第73話 裏切りの黒い影
色々と悩んだが、結局俺は真っ正面から行くことにした。
隠密の心得もないのに下手に隠れたところで、ザイードあたりに見つかってしまうだろう。
だからこそ、正々堂々、真っ正面から。
ただし不意打ちしないとは言っていない。
ユズだけは木陰に隠れてついてきている。
隙を見て、致命的な一撃を狙うのだ。
……って、本当についてきてるよな? どこにいるか全くわからん。
この天龍眼の優斗の目を以てしても見抜けなかった……!
『ユートは時々、変な言い回しをするな。
私にも小娘が何処にいるかはわからぬが、そうきょろきょろするな。そのわずかな動作から察せられてしまうやもしれぬ』
おっと、それもそうだ。
ユズは今日ここにいる中で最も殺る気にあふれているのだから、疑う必要はないしな。
むしろ、血気に逸ってしまわないか心配なくらいだ。
さて、そろそろ三日月党らしき反応のあったところなのだが……
「おお、貴様らは確か…… そういえば、名を聞いていなかったな」
不意にかけられた声に、俺とクロードはびくりと飛び上がって、腰の刀に手をかけた。
声のした方を振り向くと、夜の闇からにじみ出るかのように、黒い人影が姿を見せた。
肌まで黒い、黒い革鎧のすらりとした細身の男……ザイード・サフラヴァだ。
「先日はどうも。まあ、そう警戒するな。何もせん。
……そちらは二人だけか? その人数でこんなところまで来るとは、命知らずか、はたまた……」
「第四層まで無事に来ている、ということで察してくれませんかね」
「なるほど。まあ、詳しく聞く必要もないか」
ザイードには敵意は無い様子だ。
本当にたまたま、こちらの姿を見かけたから挨拶した、ということなのだろう。
「そちらこそ…… 一人で、何を?」
「俺は斥候だからな、斥候の仕事をしているだけだ。
俺はクレセントベアとの戦いには参加しないが、それ以外のことは一手に担っているのさ」
斥候使いの荒いパーティだ、とザイードは肩をすくめる。
「今、三日月党のメンバーはあちらの方にいる。
探索中は気が立っているから、近付くのはやめておいた方がいい。不要な接近はトラブルの元だからな」
「ご忠告、どうも」
「迷宮内でいつまでも立ち話というわけにもいくまい。
俺はもう行く。またいずれ、南洋の話でもしよう」
ちらり、とクロードがこちらに視線を送ってきた。
……どうする? 先にザイードを倒すか?
それとも、ここはザイードを見送っておいて、残りのメンバーを相手にするという手もある。
今なら、相手にするのはザイード一人で済む。
六人相手にするよりも、一人と五人の方が勝算があるはずだ。
しかし、他の五人との距離やザイードの行動次第では、戦っている間に騒ぎを聞き付けて合流されてしまうかもしれない。
ザイードを見逃せば、そもそもザイードと戦う必要もなくなるかもしれない。
勿論、案外情に篤くて仲間の仇を討とうとするかもしれないし、他の五人と戦っている間に戻ってきて不意討ちをかけられる怖れもある。
彼自身は三日月党とはビジネスライクな関係のようだし、倒す必要がないならば無理に倒す必要も──
──いや、いや。
やるなら徹底的にと決めた筈だ。
各個撃破はSLGの基本。神に逢うては神を斬れ。先手必勝!
「ザイード・サフラヴァ」
去り行く背に声をかけ、姿勢を低くして歩を詰めた。
刀はまだ鞘の内。だが抜刀術なら問題なし。
振り向くザイードの胴を横薙ぎに、刀を鞘走らせる!
「ぐぬっ……!?」
──浅い!
切っ先は紙のようにザイードの革鎧を切り裂いたが、その下の胴体には微かに引っ掻いた程度の傷しかつけられていない。
踏み込みが浅かったか、あるいは無意識に躊躇ったか?
「クロード! ユズ!」
声をかけるが、クロードは咄嗟に対応しきれなかったか、慌てて剣を抜き放つ。
かわりに、闇に包まれた木々の向こうから二本のナイフが飛んできた。
「ちえいっ!」
ザイードが両手に短剣を抜き放ち、踊るように切り払って、なんと飛んできたナイフをはたき落とす。
ギン、ギィン、と鋼の音が二度鳴って、三日月の明かりをきらめかせた。
だがそこへ、俺とクロードの刃が迫る!
「待て、待て! 俺は貴様らの味方だ、話を聞け!」
「ッ!」
ザイードの上げた声に、俺は降り下ろしかけた刀を止めた。
刀の切っ先がザイードの額の前で止まる。
ザイードは、ふぅ、と溜め息をつき、両手の短剣を鞘に納めた。
「……味方、だって? どういうことだ?」
「俺は貴様らが三日月党を倒しに来たのだろうと分かっていた。
予め背中から斬られる可能性を考えていたからこそ、貴様の剣をかわすこともできたというわけだ」
降参、とばかりに両手を上げるザイードに、俺も剣を引く。
だが、構えを解くまではしない。切っ先を斜め下に、逆袈裟に切り上げられる体勢を維持する。
「だが、思った以上の剣の冴えで胆を冷やしたぞ。
たった三人で三日月党とやりあおうなどと、考えるだけのことはあるようだな」
「……姿を隠したユズのことも、気付いていたのか」
「斥候がいるだろうとは思っていた。だが何処にいるのか全くわからん。……これは参った、俺に勝ち目はなさそうだ。命ばかりは助けてくれないか?」
真顔で言うが、どこまで本気なのやら……
いくら天龍眼でも、口から出た言葉が嘘か本当かはわからない。言葉は目に見えないからな。
嘘をついた時の反応を見ることはできるかもしれないが…… あいにく俺自身がそういった知識について疎い。
「何故、俺達が三日月党を狙っていると分かった?」
「以前の喫茶店で見たときから、その可能性は感じていた。
興味本意の輩というよりは、大きな獲物を狙う漁師のような緊張感をお前達からは感じたのだ。
……それに、三日月党は狙われるだけの理由を持っている」
「探索士殺しのことだな」
「うむ、あんなことはいつまでも続くものではない、協会の特殊部隊に勘づかれるのも時間の問題だ。
……犯罪を犯した探索士を始末する奴らがいる、という噂は本当だぞ」
マジかよ。
そりゃ確かに、支部長さんのクラスは暗殺者だったけど。
「俺は元々、あちこちを旅して回る流浪の身。普通ならとっくに次の街に向かっているのだが、探索士殺しをするパーティからそう易々と抜けさせてはもらえん。
いい加減、もろとも破滅する前にどうにかしたいと考えていたところなのだ」
「お前は、探索士殺しには関わっていないのか?」
「俺の仕事は、クレセントベア以外の魔物との戦いと、迷宮での斥候だ。人殺しは仕事ではない。
……黙って見ていた、という意味では共犯者だがな。だが俺も命は惜しいのだ」
「許せん、殺す……と言ったら?」
「その時は仕方あるまい。精一杯の抵抗をしよう。
俺もそれなりに腕前には自信があるし、大きな声を出せばガルシア達も聞き付けられる位置にいる。無傷で済むとは思わないで欲しいところだ」
「……アヅマ、どうする?」
判断に困ったように、クロードが俺を見た。
そんな風に見られても、俺だって困るが……
最終的にユズが「しるか、ころす」って言ったらやるしかないのだが、どこかに隠れているユズからは何の反応もない。ひとまず俺の判断に委ねてくれるようだ。
「無論、ただで見逃せとは言わん。
貴様達と共に戦う……というのは流石に勘弁願いたいが、魔法使いの男の方、ヴォルフガングを無力化してみせよう」
「……女の方でないのは何故だ?」
「リアナは最近、魔法の触媒が補給できていない。魔法を使えない魔法使いなど、放っておいてもいいだろう?」
ううむ、ザイードがそうしてくれるなら、魔法使い二人が完全に無力化できることになるし、ザイードと戦う必要もなくなる。
一気に三日月党の戦力を半減できることになるのか。
どうする、受け入れるか……?
『良いのではないか。もし奴が嘘をついていたとしても、その時は最初の予定の通り普通に戦うだけだ。
それに、三日月党を倒した後は、その行いを明らかにするのだろう。そのための証人としても都合が良い』
……そうだな、天龍の言う通りだ。
それに、降参は受け入れるつもりだった筈だ。
ゴブリンのような騙し討ちにさえ気を付けておけば、問題ないだろう。
「……あとひとつだけ、条件がある」
「何だ?」
「全部終わったら、きちんと裁きを受けるんだ」
「なるほど。俺も旅立つなら綺麗な身でいたい。
探索士協会の下す処分に従うことを誓おう。それでいいか?」
……何だか、すんなり受け入れたな。
落とし処としてはこんなところだろうか? 調子に乗って要求しすぎれば、突っぱねられたり、裏切られるリスクが高まる。
無茶な要求をしすぎて刺されるのは二時間ドラマの小悪党系被害者だけでいい。
「わかった。俺達はお前と戦わない。
お前は、男の魔法使いを抑えて、全てが終わったら生き残りと一緒に罰を受け入れる。……それでいいな?」
「いいとも。だがそれも生きて帰ればこそだ。
うまくやるがいい、でなければ俺は貴様達を見捨てて逃げるぞ」
「やれるさ。……そのつもりだ」
そこでようやく構えを解いて、刀を鞘に納める。
クロードも剣を納めた。ユズは……どこにいるのかわからないが、反応が無いということはひとまず良しとする、ということ……だと思っておこう。
握手も笑顔もかわさないが。
こうして、三日月党との戦いに思わぬ仲間が加わった。
……仲間、と言っていいかどうか、不安なところだが。
次回予告
ラディオン最強のパーティ。探索士を殺す探索士。そして、兄と妹。
その背中を見て歩きながら、彼女は何を考え、黙って付き従ったのか。
次回、第73.5話「スケアクロウのマリアベル」




