ、死んでいたかもしれない。
しかし未だに意識不明で、施療院のベッドで眠ったままであるという。
ヴォルフガング・ウォフ・マナフ……本名ジョン・ケインズは、すっかり尊大な中二病の仮面を脱ぎ捨てて、「おら綺麗な体になったら、田舎に帰ぇって畑さ耕すだ……」と供述しているという。
元々彼は、探索士を引退して田舎に移り住んだ隠居魔法使いに魔法を習い、雷の魔法に才能を示して探索士になった。
やがて実力を認められ三日月党に入ることになった時、最強と呼ばれるパーティにふさわしいように、と尊大な中二病キャラを作り、ヴォルフガングと名乗るようになったのだとか。
今までずっとヴォルフガングで通っていたので、今回捕まるまでザイードも本名を知らなかったらしい。
死亡したレリックとリアナの死体は、幾ばくかの遺品を回収して迷宮の中に置いていかれた。
本来なら、弔ってやるべきなのだろうが……誰かが傷を検めれば、熊ではなく人間にやられたと分かってしまうから、というのが理由だ。
可哀想だが、これも自業自得か。
……ちなみに、レリックのミスリルソードは今はユズが持っている。
超法規的な措置ではあるが、元々ユズのパーティのリーダーの持ち物だから、と唯一の生き残りであるユズが引き取ることが許された。
調べによると、彼を切り殺したのはレリックだったらしい。
殺した相手がいい武器を持っていたらそれを奪う、というなんとも悪趣味なコレクション癖があったのだとか。
そして、最後に残ったという魔法使いの少女も、やはりレリックに殺されたのだという。
「一応言っておくが、協会が君達の復讐を見逃すのは今回限りだ。もし、まだ三日月党を狙うのであれば次は君達を処分することになる。
特に、君のことはカラード君も気にかけていた。彼女を悲しませるようなことはしないように」
「……あの、もしかしてシャリア先生も特殊部隊の一員なんですか?」
「ノーコメントだ。それについて部外者に教えることはできない。カラード君自身に聞いても同様だ」
とはいえ、あの場にいたことと、コメントできないということ自体が答えを言っているようなものだ。
シャリア先生に話が通ったときには、既に俺達は協会の手のひらの上……ということだったらしい。
「さて、話すべきことはこれで全て話したな?
うまいコーヒーも頂いたことだし、俺はそろそろ失礼させてもらおう」
「ザイードは、これからどうするんだ?」
「俺は三日月党の一員として名が売れてしまったからな、もはやこの街は勿論、近隣で探索士として仕事をするのは不味かろう。
いっそ、南洋国家にでも里帰りしてみようかと考えている。貴様達とはもう会うこともあるまい」
そう言うと、ザイードはさっさと立ち上がり、部屋を出ていってしまった。
なんとも、あっさりとした去り際である。それほど親しい間柄というわけでもないので、別にいいんだが。
「君達ももう行きたまえ。今後の三日月党に関しては、我々と司法の仕事だ。
君達の復讐は、これで終わったのだ。もう協会の暗部に触れることのないよう気を付けるように。真っ当な探索士になってくれたまえ」
「……はい。では、俺達も失礼します」
俺とクロードも、席を立つ。
ちなみに、俺達は出された紅茶にはほとんど口をつけなかったが、ザイードはコーヒーにしてくれと注文をつけた挙げ句、きちんと飲み干していった。図太い神経である。
協会の建物を出ると、ラディオンの街はいつもと何も変わらない賑わいだった。
まるで、三日月党との戦いも、探索士協会の特殊部隊も、勇儀王のブームも、全部無かったことだったかのような気分になる。
「ようやく終わったねえ」
俺の隣で、クロードが大きく伸びをしてそう言った。
ようやくか……思えば自由市場でレリックと出くわしてからどれほど経ったか。一ヶ月……いや、二ヶ月近いか?
ルティアと一緒にジャベリンウルフを倒すよりも前の話だ。
確かに、ようやく、と言ってもいいかもしれない。
ここしばらく、ずっと三日月党と決着をつけるために動いていたから、目標を見失ってしまったような気分だ。
次は何をしようか? クレセントベアを狩る? アンフィスバエナにリベンジする? その後はラディオンを出ることを考えるか?
『ここも長く居着いたが、そろそろ別の街に行くのも悪くはないな。さて、海に行くか山に行くか……』
まるで夏休みの旅行計画だ。
だが、宛てもないならそれでいいのかもしれないな。
「……っと、そういや俺はゲイルさんの工房に行かないと。レリックとの戦いで随分無茶をしたから、刀を見てもらわないとな」
「僕も少し用事があるから、ここで別れるとしようか。
夕方までには大牙亭に帰るよ」
「ああ、じゃあまた後で」
「また後で」
軽く手を上げて挨拶して、クロードと別れる。
そんな簡単なやり取りに日常感を感じて、ひとつ大きな事件が終わったんだな、という実感を感じたのだっだ。
次回予告
三日月党との戦いは終わった。
だが、彼らへの復讐を糧に生きてきたユズの中で、復讐と共に生きる活力も失われてしまう。
次回、第78話「復讐の火が消えた後に」




