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第68話 天龍が消えた日

 ところで俺も勘違いしていたのだが、アロンゾの商会が市場に流通する触媒カードを直接買い付けて品切れさせるわけではない。

 その原料となる木材から買い付け、木材加工職人に回し、カードの形に仕立てあげるのだ。

 その結果、木材が枯渇して触媒カードもなくなるという。


 まあ、勇儀王のサイズは一般的な触媒カードと同じなので、加工したのが職人かどうかというだけなのだが、そこはそれ、色々な金の流れの都合である。

 あと、厚みや品質が均一かどうかという違いもある。

 カードによって明らかな違いがあると、裏返していてもそれが何のカードなのかわかってしまってインチキできてしまうからな。


 ともあれそんなわけで、勇儀王が発売してもカードの枯渇にはまだ時間がかかるのだ。

 市場のカードが枯渇しても、三日月党のリアナの手元からカードがなくなるまでは数日かかると見られるので、しばらくは待ちである。


 その時間で三日月党対策を進めないといけないのだが……

 先日、ふと刀の耐久値を確認してみたらびっくりするくらい減ってたので、今日は一日、ゲイルさんのところで修理のために預けることになった。

 流石に巨体のジャベリンウルフを真っ二つにしたのは無理があったらしく、本格的な修繕が必要だそうな。


「ところで、アルマさん。ゲイルさんから三日月党の件を聞きました」


 工房の方にはシャリア先生もいたのだが、ものすごくにこにこしながらそんなふうに話を切り出された。

 表情をにこにこしているのだが、なんというか、こう…… 妙な迫力がある、ような。


「……あの、もしかして怒って……ます?」

「うふふ。……怒ってないと思います?」


 シャリア先生は探索士協会の職員だ。

 普通に考えたら自分達で復讐なんかせずに協会に訴えるべきなのだが、そうはいかないので協会に言うわけにはいかない。

 なので、シャリア先生には三日月党のことを言っていなかったのだが……


 ……まあ、そりゃゲイルさんから伝わるよな。

 一応、ゲイルさんにもシャリア先生には言わないようにとお願いしておいたのだが、やはり無理だったか……


「聞けば、ゲイルさんだけじゃなくてシオンさんにも話してあるらしいじゃないですか。私だけ仲間外れとか、アルマさんは酷いですね。

 ……でも、私が言いたいことなんて散々言われたでしょうし、アルマさんもわかっているでしょう。

 ですので、今は何も言いません」

「……いいんですか?」

「よくないです。良くはないですが……

 ……帰ってきたら、アルマさんには山ほど説教があります。楽しみにしておいてくださいね?」

「はい。……ありがとうございます」


 深々と頭を下げて礼をする。

 これは別に、俺が説教されたい特殊性癖というわけではない。

 帰ってきたら説教だから、ちゃんと無事に帰ってこい、という先生からの激励なのだ。


「ふふ、お説教でお礼を言うなんて、変なアルマさん。

 ……さて、それともうひとつ、お見せしたいものがあります」


 す、とシャリア先生が取り出したのは、数枚の羊皮紙だ。

 受け取って目を通してみると、そこには三年前からの日付と、宿の名前、それと人の名前が羅列してあった。

 何だこれ、と思いつつ目を通すと、最後に記載された日付に、風待ち渡り鳥亭とユズを含む何人かの名前が記されている。


 風待ち渡り鳥亭はユズの前のパーティが使っていた宿だ。

 では、一緒に記されているのはユズの……


「……三日月党が殺したと思われるパーティのリストです」

「……!」


 全部で20パーティ近くあるぞ……?

 特に、三年前は三ヶ月に一回くらいだが、次第に間隔が短くなり、一年前には一月に2パーティを手にかけている。

 そこからユズ達を手にかけるまでは間隔がまばらだが、これは三日月党に挑むパーティ自体が少なくなってきたのだろう。


「三年以上前には、おかしな点はありませんでしたから、おそらく三日月党が凶行を始めたのはそこからです。

 ……もしアルマさんが戻らなければ、私はこのリストを上に提出して協会を動かします。彼らに必ず酬いを受けさせてみせましょう。

 でも…… できれば私にそんなことはさせないでくださいね」

「……はい」

「それと、三日月党は十年以上前から、二日探索して一日休む、というパターンを一度も崩さず続けています。リーダーのガルシアが几帳面な性格なのでしょう。

 昨日休んだところですので、今頃は三日月の迷宮に潜ってクレセントベアと戦っている頃ですね」

「……協会って、結構色んな情報を把握してるんですね」

「三日月党の場合、クレセントベアの肝の買い取り記録を辿るだけでいいので楽でしたよ」


 にこっ、と軽く笑うけど、十年前から三日月党の行動を洗い出すには、結構な時間と労力、そして膨大な情報の蓄積が必要になる。

 これは協会とシャリア先生にはますます頭が上がらないな……色んな意味で。


「実のところ、私が現役の頃から、三日月党は他のパーティを殺してクレセントベアの肝を奪っている、なんていう噂がありました。

 当時は、ただのやっかみから流された噂だったのでしょうが…… それが現実になるとは。本当に残念です」

「……三年前に、何かあったんでしょうか」

「さて、其処まではわかりかねます。

 何かあったのかもしれないし、それまで積み重なったものが溢れ出したのがその時だっただけのことかもしれません。

 いずれにしろ、彼らは道を踏み外し…… そして、戻って来れませんでした」


 じっ、と眼鏡の奥から見つめる先生の目は、貴方達はどうなのでしょうね、と問い掛けているかのようだった。


 俺達も、まさにこれから、道を踏み外そうとしているのだ。

 ゴブリンも、一度斬れば躊躇わなくなったように、人も一度斬ればその感触を覚えるだろう。

 そして、何も知らなかった頃には、もう戻れない。


「……大丈夫ですよ。俺達は、奴等と同じにはなりません」

「そう…… ですね。信じてますよ」


 いずれにしても、口で言う以上の保証はないのだ。

 俺も、シャリア先生も、それは承知の上で微笑みあった。






「あら、おかえりなさい、アルマさん」

「ただいま、ミーシャ。どこか出掛けるのか?」


 ゲイルさんの工房を後にして、ドラゴンの大牙亭に戻ったのは、まだ昼食には早い時間だった。

 宿の入り口でばったりとミーシャに出くわしたのだが、清楚なワンピースの私服姿だ。

 大牙亭が実家のミーシャは年中無休でいつでもウェイトレスの制服姿だから、他の服装をしているのは新鮮である。


「ええ、ちょっとお買い物にね。

 ……そうだ、良かったら荷物持ちを手伝ってもらえないかしら? 量が多くなりそうなの」

「ああ、いいよ。いつもお世話になってるしな」


 というわけで、結局大牙亭の中に足を踏み入れることもなく、外へとんぼ返りすることになったのだった。


「ありがと、助かるわ!」


 ミーシャに手を引かれて、大通りを北側へと歩いていく。

 ミーシャの手は、ルティアのように柔らかいとは言えない。

 しなやかで長い指はむしろ力強くて、近頃は剣を握っているせいだろうか、少し固かった。


 街の北側というと、俺やユズもよく足を運ぶ自由市場がある商業区だが、別の通りに入れば商店街のように八百屋や魚屋なんかが並ぶところもある。

 その他、クロードがよく行く本屋や、ルティアの宿もこの区だ。


 西はゲイルさんやティエナの工房がある職人区で、南や東は住宅街や繁華街になっているが、ラディオンの森が東にある関係上、探索士向けの露店や商店、宿などは東に片寄る傾向にある。

 反面、南には高級な店や施設が集まりがちで、教会や役場、三日月党の宿なども南側にある。


 この街に来てもう三ヶ月近くになるが、こうして考えると結構行ってないところも多いな。

 商業区も、よく足を運んでいるようでいて、自由市場の他には先日ルティアの宿に行ったっきりだ。

 ミーシャに手を引かれて入った、食料品店の並んだ通りも初めてである。

 この街に暮らす人にとっては食材を買いに来る場所として定番の場所なのだろう。まだ真っ昼間なのに結構買い物をする人々の姿があった。


「で、何を買いに来たんだ?」

「色々よ、調味料とかお野菜とか…… お酒とか」


 言いながら、迷い無く店のひとつに入っていく。

 買い物をする店は決まっているようだ。


「こんにちはー、お野菜いただける?」

「おっ、ミーシャちゃん。今日はジャガイモが安いよ!」

「ほんと? じゃあそれを三袋と、あと……」


 手際よく注文をするミーシャを横目に、俺は店先に並んだ野菜を眺める。

 ここは八百屋のようで、並んでいるラインナップは現代日本とあまり変わらない。

 ジャガイモ、人参、トマト、ピーマン、キャベツ…… 基本的なところは一緒だ。


 その一方で、時々見慣れない食材もあるあたり、異世界なんだなと感じるな。

 天龍眼に見える名前は、ナボナ、コロセア、ラベルテ…… どう料理してどんな味がするのやら。


「よし、それじゃ次に行きましょ。アルマさん、これ持って」

「え、ちょっと最初から買いすぎじゃ……っとぉ!?」


 両手で抱えるような麻袋いっぱいの野菜をどさっとわたされた。

 ちょ、こんなの大の大人でも持ちきれないって、無理……!


 ……じゃ、ない?

 重いは重いんだけど、思ったよりも楽に持ち上げられる。

 地球にいた頃なら、抱えるのが精一杯だったような……たぶん20kg以上ありそうな袋なんだが、普通に持てている。

 そんなに力が強くなったような気はしてなかったんだが……?


『レベルが上がって筋力が高まっているのではないか?

 元からユートの体力は高いようだったからな、筋力も高めでおかしくはないだろう』


 そういうものなのだろうか?

 普通のLv10未満の街の人の平均能力値が10~15くらいだからな。俺も気付かないうちに人間離れし始めているのかもしれない。


「おーい、アルマさーん? 早く早く!」

「ああ、ちょっと待ってくれ、ミーシャ」


 少し考え込んでしまっていた。

 呼ばれてはっと気付くと、ミーシャが離れたところで立ち止まってこちらに手を振っている。

 慌てて、荷物を抱えて追いかける。


 その後も、スパイスの香り溢れる香辛料の店や、色とりどりの瓶が並んだ酒店を回って、これまた大量に買い込んだのだが、自分でも驚くくらい重い荷物でも持てている。

 まあ、もっと驚くのは、ミーシャが俺と同じくらいの荷物を抱えていることなんだが。


「うーん、ちょっと買い込みすぎたかしら。

 でも、さっすが探索士の男の人は力持ちよね!」

「いや、ミーシャも同じくらいの荷物を持ってるだろ?」

「やぁね、私が怪力みたいな言い方しないでよ。魔法を使ってるに決まってるじゃない」


 ころころと快活に笑うミーシャを見ながら、パッシブソナーを働かせてみると……確かに、ミーシャの全身に魔力が巡らされているのを感じる。

 これは、いわゆる強化魔法か!

 しかし、誰がこんな魔法を教えたんだ?


「みんなで魔法の特訓をした時、魔法はイメージが大事って言ってたでしょ?

 だから、頼りになる男の人をイメージしてやってみたの」

「なるほど。……頼りになる男の人、って?」

「おとうさん!」


 超納得した!

 この街に店長ほどミーシャがイメージしやすく、これ以上無いほど頼りになる男性なんて他にいるはずがない。


「大量の洗濯物とか、こういう買い出しとか、重いものを持つときに助かるのよねー。魔法って便利!」


 ミーシャはころころと笑うが、強化系の魔法は難しいものとされている。

 魔力を炎や光に変える攻撃魔法と異なり、既存の物質、それも自分や他人などの生き物を変化させるのは魔力操作の難易度が高いのだ。


 それをさらっと、呪文を唱えるでもなく使いこなすとは、これも勇者だからということなのだろうか?


「──あっ、アルマさん危ないっ!」

「こんっ!?」


 ミーシャを見て考え込んでいたのがいけなかったか。

 ミーシャが声をあげるが早いか、とさっ、と軽い衝撃と共に甲高い奇妙な悲鳴が聞こえた。


 いかん、前方不注意だったのもあるが、誰かにぶつかってしまったようだ。

 荷物が大きくて前が見えにくかったのもあるが、ぶつかった相手も小さかったようである。


「いてて、これは一体何事か……」

「ねえ、あなた大丈夫? 怪我はない?」

「ごめん、前が見えづらくて気づかなかった──ん……」


 荷物をよけてぶつかった相手を目にした途端、俺は絶句した。


 そこにいたのは、真っ白な獣人の少女だった。

 年の頃は見た目12~3歳頃だろうか、幼い少女だ。

 髪も白ければピンと突き出た耳も白、ふぁさりと長く伸びた尻尾も白、肌の色も紙のように白い。

 巫女装束をアレンジしたような和風の装束も白く、短いプリーツスカートから伸びた足にも白いニーハイソックスを履いている。

 そのスカートの色と、足に履いたローファーの色だけが光も吸い込みそうなほど真っ黒だ。


 だが。

 俺の目をひいたのは、真っ白なその装いでも、十年もすれば傾国と言われよう整った顔立ちでも、普通の獣人とはどこか違うその違和感でもない。


 百聞は一見に如かず。ただの一行でも、その異様は知れよう!


ココノ・ヴェルツカヤ 魔物 女性 Lv85

動物系魔──


「何を見ている、この不埒者!!」

「てっ!?」


 唐突に、少女が手にしたものを俺の顔に目掛けて投げつけた。

 まるで弾丸でも受けたような衝撃!

 避けるどころか、視認する余裕もあったかどうか。

 抱えた荷物を放り投げて、俺は後ろに倒れ倒れ込んだ。

 それが目掛けたのは俺の左目だ。放り投げた荷物が、とさどさと倒れ込んだ俺の上にのしかかる。


「あ、ちよっと、アルマさん!? 大丈夫!?」


 慌てたミーシャの声を聞きながら起き上がる。

 その時俺の頭にあったのは、乱暴に扱って抱えていた荷物が駄目になったりしないかどうかで──それ以外のことは、頭になかった。


 ましてや、その時俺に何が起こったかなんて。

 この世界に来てから今まで、考えたことも、なかったのだ。


「てて…… ああ、大丈夫、怪我はないよ。それより荷物は大丈夫か?」


 今にして思えば、荷物のことなんてどうでも良かったのだ。

 それよりもっと大事なものが、俺にはあったのに。


 少女の投げつけた何か……それがぶつかった左目のあたりをさすりながら地面を探すと、それは扇子のようなものだった。

 紙を張ったものではなく、幅広の板を並べて連ねた形だ。

 ひとつひとつの板は白く、その先端だけが墨に浸したように黒くなっていた。


 細く目を開けて、それを左目で見てみる。

 だが、左目には何も映し出されなかった。


「……あれ……?」


 ミーシャを見る。

 心配そうに俺を見ているが、そのステータスが映し出されない。


 白い少女を見る。

 きっ、と俺を睨みながら扇子を拾い上げているが、そのステータスが映し出されない。


 周囲を見渡してみる。

 目に映る何ひとつ、ステータスが表示されていなかった。


 ……おい、天龍、天龍眼がおかしいんだが。


 ……………………

 …………天龍?

 おい、ちょっと、天龍……!?


「……アルマさん? あの、ほんとに……大丈夫?」


 天龍の答えがない。

 天龍眼が、全く機能していない。

 まさかそんなことがあるなんて思ってもいなくて、俺は頭が真っ白になってパニック状態になっていた。


 一体何があったのか?

 否、何をされたのか?

 それがわからずとも、誰がそれをしたのかは直感的に理解できた。

 埃を払って立ち上がり、広げた扇子で口元を隠してにやりと笑う白い少女。

 俺は彼女を睨み付け、叫んだ。


「おま、え……お前、一体何をした!!」

次回予告

 謎の白い少女。勇者を知り、未来を語る彼女の正体とは──?

 そしてユートは、少女の示した先にそれを見つける。

 次回、第69話「白い禍、白い幸」

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