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第76話 月に向かって飛べ

 時は少し遡る。




「おらおらァ、さっきの威勢はどうしたァ!」


 黒く塗られたキャンバスに、青白い線を細く真っ直ぐに引くように。


 一呼吸に一つ、二つ、三つ、ミスリルの冷たい光が走る。

 赤い火花と月光を反射する青白い煌めきが、夜闇を彩り照らし出した。


『美しいな…… なんという幻想的な光景か……』


 弾いてる方はそんな悠長なこと言ってられないんですけどおおお!!

 やっばい、速い! 強い! 巧い!


 歯を食いしばって刀を振るい、レリックの斬撃を受け流す。

 どうにか受け止める、では駄目なのだ。うっかり正面から受けたら、数合で刀ごと叩き斬られてしまう!

 剣を受けたその感触で、そうなるであろうことを感覚的に悟る。

 本当は火花が散る時点でいけない。どんだけ鎬が削られていることやら。明日は確実にゲイルさんのメンテ行きだ!


『それも生きて帰れればのことだがな!』

「死んでられるか、こんにゃろう!」

「いいや手前ェはここで死ね!!」


 苛烈な剣撃は、まるで野獣だ。

 いや、野獣でありながら理性と技術を手に入れた怪物のそれだ。


 だが、苛烈な攻めであるが故に、守りきったその後に一瞬の隙が出来る。

 店長の教え、全力で守り、攻撃に転じるときは全力で打ち込む。

 まさに今がその時!


『……と思っていた時期があったな』


 うん。

 喜び勇んで隙に食い付いたら、逆にその隙を突かれて叩き斬られるのだ。知ってる。それで店長にしこたまぶっ飛ばされた。

 この隙は見せている隙。誘い込みだ。

 前日の店長との訓練がなかったら確実にやられてたな。


「チッ! 受けてばっかでつまんねェぞ、腰抜けがァ!」


 誘いに乗らない俺に焦れたのか、レリックの方が一旦引いて仕切り直した。

 剣を上段に構え、隙あらばすぐにでも斬り込んでくる構えだ。

 だが、俺にとってもこの緊張状態は嬉しい。ひたすら打ち込まれ続けるのが一番避けたいパターンだった。


 打ち込む隙を見せないよう、剣を基本の形に構えながらレリックを睨み付け、慎重に摺り足で距離を図る。


「気にくわねェ目をしてやがる。何企んでんだ、ああ?」

「……………………」

「お前よりオレの方が強ェんだ。剣をあわせて、それがわからねぇ訳じゃねぇだろう?

 だってのに…… 怯えてもいねぇ。諦めてもいねぇ。てめェが勝つって信じてる目だ」


 この、距離──

 鳳翼一閃には距離が必要だ。近すぎてもいけない。遠すぎてもいけない。

 剣で戦う距離は、まだ近すぎる。

 だが、離れたぶんだけレリックも詰めてくる。どうにか適正な距離をとらないと……


「自分だけ逃げるつもりか? それとも、後ろの奴らが旦那達を倒すのを待ってンのか? いいや、そんなつまんねェことはしねぇよな?」

「……………………」


 後ろに下がりすぎてもいけない。

 副次的にだが、あれは後ろにも被害が出る。ルティア達を吹っ飛ばすわけにはいかない、

 横は論外だ。迷宮の繁みに遮られている。

 ならば前、レリックの脇を一旦駆け抜けて……

 それこそ論外だ。奴にルティア達の背中を晒すわけにもいかないし、鳳翼一閃を使えたとしても俺の方がルティア達に激突しかねない。


 ……いかん、鳳翼一閃を使う余地がない……!

 レリックを押すしかないか? だが、直接ぶつかった感覚では向こうの方が力も強い。強引に押し込んでも、逆に押し返されるだろう。

 だが、細い勝利の糸を手繰り寄せるには、もはやそれしか手はないか。


『いいや、まだあるぞ、ユート!』


 なんだって天龍、それは本当か!


『うむ、前後左右がいずれも詰まっているのなら…… 上だ、ユート。上に……月に向かって飛べ!』


 飛べって。そんな、車道が渋滞してるなら歩道を行け、みたいな無茶を言われても。


『無茶ではない。そもそも、それは空を飛ぶものを(・・・・・・・)模した魔法(・・・・・)だろう。

 ならば、ユートが飛べぬ道理は無い。いや、飛べると信じろ。お前の確信が強固であれば、魔法はそれに応えよう!』


 天龍の言うことももっともだが……

 いや、もっともなんだけど、パンがなければお菓子を食べればいいじゃない、とでも言われたかのような理不尽感!

 だが、闇雲に剣を構えて押し込むよりは目があるか。


 空を飛べる、と思い込め。

 確信しろ。自分を騙せ。世界をねじ曲げろ。

 行ける。可能な筈だ。天龍と──ティエナの力を借りれば。


「……俺は、飛べる」

「あ?」

「俺は飛べる、俺は飛べる、俺は飛べる……っ」


 レリックがえもいわれぬ味わい深い表情をしているが、無視して唱える。

 自己暗示だ。あるいは言霊の力か。


 ……よし。飛べる、飛べるぞ、俺は飛べるのだ。

 もはや疑わない。

 というか疑ってはいけない。

 疑ったら死ぬ。


 ヒュン、ヒュンッ、と刀を十字に振るい、息を吐きながらゆっくりと鞘に納めた。


「おいおい、剣を納めてどうすんだよ、命乞いか?

 ……なわきゃねぇよな。何する気だ? オレを楽しませてみろよ!」


 挑発するように嘲笑うレリックには答えず、呼吸を整え、腰を落とし、刀の柄に手をかけて構える。

 レリックも、剣を納めたからと迂闊に打ちかかってはこない。口調とは裏腹に、警戒し、慎重に隙を図っている。


 その時、背後で獣の咆哮が轟いたが、俺もレリックもびくりと僅かに震えただけで、互いから視線を離さず隙を見せない。

 この状況でクレセントベアが出たとなると気にはなるが、今はクロードとルティア達を信じるしかない。


 レリックは俺より強い。

 それを認め、想定した上で、なお勝つならば、俺のアドバンテージを活かすしかない。

 すなわち、この世界では……少なくともこの国では、ガルバーの直剣術が隆盛を極めたがために存在しない、刀を用いた抜刀術。決め手はこれしかないと考えた。


「──降参しないか、レリック。

 降参するなら命までは取らないが、そうでないなら命の保証はできない。人間同士で殺し合いなんて、するものじゃないだろう」

「は」


 次の一撃が、必ずどちらかの命を断つ。

 殺し、あるいは殺されるその前に、最後の問い掛けをする。

 だが、レリックは呆気に取られたようや、馬鹿にするような、理解できなかったかのような、そんな声をあげただけだ。


「ぎ──ぎゃははははは!! なんだお前、ひっさしぶりに斬りがいのある奴だと思ったら、気ィ狂ってんのかよ! ぎゃはははっ、あはははははは!!」


 肩を震わせ、構えを解いて、天を仰いで顔に手をあてて、レリックは嗤う。

 腹が痛くなるほど笑って、ゆらり、と剣を構え直す。


「ああ──笑えねえ。

 そういや、この剣持ってたヤツもなんか似たようなこと言ってたっけなァ…… 寝言は寝て言えってんだ。人間同士で斬り合うから面白ェんじゃねえかよ」

「……………………」

「もういいぜ、お前。そいつと同じように、お前も斬り殺して剣だけもらってやらァ!」


 期待はしていなかったが、やはり降参はしないか。

 レリックは放たれた矢のように距離を詰め、斬り込んできた。


 だが、俺もまた、今こそ放たれんとする一本の矢だ。

 ただし発射角度は真上。


『行け、ユート!』


 行くぞ、天龍!


「ロケットスタート、ゴー!!」


 轟音と共に、炎が吹き上がり、俺の身体は真上へ向かって射出された。

 あっという間に木々の背丈を追い越して、遮るもののない夜空へと一秒で到達する。


 三日月が美しい──

 だがその三日月は、「月」という属性と役割を与えられた書き割りのようなもの。迷宮の舞台装置に過ぎない。

 そこに本当に天体の月があるわけではないのだ。


 背中の魔力噴射を制御し、くるりと空中で背後側に宙返りする。

 こんな曲芸実際にやるのは初めてだが──戦闘機乗り(エース)になって空中戦(コンバット)する類いのゲームでは慣れっこだ。

 大事なのはロケットの噴射を弱めるタイミング。慣性と重力を利用して最小半径で回転するのだ。


 天地逆さまになって下を見下ろすと、あんぐりと口を開けて目を見開いたレリックが俺を見上げていた。

 このまま自由落下しても十分な威力が出るが、それでは駄目だ。ただの高高度落下では奴の剣に捉えられてしまう。


 だから、選択するのは下への突撃!

 頭を下に向けたまま、全力全開でぶっ飛ばす!


『鳳──』


 脳髄がずきりと痛む。

 実戦の緊張と興奮のせいか、事前に何度か試したときよりも体感時間が遅い(・・・・・・・)

 だがそのぶん、精妙なコントロールを実現できている。

 油断すれば明後日の方向へ暴走するロケット噴射を制御下に収め、最高速度でレリックに向かって飛んでいく。

 それはさながら、炎の翼を背負うが如し。故に鳳翼一閃。


『──翼──』


 驚くべきはレリックだ。

 実時間では(・・・・・)俺が飛び上がってから二秒も経っていないだろうに、剣を構え直し、迎撃の構えを見せている。


 恐るべき判断の速さ。そして目前で飛び上がり、今また落ちてくる俺をしっかりとその目で捉える動体視力。

 間違いなくこいつは天才だ。天性のセンスと能力が与えられている。いずれは新たな剣聖として名を馳せたかもしれない。


『── 一 ──』


 しかしそれもここまでだ。

 その刃はコンマ1秒未満の差で俺には届かないのが見えている。


『───閃!!』


 最後の一撃は、せつない。


 抜き放った一撃は、レリックの胴体を一刀両断にした。




 説明せねばなるまい。


 きっかけは、一回目の店長との稽古。

 最後に天龍眼を開放して戦った際、天龍はきっかり五秒と言ったが、俺の体感ではもう数秒長く天龍眼が続いていた。

 その原因は何か……となると、考え付くのはひとつ。

 その日の昼に飲んだ、感覚の霊薬である。


 霊薬は、魔法がかかっただけの水ではない。

 さまざまな薬品を調合し、その薬品と魔力とのあわせ技で効果を発揮するのだが、感覚の霊薬には神経を昂らせ過敏にする薬品が含まれているのだ。


 人は、死の危険を感じたその時、極限まで集中力が高まり世界がスローモーションになったように感じるという。

 霊薬で神経が興奮状態にある間に、脳に過負荷をかける天龍眼を使用することで、意図的にその状態を引き起こすことができるのだった。

 思えば霊薬の力が無くとも、天龍眼を開放した時はいつも世界をゆっくりと、詳細に感じていたようにも思う。


 そうなると、活きてくるのが一度は没にしたロケットスタートの魔法である。

 大量の魔力を噴出して一気に加速するこの魔法は、とんでもない速度を発揮するが、出力が高すぎて制御することが不可能だ。

 だが、思考速度が三倍、四倍、五倍……となれば、その難易度はぐんと下がる。


 脳に過負荷をかけることで強引に制御可能としたロケットスタートのスピードを乗せて、抜刀の勢いで一気に一刀両断する。

 そんな身も蓋もない力業が、鳳翼一閃の正体だ。


 だがその威力は──

 上半身だけでぐるぐると夜空を三回転して血と臓物を撒き散らすレリックの姿が物語っている。




「づっ、がっ、だああっ!!」


 人間が地面を転がるときにしてはいけないような音をあげながら、俺は乱暴に放り投げられた鉛筆のように回転しまくった。

 刀は早々に手放した。転がりながら刀を手にしていたら自分を切り刻んでしまいかねない。


 激突の寸前に、ロケットの向きを真下に向けて逆噴射したが……それでも、やっと回転が止まった時には全身が痛み過ぎてどこが痛いのかわからない状態だった。

 頭がぐらぐらして、手足に力が入らなくて、立ち上がるどころか体を起こすだけでも大仕事だ。


 ……まあ、最後に逆噴射しなかったら、そのまま地面の染みになっててもおかしくない勢いだったからな。

 むしろ生きてるだけで奇跡だよ。もう二度とやりたくない。


『いやあ、今のはなかなか凄かったな! まるで流星になったような気分だったぞ、またいつかやろうではないか!』


 二度とやらないっつってんだろォ!?

 思わず渾身のマジギレであった。


 天龍にツッコんだせいか、朦朧とする頭が幾分としゃっきりした気がする。

 レリックはどうなったか……と見てみると、上半身と下半身が別々の場所に倒れていた。自分でやったことながら、なかなかグロい。


 上半身はそれなりに俺の近くに落ちていて、その目をかっと見開いて俺を見ていた。

 天龍眼で確認するまでもなく、死んでいる。

 口を聞けたら「ありえねェだろ、理不尽だ!」とでも言いそうだが、自分も理不尽に探索士を殺してきたんだから、自分が理不尽に殺されることもあるだろうと思って頂きたい。


 案外、人間を殺したというのに感慨のようなものは感じなかった。

 この決戦に至るまで色々と準備してきたからな。そんな覚悟は、とっくにできていたのかもしれない。


「ぐ、がっ……」


 それにしても、頭が痛い。

 毎度の鼻血も結構な出血量だ。鼻もぶつけたのかもしれない。

 天龍眼を開放していた時間はほんの三秒程度といったところだが、脳への負荷が上がっているせいか、実時間よりも体感に応じたダメージを受けるらしい。

 ジャベリンウルフ相手に試し切りした時に記憶を失ったのは、体感時間の倍率を上げすぎて脳へのダメージが入りすぎたせいだろう。

 あの時は、一体何倍の思考速度でどれだけの激痛に悶えたのやら……想像するだけで寒気がする。記憶を無くしていて良かった。


 今回は体感でおよそ15秒。

 頭が痛いというより、脳が焦がされるような、人生であまり経験できない痛みだ。脳自体には痛覚はない筈なのだが……あまりの激痛に気が遠くなる。


 だが、レリックを倒しただけで終わりではない。あっちはどうなったのか、と気力を奮い起こして顔をあげる。


『……いかんな。あれを見ろ、ユート』


 ……と言われても、頭が痛くてあまり遠くを認識できないんだが……


『クレセントベアだ。あれはなかなか……酷いな! あのレベルとステータスの上、月光を浴びて自己回復とパワーアップするアビリティまで持ってるぞ! この迷宮では確かに無敵だろうよ!』


 マジか。クレセントベアってそういう魔物なのか。

 迷宮の地形効果とコンボを組んでるな。これはひどい。


『三日月党の奴らは概ね倒せたようだが、続いてあのクレセントベアを倒さねば死人が出かねんが……』


 そんな状況なのだが…… くそ、身体も頭もうまく働かない。

 身体や脳へのダメージもそうだが、魔力もカッツカツだ。立ち上がれるかも怪しいぞ。

 だが、やらねば。どこだ、刀はどこに行った?


「はい、どうぞ。ゲイルさんの傑作なんですから、なくさないでくださいね」

「ああ、ありがとうございます、シャリア先生……」


 先生が差し出した刀を受け取る。

 ふらつく体を先生が支えて起こしてくれた。


「すみません、先生。でも、血で汚れます。それに俺はクレセントベアと戦わないと……」

「もう、そんなふらふらで何言ってるんですか。

 ……それに、もう必要ありません。よく頑張りましたね。後は私達に任せてください」

「シャリア先生……」


 ……………………


 ……あ、れ?

 なんでシャリア先生が、ここにいるんだ……?


 いや、待て。なんで本当にいるんだ? 脳がやられて幻でも見ているのか?

 いや違う、実際にここにいるし触れている。


「グアアアアアァァァ!!」


 遠くでクレセントベアが悲鳴をあげている。

 いくつものナイフや矢が繁みの奥から飛んできて突き刺さり、熊がまるで人間のように膝をついて倒れた。

 HPバーがぐんぐんと減っていき、びくびくと痙攣し苦悶しながら絶命する。


「流石、アンフィスバエナの毒は効きますねえ」


 半ば呆れたように、先生が小さくつぶやいた。

 クレセントベアが魔力に還って消えるのを待っていたかのように、繁みの中から何人もの人影が現れた。


 彼らが一体何者なのかはわからないが……

 その中の一人の横に浮かんでいる簡易ステータスの名前が、探索士協会の支部長なのがぼやける視界の中で確認できた。


 何が何だか、全くよくわからないが……

 ともかく、一段落がついたようだ、と思いながら、俺の意識は月光の届かない暗いところへと落ちていった。

次回予告

 戦いは終わった。

 生き残った者たちは帰路につき、勝者と敗者が別たれる。

 次回、第77話「後始末」

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