第69話 白い禍、白い幸
「ふん、不埒な目をしておったから仕置きをしてやったのだ」
白い獣人の少女……ココノは、扇子を手にして口元を隠しながら笑う。
いや違う、この少女は人ではない。魔物なのだ。
まるで獣人にしか見えない、人の言葉を操り、街中に現れる……しかもとんでもなく高レベルの魔物……!
立ち上がってミーシャを背中に庇い、腰に手をやる……が、刀はさっき修理に出したところだった。
「お前は一体何なんだ? なんでこんなところに……!」
「は、勇ましく吠えるものよ。そんなに頭にきたか? くくくっ」
「うるさいっ、元に戻せっ!」
「吾が貴様の言うことを聞くとでも?
それとも、か弱い吾に力尽くで聞かせてみるか」
「このっ……!」
こいつが天龍に何をしたのか分からないが、このままにはしておけない。
それこそ、力尽くでも……!
「こらっ!!」
「いたっ!?」
拳を構えた途端、後ろのミーシャに思いっきり頭をはたかれた。
流石に本物の店長ほどではないが、強化魔法がかかってて痛い!
怯んだ隙に、背中に庇っていたミーシャが前に回り込んで、両手を腰にあてて胸を張る。
「ダメじゃない、アルマさん! こんな小さな子に何する気!?」
「いや、でもこいつは……」
「でもじゃないでしょ、子供に怒鳴っちゃダメよ。ちゃんと謝りなさい」
「むぐっ、いやしかし……」
「ごめんなさい、は?」
「……ご、ごめんなさい」
「私じゃなくて、この子に謝るの!」
「…………ごめんなさい」
あっれ。なんだこれ、何で俺が謝って……!?
いやしかし、小さい子供を怒鳴り付けるのは確かに良くないが、そもそもこいつは小さな子供では……!
怒りを削がれた俺が居たたまれない思いをしていると、ミーシャはそいつの前にしゃがみこんで視線をあわせ、にっこり微笑んで頭を撫でた。
「私からも、ごめんね。このお兄ちゃん、いつもは優しい人なのよ」
「ええい、頭を撫でるな! 子供扱いするでない!」
ぱしんと扇子で手を払われるが、ミーシャはにこにこと微笑んだままだ。
このレベルの魔物に本気で振り払われたら、いかに勇者といえど今のレベルでは骨が折れてもおかしくないのだが……その様子は無い。
「ねえ、あなたお名前は? 私はミーシャよ」
「ふむ、まず自分から名乗るとは、そこの者とは違って礼儀を知っているな。
ならば答えてやろう。吾はココノである」
「ココノちゃんね。さっきはぶつかってごめんね。
……でも、ココノちゃんも物を投げちゃダメよ。危ないでしょ?」
と、扇子を持ったココノの手を優しく握る。
「いや、あれは奴の目がだな……」
「……アルマさん、いやらしい目でもしてたの?」
「してないよ!? 普通だよ!」
振り向いて疑惑の眼差しを向けるミーシャに全力で否定する。
流石に小学生くらいの相手をそんな目では見ないよ!
「でもね、ココノちゃん。いくらあのお兄ちゃんがいやらしい目をしてたからって──」
「だから、してないって!?」
「──してたからって、物をぶつけるのは悪いことよ」
スルーされた!?
ミーシャにそんなふうに思われるとは…… く、思った以上にショックだ。
「悪いことをしたら、ちゃんと謝らなきゃ。ね?」
「いや待て、それはあやつがだな……」
「理由があっても、悪いことは悪いことだわ。
ココノちゃんは、ちゃんとごめんなさい出来るわよね?」
「むぐっ……」
あくまで優しく、しかしきっちりと言い含めるミーシャに、流石のココノもばつが悪そうにしている。
更に、ね、とミーシャに念を押されて、半ば睨み付けるかのように俺の方を見た。
「……一応、謝っておいてやる。すまんな」
「あ、ああ……」
「ふふっ、よくできました」
「だから頭を撫でるなっ!?」
なんだこの空気。
恐るべき魔物も、ミーシャにかかれば形無しだな。
うわ勇者つよい。
結局、散らばった荷物を拾うのさえ手伝わせてしまい、どうにも戦うとか危険だとかいう雰囲気ではなくなってしまった。
いや、しかし天龍が…… うーむ……
「案ずるな。その目は一時的に塞いだだけだ。少しすれば戻るだろう」
「そうなのか? ならいいんだが……」
「それにしても、この吾に荷物拾いをさせるなど……
まったく、今代の勇者は変な奴だ」
「ミーシャは普通の女の子だよ……って、待て、お前勇者のことを知ってるのか!?」
「無論だ。吾にわからぬはずがない」
本当に……こいつは一体何者なんだ?
ただの魔物とは思えない。
少なくとも、今は敵意はないようだ、が……
「拾ってくれてありがと、ココノちゃん。
ところで、お父さんかお母さんは? 近くにいないの?」
「だから子供扱いするなと言うに。父も母もおらん」
「それじゃ、一人でおつかい? 偉いわねぇ」
おお、この話のズレっぷりよ……
彼女に保護者などいようはずもないし、下手すると本当に父も母もなく迷宮の魔力から生まれてきた可能性すらある。
オーバーフローして外に出てきた魔物は、普通に子供を産んだりするらしいけど……
「まあ、もうそれでよい…… 時に、勇者よ」
「あはは、私はユーシャじゃなくてミーシャよ?」
「……まあいい。貴様、もうすぐ十八の歳になるだろう?」
「ええ、来月に。……なんで知ってるの?」
「ふふ、吾は占術が得意なのだ。その程度を知ることなど造作もない」
「占術……って、占い? 私を占ってくれるの?」
得意気に胸を張るココノに、ミーシャが楽しげに瞳を輝かせる。
女の子は占いが好き、というのはこの世界でも一緒のようだ。
……いや、魔法のある世界の占いは、コールドリーディングやら何やらのテクニックを使う、詐術じみたものとは違うのかもしれない。
「うむ、心して聞け。
貴様の十八の歳を祝う日、そこに訪れたものが貴様の人生を大きく変えるだろう。それは、長い月日を貴様のために待ち続けた者だ」
「私のために……長い間、待ち続けた人?」
「……ミーシャの、店長以外の家族とか?」
かつて聞いた、北の勇者アルバノートがミーシャの父親だとするなら、そのアルバノートと彼の妻はドラゴンと戦って死んだとされている。
だが死んだことが確認されたわけではないから、もしかしたら……
「ううん、私の家族はおとうさんしかいないわ。
ねえ、ココノちゃん、それって誰のこと?」
「さてな。その時に確かめてみるがよい。
……それと、貴様。……なんだ、うまく名前が読み取れぬ。自分で名乗れ」
「俺か? ……阿妻優斗だ」
「阿妻……いや、優斗。優斗か。ふむ、成る程な……」
俺が名乗ると、ココノは納得したように頷きながら呟いた。
読み取れない……というのは、普段なら占術で天龍眼のように名前を読み取れるということだろうか?
下の名前で呼ばれるのは天龍以来だな。
「うむ、優斗よ。貴様は、勇者が十八を迎える前にこの街を出た方が良い」
「だから私はミーシャだって。
……って、ええっ!? それじゃ、アルマさんは私の誕生日の前にいなくなっちゃうってこと?」
「なんでまた、そんなことを言うんだ?」
「この街に止まれば、大きな出会いと別れが待っている、と出ている。
……それに、今街を出れば、吾と貴様は生涯二度と出逢わずに済む。意味はわかるな?」
「……………………」
獣人の姿をして街に入り込むLv85の魔物と出逢わずに済む。
それはなかなか魅力的な提案だが……
……これ、ミーシャの誕生日に何かが起こる、って意味じゃないか?
というか……
「ああ、勘違いするなよ。吾は何もせぬ。明日にはこの街を出るつもりでいるくらいだ」
「……そうなのか」
それならいい……のか?
まあ、それが本当なのかどうか、そもそもこの占いとやらがどの程度当たるのか、疑問は尽きないのだが。
「まあ、ミーシャの誕生日は俺も祝うつもりだから、心配しないでくれ」
「そうなの? あ、でも占いの結果も不吉だし、その日だけ遠くに行っておくとか……」
「大丈夫、平気だ。……次に会った時には、占いは外れたぞ、と言ってやるさ」
「くははは! 意気がりおる。後悔するでないぞ!
その度胸に免じて、最後にもうひとつだけ占ってやろう」
すっ、とココノが扇子を手にした腕を上げ、脇道を指す。
「その道に入り、二番目の辻を左に曲がれ。
そこから右手側の、三番目の店に入ってみるがよい。貴様が涙を流して喜ぶものが見つかるだろう」
「……えらく具体的な占いだな」
「そこに何があるの? ……って、あれ?」
俺とミーシャが扇子の指した先を見たのは、ほんの一瞬だった。
だが、その一瞬の間にココノの姿は消えてなくなっていた。
本気を出したユズばりの姿の消しかたである。
まるで狐につままれたかのような顔をして、俺とミーシャはしばらく立ち尽くし、互いに顔を見合わせた。
しばらく辺りを見回してココノがいないことを確かめた後、俺とミーシャはココノが示した通りの場所に向かうことにした。
脇道にそれて二つ目の辻……二つ隣の通りは、やや薄暗く雑貨店などが軒を連ねている。
そこを左に曲がって、右手にある三つ目の店……
「……って、ここ……?」
「アルマさん、鳥でも飼うの……?」
色とりどりの鳥籠と、様々な鳥が連なっているその店は、鳥専門のペットショップのようだった。
見ているぶんには綺麗だが、生き物を扱う場所特有の独特な匂い……獣臭さも感じる。
ここに、俺が涙を流して喜ぶものがある……?
「……やっぱり占いなんて、あてにならないんじゃないか?」
「まあ、試しに入ってみたらいいんじゃない?」
半信半疑……というか、もう無信全疑くらいの気持ちでミーシャと顔を見合わせつつ、試しに中に入ってみることにした。
中に入ると、様々な鳥の鳴く声がしてなかなかにやかましい。
地球にもいたような気がするもの、いなかったような気がするもの、どこかで見たような気がするもの……あ、これ大樹の迷宮にもいたハミングバードだ……色んな鳥がいる。
「うわ、結構賑やかなのね! あっ、あの鳥綺麗よ!」
言われてミーシャが指差す鳥を見てみる。
丸っとした小鳥で、嘴は長く、腹は赤くて頭や背中側が美しい翡翠色だ。カワセミ、という名前がポップアップしている。
……ん? 視界に名前が浮かび上がっている……?
『……ユート! ようやく繋がったか。
どうした、何があった? ここはどこだ?』
天龍! 天龍か!
良かった、天龍眼も元に戻ったか…… 心配したぞ!
『それはこっちの台詞だ。急にせき止められたかのように、魂の繋がりが薄くなって声や視界のやり取りができなくなったのだ。
一時的なもののようで、先程自然に回復したがな。
おそらく、魂魄魔法による干渉だろう。何があった、無事か?』
ああ、何ともない。無事だ。
何があったかは、また後で詳しく説明するが……
「……アルマさん? どうしたの、大丈夫? ……泣いてるの?」
「え?」
心配そうなミーシャがハンカチを手に俺の頬に手を伸ばす。
濡れた目元をそっと拭われて、ようやく涙が浮かんでいることに気付いた。
「ココノちゃんの占いって凄いのね、ほんとにアルマさんが泣いちゃったわ」
「ああいや、これはそういうのじゃないんだ。大丈夫」
ココノめ、何が泣いて喜ぶものが見つかるだろう、だ。
天龍との通信が回復するまでの時間を計算して適当に言ったのに違いない。
「いらっしゃい。鳥を探しているのかい?」
もう昼も近いし帰ろう、とミーシャに提案しようとしたが、タイミングよく機先を制するように店の人に声をかけられた。
「いや、そういうわけじゃないんだが」
「じゃあ、檻や餌を探しているのかな。うちの餌ならよく食べてくれるよ」
いや、そういうわけでもないんだが……
と言いかけたが、その餌を見た途端、俺は言葉を失った。
鳥の餌にもいくつか種類があるのだが、その中に穀物が用意されている。
穀物である。
イネ目である。
イネ科である。
「こ…… こ、こ、こ……!」
「……ニワトリの真似?」
「米だーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」
俺の上げた大声に、店員とミーシャがびくっと身をすくませて飛び上がり、店内の鳥たちが一斉に鳴き喚き暴れだして鳥籠を大きく揺らした。
だがそんなことはどうでもいい。
お米じゃ! お米様のご光臨じゃ! 今までどんなに探しても見つからなかったお米じゃ! 宴の準備をせよ!
いや待て! 天龍、天龍眼を開放するんだ!
この米はジャポニカ米か!? もち米か!? 日本人の口にはちょっぴり合わないタイ米か!? それが問題だ!
『おい、ユート、落ち着け……おい、本当に落ち着け、ユート!
まあいい、一秒でいいな? 行くぞ?』
天龍眼、開放ッッ!!
……ぃよおおぉし! 炊いて美味しいジャポニカ米だー!!
「米を! 米を我が手に! 我は白米の支配者なり!」
「落ち着いてアルマさん、アルバートさんみたいになってるわ!?」
「え、ええと、鳥の餌が欲しい、ということでいいんですかね?」
「鳥の餌!? 鳥の餌とは……おお、鳥の餌……!」
なんてこった。
この世界では、米は鳥の餌扱いなのだ!
そりゃ普通に食品店探しても売ってない筈だよ!
麦や小麦は普通にパンなどで食べられてるのになあ、なんで米を食べようって発想がなかったんだ、異世界人!!
「いいからとにかく米をくれ! 10kg……いや20kgだ!」
「は、はあ、そんなにですか? 鳥を沢山飼ってるんですね」
「自分で! 食べるに! 決まっているだろう!」
「え、ええーーっ!? ち、ちょっと、アルマさん、鳥の餌よ!?」
「止めるなミーシャ、米だぞ!? 米が食えるんだぞ!!?」
ココノの言ったのはこれのことだったのだ。
くそっ、悔しいがココノ、これは確かに俺が泣くほど喜ぶものだ!
ファンタジー世界の占いのちからって、すげー!
ともあれ、一騒動はあったが、俺は無事に米を手に入れることに成功したのだった。
荷物がドサッと20kgほど増えたが、何、どうということはない。
お米のためならこれくらい軽いものである。
「と、鳥の餌…… ええー……」
何故かドン引きなミーシャの視線も痛くない。
軽やかな足取りで、俺はドラゴンの大牙亭へと帰るのであった。
次回予告
お米食べろ!
次回、第70話「ご飯を食べよう」




