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第67話 最後の切り札

「こほん。……ディメ~ンジョ~ン・ポケ~ットぉ~!」


 甲高いダミ声という喉を痛めそうな声で唱えつつ、お腹のあたりに魔石を落とす。

 これももう慣れたもので、魔石は音もなく消え、迷宮ポケットが発生した。


 これも一種の触媒法になるのだろうか。

 天龍に言わせると、触媒法は物質を魔力に分解することで魔法を発動するための魔力を補っている……と思われる、ということだが、この魔法の場合は魔石の中の魔力を使用しているため、魔石そのものは消えてなくなったりしない。

 迷宮を作るのも、ポケットサイズなら思ったほどには魔力を消費しないので、半日以内のアイテムの持ち運びには便利な魔法だ。


 さて、まずはこの中に、大牙亭から借りた使い古した毛布を一枚、二枚、三枚と落とし込む。

 これは大牙亭から借りてきた、もしもの為のクッションがわりだ。

 続いて取り出しますのは、こちら。


「おいでおいでー」

「にゃーん」


 猫じゃらしっぽい草をふりふり、本日のゲストをお呼びする。

 ラディオンの路地裏よりお越しのタマさん(仮名)、推定二歳です。

 人慣れしているのか、無防備に寄ってきた猫を抱えあげる。

 首輪もしてないので野良猫だと思うのだが、借りてきた猫のように大人しい。可愛いやつめ。


 さて、それではお立ち会い。

 このタマさんが、三つ数える間に消えてしまいます。

 ワン、ツー、スリー!


「ふにゃっ?」


 抱えた手を離すと、猫は真顔になって落下し、すぽっとディメンジョンポケットに消えた。

 ……だ、大丈夫かな。

 猫が降りても平気な高さは建物の二階くらいまでだというが……

 中にいれたアイテムが衝撃で壊れたりしていたことはないし、そんなに広くはないはずなので大丈夫だと思いたい。


 しばらく待ち、猫が飛び出したりしてこないのを確認してから、今度はディメンジョンポケットを解除する。

 解除といっても、中に入れた魔石をひょいと取り出せば自然に消えるのだ。


 ……ん、あれ?

 猫が簡単には出てこないくらいの内容量なのに、何故ちょっと手を突っ込んだだけで最初に入れて一番下にあるはずの魔石が取り出せるんだ?

 ……自分の魔法ながらよくわからんな、これ。


 ともあれ、魔石を取り出してしばらく待つと、ぽーんと放り投げられたかのように毛布が一枚、二枚、三枚と飛び出てきた。

 中に物が入ったまま解除すると、このように中のものが飛び出てくるのは既に実用前に実験済みだ。


 そして最後に、くるくると空中回転しながら猫が飛び出してきた。

 アクロバティックな四回転にひねりを加えて見事に着地。

 おお、と思わず拍手してしまった。


「なぁーご……」


 猫は「何だったのだ……」と言いたげな真顔のままきょろきょろと辺りを見回し、一声鳴いてゆっくりと歩き去っていった。

 彼が何を見たのか、それを俺が知ることは決してない。

 自分のお腹に自分の頭を突っ込むのは無理だからな。


『ふむ。まあ予想はついていたが、中はやはり生き物が入っていても問題なさそうだな』

「ああ。でも、一応検証はしとかないとな」

『クロードあたりに入ってもらえばいいのではないのか?』

「流石に、人間が入るのは色々安全を確認してからだ」


 といっても、もう何回か猫を入れてみて、大丈夫そうならクロードに入ってみてもらうことになるだろう。

 便利で使う機会も多い魔法だからこそ、きちんと特性を確認しておかないとな。


「おーい、アズマー。そろそろ馬車の時間だよー」

「わかった、今行く」


 ユズの呼ぶ声が聞こえてきた。

 これから馬車でラディオンの森へと赴き、今日は牙狼の迷宮に挑む予定だ。


『ポーションは持ったか? 防具はきちんと身に付けたな? 魔力は万全か?』

「お前はおかんか」


 いや、俺は関西人ではないので普段「おかん」なんて言い方はしないのだが、こういう口うるさい感じは「おかん」だよな。

 勿論、ポーションは持ったし装備に不備はないし、ディメンジョン・ポケットの消費ぶんは馬車での移動時間中で十分回復できる程度だ。


 準備は万端、いざ迷宮へ……向かう前に、借りた毛布を回収し、大牙亭に返しに行くのであった。




 ……………………


 …………


「……はっ」

「おや、目が覚めたかい、アヅマ」


 俺が意識を取り戻したのは、がたごとと揺れる馬車の中だった。

 体の上にかけられた毛布をどけて、起き上がる。


 おかしいな、馬車の中でうたた寝したのか?

 こちらの世界では、魔力の灯りが普及しているとはいえ夜は寝静まるのが早い。必然的に就寝時間も早まり、睡眠不足になんてなりようもない筈なのだが。


「すまない、うたた寝した…… 森まであとどれくらいだ?」

「ちょっとちょっと、アズマ、大丈夫? もう帰るところだよ?」

「……えっ」


 なにそれこわい。

 あれ、俺はこれから馬車に乗って迷宮に向かうところだった筈……!?

 窓から外を見てみると、見覚えのある形の山が進行方向の右側に見えているから…… 確かに、街に戻る方の馬車に乗っているようだ。

 太陽の位置からして、時間は昼過ぎといったところか。

 帰るには時間が早いからか、馬車の中には他の客はいない。


「……記憶が混乱しているのかい?

 一気に大量の魔力を失った影響かな……?」

「そもそも、魔力切れってあんなふうになっちゃうの? 鼻血ドバドバで、目からも血が出てたよね。

 ぼく、最近は血を見ても平気になってきてたけど、流石にちょっと気分悪くなっちゃったよ」

「ああ、慌てて治癒の霊薬を三本はぶっかけたね」

「えっ……」


 なにそれこわい。

 一体俺が気を失っている間に何が……!?


『気を失ったというか…… 記憶を失っているようだな』


 て、天龍! い、一体何があったんだ!?

 ……って、俺の意識がない間は天龍眼のリンクも切れるんだったか。


『いや、お前が倒れるまでのことなら覚えているぞ。

 ジャベリンウルフのところまで行ったはいいが、戦闘中に天龍眼を使ったら、そのすぐ後に倒れてしまってな。その後はわからぬ』


 ジャベリンウルフどころか、森に入った記憶もないんだが……

 なにこれこわい。

 しかし、ジャベリンウルフと戦って全員無事、ということは…… うまくいったのだろうか?


『それは、お前の手にしているものを見れば一目瞭然だろう』


 言われて、無意識に握っていた毛布に目をやる。

 いや、それは毛布ではない。

 灰色がかった白い毛皮。一枚だけで、毛布と勘違いするような大きな毛皮は、天龍眼に「ジャベリンウルフの毛皮(ランクC)」と映っていた。


「……ジャベリンウルフは、毛皮もドロップするんだな」

「派手に真っ二つにしたから、出ないんじゃないかと思ったけど、傷ひとつないよ。不思議なものだね」

「ジャベリンウルフが倒れたら、取り巻きの狼たちも霧の向こうに走って逃げちゃった。拍子抜けだったけど、アズマがすぐ倒れちゃったから、それで良かったかな」

「むしろ、気を失った君を連れて帰るのに苦労したよ……

 僕が君を背負ったら、戦えるのはユズだけになっちゃうからね」

「ごめん、まさか気絶して記憶まで失うとは……」


 予想外のことでかなり負担をかけてしまったようだ。

 だが、どうやら新たな切り札はうまくいったようである。

 まだ問題はあるが、記憶を失った原因も予想がつく。


「もう少し、調整して使わないとな」

「……アヅマ、またあれを使う気かい? 危険だよ、今度は記憶を少し失うだけでは済まないかもしれない」

「でも、すごかったよ。ジャベリンウルフを真っ二つ!

 ……あれなら、三日月党(あいつら)でも……」

「ああ、その切り札として使うつもりだ。

 少なくとも、二週間……いや、一週間以内には実用化させたいな」


 それ以上過ぎると、ルティアの打った策が時間切れになってしまうだろう。

 状況はルティアが確認して報せてくれることになっているが、まだ勇儀王の一般販売にも到っていない。

 アロンゾの商会がかなり乗り気で、試作はかなりのハイペースで作られているらしいが、本格的に触媒のカードが品切れになるのはもう少し先のことだ。


「それにしてもアヅマ、あれは結局、制御ができないから使えないってことじゃなかったのかい?」

「そうそう、すっごい派手だったよね! まさに必殺技って感じ?」

『名付けて、鳳翼一閃というのはどうだ?』

「……まあ、倒れた原因は大体わかってるから、問題ない」


 天龍のつけた名前は恥ずかしいのでスルーだ。


「この技が完成する頃には、奴等と決着をつけようと思う」


 俺がそう言うと、二人ははっと表情を引き締めた。

 馬車の御者が聞いているかもしれないので三日月党という名前は出さないが、言わなくてもそれは伝わっている。

 特にユズの表情には、抑えきれない暗い感情が見え隠れしていた。


 策は揃った。切り札も出尽くした。

 いつまでも先伸ばしにはしていられない。

 行く手を遮る三日月党を…… 倒す。

 奴等を何とかしない限り、おちおちクレセントベアにも挑めないのだ。


『……まあ、そのクレセントベアも鳳翼一閃で倒せそうだが』


 それを言うなよ! 三日月に挑む前段階で、三日月のボスのはずのクレセントベアを倒せる技を覚えるって、本末転倒じゃねーか!

 バランス調整がおかしすぎる。なんだこのクソゲー。


 とはいえ、その技は一発限りの自爆技でもあるので、自分がジャベリンウルフやクレセントベアより強くなったわけではないことを肝に命じておく必要がある。

 慢心ダメ、絶対。


「ようやく、みんなの仇が討てるんだね……

 ありがとう、二人とも。ここまで来れたのも、二人のおかげだよ」

「お礼を言うのは気が早いんじゃないか?」

「でもほら、今のうちに言っとかないと、終わったあと生きてるかどうかわかんないじゃない?」

「縁起でもないことを言わないで欲しいな!」


 相手が相手なので本気で洒落にならないのだが、ユズとクロードの二人にそれほど気負っている様子は見られない。

 楽観している……のではなく、これで死ぬつもりは無い、という意思表示だと思いたいな。


 俺も、死ぬつもりは無い。

 無いが、実際死ぬかどうかはやってみなければわからない。

 ゴブリンの時のように、いざその時になると斬れないかもしれない。

 そんな隙を晒せば、こちらが死ぬ。

 油断などできようはずもない、格上の敵なのだ。


『気負うな、ユート。やるかやらぬか、迷う時期はとうに過ぎた。あとは死力を尽くすのみ。

 心配するな、私とお前の力をあわせて放つ鳳翼一閃ならば、必殺に至る。うむ、特に私の力が必要なところが気に入ったぞ!』


 天龍は天龍で気楽だなぁ。

 天龍が鳳翼一閃と呼ぶところの技……とも言えない力業なんだが……は、天龍眼が必要になる。

 今まで、特殊な目でとはいえ見ているだけだった天龍が、こうして力を貸せるというところにインタラクティブな楽しさを感じているらしい。

 俺としては、今までも随分と天龍の力には助けられてきたつもりなんだけどな。


『それに、例え死んでも心配するな。

 死してなお自我を保つお前の魂なら、数年くらいは幽霊として歩き回れるかもしれんぞ。その手の才能を持つ奴にしか見えぬし、話もできぬが、それも楽しそうではないか』


 楽しくないよ!? 幽霊になんかなりたくないよ!

 天龍は時々、ぎょっとするような価値観の違いを見せるので油断ならない。

 特に死生観に関してそれが顕著で、俺の、そして自分自身の命にすらひどく無頓着だ。

 魂なんぞ見えると、生きるも死ぬも大差無いように思えてしまうのだろうか。


 こりゃますます死ねないな、とぞっとするものを感じつつ、決戦に向けての決意を新たにするのであった。

次回予告

 刻一刻と近づく三日月党との決戦の時。それとは関わりなく過ぎていく日々。

 そんな中、ミーシャの買い物についていった先で、ユートは真っ白な少女と出会う。

 次回、第68話「天龍が消えた日」

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