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第72話 三日月の迷宮

 迷宮の入り口というのは曖昧なものだ。

 空気が違う、雰囲気が違うとはいっても、明確にここからと境目を明らかにするのは難しい。


 だが、三日月の迷宮だけは別だ。

 昼日中の森の中、ぽっかりと開いた暗い口。

 それこそが、三日月の迷宮の入り口である。


 三日月の迷宮は永遠に明けない夜の迷宮なのだ。

 いつ中に入っても、満ちも欠けもしない三日月が真上に輝く真夜中の森が広がっている。


 外から見れば、ぽっかり開いた暗い穴。

 中から見れば、光の差し込む出口。

 その境目がはっきりと確認できる、数少ない迷宮のひとつなのである。


「ここに来るのは久しぶりだね」


 ぽつり、とユズがつぶやいた。

 ユズ達は以前、この三日月の迷宮に潜っていたのだ。

 

 三日月の迷宮の前は、他の迷宮よりも草が生い茂っている気がする。

 おそらく、挑むパーティが少なく、踏み固められていないせいだろう。

 下手をすると三日月党しかいないかもしれない。


「ともかく、中に入ろう。三日月党も既に中にいるはずだよ」

「そうだな。奴等を探そう」


 ここまで準備して気合い入れて、肝心の三日月党と遭遇できなければ意味がないからな。

 とはいえ、見つかるのは遅い方が…… 向こうがクレセントベアと数戦して消耗してからの方が、望ましいといえば望ましい。

 魔法の触媒カードを使いきったり、怪我などしていたりするとなお良い。


 ちなみに、出てくるまで入口で待ち伏せするのは却下だ。

 入口付近では、騒ぎを聞き付けた誰かに見られてしまう可能性がある。

 復讐の戦いに大義なし。奴等を倒せば後はどうなってもいい、というわけでもないのだし、迷宮に潜って深部で戦うしかない。


 中に入れば、魔物とも戦わないわけにはいかないだろう。

 クレセントベアとも遭遇するかもしれない。

 あてどなく夜の森をさ迷い歩きながら、魔物を退けつつ、今日中に奴等を見つける。そんなことが果たして可能なのか?


 可能なのだ。

 そう、アクティヴソナーならね。


「アクティヴソナー、響け」


 コォン、と魔力の波を打ち放つ。

 ぽつぽつと反応が返ってくるが、反応のある場所と数はわかっても、それが魔物なのか人間なのか、あるいは他の何かなのかはわからない。


 だが問題はない。

 この迷宮の魔物は2~4体で群れているが、クレセントベアは必ず一体で出現するという。

 つまり、反応がひとつならばそれはクレセントベア、複数ならば他の魔物、六つならば……それが三日月党、というわけだ。


「ひとまず、三日月党らしき反応はないな。奥へ進もう」

『ユート、霊薬を飲んでおかなくて大丈夫か?』


 ん、そうだな……

 少し迷ったが、今はやめておく。

 一本二時間とはいえ、早くから飲んでいると二本目の効力も昼過ぎに終わってしまう。

 飲むのはアクティヴソナーに三日月党らしき反応をとらえてからでもいいだろう。


 クロードが呪文を唱え、光量を落としたライトを浮かべる。

 俺達は警戒しつつ、三日月に淡く照らされた夜の森へと踏み入ったのだった。




 迷宮の中には、虫がいない。

 虫のような極小の生き物は、死体でなくとも抵抗しきれずに迷宮によって魔力に分解されてしまうから、というのが定説である。

 また、中に生えた無数の木々も、天龍いわく「概念的な木」であり実や花をつけることもない。

 すなわち、虫や木の実を食べる小動物もいないのだ。


 その結果として、三日月の迷宮は虫の声ひとつない静かな森だった。

 今までの迷宮もそれは同じなのだが、夜ということもあって視界が遮られるせいか、余計にその静けさを強く感じる。

 夜の森って、結構生き物の気配で賑やかなものなんだが……

 まるで死の森……いや、作り物の森だ。


「……なんだか、不気味だな」


 つぶやく声もついつい小さくなってしまう。

 風も凪いでいて、葉擦れの音もほとんどしない。

 たまに強く風が吹いてざわざわと音がすると、逆にびくっとしてしまう。


「君にはソナーがあるんだから、見えない何かに怯える必要はないだろう。いちいち風に反応していると身がもたないよ?」

「むしろクロードはよく落ち着いていられるな……」


 初めて入る迷宮、しかも三日月党との対決もあるというのに、クロードは落ち着いたものだ。

 おかげで、俺も少しは肩の力を抜くことができてはいるが。


「そんなことはないよ、僕だって緊張くらいしてるさ。

 ただ、強いて自分を律しているだけだ。

 ……ユズも、少し落ち着いた方がいい。アヅマ曰く、そんなに殺気が出ていると達人には気付かれてしまうそうだからね」

「うん…… うん、そうだね。ぼくは落ち着いてるよ」


 とは言うが、ユズは明らかに生返事だった。

 先頭に立って罠を警戒しているため、どんな表情をしているかはわからない。

 ただ、やはりこの状況では心穏やかとはいかないのだろう。


 今はまだ仕方ないだろう、と思いつつソナーを放つ。

 この迷宮は全四層あり、クレセントベアが頻出するのは最深の第四層とされ、三日月党もそこにいると思われる。

 俺達が今いるのは第二層のあたりだから、ここで三日月党に遭遇する可能性は低い。


 とはいえ、第三層以前にも移動しているかもしれないし、クレセントベア自体は第一層にも姿を見せることがあるので、ソナーは適宜に使う必要がある。

 他の魔物はともかく、三日月党と戦う前にクレセントベアと戦うのは避けたい。


「真っ直ぐ行ったところに魔物が三体いるな。……かわせそうにないか」


 道はしばらく真っ直ぐ、戦闘を避けるなら引き返すしかないが、どうせ迷宮の中で戦闘を全て回避できる筈もないのだ。

 そのまま進むと、二匹の黒アリがこちらへと向かってきた。


 大樹の迷宮のフォレストアントよりも一回り大きく、ツヤのある漆黒の甲殻をしたアリだ。顔つきも心なしか凶悪である。

 奴等は俺達を見つけると、ガチガチと顎を鳴らして威嚇した。


ブラックアント 魔物 男性 Lv17

昆虫系 無属性


 もう一体の魔物は……いた、道の脇に何食わぬ形で生えている杉の木だ。

 真っ直ぐ天を突いて生えている立派な杉なのだが、ラディオンの森や三日月の迷宮は広葉樹の森なので、一本だけぽつんと針葉樹が生えていて違和感がある。

 トレント系というのは下手な擬態しか出来ないという縛りでもあるんだろうか……?


トレント 魔物 男性 Lv22

植物系 無属性


 まだ気付かれていないつもりなのか、トレントは動いていない。

 連携をとるというつもりも知能もないのか、二体のアリは六本の足をさかさかと動かしてこちらに近付いてきた。


「二人とも、あそこの杉の木がトレントだ。近づきすぎないように、まずはアリから片付けよう」

「了解っ!」


 たん、と軽やかにユズが駆け出した。

 その後を、俺とクロードが追う形になる。

 敏捷と装備の重さの関係でどうしてもこうなるのだ。

 クロードは先に魔法を撃つことも多いので特に遅れやすいのだが、今回は魔力を温存する方針である。

 本命はあくまで三日月党だからな。


 それでも、ブラックアントは特筆することもなく倒されて魔力に還った。

 小さめの大型犬くらいあるとはいえ、たかが二匹のアリ程度はもはや敵ではない。


 ドロップ品は、アリ蜜とブラックアントの甲殻だ。

 虫系の魔物の甲殻は、熱には弱いものの軽くて丈夫なので防具の素材として重宝するそうな。

 フォレストアントの素材ではアリ蜜が一番高価だったが、逆にブラックアントの素材ではアリ蜜が一番安価になる。

 とはいえ身近な甘味として重宝されているので、持って帰った方が……


「アヅマ、上だっ!」


 アリ蜜を拾おうと手を伸ばしたその時、不意に飛んできたクロードの声に上を見上げると、木が伐り倒されるようなバキバキという音を立てて、何かが俺に覆い被さってきている!


「うおおっ!?」


 慌てて横に転がると、派手な轟音を立ててそれが地面を叩いた。

 その正体は、杉の木……トレントが、お辞儀をするように頭を降り下ろして叩きつけてきたのだ。

 杉の木だと腕になるような大きな枝が張っていないから、どうやって攻撃するのかと思ったらこれかよ!


 重い頭をゆっくりと、べきべきぱきぱきと音を立てながら持ち上げる。

 離れたところにいた筈が、いつの間に近くまで来ていたのかとよく見ると、根っこのような短い脚が生えていて、それでちょこちょこと移動できるらしい。

 今までのトレントと違い、動きこそ鈍いが静かに滑るような移動を可能にする。

 ううむ、所詮はバレバレの擬態しか出来ないトレントだと思って油断したか。


 だが、ゆっくりと頭をもたげるのを黙って見ている手はない。

 ユズが軽々とトレントの上に飛び乗って、大振りのダガーでばさばさと枝を切り落とす。

 俺も刀を振るって、ざくりと幹を斬りつけた。

 流石に背丈が数メートルある杉の木を刀で一刀両断とはいかない。できても確実に刀身が歪みそうだ。

 トレントの様子からは、枝を落とそうが幹を斬りつけようが効いているのかわからなかったが、体力バーは着実に減っている。


「二人とも離れて! フレイムピラー!」


 クロードの呪文と共に、トレントは幹から炎をあげ、断末魔のようにバキバキ音を立てながらのたうち回った。

 炎があがる前に、ユズは身軽に飛び降りて着地を決めている。

 やはりトレントには炎の魔法が効果抜群だ。先に体力バーを削っていた甲斐もあり、ほどなくしてトレントは魔力に分解されて姿を消した。


「これだけ大きいトレントを燃やすとやっぱ派手だね。

 ……気付かれたかな?」

「どうかな。でも、いるのに気付かれたとしても、自分達が狙われていることには気付いていない筈だ」


 ドロップアイテムは、トレントの木材だ。

 木の皮もついたままの丸太のような木材だが、杉の木のツンとした爽やかな香りがする。


 ……これで箸とか作れないかな?

 木材は高騰しているが、探索士ならこうしてトレントから自力で手に入れることができる。


 なお、同じようにして三日月党も自力で触媒カードを作れるのではないか、とも考えられてしまうが、木材を加工してカード状にするには、道具と時間と技術が必要になる。

 カードそのものは普段なら安く簡単に入手できるので、自分でカードから作る触媒法使いは少ないという。

 できたとしても、品質が低いカードなら魔法の威力が低下したり、そもそも発動しないこともあるらしい。


「まあ、あまりトレントは相手にしない方が良さそうだな。可能なら避けていく方針で行こう」

「早く行こう。早く三日月党を見つけなきゃ」


 トレント相手に身体を動かしたからか、少し落ち着いた様子のユズが先を急かす。

 うなずいて、再び探索を再開した。




 それから何度か、魔物を撃退したり避けたりしつつ、三日月の迷宮を進んでいく。

 慎重にソナーをかけていくが、幸いなことに第四層まで到達してもクレセントベアの数はそう多くはなく、戦闘を避けて進んでこられた。


 三日月の迷宮には、トレントやブラックアント、そしてクレセントベアの他にもキラーリンクスという山猫の魔物が現れる。

 森の暗がりから鋭い爪で奇襲を仕掛けてくる、ユズと同じ奇襲アビリティを持った恐るべき魔物……なのだが、なんとユズは、こちらを狙うキラーリンクスに逆に奇襲を仕掛けていた。

 俺も気付かないうちにふらっといなくなったと思うと、キラーリンクスの頭上から襲いかかって仕留めてしまったのだ。

 キラーリンクスは三体いたが、奇襲がなければ狼達とあまり変わりなかった。


「ぼくを誰だと思ってるの? 元々、この迷宮を一人で斥候してたんだよ?」

「いや、それでもキラーリンクスを奇襲し返すのは驚きだよ……」


 にやり、とユズがキラーリンクスのような顔で嗤う。

 彼女の殺意は決戦に向けて鋭く研ぎ澄まされていくようだ。


 なお、キラーリンクスのドロップアイテムは柔軟で手触りのいい毛皮と、ナイフのように鋭い爪だ。

 毛皮は革鎧には向かないが衣類や防具の下地として人気で、爪は加工してそのままナイフなどに使われるらしい。


 先程のように近くに魔物がいないかを確認してからドロップアイテムをバックパックに入れ、ソナーを放つ。

 僅かとはいえこれも魔力を使うんだから、そろそろ三日月党が見つかってほしいな、と思いつつ反応を確認し──


「……いた。反応が六つだ」


 さっ、とユズとクロードに緊張が走る。

 互いに顔を見合わせ、ひとつうなずいてから、ポケットから勇儀王カードを取り出しお腹のあたりのディメンジョンポケットに落とし込んだ。


「行くかい」

「行こう」

「うん、行こう」


 そういうことになった。

次回予告

 三日月党のもとへ向かうユート達の前に、斥候のために離れたザイードが姿を見せる。

 ザイードへと攻撃を仕掛けるユートだが、ザイードに戦闘の意思は無かった。

 次回、第73話「裏切りの黒い影」

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