第61話 三日月を見る龍眼
※この話は2016/10/3に「三日月の迷宮」⇒「三日月を見る龍眼」に内容が変更されています。
孫子に曰く、敵を知り己を知れば、百戦危うからず。
百年と言わず千年以上前から伝わる故事である。
ちなみにこの言葉、この後に「己を知っていても敵を知らなければ勝敗は五分五分である」「敵も己も知らなければ必ず負ける」と続くのだが、つまり敵味方の情報を正しく多角的に知ることが大切ということだ。
三日月党の撃破を当面の目標としてきたわけだが、ルティア達とのジャベリンウルフとの対決も済み、切り札も出そろいつつある昨今、そろそろ敵である三日月党の情報を収集しなければならない時期になってきた。
相手はラディオン最強と言われる、すなわち知名度最大とも言えるパーティである。
噂程度なら簡単に入手できるが、俺にはさらに詳細な情報入手の方法がある。
すなわち、天龍眼である。
そのためには、この左目で直に三日月党を見なければならない。
そんなわけで、今朝は早くから彼らが泊まっているという宿の前のレストランに陣取っている。
ちょっと高めのレストランなのだが、食事のために来たわけではないので、コーヒー一杯でねばるつもりだ。
「ユズは連れてこなくて良かったのかい?」
「ああ。殺気が漏れて気付かれると面倒だからな」
こちらのアドバンテージのひとつは、相手に気付かれていない、ということだ。
奴らがユズの仲間を殺したとき、ユズは気付かれずに逃げ出した。そのため、向こうは自分達の所業がバレていないと思っているはずである。
だから、いざ決着をつけに行くその時まで、向こうは自分達が狙われているなどとは気付かず、こちらに対して手を打つことかできない。
……まあ、もしかしたら先日の自由市場でのレリックとのやり取りで疑われているかもしれないが、確信に至るほどではない……筈だ。
ちなみに、当のユズは今日はティエナのところに行っている。
今日は薬学を教わる日ではないのだが、自主勉強だ。
相変わらず錬金術は使えないが、最近は勉強の方がはかどっているようで……いやまあ、ちょっと予定とは違う方向に進んでいるのだが……
……まあいいや。無駄にはなるまい。
「ここから漏れでた殺気を感じられるとか、気にしすぎだと思うんだけどねぇ……」
クロードはやや呆れ気味に言いつつ、窓の外を見下ろした。
ここはレストランの二階窓側の席である。店の前は道も広く、向かいにある三日月党の定宿となっているホテルの入り口からは結構距離もある。
だが、遠くから見ている相手に気付くとか、こっそり監視している相手に気付かれないうちに背後に迫るとか、よくある強キャラ演出だしな!
「それにしても、高そうな宿に泊まってるな」
「実際、探索士が泊まる宿としては最高級だね。少なくとも一晩1500ダイムは下らないよ」
「高っ!」
ドラゴンの大牙亭の実に四倍近い。
クレセントベアの肝ひとつで4000のはずだが、それひとつでは六人ぶんの一日の宿代にすらならないのか。
まあ、必ず肝を持ち帰ると言っても、肝ひとつしかドロップアイテムを持ち帰らないわけではないだろうから、それを含めれば足りるのだろうけど。
……どんな豪華な部屋なのか興味あるな。
「……ん、出てきたよ」
『待て、ユート。慌てるな、ゆっくりと、さりげなく……下から見つかりにくいように見ろ』
クロードの声に、俺は反射的に窓から身を乗り出……そうとして、天龍の声に引き留められ、そっと外を見た。
宿から出てきたのは……レリックだ。
どこかに遊びに行くのだろうか。腰にミスリルソードをさげてはいるが、軽装で、手の中で財布らしき革の袋を弄んでいる。
「……どうやら、今日は探索の日ではないようだね。
彼は……レリック・ハルワタートか。三日月党には3年前に加入した戦士だ。一番の新人だよ」
「もしかしてクロード、三日月党全員の名前と顔を知ってるのか?」
「有名だからね、情報くらいは。
顔の方は初めて見るけど、どんな容姿かくらいは聞いたことがある。女性のように美しい顔、それに腰に下げた立派な剣、間違いないね」
「ああ、間違いなくあれはレリックだ」
レリックはこちらに気付く様子もなく、革袋を仕舞い込んで歩いていく。
その背中に視線をあわせ……天龍眼で詳細なステータスを読み取る。
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【名前】レリック・ハルワタート 【Lv】35
【種族】人間 【性別】男性 【年齢】19歳
【属性】無
【能力値】
体力 42/68 精神 24/69
筋力 42/76 魔力 11/78
技量 54/116 感覚 32/84
敏捷 42/91 知性 21/56
【クラス(取得条件)】
戦士Lv40 - 武器系スキルLv1
剣士Lv22 - 戦士Lv30、剣系スキルLv4
【アビリティ】
体力上昇・小(戦士) 体力が僅かに上昇する
筋力上昇・小(戦士) 筋力が僅かに上昇する
筋力上昇・中(剣士) 筋力が上昇する
技量上昇・中(剣士) 技量が上昇する
【スキル】
長剣Lv6
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なんと、技量の限界が三桁である。
ミーシャ以外で三桁の限界値は初めてだ。これが才能というやつか。
長剣スキルも、他のスキルが無いとはいえシャリア先生より上のLv6である。
俺と同年代で、経験値補正もついてなかったろうにこのレベルか……
『……間違い無く、剣の天才と呼ぶべきだな』
その才能で人斬りしてちゃ迷惑の極みだがな。
地球なら剣の腕も確かに人斬りくらいにしか使えなかったかもしれないが、こちらの世界には魔物がいるっていうのに。
「しかし、探索が休みだとすると…… 何人か、外に出てこないかもしれないね」
「他のメンバーはどういう奴らなんだ?」
「前にも言ったけど、全部で六人。
リーダーの剣士、ガルシア・アルドワシュト。
その妹で槍使いの、マリアベル・アルドワシュト。
さっきのレリック・ハルワタート。
触媒法のリアナ・アールマティ。
精霊使いのヴォルフガング・ウォフ・マナフ。
斥候のザイード・サフラヴァ。
戦士が三人、魔法使いが二人、斥候が一人だ」
ふむ、そういう名前なのか。
もしクロードが気付かなくても、これで俺も名前を見ればわかるようになったな。
できれば、全員見ておきたいところだが。
『探索に出る日であったなら、全員まとめて出てきただろうにな』
まったくだ。
これは持久戦になるかもしれないな……と思いつつホテルの入り口を見ていると、再びそれが開かれた。
出てきたのは、男女のペアだ。
眼鏡をかけた、大人しそうな青い髪の女性の方の名前が、リアナ・アールマティとなっている。三日月党の魔法使いだな。
もう一人の、派手で高級そうなマントを羽織った男の方は……
……ジョン・ケインズ?
リアナの方に親しげに話しかけているが、彼女には完全に無視されているし、高レベルだが無関係な魔法使いのようだ。
「ん、魔法使いの二人が出てきたね。
あの派手なマントはわかりやすいね、ヴォルフガング・ウォフ・マナフだ。
女性の方が……おそらく、リアナ・アールマティ。魔法の触媒を買いに行くのかもしれないな」
「……えっ。男の方は無関係じゃないのか?」
「いや、間違いないと思うよ。あのマントだし」
ああ、うん、確かに見間違うのは難しい、どこの王様かと聞きたくなるような重そうなマントだけど……
……やっぱり、何度見てもジョン・ケインズだ。
ヴォルフガング・ウォフ・マナフなんて派手な名前ではない。
『ふむ、だがクロードが言うならば、一応一緒に天龍眼で見ておいた方が良いだろう』
まあ、見て損があるわけでもなし、見ておくか……
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【名前】ジョン・ケインズ 【Lv】33
【種族】人間 【性別】男性 【年齢】25歳
【属性】雷
【能力値】
体力 25/33 精神 43/67
筋力 24/54 魔力 57/82
技量 29/86 感覚 33/55
敏捷 27/43 知性 27/45
【クラス(取得条件)】
魔法使いLv36 - 魔法系スキルLv1
属性術士Lv16 - 魔法使いLv30、八属性のいずれかLv4
農家Lv11 - 農作業を一定期間経験する
【アビリティ】
筋力上昇・小(農家) 筋力が僅かに上昇する
精神上昇・小(魔法使い) 精神が僅かに上昇する
精神上昇・中(属性術士) 精神が上昇する
魔力上昇・小(魔法使い) 魔力が僅かに上昇する
魔力上昇・中(属性術士) 魔力が上昇する
天候感知(農家) 天候の変化を予測・感知する
【スキル】
魔力感知Lv4
魔力操作Lv4
魔法・雷Lv6
演技Lv2
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【名前】リアナ・アールマティ 【Lv】35
【種族】人間 【性別】女性 【年齢】22歳
【属性】無
【能力値】
体力 23/45 精神 47/73
筋力 21/38 魔力 42/67
技量 31/57 感覚 26/62
敏捷 29/43 知性 46/79
【クラス(取得条件)】
魔法使いLv39 - 魔法系スキルLv1
属性術士Lv20 - 魔法使いLv30、八属性のいずれかLv4
【アビリティ】
精神上昇・小(魔法使い) 精神が僅かに上昇する
精神上昇・中(属性術士) 精神が上昇する
魔力上昇・小(魔法使い) 魔力が僅かに上昇する
魔力上昇・中(属性術士) 魔力が上昇する
【スキル】
魔力感知Lv5
魔力操作Lv5
魔法・氷Lv5
占術Lv1
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それぞれ、氷と雷の属性に特化した魔法使いだ。
何げに、二次クラスを取得した魔法使いを見るのは初めてかもしれない。
属性術士か……覚えておこう。
条件が八属性魔法のいずれか……だから、無属性を伸ばしても属性術士にはなれるようだ。微妙な違和感はあるが。
強化や回復の魔法のスキルを伸ばした場合は、また別のクラスに派生するのだろう。
しかし……
「ヴォルフガング・ウォフ・マナフか……」
……やっぱ何回見ても、そんな立派な名前じゃないよなあ。
「……ジョン・ケインズじゃなくて?」
「……誰だい、それ?」
『何か理由があって、偽名を名乗っているのだろうな。
しかし、はて、偽名を名乗らねばならぬというには、その偽名も仰々しく、格好も派手なようだが……』
偽名を名乗るということは、普通に考えれば正体を隠したいということで、その必要があるなら派手な行動や格好は避けそうな気がするものだ。
……まあ、今は考えていてもしょうがないか。
それから更にしばらく待つと、再び男女のペアが出てきた。
といっても、まだ若かった先の二人とは違い、ゴルドさんよりも年上の二人だ。二人ともどこか似通った、厳格さをにじませる厳つい顔立ちをしている。
レディファーストの逆を行くように、女性の方が開けた扉から男性の方が悠々と出てくる。
二人とも普段着ではあったが、男性の方はやや短めのショートソードを、女性の方は穂先の横に斧刃のついた、いわゆるハルバードを身に付けている。
ハルバードはかなり柄が長い。持ち歩くだけても大変そうだ。
「リーダーのガルシア・アルドワシュトと、槍士のマリアベル・アルドワシュトだね。
三日月党は10年以上活動しているから、死者はいなくてもメンバーの入れ替わりが何度かあったんだけど、あの二人は最初からのメンバーだよ。
兄妹だからか、抜群のコンビネーションらしいね」
「……多分、武器のメンテナンスに行くんだな。あのハルバードは街中で携帯するには流石に大きすぎる」
「あの長さ…… どれだけのパワーがあれば振り回せるのか、見当もつかないな」
先端に斧刃がついているぶん、ハルバードは普通の槍よりも重い。梃子の原理が働くので、見た目の何倍も重く感じる筈だ。
天龍眼では重量25となっているが、自在に扱うにはそれ以上の筋力がいるだろう。
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【名前】ガルシア・アルドワシュト 【Lv】42
【種族】人間 【性別】男性 【年齢】42歳
【属性】無
【能力値】
体力 47/55 精神 34/54
筋力 51/62 魔力 24/68
技量 52/58 感覚 31/51
敏捷 33/45 知性 39/64
【クラス(取得条件)】
戦士Lv47 - 武器系スキルLv1
剣士Lv35 - 戦士Lv30、剣系スキルLv4
将官Lv14 - 指揮Lv3
商人Lv7 - 算術Lv1
【アビリティ】
体力上昇・小(戦士) 体力が僅かに上昇する
筋力上昇・小(戦士) 筋力が僅かに上昇する
筋力上昇・中(剣士) 筋力が上昇する
技量上昇・中(剣士) 技量が上昇する
知性上昇・小(将官) 知性が僅かに上昇する
知性上昇・小(商人) 知性が僅かに上昇する
パーティ戦意向上(将官) パーティ全体の戦意を向上させ、十全な能力を発揮させる
金銭感覚(商人) 物品に適切な価格をつけることができる
【スキル】
長剣Lv6
大盾Lv6
重装Lv5
帝王学Lv2
指揮Lv4
算術Lv3
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【名前】マリアベル・アルドワシュト 【Lv】38
【種族】人間 【性別】女性 【年齢】39歳
【属性】無
【能力値】
体力 73/87 精神 21/42
筋力 80/99 魔力 6/8
技量 34/50 感覚 29/88
敏捷 27/49 知性 15/27
【クラス(取得条件)】
戦士Lv49 - 武器系スキルLv1
槍士Lv29 - 戦士Lv30、槍Lv4
【アビリティ】
筋力上昇・小(戦士) 筋力が僅かに上昇する
筋力上昇・中(槍士) 筋力が上昇する
体力上昇・小(戦士) 体力が僅かに上昇する
敏捷上昇・中(槍士) 敏捷が上昇する
【スキル】
槍Lv6
長柄武器Lv6
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ガルシアは限界値自体は意外なほど低いが、いくつかの能力値がその限界にかなり近くなっている。店長と同じ、鍛えきった熟練者の風格を感じる。
今は剣しか持っていないが、盾のスキルが長剣と同じLv6になっている。クロードを物理寄りにしてぐっとレベルを上げた、といった感じだな。
その他には…… 将官、というのは初めて見るクラスだ。……確か、条件になる指揮はルティアのカリスマに複合されているスキルでもある。カリスマLv3になったらルティアも将官になるのだろうか?
妹のマリアベルは……
……ゴリラ?
と言いたくなる清々しいまでの脳筋。
槍を使って戦う以外のことできないぞこの人。
だが、その槍の威力は文字通りに人間離れしていそうだな……
見るからに防御のガルシアと攻撃のマリアベルで役割が分担されている。となるとあの長いハルバードは、盾を構えたガルシアの後ろから攻撃できる長さ、ということか。
二人は特に会話を交わす様子もなく、ガルシアの背後にマリアベルがついていく形で職人街の方角へと歩いて去っていった。
「これで、残るは斥候一人だけだね」
「確か、ザイード・サフラヴァか…… どんな奴なんだ?」
「元々はフリーの探索士で、臨時でパーティに入っていたんだけど、毎日誘いがかからない日は無いってほどの評判の腕前だったらしい。
四年ほど前からは、三日月党のメンバーになっているね。
三日月の迷宮は日の光が差さない迷宮なんだけど、闇に溶け込むために服の下まで真っ黒に日焼けしていて、黒影のザイードと呼ばれてる」
「……いや、それは元々肌が黒いだけなんじゃないのか?」
「ははっ、確かに『南海冒険記』という本には全身が真っ黒な人々の話があるけど、元々肌の黒い人間なんていやしないよ。南は暑いから薄着をして、そのせいで日焼けしてるって話を誇張して書かれただけさ」
「日焼けで服の下まで黒いわけないだろう。最初から肌が黒い人間なんだよ」
「……ほう、この街でそう言ってもらえたのは初めてだ」
不意に、店の中の方から声がかけられた。
クロードと同時に振り向いてみると、いつの間にそこにいたのか、暖かい陽気だというのにフードつきのコートを着た、彫りの深い顔立ちの男性が立っていた。
その肌は浅黒く、それが目立つのを嫌ってか肌の露出が少ない格好をしている。
天龍眼に表示されたその名は──
「ザイード・サフラヴァ……っ!?」
俺がその名を確認するのと同時に、クロードが驚愕と共にその名を呟いた。
次回予告
不意にユートたちの背後に現れたザイード・サフラヴァ。
一見して危機かと思われたが、それは逆に好機でもあった。
次回、第62話「コーヒー色の刺客」




