第70話 ご飯を食べよう
「ふんふふふふふん、ふっふっふーん」
今日の献立に悩む主婦達に送るお昼の料理番組で流れていそうなメロディを口ずさみつつ、しゃきしゃきと米を研ぐ。
指でかき混ぜるのではなく、水は少な目にして手のひらで押すようにするのがポイントだ。現代の米なら別にそこまでしなくていいんだけどね。
本当はこのあと水に浸けて三十分以上は置いておきたいところだが、今回は自分が待ちきれないのでそれはパスする。
しかし米というか、正確には玄米だな、これ。
鳥の餌のために精米などしているわけがなかった。
先に精米しておきたいところだが…… 精米ってどうやるんだっけ、精米機とか無いし、作り方も原理もわからん。
なので、念入りに研いでおくしかない。
「ふむ…… 随分、念入りに洗うんだな」
「洗っても、鳥の餌は鳥の餌だと思うんだけど……」
米を研ぐ俺の手元を、店長は興味深そうに、ミーシャは疑り深そうに覗きこんでいる。
昼時で忙しいのだが、無理を言って大牙亭のキッチンを借りたのだ。
まあ、大牙亭は探索士がメインの客層なので、探索士が迷宮に出かけている昼は夕方と比べてそれほど混雑する訳ではないのだが。
研ぎ水が十分に綺麗になったら、一旦水を切って鍋に入れる。
さらに、米より少し多目の水……今回は、マグカップに二杯分の米に、水が二杯と半分……を入れて、蓋をして強火にかける。
米の炊き方といえば、始めちょろちょろ中ぱっぱ、そして必殺おき火むらしィーッ! というのを誰しも聞いたことがあると思うのだが、最近は実はそうでもない。
ネットで作り方を検索すると、強火で沸騰させて、あとは弱火でことこと10~15分、最後に数秒だけ強火、というのが定番だ。
とりあえず、米が炊けるのを待つ間におかずを用意しよう。
何となれば塩をかけるだけでも行けるのが白米だが、今回は野菜炒めだ。
「材料は使っていい。やってみろ」
と店長が言うので、お言葉に甘えて使わせてもらう。
キャベツ、人参、もやしなどを一口大にざっくりと切り、豚肉を同じように一口大に切る。
味付けはシンプルに塩コショウだ。欲を言えば味噌か醤油か焼き肉のタレが欲しいが、無いものはしょうがない。
「おや、アヅマ。君、料理なんて出来たのかい?」
「ああ、少しくらいはな。……クロードも食べてみるか?」
「ふむ。じゃあ、お願いしようかな」
材料を用意しているうちに、外に出かけていたクロードが帰ってきた。
聞いてみてから店長に確認したが、構わないということでクロードのぶんの材料も用意する。
……なんとなく予感がしたので、用意するのは三人ぶんだ。
ざくざくと材料を切っていると鍋が沸騰してきたので、火を弱火にする。
……うん、米の炊けるいい匂いがふわっとしてきた。
どうやら、美味しく炊けてきたようだ。匂いでわかる。
鳥の餌にしておくには勿体ないお米だな。
店内の客もこの匂いに気付いたようで、かぎ慣れないご飯の香りに少しざわついていた。
「あら、匂いは結構…… 美味しそうなのね」
「うむ、仄かに甘い香りだな」
外国人にはこの匂いが苦手な人もいるという話だが、こちらの世界では概ね好意的に受け止められているようだ。
10分の砂時計を鍋の前でひっくり返しておく。この砂が落ちたら仕上げをして火を止めて、あとは蒸らしでいいだろう。
さて、改めて野菜炒めだ。
ここのコンロは業務用で火力も強い。強火でザッと仕上げてしまおう。
中華は火力が命!
調理に取り掛かろうとした時、からからんとドアに取り付けられたベルが音を立てて、ユズが帰ってきた。
「たっだいまー。……あれっ、なんだかいい匂いがするね?」
「おかえり、ユズ。昼食を作ってるんだが、ユズも食べるか?」
「アズマが作ってるの? それじゃぼくももらおうかな、この匂いをかいだら、なんだか急にお腹が減ってきたよ」
まあ、こうなる気がしていたんだ。
材料は既に用意し終えているので、コンロにフライパンをかけて強火で熱し、油を引く。
そこにキャベツ、人参、もやしを投入すると、野菜の水分が一気に蒸発してジャァッ! と小気味いい音がした。
しっかし火力強いな!
額に汗しながら、てんこ盛りの野菜を木べらでかき混ぜ、手首をきかせて食材をあおって均一に火を通す。
食材をたっぷり乗せた鉄のフライパンに、片手であおりを入れるのは結構重くて大変なのだが、今となっては軽いものだ。ステータスアップの恩恵を感じる。すごく感じる。
今ならチャーハンもこぼさずにあおってパラパラに作れそうだな。
プロの作るようなパラパラチャーハン、実に心引かれるがそれはまた次の機会ということで。
野菜がしんなりしてきたら、今度はそこに豚肉を投入。
そしてすかさず塩コショウを振る!
ばーっと豪快に、ご飯のおかずにする予定なので濃い目の味付けでさっと振り、一気にかき混ぜる。
野菜をかぶせて肉を蒸し焼きにするつもりで木べらを入れ、がっしがっしとフライパンをあおって満遍なく火を通していく。
あまり時間をかけて火を通すのは禁物だ。
水分を飛ばしすぎたり、火を通しすぎたりすると、固くなったり焦げたりして美味しさを損なう。
火はしっかりと通しつつ、水分と食感を残しているタイミングを見極め、フライパンを引き上げて大皿に盛り付けて完成だ。
「なんだか派手な料理だったわね! ……フライパンとかコンロを痛めたりしてない?」
「……お前は、おれの知らない料理を知っているようだな」
「……少し食べます? 大雑把な男の料理ですけど」
「ああ、もらおう」
「私も!」
取り皿に少しだけ野菜炒めを取り分けて、店長とミーシャに渡す。
二人ともフォークですくって食べているが…… 箸が欲しいな、これ。
木を削れば自作できるし、今度自分で作ってみよう。
「うーん、これ、かなりがっつりした料理よね。お野菜なんだけど、お肉や油が絡まって食べごたえがあるっていうか」
「うちでも出せそうな料理だな。……だが少し辛すぎる」
「お酒のあてにするならいいんじゃない?」
「ご飯のおかずにするんで、濃い目にしてあります」
「……成る程な」
自分でも試しに一口、味見してみる。
うん、キャベツももやしもシャキッとしてて、薄切りした人参も火が通って柔らかくなっている。
肉にもちゃんと火が通ってて、かなりいい出来映えだ。
やっぱり火力があると違うな。
炒めるときに塩コショウを少し控えて、醤油をさっと垂らすと、香りと味に深みが出るんだけど、無いものは仕方ない。
流石に発酵食品となると、作ろうにも難易度と時間がな……
ともあれ、料理は熱いうちが華だ。大皿に盛った野菜炒めを持っていく。
野菜は火が通るとかさが減るから大した量には見えないが、流石に三人分だし結構な量だぞ、これ。
まあ、ユズは小食だし、俺が1.5人前は食べるつもりで作ってはいるんだけどさ。
「お待たせ、まあ先に食っててくれ。好みでソースやお酢をかけてもうまいぞ」
「お酢かい? 温野菜みたいなものかと思ったけど、なんだか不思議な料理だねぇ」
「野菜とお肉を一緒に焼くなんて、ありそうな料理だけどね」
などと言っているが、一口食べたクロードの様子を見る限り、反応は悪くないようだ。フォークを動かす手が止まらない。
ユズは味がわからないのであてにはならないが、普通に食べてはいる。
さて、それはともかくご飯だご飯!
鍋の前に戻ってみると、砂時計の砂は落ちきっていたので、つまみを捻って数秒だけ強火にしたあと、コンロの火を止める。
くつくつと煮えていた鍋が静まる寸前に、ふわっ、と一際大きな湯気を吐き出して消えていく。
ああ、鼻腔をくすぐるご飯の香り!
今すぐ蓋を取ってしまいたくなるが、しばし待て。
五分の砂時計をくるりと返し、蓋を置いたまま蒸らす。
「……あれ、どうしたの? 蓋を取らないの?」
不思議そうに聞くミーシャに、しー、と人差し指を口元に当てる。
今、炊き上がった米が鍋の中に充満した水蒸気を吸い込んでいるのだ。
これをしないと、余分な水分が残ってしまい、べちゃっとなってしまう。
かといって、長く蒸らしすぎても固くなる。
最近の炊飯器なら、蒸らしも工程の内に入っているのだが、もちろんただの鍋にそんな特殊機能はない。
本当は10分くらい蒸らすべきなのだが、うむ、もはや待ちきれない思いがいっぱいなので、妥協して5分だ。
じっと、五分待つ。
米の匂いに引かれてか、店長にミーシャ、さらにカウンターの向こうから何人かの客が覗きこんで、みんなでその時を待つ。
あと、十、九、八──
──ひゃあ、我慢できねえ、ゼロだ!
ばっ、と蓋を取った途端、鍋の中からぶわっとご飯の香りが吹き出した。
水蒸気が吹き出す、じゅぅ、という音がする。
早速、しゃもじがわりの木べらを差し込んで、鍋の底からひっくり返すようにかき混ぜ、底の方に充満した水蒸気を開放してやる。
立ち上る湯気とご飯の香りに、おお、とどよめきが上がった。
蒸らしが短かったぶん、しっかりとご飯を切って余分な水分を飛ばし、その後に茶碗に盛る。
茶碗とはいうが、その正体は鍋料理を取り分けるために使われる木のお椀だ。大きさと形がちょうど良かったので使わせてもらった。
炊いた米はおよそ三合。大きめの茶碗に三杯で丁度いい量だ。
自分のぶんは大盛りに、ユズのぶんは小盛りにしてある。
「な、なあミーシャちゃん、それ新しい料理なのか? 何ダイムで食わせてくれるんだ?」
「お、俺も! なんかほわっとしていい匂いじゃねえか!」
「ええっ!? これはうちの料理じゃないし、その……出せないわよっ!?」
ご飯の香りにたまらなくなった客がミーシャに詰め寄って、何やら騒ぎになっているが、今の俺には知ったことではない。
茶碗をトレイに乗せて、クロードとユズが野菜炒めをつつくテーブルに持っていく。
「……アヅマ、これ、美味しいんだけど味付けが濃くて喉が渇くというか、なんというか……」
「そんなクロードに炊きたてご飯だ。これと一緒に食ってみてくれ」
「……あっち、なんか騒ぎになってるけど、いいの?」
「だが、あえて…… 食うっ! いただきます!」
ぱしん、と両手をあわせていつもより気合いの入ったいただきますを言い、フォークを手に取る。
そして、湯気を立てるほかほかご飯をぱくり。
クロードとユズも、俺を真似するようにぱくりとご飯を口に入れた。
「んん、これは何と不思議な…… 優しい甘み! この料理の濃い味付けに合うね。食が進むよ!」
「何だろこれ、食べたことない不思議な食感……?」
クロードは美味そうに野菜炒めとご飯をもりもりとかきこんでいるが、ユズは不思議そうに小首を傾げている。
まあ、あれだな。
水を多めにしたとはいえ、研いだあと米に水を含ませる行程も省いたし、蒸らしも不十分。精米もされてなかったせいか、十分研いでもぬかを取り除ききれていなかったようだ。
いいとこ40点くらいのご飯だ。
だが、この味、この香り。
日本人の心の琴線を爪弾かずにはおれない味覚。
まさに、これこそ日本の味。
野菜炒めとかなくても、久しぶりに食べるこの味だけで三杯は軽い。
うん、うまいな。
お米、うまいなあ。
……米…… 本当にうまいなあ……
「ち、ちょちょちょっ、アズマ、アズマっ!? だ、大丈夫……!?」
「……ん? 何がだ……?」
「いや、何がも何も、いきなり泣き出したら心配するよ!」
「おお……?」
頬に手を触れてみると、確かに熱く濡れていた。
ご飯を食べながら、知らず知らずに涙を流していたらしい。
だが食う。
泣きながら、野菜炒めとご飯を交互に口に入れる。
ちくしょう、この野菜炒め、塩をきかせすぎたぜ。
ひたすら食う。
ユズとクロードがぽかんと見ているのを尻目に、一粒残さずご飯を食べた。
「……えと、良かったらこれ…… 食べる?」
「ああ。ありがとう」
ユズの差し出したお茶碗を受け取って、さらに食う。
おかわりがある至福。
感謝っ…… もはや感謝の気持ちしかないっ……!
感謝の気持ちをもって、一粒残さず食べるっ……!
やがて俺はフォークを置き、ぐっとお茶を飲み干して一息をつく。
全身に、ぶわりと汗が吹き出ていた。
「ごちそうさまでしたっ……!」
両手をあわせて頭を下げる。
食に感謝する行為。
今、俺はこれ以上ない感謝の念に満たされていた。
やっぱりお米はうまいな!
それにしても、我ながらまさか泣くとは……
ココノには完璧にしてやられてしまったな。
「今日はまた一段とよく食べたねえ……」
「いきなり泣き出すんだもん、びっくりしちゃった。
……でも、その白いのって何だったの? 初めて見たんだけど」
「ああ、米だ」
「…………こめ?」
「俺の故郷では主食なんだが、どうもこっちの方だと──」
「──だから、出せないってば! だってそれ、鳥の餌なのよっ!?」
折よく……というか、折悪くというか……米を食わせろと詰め寄られたミーシャがそう叫ぶ。
それを聞いて、まだ食べていたクロードが勢いよくご飯を吹き出した。
『……ユート、そろそろ落ち着いたか?』
落ち着いた。
すごく落ち着いた。
ちなみに、正体が米だと知れると「いや、いくら美味しそうといっても鳥の餌は……」みたいな空気になって、騒動は一段落した。
やはり家畜の餌というイメージが強いらしい。解せぬ。
米がこんな地位に転落したのは、適した調理法がわからなかったから、だと思われる。
麦と同じように粉にしても、米にはグルテンが含まれていないのでパンは焼けないし、そのまま焼いても食べられないし、煮込めば大量に煮汁を吸い込んだ上に、炊飯ボタンと間違って保温ボタンを押してしまった時のようにバサッとした不味いご飯になる。
そう考えると、米ってのも随分と手間のかかる食材ではあるよな。
店長だけは一口食って「……美味いな」と言ってくれて、野菜炒めを店のメニューに取り入れたいと言ってくれたが、米の方は店のメニューとして追加することはできないという。
ただし、キッチンを借りて米を炊くことは許可してくれた。
ええい、こうなったら美味そうなメニューを作って、大牙亭の客をご飯の虜にしてやろう。
チャーハン! 丼もの! パエリア! リゾット! 炊き込みご飯! 正に飯テロ!
米を食う文化をここから根付かせてやるのだ!
くくく、いつまで米食を否定していられるかな……!?
『いや、だから落ち着け。
確かに、以前から折に触れてコメだのショーユだのが欲しいとは言っていたが、テンション上がりすぎだぞ、ユート。
さっきからずっと、あの神官の男がお前を待っているというのに』
……ん?
天龍に言われて目をやると、いつの間にやらガイウスがカウンター席に座ってお茶をすすっていた。
「……………………」
俺が彼に気付くと、彼は軽く会釈して席を立ち、近付いてきた。
……一体いつから待たせていたんだ?
『さっき、米を蒸らしていた時に覗きこんでいた中にいたのは確かだな』
そこからいたのかよ!
ずいぶん長く待たせてしまったようだ。声くらいかけてくれればいいのに。
「ルティアから伝言がある」
「伝言?」
「木材の枯渇が始まっている。機を逃さぬよう、と」
低く、小さい声でも不思議によく届くガイウスの声に、さっと緊張が走った。
木材が枯渇し触媒カードがなくなれば…… 三日月党との決戦は秒読み段階だ。
「……早すぎないかい? 勇儀王の販売もまだだろう?」
「詳しくは……私にはわからない。でも、あれはカードを沢山使うから……」
薄くて軽い木とはいえ、一デッキ30枚もあるからな。
俺が作ったのは一デッキ40枚だったが、遊びやすさと携帯性を考慮して、製品版は一デッキ30枚のルールになる予定だ。
それを何百枚も何千枚も、ブースターパックを含めると下手すれば一万枚以上も作るとなると、木材の消費もかなりのものになるのだろう。
さて、本格的に木材が枯渇するまで、数日はかかる。
三日月党は明日も探索に赴き、明後日に休みを取る。向こうの魔法使いが触媒カードの入手に困るのはその次の休み、五日後になるだろうか。
さらに次の休み…… 八日後を待てば、流石に木材の枯渇も快復してくるだろう。
ならば、最適のタイミングは……触媒カードの入手が可能になるであろう、その八日後の直前。
「わかった、ありがとう。それなら…… 決戦は七日後にする。ガイウス達も準備していてくれ」
「…………!」
ガイウスは神妙な顔でこくりとうなずき、一礼して去っていった。
具体的に見えてきた決戦の時に、俺たちは恐怖にも似た緊張感を覚えるのであった。
それから三日後、勇儀王の一般販売が開始された。
そして、俺は自分の読みの甘さを知ることになるのである。
次回予告
勇儀王が発売され、事態は一気に決戦に向かって進行していく。
もはや引き返せぬ最後の道を前に、彼女はその腕を伸ばして己の望みを引き留めようとした。
次回、第71話「ここが最後の分岐点」




