第71話 ここが最後の分岐点
大変長らくお待たせしました。私事で引越しなどありまして、遅くなりました。
次回よりは通常通りの投稿を再開できるかと思います。
また、モーニングスター大賞の第一次選考を通過しました。
応援してくださる皆様、本当にありがとうございます。
勇儀王が販売された頃、俺は自分の見通しの甘さを知った。
具体的に言うと、俺がジャベリンウルフを真っ二つにしたり、ご飯を炊いて飯テロしてる間に、アロンゾ達はただ勇儀王カードを作っているだけではなかったということだ。
たとえば、商談の時に試作品を持って行く。
おもむろにカードを取り出し、こう言うのである。
「ところで今度、このようなものを販売することになりましてね。
ほう、お目が高い、確かにこれは我が商会が懇意にしているあの画家の絵です。値段? いやいや、誰でも手に入る程度の価格ですとも、よろしければ一枚差し上げますよ。
ところで、これは見て楽しむだけでなく遊んで楽しめるゲームになっておりまして、どうです、丁度試作品が一セットあるのですが、試しにやってみませんかな?」
あるいは、探索士に持たせて酒場でこんなふうに話させる。
「よう、お前! 久しぶりだな、探索は順調か?
何、今度クレセントベアの革鎧を仕立てようと思ってる?
そいつは羽振りが良くて結構だがお前、クレセントベアってどんなのか知ってるか? ん、三日月の迷宮なんか行けねぇから知らねぇ、と。だったらよく見ろよ、クレセントベアってのはこのカードに描かれてる魔物だぜ。
あん、このカードは何かって? まあ俺もひょんなことから手に入れたんだけどよ、今度発売される新しいカードゲームらしいぜ。これがすげー面白いらしいんだけどよ……」
あるいは、あるいは。
「最近、勇儀王って流行ってるだろう。そう、ドラゴンの大牙亭でよくやってるあれだよ。
実は、プロの画家が描いたやつが発売されることになってな、二枚だけそいつを入手したんだ。ほれ、剣聖の……あれだよ、ガルバー……チラッ、チラッ。
もう一枚は何かって? いやいや、これもガルバーだよ、ほれ、まあ、ガルバーが……ごほんごほん、女の子……チラッ、チラッ。おーっとこれ以上は見せられねえなあー!」
あるいは、あるいは、あるいは。
こんな感じで勇儀王を広めていたのである。
いわばステルスマーケティングだ。
……ステルスとは何だったのか、という気もしなくはないが、TVやラジオが無いこの世界ではむしろこれが正しいマーケティングとも言える。
アロンゾの商会に行けば、ご自慢の印刷機を利用して作った「勇儀王発売まであと二日!」みたいな羊皮紙のポスターが貼ってあったり。
俺が知らない内に噂は広まり、期待は高まり、販売予定数は倍、倍、倍と更新され、印刷機はフル稼働。
発売前から大量の木材が消費され、それだけでは足りずに自由市場の無関係な職人の作った触媒カードさえ買い集められ、勇儀王発売前から木材の価格はうなぎ登り。
後の世に、勇儀王バブルと呼ばれる現象を起こしたのであった。
……いや、なんというか……
どうしてこんなことになってしまったんだ……!
という気分でいっぱいである。
なお、そんな中発売された勇儀王は、滅茶苦茶売れた。
アロンゾの商会は木材の高騰にも拘わらず木材を買い集めたため、もうこれが売れなければ比喩でなく死ぬしかない! という状況になっており、文字どおりの死に物狂いで売り込んだのである。
ゲームの進化を何世代かすっ飛ばして現れたこの新しいコンテンツは、結果的には他に類を見ないセンセーションとしてこの世界に受け入れられた。
さらに行商の商人達も荷馬車に勇儀王を満載して他の街まで広めに行き、この乗るしかないビッグウェーブはどこまでも──
……うん。
もう、俺、しーらないっと。
もはや、俺の手を遠く離れて雪山を転がり落ちる石のごとく巨大化しながら勢いを増す勇儀王について考えるのをやめ、三日月党との戦いに備えることだけを考える。
木材の枯渇は予想より早かったが、その枯渇が解消されるのは当初の予想よりも大幅に遅れ、二週間、いや下手すると三週間近く先になりそうだ。
現代と違い、輸送網は馬車しかないので、物や情報が届くには時間がかかるのだ。
とはいえ、一度定めた目標をずるずると先伸ばしにする気はない。
三日月党との戦いまでは……あと四日。
「あらっ、チョットお久し振りね、アルマちゃん!
今日はなぁに、防具のお手入れ? 三日月党との戦いが近いのね?
わかったわ、男前にしてア・ゲ・ル!」
「お、お手柔らかにお願いします……!」
シオンさんのところに足を運び、大事な命を守る防具を点検してもらう。
決戦まであと三日。
「こんにちは、アルマさん。最近、探索に出ていないようですね。
……え、私ですか? 私は普通にお休みですよ。刀作りの時に有休も使いきっちゃいましたし、でなきゃ工房の方にいられるわけないじゃないですか。
ほう、三日月党に挑むために英気を養っている、と。いつ挑みに行くつもりですか? ……明後日ですね?」
「僕の武器を、人を斬るために使うのは、悲しいことだ。
けれど、アルマ君が無事に戻らなければ、僕もシャリアももっと悲しい。きっと無事に帰ってくるんだよ」
ゲイルさんの工房で、武器の点検のついでに二人に激励を受ける。
決戦まであと二日。
「三日月に挑む、か。
……お前が隠していることを無理には聞かん。だが、今のお前の目は…… 兄貴に似ている。大事な戦いに挑む奴の目だ。
生きて帰ってこい。お前はまだまだ、おれの知らない料理を隠していそうだからな」
「……その前に店長に殺されそうなので手加減してもらえません?」
「既に十分している」
決戦前に身体を慣らすため、店長に軽く稽古をつけてもらう。
軽く死にそうになった。
決戦は──明日。
──そして、決戦の日の朝。
馬車に乗って森へ向かう……前に、俺だけティエナの工房に寄って霊薬をもらいに来たのだ。
危ない危ない、これが無いと切り札が使えないからな。
ギリギリで思い出してよかった。
『全く、前日にあれだけ確認したのに忘れていたとは……』
天龍だって『うむ、問題ないな』とか言ってたくせに。
案外、俺も天龍も緊張しているのかもしれない。
「旦那、お待たせしやした。こいつをどうぞ」
「ありがとう、いつも助かる」
ぱたぱたと足音をさせて、ティエナが持ってきた霊薬を受け取る。
一服で二時間、色々試したがこの処方が一番いい。
それを念のために二本。
ティエナはいいと言ったのだが、霊薬の代金は先に払ってある。
結構な出費だったが、必要経費だ。
「あの、それでですね、旦那。これから大事な用事に出かける、ってえ時にあちしの所に来たのも何かの縁ってやつだと思うんでさぁ。
旦那の無事を願って、やってみてぇおまじないがあるんですが……」
「ああ、背中にカチカチッてやるやつか。古風だなぁ」
「へぇ、旦那、ご存じで?」
ティエナが火打ち石を持っているのを見て、ぴんときた。
時代劇で見かける、妻が夫の出がけにやったりするやつだ。
……これも絶対、地球から伝わった風習だよな。
この世界には今まで、何人の転生(あるいは転移)者がいたんだろう。
「それじゃ…… 背中、向けてもらえやすか?」
「ああ、いいよ。やってくれ」
くるりとティエナに背中を向ける。
ところで時代劇で見たことはあるけど、これってどういう謂れがあるおまなじないなんだろうな。
無事を祈るというか、武運を祈るみたいな感じでやるけど、異世界でやっても効果があるのだろうか?
「…………っ……」
「……ティエナ? ……っ、と……!?」
突然、とすん、と背中に軽い衝撃を受けた。
ティエナが後ろから俺に抱き付いてきたのだ。
レザージャケットとはいえ防具の上からなので、柔らかいとか暖かいとかあまり感じなかったのは幸か不幸か。
少なくとも、あまり取り乱さず冷静ではいられた。
「ど、どうしたんだ? ……ティエナ?」
「……旦那、やっぱりやめやしょう。
いいじゃあねぇですか、ユズお嬢さんのお気持ちは察しやすが、自分の手で復讐なんて、そんな危険なことをしなくても。
よしんばお嬢さんがやる方ねぇとしても、旦那にゃあ、あのおっかないのとやり合う理由なんて、無いじゃあねぇですか」
「……ティエナ」
それは今更で、何度も言われたし、考えたことだ。
だが、俺が止めてもユズはもう止まらない。
たとえば今、俺とクロードが不意にいなくなったとしたら、ユズはそれでも一人で三日月の迷宮に行き、そして死ぬ。
「忘れちまえばいいんです。全部忘れちまって……
そうだ、あちしと一緒に遠くの街へでも逃げるのはどうでしょ? 探索士なんてやめちまって、小さな薬屋でも開いて、二人で一緒に、暮らすとか……なんて、その……」
ごにょごにょと、ティエナの声が次第に小さくなる。
俺の身体に回された腕に、ぎゅっと力が入った。
きっとティエナにもわかっているのだろう。
あれこれ理屈をつけたって、結局はそれを受け入れられるどうか、だ。
ユズは、仲間の仇を打たないことを受け入れられない。
俺は、ユズを見殺しにすることを受け入れられない。
そしてティエナは、それでも俺にそれを忘れさせることを……受け入れられるような奴じゃない。
引き返すならここが最後。まさに運命の別れ道。
だが、もう行く先は決まっているのだ。
「ティエナと一緒に店をやるのも、悪くはないよな」
「じ、じゃあ……!」
「でも…… ごめんな、止める気はないんだ。
心配してくれるのは嬉しいけど、そういうのは本当に好きになった相手に言ってやってくれ」
「っ……!」
ティエナが、背中で息を飲む。
「そろそろ、行かないと。頼むよ、離してくれ」
「……わかりやした」
ゆっくりと、ティエナの腕が解かれた。
カチャ、とサングラスを上げる小さな音がして、軽く鼻をすすりあげる音がする。
次いで、カンッ、カンッ、という火打ち石の音が鳴り響いた。
「無事のお帰りをお待ちしておりやす。お気をつけて!」
「ありがとう。いってきます」
軽く手をあげ、歩き出す。
今更ちょっと気恥ずかしくなって、俺は振り返りもせずに早足ぎみで乗り合い馬車の停留所へと向かった。
『ユートよ、あの小娘はお前に惚れているのではないか?』
いきなりなんだ、天龍。
いや、確かにティエナとは親しくしているが、好きとか嫌いとか、そういうのはそう簡単に測れるものではない。
軽々しく判断するのは、ちょっとしたことで相手が自分に気があるのでは、と思い込んでしまう中二男子のごとき所行なのだ。
『ふむ、確かに私は人の恋愛というものに詳しくはないが……
何なら、天龍眼で好感度を確認することもできるぞ』
そういえばそういうのあったな。
いやしかし、あれはかなり負担が大きかったはずだし、今それをやってダメージを受けてしまう訳にもいかない。
それに、好意を持っているかどうかと、恋愛をしているかどうかはまた別のものだと思うのだ。
というか、相手が自分をどう思っているかなんて、それがゲームならまだしも…… 現実にそれを逐一確認してしまうのは、なんというか、誠実さに欠ける気がする。
必要な時に使うことを否定する訳ではないが、今はその時ではないだろう。
『そういうものか。……私は、絶対そうだと思ったのだがな』
天龍もそんな話題に食い付くんだなあ……
そもそも、ティエナに惚れられるような理由が無い。
『それはだな…… いつぞや、あの娘の眼を綺麗だと褒めたではないか?』
うっかり、風呂上がりで着替え中のところを見てしまった時のことか。
……ティエナの裸をちょっと思い出してしまいそうになり、軽く頭を振る。
いやしかし、そんなことで人を好きになってしまうチョロいヒロイン、略してチョロインなど創作の中にしかいないだろう。
俺も、都合の良いところだけ台詞が聞こえなくなる難聴系主人公なんかじゃないんだから、そんな好意を向けられているなら気付くはずだ。
下手な勘違いは自分を傷付けるだけである。
『さて、勘違いかどうなのかはわからぬが……
……なあユート、もしやお前、その手の勘違いで恥をかいた経験でもあるのか?』
いや、まあ…… 昔、ちょっとな。
俺だって中学や高校の頃は、自分や周囲にそうした浮ついた話のひとつふたつはあったのだ。
結局、女子と付き合うようなことはなかったのだが。
まったく、これから命がけの戦いだというのに、天龍のせいで妙な空気になってしまった。
気持ちを切り替えて、気を引きしめていかないとな。
三日月党は強敵だが、まだまだミーシャの誕生日、ココノに宣告された何かがある。天龍も探しに行かなければならない。
奴等など、いわば中ボス。ここでつまずくわけにはいかないのだ。
目指すは、奴等の狩り場。
ラディオン最後の迷宮── 三日月の迷宮だ。
次回予告
ユートたちはついに決戦の場所、三日月の迷宮へと足を踏み入れる。
ソナーを頼りに、魔物達と戦いながら、奥へ奥へと向かってゆく。
次回、第72話「三日月の迷宮」




