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第62話 コーヒー色の刺客

160万PVを突破しました(2016/9/14当時)。

ランキング効果もそろそろ落ち着いてきましたが、大きな躍進を遂げられたのは読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます。

「如何にも、俺がザイード・サフラヴァだ」

『気付かぬうちに背後に立たれている…… 強キャラ演出、とやらだな!』


 そいつは半ば冗談で言ったのに!

 しかし、何故ここに…… 向かいのホテルからは、間違いなく彼は出てこなかった筈なのだが。


「ああ、俺はあのホテルには泊まっていないのだ。

 もっと安くて良い宿もいくらでもあるというのに、無駄に高くてバカらしく思えてな」


 ちらりと窓の外を見たのを気付かれたか、ザイードはそう言って微かに笑った。


「……じ、じゃあ、何故ここに?」

「向かいのホテルは好かんが、ここの朝食は美味い」


 確かに、彼の手にしたトレイには美味しそうな狐色に焼けたトーストが二枚、瑞々しいサラダにぷるぷるの半熟目玉焼き、脂のにじみ出たカリッと焼いたベーコン、そして湯気と香ばしい香りを立てるコーヒーのカップが乗せられている。

 一応、大牙亭で朝食は食べてきたが…… 美味しそうだ。俺も食べたくなってしまう。


「……ふむ、貴様……」


 ちらり、と彼は俺を見て、微かに眉を動かした。

 ……な、なんだ? 何か……気付かれたか?


「うむ…… よければ、是非とも相席させてくれないか」

「……あ、ああ、構わないよ……な?」

「ああ…… いいとも」


 クロードとアイコンタクトをかわしつつ、戸惑いながらもうなずく。

 相手は三日月党の一員だ。変に避けたり断ったりして、不信感を抱かれるのは良くない。

 特に相手は斥候、目敏さが命綱のクラスである。

 今すぐステータスを見るのもやめておこう。ユズやミーシャのように、視線で気付かれて不審に思われても良くない。


 しかし…… 一体何の意図があって近付いてきたのやら。

 俺の向かい、クロードの隣に座ったザイードは、トーストの上に目玉焼きを乗せて、カリッ、サクッ、と音を立ててトーストをかじっている。


 うーむ…… 美味そうだなぁ……

 お腹は減ってはいないが、食べたくなってしまう。

 食欲を誤魔化すように、俺は温くなってきた自分のコーヒーをすすった。


「うむ…… 貴様、もしやとは思うが……」


 口の端についた玉子の黄身を親指で拭いながら、ザイードは俺に鋭い視線を向ける。

 何を見とがめられたのかと、一瞬身構えた。


「コーヒーを飲み慣れている様子だし、俺の黒肌のことも知っている。もしや、南洋国家に行ったことがあるのでは?」

「……えっ?」


 ちょっとばかり予想外のことを言われて、ぱちくりと目をしばたかせてしまった。

 大牙亭にはコーヒーがあるし、ここでもメニューにあったから普通に頼んだが…… そういえば確かに、大牙亭ではあまりコーヒーを頼む客はいないな。

 俺も普段は飲まないから、言われてみるまで気づかなかったが、もしやコーヒーはここらではマイナーな飲み物なのか。


「この街……というか、この国では肌の色が違う人間がいるなどとなかなか信じてもらえなくてな。どこか秘密の場所で俺が全裸になって肌を焼いている……などという誤解もあるのだ。

 ひどい時には、人間ではないのではないか、と言われたりな…… 遠い国に来るとは大変なものだが、故郷を知っている者がいる、というのは嬉しく思う」

「え、いや、えっと。……確かにコーヒーは普通に飲めるし、肌の黒い人がいることも知っているけど、その南洋国家というのに行ったことは、ないんだ」

「……む、そうか。俺の早とちりだったか……」


 やや気圧されながら俺が答えると、ザイードは気難しげに眉にしわを寄せてつぶやき、改めて朝食を食べ始めた。

 ……もしかして、俺が彼の故郷を知っていると思って、話をしに来ただけ……なのか?


『ふむ、これは…… チャンスなのではないか?

 三日月党のメンバーがここにいるのだ、直接あれこれ聞けるやもしれぬぞ』


 確かにそうだ。それは下手をすると、相手に疑われかねないリスクもあるが……


「南洋国家というと、『南海冒険記』にも記されている無数の島で出来た国ですね。貴方は、そこから来られたので?」

「うむ、若い頃、遠くの国を見たくてな。あちこち旅しているうちに、こんなところまで来てしまった。

 だが、『南海冒険記』の記述は話し半分に聞いておけ。実際には、人喰い部族やらエラのついた人間などいないぞ」


 俺が悩んでいる間に、クロードが雑談から入っていた。

 ……これは、探りを入れるというよりは、好奇心に負けたのでは?

 しかし、ザイードも故郷の話が出来て気分がいいのか、少し饒舌になっているように思える。


 南洋国家、といってもひとつの国ではなく、無数の島々が無数の国に別れており、それらをひっくるめて南洋国家と言うらしい。

 百人くらいが住む小さな島がひとつの国、なんてところもあるそうだ。

 ラディオンからは陸路一月、海路二月と片道三ヶ月はかかるほど遠く、熱帯気候で一年中暑いが、ラディオンとはまるで違うフルーツや魚介類が絶品なのだという。


 海の中にも迷宮が生まれるが、当然海底の迷宮など攻略できないので、この世界での海はそこからオーバーフローした魔物のあふれる危険な場所だが、南洋国家は魚人族という種族の探索士が多く、周辺海域は安全らしい。

 このあたりは異世界ならではの事情だな。


 色とりどりの熱帯魚や、美しい珊瑚礁があるのはこちらの世界も同じようで、それを聞いてみるとものすごく嬉しそうにその様子を話してくれた。


 ……なんか、予想外にすげえ話が盛り上っているんだが。

 南洋国家か…… ハワイとか行ったことないんだよな。そのうち行ってみたいな…… 遠いけど。


「それにしても、黒い人がいる、というのは本当なんですね。

 ……失礼ですが、少し見せてもらっても?」

「お、おい、それは流石に……」

「いや、構わん。流石にこんなところで脱ぐわけにはいかんが、腕を少し見せるくらいならな」


 上機嫌なザイードが、くるくると袖をまくって隣に座るクロードに見せる。

 よく鍛えられて、脂肪などほとんどついていないような腕だ。

 肌は黒いが、手のひらは白いんだな…… 白いというか、やや黒ずんだ肌色という感じだ。俺も黒人を直接見たことはないので知らなかった。


「やっぱり、本の知識と実際の体験は違うものだね…… なるほど……」

「……もういいか?」


 興味深げにまじまじと見つめるクロードに、苦笑してザイードは袖を元に戻す。


「日焼けで一時的にではなく、本当に肌が黒い人がいるなんて、今日まで考えもしなかったよ……」

「日焼けで肌が黒くなるのは、紫が……日光を浴びすぎると身体に悪いからそれを防ぐ防御反応なんだけど、年中日差しが強い南国では人の身体も最初から黒くなるように進……変化していったんだ」

「ほう。俺の肌が黒い理由など、考えたこともなかったな」

「……君は時々、妙なことを知ってるねえ」


 何気なく言うとこの世界にない用語を口走りそうになるな!


「まあ、髪や瞳の色が様々なのと同じで、それが肌の色に表れているだけだ。普通に同じ人間だよ」

「なるほど、亜人種の血が入っている、というわけではないんだね」

「南洋国家の古い伝説では、黒い肌こそ人間の証として神が創りたもうた、という話はあるが。

 今でこそ遠い国から船で来た白い肌の者も多いが、昔は肌が白い者など魚人族しかいなかったそうだからな」


 ……まあ、異世界だから亜人種の血が影響している可能性はあるがな!

 少なくとも、天龍眼に写し出されるザイードの種族は人間だ。


「黒い肌で偏見を受けることもあるということですが、やはり三日月党に入ったのは、そういうことを気にしない仲間だったから、ということでしょうか?」

「……貴様ら、やはり三日月党に探りを入れているのか?」


 すっ、とザイードの目が細められる。

 思わず、二人とも言葉に詰まってしまった。

 一応、見とがめられた時の言い訳は用意してあったのだが……


「そう怯えるな。実は、貴様らのようなことはそれほど珍しくはない。

 三日月党は知名度が高いし、特にこの席はホテルの出入口がよく見える。物見高い者達が、そこからこっそりのぞきに来ることがあるのだ。

 心配するな、ガルシア達に言うつもりもない」

「ええ、まあ…… やっぱり、最強の探索士と言われると、気になってしまって」


 どうやら、ロケーションがありきたりすぎたようだ。

 確かにこのレストランの二階は丁度いい位置だが、それだけに同じことを考える先人は少なくなかったらしい。

 だが、おかげで誤魔化すことが出来そうで、内心ほっとした。


「俺から声をかけたのは初めてのことだが。

 では、知りたいことがあれば何でも答えてやろう……と言いたいところだが、俺もそれほど詳しくはないぞ」

「そうなんですか?」

「宿も別だし…… そもそも、俺は三日月党のメンバーではないからな」

「えっ」

「えっ」

「すっかり一党のように思われているが、俺はフリーランスをやめたつもりはないのだ。

 まあ、確かに思ったよりも長いこと行動を共にしているがな」


 特にその言葉には特に感慨や感情のようなものを感じない。

 彼は三日月党とはビジネスライクな関係なのだろうか。あるいはユズの仲間を殺したことには関わっていないのかもしれない。


 ……いや、それはないか。

 三日月党は一流のパーティだ。一流のパーティが斥候なしで迷宮に入るわけがない。ならば彼もその場にいた筈だ。


「それに、最強と言ってもあくまでこの街の話。

 リーダーのガルシアでさえ、レベルは緑に青が差し始めたところ、もっとレベルの高いドラゴンを倒すような探索士も他の街にはいる。

 むしろ彼は才能とは程遠い努力の人だ。貴様らも経験と努力を積めば追い付けるだろう。別にこれは世辞でも何でもないぞ」

「意外ですね。最強のパーティのリーダーというから、才能に恵まれているのかと思ってましたが」

『ふむ、そういえば能力値は高いが限界値はむしろ低めであったな』


 そういえば、確かにそんな感じの能力値だった。

 ただ、それは自分を限界近くまで鍛え抜いているという意味でもあるので、店長に近い畏敬を感じはする。そういうタイプは数値にならない強さがあったりするものだ。


「皆、優秀ではあるが才能があるというわけでもない。

 ……いや、ただ一人、レリックだけは別だ。あれは天才と言っていいだろう。そのせいか、色々と問題も多い奴だが……」

「問題……ですか」

「……すまんな、口が滑った。それこそ他人には言えん。忘れろ」


 確かに、あれは問題の多そうな性格ではあるが。

 ザイードも微かに眉を寄せて渋い顔をしている。

 ……まあ、これ以上突っ込んで聞くのは無理だろう。


「む、そういえば随分話し込んでしまったな……

 このあと、用事があるのだ。すまんが、先に失礼させてもらう」


 本当に用事があるのかどうかはともかく、そう言うとザイードは朝食の残りを手早く平らげて、ぐいっとコーヒーを飲み干し立ち上がった。


「色々聞かせて頂いて、ありがとうございます」

「いや、俺も久しぶりに故郷の話が出来て楽しかった。ではな」


 そのまま、空の皿を乗せたトレイを持って階下へ降りていく。

 ……その背中に向けて、天龍眼を開放してステータスを見ておく。


────────────────

【名前】ザイード・サフラヴァ   【Lv】36

【種族】人間   【性別】男性   【年齢】31歳

【属性】無

【能力値】

 体力 35/67    精神 28/68

 筋力 34/58    魔力 23/54

 技量 53/71    感覚 40/75

 敏捷 39/80    知性 32/62


【クラス(取得条件)】

 探索者Lv33 - 斥候Lv30、罠感知スキルLv5

 斥候Lv46 - 罠解除スキルLv1

 戦士Lv28 - 武器系スキルLv1

 調理師Lv18 - 料理スキルLv3

 学士Lv11 - 鑑定スキルLv1

 商人Lv8 - 算術スキルLv1


【アビリティ】

 筋力上昇・小(戦士) 筋力が僅かに上昇する

 体力上昇・小(戦士) 体力が僅かに上昇する

 技量上昇・小(調理師) 技量が僅かに上昇する

 技量上昇・小(斥候) 技量が僅かに上昇する

 技量上昇・中(探索者) 技量が上昇する

 敏捷上昇・小(斥候) 敏捷が僅かに上昇する

 感覚上昇・小(調理師) 感覚が僅かに上昇する

 感覚上昇・中(探索者) 感覚が上昇する

 知性上昇・小(商人) 知性が僅かに上昇する

 金銭感覚(商人) 物品に適切な価格をつけることができる

 パーティ成長補正・小(学士) パーティ全体の経験効率が僅かに上昇する

 ドロップ率補正・小(学士) パーティ全体の魔力収束率が僅かに上昇する


【スキル】

 短剣Lv6

 二刀流Lv5

 罠感知Lv6

 罠解除Lv5

 料理Lv3

 水泳Lv3

 鑑定Lv2

 操船Lv2

────────────────


 斥候ではあるが、能力値もバランスよく、スキルも多彩だ。

 様々なパーティに入っても合わせられるように、いやいっそ一人でも成り立つような構成である。

 というか、学士のクラスを持っている探索士は珍しい。


「いや、なかなか有意義な話が聞けたね!」

「……三日月党じゃなくて南洋国家の話のことだろ、それ」


 にこにこと上機嫌なクロードに思わず苦笑する。

 そういえば、『南海冒険記』という本の話をクロードもザイードも何度も引き合いに出していたな。


「ああ、『南海冒険記』は100年くらい前に海洋冒険家のクレイマン卿が書いた本で、南洋国家で見聞きしたことを書いたベストセラーだよ。

 ……ただ、話を聞くとどうも信憑性はかなり薄かったようだね。

 コーヒーのことも、泥水を飲む奇習がある、と紹介されているんだけど……」

「コーヒーは、煎った豆を抽出した飲み物だよ。……飲んでみるか?」


 ほう、豆なのか…… などと呟きつつ、クロードは眉を寄せながら俺の差し出したコーヒーをじっと見つめる。

 ちなみに、この席でねばるために注文したものなので、特に砂糖もミルクも入れてないブラックだ。俺はブラックでも飲めるからいいんだが。


 案の定、おそるおそるコーヒーに口をつけたクロードは、渋い顔をしてカップを置く。


「……これ、本当に泥水じゃないんだよね?」

「ザイードの前でそれを言ったらタダじゃ済まなかったな!」


 笑いながらコーヒーに砂糖を入れる俺に、クロードはあっと声をあげ目を見開くのであった。

次回予告

 三日月党との戦力差。明後日の方向に向かうユズ。器用貧乏にも程があるクロード。

 少しでもその差を埋めるべく、ユートは薬に手を出すことにするが……

 次回、第63話「薬学の時間」

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