第66話 ラディオン・デュエルシティ化計画
数日後、俺はルティアに呼ばれてルティア達が泊まっている宿に呼ばれていた。
三日月党の宿ほど高級ではないが、それでも大牙亭より上だ。
大牙亭とは違い、一階は酒場ではなく宿泊客がくつろぐことのできるラウンジになっている。
そのせいか、大牙亭とはかなり雰囲気が違っていて、上品な感じだ。
これが現代地球でも、西洋風のレトロなホテルとして通用しそうである。
中に入って見渡してみると、すぐにルティアを見つけることができた。
一緒にいるのは…… 見慣れない年配の男性が数名。
拠点にしている宿の中だからか、珍しくルティア自身のパーティメンバーは側にいないようだ。
「アルマさん、こちらですわ」
ルティアもすぐにこちらに気付き、大きく手を振った。
近付きながら一緒にいる人達のステータスをざっと見てみるが、ほとんどの人のクラスが商人だ。一人だけ、芸術家というクラスになっている。
「皆さん、こちらが勇儀王を作られたアルマさんですわ」
「初めまして、探索士の阿妻優斗です」
にこにこと微笑むルティアに促されて挨拶すると、その場に集まった商人達も次々に挨拶する。
そのほとんどは見知らぬ人だったが、二人ほど見知った人がいた。
「初めまして、行商のマルク・シーレンスです」
「同じく、行商のベルハルト・デュロイです。先日はどうも」
マルクさんは俺がこの世界に来た直後、馬車でこのラディオンの街まで送ってくれた人だ。
向こうは俺のことは忘れてしまっているらしかったが、俺も天龍にささやかれて思い出したのでお互い様である。
デュロイ氏は、かつて鍛冶屋のゲイルさんに詐欺を仕掛けようとしたのを俺が見破った人だ。
今では改心してゲイルさんのお得意様になっているのだが、こちらはお互いに顔を覚えていて、ちょっと気まずい空気がした。
「さて、フラウミーネ嬢。先日は面白いゲームを紹介頂きましたが、今日は何のお話ですかな? 我々をこんなところに集めて、よもやデュエル大会というわけではありますまい」
一通り紹介が終わったあと、アロンゾと名乗った男性が切り出した。
確か、街の商会の番頭だか何だかと名乗ったか。商人のレベルも一番高く、自然と商人達の代表のように振る舞っていて、周囲もそれを許している。
何の話か、といいつつ見当がついているようで、画家と名乗った芸術家の男性は彼が連れてきたらしい。
予め、ルティアは全員に勇儀王を紹介して根回しを済ませているという。
俺は必要な時以外はしゃべらないように、と念を押されていた。
「それでは、まずこちらをご覧ください」
と、ルティアは腰につけた革のポーチから勇儀王のデッキを取り出した。
……っていうか、何そのデッキホルダー。常にデッキ持ち歩いてるの? 俺の想像以上にデュエリストなの?
「皆さんには、先日既に勇儀王を遊んで頂きました。
ですが、現時点ではまだまだ手作りの洗練されていない玩具ですわ。
……これが、綺麗に洗練されたカードでしたら、見て楽しく、集めて楽しく、遊べば更に楽しいのに。そうは思いませんか?」
「そうですな、確かに遊びとしてはなかなか知的で戦略的ですが、もっとクオリティがあれば、とは私も思いました」
「それはつまり、私どもの力でそれを作って欲しい……と?」
「その言い方は正確ではありませんわね。
──そういったものを欲しがる人が、きっと沢山いるでしょう、ということですわ」
にこにこと、華やかな笑みを浮かべながら、ルティアは語る。
身振り手振り、視線の動き、声の抑揚、細やかな印象操作を積み重ねつつ語る言葉の意味をわからぬほど、ここに集められた人々は物事を知らぬ人間ではない。
つまり── 儲け話だ。
要するに、皆で勇儀王を作って売って広めて儲けましょうよ、という話をオブラートと装飾と仄めかしで包み隠しながら話す。
今日はそういう主旨の話し合いなのである。
ストレートに言えばいいのに、と俺なんかは思うのだが、ルティアが言うには、そんな姿勢では損をさせられてばかりで得るものが無い、ということだ。
巧みに相手を誘導し、その気にさせ、リスクとメリットの見積もりを誤らせ、かといって騙すわけでもなく、こちらの目的を達成する。
……いや、俺、ちょっとそういうの無理だわ。
馬鹿のつもりはないが、そんなふうに思い通りに誘導する自信はない。
目の前の面々を見ると、尚更そんな気持ちになる。
目が違うのだ。
これは儲け話と気付いた途端、商人連中の目付きが変わった。
いや、正確に言えばアロンゾさんはほとんど変わっていない。
だが何のことはない、彼だけは最初から儲け話をするつもりでこの場に臨んでいたというだけのこと。
その目付きは、稽古で立ち会ったときの店長のそれに似ていた。
これは商売の真剣勝負。
そして、彼はその達人であった。
対するルティアは、商人レベル12の弱輩。
武器は、カリスマのスキルと、それに含まれる演技・演説・交渉・詐欺・魅了といったスキル群。
あとは…… 勇儀王だ。
「成る程、成る程。確かに我が商会には印刷機もある。ここにいる画家の彼が力を貸してくれれば、洗練されたイラスト入りのカードが作れるでしょうな。
いやはや、これは良い商売のネタを頂けた…… ありがとう、フラウミーネ嬢。それでは私はこれで……」
「あら、席を立つには早すぎますわ、アロンゾさん。
もっとフレンドリーに参りません? わたくしたちは、もっと協力しあえると思いますの。でないと……
高価な印刷機で、ただのゴミを作ることになってしまいましてよ?」
「ほう…… フラウミーネ嬢らしからぬ手厳しいお言葉ですな」
アイデアだけ戴いてさっさと席を立とうとしたアロンゾが、ぴくり、と眉を動かして再びゆっくりと腰を下ろした。
目が全然笑っていないアロンゾとルティアが、他の部分だけはにこやかに微笑みをかわしあう。
……なんか、すっごいピリッピリしてるんだけど。
言われなくても口の挟みようがない。
マルクさんやデュロイ氏は勿論、連れてこられた画家の男性なんて可哀想なくらいおろおろしていた。
「ふふっ。皆様、もっとくつろいでくださいまし。
何も損な話をしようというのではありませんわ。
わたくし、これは皆が幸せになれるお話だと信じていますのよ。
さあ── 化かし合いをしましょう?」
「よろしい、受けて立ちますとも」
ルティアは、微笑みながら唇をちろりと舐める。
アロンゾは、にやりと笑って瞳を刃物のようにぎらつかせる。
最早、舞台は二人の一騎打ち。
きっと長い戦いになる、という予感に皆は打ち震えた。
「あ゛~…… つッ───かれたぁ~……」
ろくに運動をしたわけでもないのに、異様な疲労感を感じて、俺はぐったりと倒れ伏した。
隣では、ルティアが魂が抜けたように放心している。
あれから約三時間。
昼の鐘が遠く鳴り、休憩をとることになったのである。
俺とルティアは元の宿のラウンジにまだいるが、アロンゾは煙草を吸いたいので外で昼食を取る、といって席を外している。この宿は全面禁煙なのだ。
禁煙で良かった。マジで。
マルクさんたちも、外の空気を吸ってくる、とよろめきながら一旦席を外している。
他の全員がへとへとなのに、アロンゾだけがしっかりとした足取りだったのが恐れ入る。
「……頬が筋肉痛になりそうですわ……」
生気の無い声で呟きながら、ルティアが頬を揉みほぐす。
ずっと微笑んでいたからな。余裕たっぷり自信たっぷり──に見えていたのは、虚勢だったようだ。
この三時間で、ルティアの商人レベルが4も上がってるし。
なんという濃密な経験か。
「でも、アルマさんのおかげで、どうにか食い付いていけましたわね」
「ん、俺が何かしたのか?」
「何を言ってますの? 勇儀王の販売戦略が見事だったから、アロンゾさんも乗ってくれたのですわ。意外と商才がありますのね」
ふふ、とルティアは機嫌良さそうに笑うけど……うーん。
俺が提案したのは、開けてすぐ遊べるスターターパックと、数枚のカードがランダムに入ったブースターパックを作るとか。
ブースターパックには名前をつけてシリーズ化し、一パックに一枚ランダムにレアカードを入れるとか。
正規カードを使用しての大会を開くとか……
TCGなら当たり前のことばかりだ。
これまで無かった商品の、別世界で培われた売り方のノウハウなんで、新鮮に映っただけのことだろう。
ちなみにブースターパック第一弾は「英霊乱舞」と銘打って、実在した有名人をモチーフにしたカードや、英霊と名のつくカードを対象にした強力な魔法カードなどをレアカードとして採用する予定だ。
ルティアの切り札である英霊召喚もその中に含まれる予定だが、ルティアは特権を濫用して自分用に一枚確保するつもりらしい。
ちなみに、俺の切り札である狂戦士の心は今回は見送られた。第二弾以降があれば入れてくれる……かな?
なお、この三時間のうち一時間でアロンゾは契約に乗り気になり、当たり前のように懐から取り出した羊皮紙で契約書を作成したのだが、この内容を詰めたりサインしたりで二時間使った。
契約書がまたいくつもの種類が何枚もあって、こんな大量にサインしたのは生涯で初めてである。すごい疲れた。
勿論、アロンゾの持っていた羊皮紙だけでは足りず、他の人達が持っていたものを使ったんだが、商人というのは常に羊皮紙を持ち歩くものなんだろうか。
「利益は随分と搾られてしまいましたけど、どうやら目的は達成できそうですわね」
「まあ、利益は別にいいんだが……」
「いいえ、わたくし達の利益を捨てていれば、他の目的があることを察されて交渉を蹴られるか、とことん利用されて自由が利かなくなっていたおそれがありますわ」
「……成る程、商人にもわかりやすい『利益』を持ち出したから、向こうもそこに乗っかってくれたわけか」
「ええ、今頃は小娘と小僧を手玉に取ってやった、とほくそえんでいることでしょう」
アロンゾの商会はここらではかなり大きく、また高価な印刷機を所有していて大量のカードを生産できる、というのが肝要だった。
彼を乗り気にさせなければ、失敗だったのである。
アロンゾを乗り気にさせた上で、他の商人や行商人も使い、ラディオンを中心に近隣の町村を含めた広範囲に勇儀王ブームを作り出す。それが俺達の計画だ。
その目的は、三日月党を弱体化させること。
「三日月党のリアナ・アールマティは触媒法を使う魔法使い。
勇儀王が広まり、カードを大量に生産すれば── 触媒法に欠かせない空白のカードが、アロンゾさんの商会の買い占めにより、一時的に入手できなくなります。
カードがなければ、触媒法を使えない。あるいは、使いにくくなりますわ。
わたくしの見立てでは、その状況に至るまで一週間から二週間、そこから一週間は継続するでしょう。
僅かな時間ではありますが…… 勇儀王が、三日月党の戦力の六分の一を無力化するのです」
「……そんなに上手くいくかな? それに、ここまで大事にしなくても……」
「──個人的な趣味が絡んでいることを、否定はしませんわ?」
そう言って、ルティアは楽しそうに笑った。
勇儀王がもっと広まり、遊戯人口がもっと増えれば、より遊びやすく、カードの種類も増えて面白くなる。
たとえ触媒カードの品切れが起こらなくても、ルティアとしては勇儀王が広まってくれるだけで上々といったところだろう。
勇儀王がポシャる、という考えはないらしい。
実際に大牙亭では広まり始めているし、迷宮に行かない街の人々にとって探索士や実在の魔物をモチーフにした勇儀王は興味深いそうだ。
アロンゾも含めた商人達も同じ考えのようである。
「それにしても、ルティアは凄いな。アロンゾとの交渉なんて真似できる気がしないよ。実家の商会を潰したなんて、嘘なんじゃないのか?」
「……三年もすれば、わたくしも色々と変わるものです。
色んな人に好かれるようにしてきたおかげで、こうして商人の皆さんを集めるコネも出来ましたし、それに…… アルマさんのおかげで、自分に少し、自信が持てましたから」
ルティアは、随分と変わったと思う。
なんだか、表情が生き生きとしているというか…… 自然体で、素直な笑顔を見せるようになった。
今から振り返ると、最初に会った頃のルティアはやはり作り笑顔だったのだろうな。
軽く昼食を取り、それぞれが三々五々に戻ってきた後は、ブースターパック第一弾に封入されるレアカードについての話し合いだ。
商品の目玉についてなので大事なことなんだが…… 俺としては、ここからはおまけみたいなものである。
もっとも、ルティアの方はむしろここからが待ちに待った本番、とばかりに意気込んでいたのだが。
第一弾の売れ行きが悪ければ第二弾に繋がらないので、ルティアやアロンゾ達は気合いを入れたいところだろう。
「さて、第一弾は英霊乱舞と銘打って、様々な英雄をモチーフにしたレアカードを作るわけですが……
やはり、ガルバーは外せませんな」
「うむ、やはりガルバーは一番の目玉でしょうな」
「妥当なところですわね」
満場一致であった。
この街の人、剣聖ガルバー好きすぎるのではなかろうか。
俺はこの世界の偉人や英雄のことを知らないので、話を聞くだけだったのだが、ゴブリンエンペラーを討ち取った騎士や、ゲリラ戦法で一人で数千の兵を足止めし戦況を変えた弓兵など、色んな話を聞けて面白い。
中でもやはり、ドラゴンを倒した英雄、という話はよく出てくる。
その中に、こんな話があった。
「後は…… そうですな、北の英雄アルバノートは如何でしょう」
「ほう? その方の名前は初めて聞きますが、どのような英雄で?」
「ええ、皆さんは15年前、北方のエッケンバルドという街でドラゴンが倒された話を知っておりますかな」
「おお、それは聞いたことがあります。
今から15年前、丁度今頃の時期でしたか。季節外れの嵐がエッケンバルドを襲い、凄まじい雷鳴が一晩中轟き、街の者は誰一人外に出ることが出来なかったとか。
そして翌朝、外に出た人々が見たのは…… 北の山を覆い隠すかのように倒れ伏して絶命した、黄金色の巨大なドラゴンであったと」
「ほほう、そのような話が……」
「その山に、妻子と共に住んでいた探索士がおりまして。
その名こそ、アルバノート・レイン。あまりの剣の才能に、当時は北の剣聖と呼ばれておりました。
ドラゴンの絶命と共に彼は姿を消し、嵐の中、街を守ってかの黄金巨竜と刺し違えたに違いないと、英雄の名で呼ばれるようになったのです」
おお、と一同の口から感嘆の声があがる。
確かに黄金の巨大な鱗を昔見た、と証言する者もいて、近代の英霊としてアルバノートの採用が決まった。
アルバノート……レイン、か。
「……あの、アルバノートの妻子というのは、どうなったかわかりませんか?」
「はて、私は存じませんな。奥方も元は探索士で優れた魔法使いだったそうですが、やはり妻子共に命を落としたと見るべきかと……」
「そうですか……」
痛ましげに表情を沈ませて、その商人はかぶりを振る。
だが、レインといえば店長やミーシャと同じ名字だ。
ミーシャの本当の父親……店長のお兄さんも、15年ほど前に亡くなったと言っていた。
それだけで断定は出来ないが……
巨大な黄金竜、もしやそれがグランドドラゴン……大牙亭に飾られた牙の持ち主なのでは……?
「それにしても、男性の英雄ばかりですのね。女性の英雄というのはいらっしゃいませんの?」
「ふうむ、確かに男性の英雄ばかりでは、購買層にも偏りが出てしまいますな。
ですが、女性の英雄ですか。私には心当たりがありませんが」
「架空の英霊を創作するしかないのでは?
ガルバーなど、既に知られ親しまれている英雄にはやはり見劣りしてしまいますが……」
と、芸術家の青年がペンをくるくると回しながら言う。
ことはカードデザインにも関わるので、午後のこの話し合いには彼も積極的に参加していた。
ふむ、女性の英雄がいない、か……
その解決法は、既に現代では使い古された手法があるな。
これを使えばむさ苦しい戦国時代もハーレムものになるという。
「……ガルバーは実は女の子だった、とか」
「──!!」
その時、一同に電流走る──!
「まさか、ガルバーが女性だなどと……! ありえませんぞ?」
「いや、しかしそれは面白い……! 豪放磊落な剣聖、その真実の姿は可憐な少女! いける、これはいけますよ!」
特に芸術家の感性にクリティカルヒットしたようで、何やら興奮ぎみにカリカリと羊皮紙にスケッチを書き込み始める。
待って待って、それ契約書! それに書いちゃったらまたサインやり直しだよ!
「ううむ、確かに意外性のあるアイデア……!
し、しかし、豪放磊落にして天衣無縫という、正統派の従来のイメージのガルバーも捨てがたい……」
「では、『英霊・剣聖ガルバー』とは別に…… そうですね、『異説英霊・剣の聖女ガルバー』という名前の別のカードを用意すればいいのでは?」
「だ、男女両方のガルバーだと……!?」
「天才あらわる……!」
「いや待て、それが許されるならば……!」
……このあと会議は明後日の方向に突き進み、あわや全英霊に異説バージョンがついてボリュームが二倍に膨れ上がるところであったが、すんでのところで正気に戻り、異説英霊はガルバーのみとすることになったのであった。
これが、勇儀王の人気ヒロイン、剣の聖女オリヴィア・ガルバー誕生秘話として後の世に伝わることになるとは、俺はこの時夢にも思わなかったわけで……
次回予告
三日月党との戦いを前に控え、最後にして最強の切り札がついに発現する。
たった三人で挑むジャベリウンウルフ、ユートの切り札は勝利を掴むことができるのか。
次回、第67話「最後の切り札」




