第79.5話 僕とわたくしのこじれた関係
アヅマ・ユートというのは不思議な男だ。
年の頃は二十歳前後、顔立ちや肌の色、瞳や髪の色などの身体的特徴は、この国の一般的な人種と同じである。
話す言葉の発音の流暢さから見ても、生まれ育った地域が僕達と同じ言語を話すところであるのは間違いない。
にも関わらず、彼はまるで突然この世界に放り出された異邦人のようだ。
まず、文字を書くことができない。
おかげで、勇儀王の原型を作るときにはテキスト書きに苦労させられた。
これは農村などの生まれならそう珍しいことではないが、アヅマの振る舞いは明らかに教育を受けたもののそれだ。
しかも、大商人や貴族の子女が受けるものに近しい良質なものである。
こういうのは、ちょっとした立ち振舞い…… 態度や言葉遣い、食事などの日常の所作に表れるものだ。
元は大きな商会の令嬢であったルティアと並べても見劣りしないのではないだろうか。
そして、僕達の全く知らないことをいくつも知っている。
例えば、ザイードと話した時、南洋国家の様子を見知っているような素振りを見せたり、肌の色が違う理由を言って見せたり。
しかしただ物知りというのではなく、異邦の知識を持っているのではないかと思わせることもある。
先日、ちょっとした調べものをした時のことだ。
「ネットがあればすぐなんだけどな……」
「……投網?」
「ああ、いや。何でもない」
結局その場では笑って誤魔化されてしまったが…… 投網で道行く人を捕まえて話を聞くつもりだったのだろうか。
その時はそう思ったのだが、あれは僕の知らない何か別のもののことだったのではないかと、今では考えている。
最近になってドラゴンの大牙亭で料理をするようになり、彼の作る料理を見てその考えを深めた。
特に、米なんて粉にしても小麦粉のようにパンにはできないし、家畜の飼料として以外で使われることなんてほとんどない。
それがアヅマの手にかかれば美味しい料理になるのだ。
あれはアヅマが一人で考えたというよりも、米を食べようという文化の下で長年に渡って研鑽された、そんな発想を感じる。
例えば、小麦を粉に引いて練って焼いて、試行錯誤の末にパンにして食べるようになったのと同じように。
もしかしたら、道具や調味料の違いで作れない料理のレパートリーも、アヅマの中には沢山あるのかもしれない。
料理だけではない。生活も文化も何もかも、こことは違う場所からやって来たのではないか。
つまるところ、アヅマ・ユートとは何者か。
彼が、ただ普通のどこにでもいる農村出身の探索士である、という可能性は極めて低い。
良質な教育を受けることのできる、貴族や商人の子か。
いや、近隣諸国でユートという姓の商人や貴族は聞いたことがない。
あるいは、別の姓を名乗っている庶子か。
しかし近隣諸国の生まれだと、彼が身に付けた異国の文化に説明がつかない。
探索士協会には出身地も登録されているはずだけれど、その資料を外部の人間が見ることはできない。
たしか本人は、遠くの国の生まれなのだと言っていたか。
それがどこなのか、という話はしたことがないが。
では遠く離れた文化も生活も違う名も知らない国の生まれなのか、というとそれも疑問が残る。
それほど遠く離れた国なら、人種も文化も違ってくる。近隣諸国であってさえ、北と南では人の顔立ちが違う、というのは知られた話だ。
だが、アヅマは完全にこの近くの人間の顔立ちであり、日常生活でも大きな文化の違いに戸惑っている様子は無かった。
そこで、僕が立てた仮説はこうだ。
この近隣諸国から、遠くの国へと移り住んだ、ある程度裕福な夫妻……おそらく大手の商人、その間に生まれた子がアヅマである。
彼らは異国にあっても元の国と同じような生活を維持し、その中で育ったために、アヅマもこの国の言葉を話し、この国の人の顔立ちをしているのだ。
しかし、そんな環境では外部の友人を作ることもままならなかっただろう。
何せ、自分達だけ違う世界に住んでいるようなもの。両親はそれで良いとしても、本人は居心地の悪いものを感じていたに違いない。
そこで、親元を離れ独り立ちした後は、両親の故郷であるこの地域へと訪れ、探索士として身を立てることにした。
もしアヅマが長子ならば親の跡を継いでいるだろうから、おそらくアヅマは次男、いや三男だろうか。
「……いや、あるいは……」
もうひとつ、些か幻想的とも言える仮説もある。
アヅマは何らかの意図を持って、あるいは事故によって、全く別の世界からこの世界にやってきた、という説だ。
別の世界とは何か、というと、精霊の故郷とされる精霊界、あるいは神が天使と共に住まうとされる天界である。
古来より、異界流離譚というのは広く残されている。精霊が人の身体を借り、あるいは天使が地上に降り立ち、様々な功績を残すというものだ。
身近なところでは、マヨネーズは天使がもたらした食べ物だ、という伝説もある。
すなわち、アヅマの正体は天使もしくは精霊である。
……いやいや、これは少しばかり夢見がちな仮説だ。
しかし、精霊が実際に存在するのは、魔法の勉強の際にアルバートに見せてもらった通り。精霊がいるなら天使がいても不思議ではない。
そして、実現性を別にして考えると、これなら様々な辻褄は合う。
アヅマの知識と身体がちぐはぐなのは、別の世界で生まれ育ったものがこの世界の人間の身体を借りているからなのだ。
どちらの説が正しいのか、あるいはどちらも間違っているのか、それは本人にしかわからないことだろうけれど、僕はそれを問いただすつもりはない。何故ならば──
「遅くなりましたわ、クロードさん。お待たせしまして?」
「大丈夫だよ、ちょっとした考え事をして暇潰ししてたからね」
僕がただの暇潰しのネタとして第三の仮説をひねり出す前に、ルティアがタルハンド商会から出てきた。
もっとも、この商会は間もなくアロンゾ商会へと名前を変えることだろう。前の商会主が独身のまま事故で死んで後継者争いをしていたところ、番頭のアロンゾが勇儀王で大成功し、後継者レースに大差をつけて勝利したという話だ。
昨今の勇儀王のブームには、ルティアとアヅマも深く関わっている。
元はそれも三日月党対策の一環だったわけだが、三日月党との戦いが終った今でも勇儀王は広まり続け、ルティアも時折タルハンド商会へと足を運んでいた。
僕はまあ、ちょっと用事ついでにその付き添いだ。
そういう役目は彼女のパーティの皆がしそうなものだが、今日のところは皆それぞれに用事があるらしく……とレジーが言っていたが、はて、彼らにとってルティアより優先する用事なんてあるのだろうか。まぁともあれ……僕が任されていた。
「目当ての本はすぐに見つかったよ。流石、出版大手のタルハンドだ」
「お料理の本……ですか。クロードさんの趣味ではなさそうですけれど」
「アヅマの注文でね。最近、彼は料理にご執心なんだ」
ちらりと覗かせた本を、再び懐にしまう。
タイトルは『家庭で作れる宮廷料理』。料理、というよりほとんどはお菓子のレシピである。
自前の印刷機さえ持つタルハンド商会は本の流通に強く、こういう本も比較的手軽に手に入るのだ。
「ところで、考え事ってなんでしたの?」
「ああ。アヅマは一体何者なのか、という話さ」
「アルマさんですか。確かに、不思議な方ですわね」
かくん、と小首を傾げるそのルティアこそ、アヅマの影響を色濃く受けた人物であると言える。
僕が彼女の仲間だった頃に比べて、行動的になった。
というより、誤解を怖れず言うならば、以前の彼女は何もしなかったし、できなかった。
それが今では、商会の長と対等に渡り合う勇儀王の仕掛人の一人だ。
その勇儀王も、アヅマが作り上げたゲームである。
あまりに完成度が高く、製品版も若干の手直しをしただけでほぼ原型のままのデザインとルールで広まっている。
従来のゲームよりも、格段に情報量も戦略性も高いこのゲームを作り上げたのも、アヅマの不思議なところのひとつだ。
「アヅマがいなければ、勇儀王は生まれなかったろうし、今の勇儀王ブームもなかっただろうね」
「あら、それに関してはクロードさんの功績もあると思いますわ。
クロードさんが色々教えてくださらなければ、これは実現しませんでしたもの」
「いや、それは実際に行動した君の功績だろう。
僕はただ、かつてマルク・シーレンス氏がフラウミーネ商会の一員だった頃から、印刷機を有するタルハンド商会のアロンゾ氏と交流があった……ということを知っていただけさ」
僕が探索士としてくすぶっていた頃、鑑定屋と協会の事務の臨時雇いだけでは暮らしていくのに不足していたから、情報屋の真似事もしていた。
その名残で、今も色々なことを知っているだけだ。
勇儀王をもっと広めたい、とぽろっとこぼした彼女にそれを教えただけで、それを活用してコネを広げ、根回しをして、舞台を整えたのは彼女だ。
ちょっと、道筋を提示したり手助けはしたけれども。
「それに、そもそも勇儀王がゲームとしても商材としても優れていた、というのがあるね。
そうでなければ、こんなに流行らなかっただろうし…… 何より、僕と君がこうやって話をすることも無かっただろう」
「そうですわね。以前のクロードさんは、わたくしには辛辣でしたもの」
「そうかな? 僕を毛嫌いしていたのは君の方だろう」
「それはクロードさんのせいでしょう?」
「君にだって非がないとは言わせないよ?」
僕と彼女はそう言ってにらみ合うが、これも今となってはじゃれあっているというか、ちょっとした照れ隠しみたいなものだ。
とはいえ、いつまでも昔のことに拘っているわけにもいかないだろう。
「……そろそろ、この件については仲直りしないかい?」
「仲直り……ですか。わたくし、あの時は大変にプライドが傷つきましたのよ」
「それについては、素直に謝ろう。君には悪いことをした」
頭を下げて謝る僕に、ルティアは目を丸くした。
頭を下げる、というのは騎士が王に忠誠を誓う儀式に由来する。王が騎士の首筋に剣を押し当てるそれは、己の命をも差し出すという最上級の誠意の表れで、滅多にすることではない。
僕は、彼女にそうするだけのことはしたのだ。
「頭を上げてくださいまし、クロードさん。あの時は…… その、わたくしも普通ではなかったのですわ」
「僕も、冷静な対応ではなかったよ。……いや、君にあんなことを言われて冷静に応じられるのも問題だと思うけど」
「も、もうっ、その話はしないでくださいまし!
……あんなこと、もう絶対言えませんわ」
ルティアはほんのりと頬を染めて、上目遣いに僕をにらんだ。
あれは、もう三年近く前のことか。
ジャベリンウルフに敗北し、ルティアに替わって実質のパーティリーダーとして僕達を引っ張っていた彼が亡くなり、魔法使いも探索士を引退した。
事実上のパーティ崩壊だし、あの頃のルティアにリーダーの資質は感じられなかった。僕はそう考えてパーティを抜けることにしたのは、以前も話した通りだ。
しかし、当時のルティアは精神的に参っていた。
仲間の死を目の当たりにし、魔法使いも去り、さらに僕がパーティを抜けると告げたものだから、相当に焦ったのだろう。
彼女がずっと自分の部屋で伏せっていたので、彼女の部屋に直接赴いて二人きりだったのも良くなかった。
立ち去ろうとする僕の背中にすがりついて、彼女は囁いたのだ。
「この身をあなたに捧げますから、どうか、行かないでくださいまし──」
その後、僕は何を言ったのだか、実を言うとはっきりとは覚えていない。
馬鹿にするな、か。見損なった、か。
どちらも言ったかもしれない。
ただ、呆然とする彼女の表情だけをはっきりと覚えている。
ともかく僕は激昂して彼女を振り払い、それっきり宿を飛び出して長い間顔もあわせなかった。
逃げ出した、と言われて然るべきだろう。
僕は彼女に、そんな娼婦のような真似をしてほしくはなかったし、彼女を娼婦のように扱いたくもなかった。
しかし、逃げ出したことで僕は彼女への気持ちを変にこじらせてしまったし、彼女も彼女で女性としてのプライドをいたく傷つけられてしまったらしい。
以降、互いに互いを避け、たまに顔をあわせても知らんぷりをし、そのくせ気になって情報を集めるという、変なことになってしまった。
……それが、ほんの二、三ヶ月。
アヅマが来てからほんのそれだけで、また顔をあわせるようになり、いがみ合いながらも言葉をかわし、今となっては共に休日を過ごしている。
「まあ…… こんな話、アヅマには絶対できないね」
「ええ、アルマさんには絶対言えませんわね」
僕とルティアは、互いに顔を見合わせて苦笑した。
「話は変わりますが、クロードさん。タルハンド商会で新しいカードのサンプルをいただいて来たのですけれども!」
「君は本当に関係者特権を使い倒すねえ」
きらきらと目を輝かせて勇儀王カードを取り出すルティアに、僕は先程とは違う種類の苦笑を浮かべる。
彼女の切札である英霊召喚──製品版では召喚できるのは英霊のユニットだけになったけれど──も、関係者特権で手に入れていた。
ただ、勇儀王がブームの今、その中心であるタルハンド商会の前で取り出すには少しばかり危険な代物だ。
実際、耳ざとく聞き付けてこちらに視線を向けている者もいる。
「こんなところでカードを広げるわけにもいかないよ。どこか、落ち着ける場所に入ってからにしよう」
「そうですわね。新しいカードを使った戦術も話したいですし、実際にデュエルもしてみませんと」
鼻息も荒く満面の笑みを浮かべるルティアの背を押して、僕はこの場を離れることにした。
おそらく、今日も夕刻まで付き合うことになるだろう。
ただ、僕も決してそれが嫌というわけではない。
むしろ楽しいと言ってもいい。
僕は、彼女が好きだ。
……今更僕にそんなことを言う資格はない、とも思う。
しかし、ジャベリンウルフに打ち勝ってからの彼女はますます魅力的になって、そんな彼女を目で追っているうちに好きになってしまっていた。
いや、おそらくその気持ちはずっと、まだ僕が彼女のパーティにいた頃から持っていたものだ。
わだかまりが溶けて、その気持ちを自覚するようになった。
これも、アヅマのおかげと言っていいだろうか。
けれど、僕はそれを伝えるつもりはない。
何故なら、彼女はアヅマのことが好きだからだ。
こうして話をしているとわかる。ルティアも、そのパーティの皆も、アヅマには格別の信頼を寄せている。
僕にそれを咎める資格はない。
それに、彼女は今、めきめきと才覚を表している。
振り返って僕はというと、それに並び立ち釣り合うような人物とは到底言えない。
ただのどこにでもいる学士でしかないのだ。
「さあさ、早く参りましょう。わたくし、机が広くてお料理も美味しいレストランを見つけましたの。クロードさんも、お昼はまだでしょう?」
「そんなに焦らなくても、まだ早い時間だから大丈夫だよ。それとも、早くしないと並ぶような混む所なのかい?」
「そうではありませんけれど…… 早く行けば、それだけ長く遊べますわ」
足取りも軽やかな彼女が、自然に僕の手を取って歩く。
天然でこういうことをするのが、彼女が好かれる原因でもあり、一部からは嫌われる原因でもあるのだが……
少しばかり舞い上がってしまうのを抑えられない僕の単純さに我ながら呆れてしまう。
アヅマは平然としていたようなのだけれど。
最早叶うはずもない僕の想いだけれど、ほんの一時、手に手を取って街を歩くこの時間を楽しませてもらう。
そんな自分の姑息さを、少しだけ許そうと思う。
次回予告
それはごくごくささやかで、ありふれた至福の時間。
お茶に、お菓子に、おしゃべりを。それを一番に大好きな人と楽しむ、ティエナのお話。
次回、第79.75話「天国の味」




