第63話 薬学の時間
「首を締められるのは気持ちいいって聞いたことあるんだけど、本当? 絞首紐で締められるのとか、絶対苦しいと思うんだけど」
「え、えと、そいつぁ締めるのが頸動脈か気道かの違いでさぁ。
紐で締めると、その、気道が潰れやすんで、苦しいでしょうが、血の通り道だけをうまく締めると、ふわーっと浮き上がるような心持ちで気絶するとか……」
「へー、頸動脈ねぇ。動物系の魔物とか、首を斬ると結構すごい勢いで血が噴き出すんだけど、あれも頸動脈切ってるからかな? ……このあたり?」
「ひぃっ!? さ、触らねぇでくだせぇ! な、なんかぞわっとしまさぁ!」
ユズを迎えにティエナの工房に行くと、何やら二人できゃっきゃうふふとじゃれあっていた。
……なんか俺も首筋がむずっとするんだけど。
「首っていうと、よくお芝居なんかで首筋を手刀で叩いて気絶させるシーンとかあるけど、あれって──」
「ユズ、ユズ、あんまり首で攻めるのやめてくれないか?」
「あ、アヅマ、クロード。おかえり」
ユズはにこやかに手を振るが、俺とティエナは思わず自分の首回りを撫でさすってしまう。
今日のティエナのサングラスは、ティアドロップ型だった。
というか、こっちの世界の創作にもあるのか、あれ。
ちなみにあれは…… ネットで調べたときは、実際に出来るという人と出来ないという人がいて、曖昧だったな。
ただ、素人がやっても軽い力では気絶しないし、気絶させるほどの力でやると脊髄が損傷して後遺症が残りかねないので真似してはいけない、という結論には達した。
お腹を殴って気絶させるのも同様で、古武術の達人か魔法使いでもない限り、悶絶させるのがせいぜいで気絶させるのは無理なようだ。
いずれにしても、創作上の演出に過ぎないってことだな。
締め落とす以外で、瞬間的に気絶させるとするなら……
「……まあ、狙うならアゴじゃないかな」
「ふぅん、アゴねえ」
「あの、だからお嬢さん、あちしのアゴを撫でるのはやめておくんなせえ!」
「アゴの先に強い衝撃を与えると、首を支点に脳が揺らされて、脳震盪が起こる……らしい」
さすがに実戦でやったことはない。そもそも、大きくなってから素手の喧嘩をした覚えもないしな。
「あとは、人中とか、水月とか。
どちらも、強打すると激痛で怯むという」
「ふんふん、へーえ……」
「だ、だからあちしの身体で確かめるのはやめておくんなせえよう!?」
「……そうだね、やっぱりそんなことするよりも……
肋骨の間から、心臓にナイフ突き立てる方が確実に殺せるし」
「ぴ、ぴいっ」
みぞおちをまさぐっていた指先がつつっと上に移動して、ティエナは顔を赤くしながらがくがくと震えて怯えた。
「ユズ、ティエナを脅かすのはやめろ」
「あ、うん、ごめん。……ちょっと熱が入りすぎちゃった」
「わぁん、アヅマのダンナぁ!」
見かねて注意すると、ティエナは涙目で……かどうかはサングラスで見えないんだけど……俺の背中に回り込んで、ぴったりと身体をくっつけてきた。
ユズは、軽く苦笑いして頬をかいている。
最初は勉強の進みもはかばかしくなかったユズだったが、最初は「何の意味があるの?」とぶつくさ言っていた人体の構造に次第に興味を持ち始めたのである。
それにティエナが答え、俺が現代知識から補足していくうちに、次第にエスカレートし……
……その根源は、三日月党の連中をどうやって殺すか、という暗い情動であることに気付いたときに時既に遅し。
なんか、解剖学Lv2とかいうスキルが生えてた。
……本来の目的である薬学はLv1のままなのに。
むしろクロードの方が勉強は進んでいて、薬学Lv3と錬金術Lv2になっていたりする。これ以上スキル増やしてどうするのか。どうしてこうなった。
「うん、新しい殺し方をまたゴブリンで練習しとかなきゃ。
三日月党は殺し方を選べる相手じゃないけど、どんな状況でも確実に殺せるようにならなきゃね!」
「お、おう……」
「……ほ、ほどほどにね?」
いつも通りのにこにこ明るい笑顔で意気込むユズに、流石に俺とクロードも若干、引く。
骨格や構造が人間によく似ているゴブリンは、こうしてユズの惨殺のターゲットにされているのであった。
迷宮内ではすぐに魔力に分解されるとはいえ、飛び散る血と臓物はかなりグロい。そのうち生きたまま解剖とか始めなきゃいいんだけど。
殺意自体は三日月党と魔物にしか向けられていないから、まだいいんだが……
……あまりエスカレートするようなら止めるようにしよう。
ティエナも、俺の首に後ろから腕を回すように抱き締めて離さないくらい怯えてるし。
ちょっと苦しいんだけど、感触は柔らかい。普段霊薬を作っているせいか、少しツンとした薬っぽい匂いがする。
「……ところで、三日月党の方はどうだったの?」
「そうだね、残念ながら彼らも探索が休みだったみたいで、防具を身に付けた姿は確認できなかったんだけど……」
「まあ…… こちらより格段に強いのは、確認できたな」
まず、能力値だけでも全然違う。
ユズとクロードの、高い方の能力値でも40にやっと届いたくらいなのに、向こうは低い方でも30前後、高い能力値は60や70といった具合だ。
傾向としてクロードはガルシア、ユズはザイードと同じタイプの探索士だが、能力値だけでなくクラスもスキルも一回り二回り劣っている。
『ふむ。ユート、改めて二人のステータスも確認しておいた方がいいのではないか?
己を知り敵を知れば、とかいうやつだ』
順番が逆だったと思うが、それもその通りだ。
スキルやらクラスやらちょくちょく確認はしているが、しっかりデータを見たのは……牙狼に挑むよりも前だったか?
たまには、仲間の能力も把握しておかないとな。
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【名前】クロード・アレスティン 【Lv】26
【種族】人間 【性別】男性 【年齢】24歳
【属性】無
【能力値】
体力 22/45 精神 33/84
筋力 22/43 魔力 34/71
技量 26/61 感覚 28/67
敏捷 19/32 知性 32/92
【クラス(取得条件)】
学士Lv27 - 鑑定スキルLv1
戦士Lv22 - 武器系スキルLv1
魔法使いLv18 - 魔法系スキルLv1
斥候Lv16 - 罠解除スキルLv1
錬金術師Lv13 - 錬金術スキルLv1
商人Lv12 - 算術スキルLv1
【アビリティ】
パーティ成長補正・小(学士) パーティ全体の経験効率が僅かに上昇する
ドロップ率補正・小(学士) パーティ全体の魔力収束率が僅かに上昇する
筋力上昇・小(戦士) 筋力が僅かに上昇する
体力上昇・小(戦士) 体力が僅かに上昇する
技量上昇・小(斥候) 技量が僅かに上昇する
技量上昇・小(錬金術師) 技量が僅かに上昇する
敏捷上昇・小(斥候) 敏捷が僅かに上昇する
精神上昇・小(魔法使い) 精神が僅かに上昇する
魔力上昇・小(魔法使い) 魔力が僅かに上昇する
知性上昇・小(商人) 知性が僅かに上昇する
知性上昇・小(錬金術師) 知性が僅かに上昇する
金銭感覚(商人) 物品に適切な価格をつけることができる
【スキル】
鑑定Lv5 算術Lv4 交渉Lv2 長剣Lv4 短剣Lv1
盾Lv3 罠解除Lv2 罠感知Lv2 魔法感知Lv3 魔法操作Lv4
魔法・火Lv3 魔法・水Lv1 魔法・風Lv1 魔法・氷Lv2 魔法・雷Lv2
魔法・天Lv2 魔法・地Lv1 魔法・無Lv1 薬学Lv3 錬金術Lv2
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【名前】ユーザニナ・ニンフィア・ルブルムフロウ 【Lv】27
【種族】エルフ 【性別】女性 【年齢】28歳
【属性】無
【能力値】
体力 29/61 精神 25(-5)/58
筋力 22/49 魔力 12/72
技量 35/75 感覚 35(-5)/78
敏捷 41/88 知性 25/48
【クラス(取得条件)】
斥候Lv35 - 罠解除スキルLv1以上
戦士Lv24 - 武器系スキルLv1以上
隠密Lv6 - 斥候Lv30、隠密スキルLv4以上
【アビリティ】
魔力感知(種族) 魔力の存在を感知する
筋力上昇・小(戦士) 筋力が僅かに上昇する
体力上昇・小(戦士) 体力が僅かに上昇する
技量上昇・小(斥候) 技量が僅かに上昇する
技量上昇・中(隠密) 技量が上昇する
敏捷上昇・小(斥候) 敏捷が僅かに上昇する
奇襲(隠密) 奇襲の発生率を高めると共に、奇襲時の攻撃力や即死率を高める
【スキル】
短剣Lv5 投擲Lv5 二刀流Lv4 罠解除Lv4 罠感知Lv4
隠密Lv6 演技Lv1 薬学Lv1 解剖学Lv2
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うーむ…… やはり、三日月党に真っ正面からぶつかるわけにはいかないな。
二人ともレベルが上がってこそいるが、流石に三日月党と正面から戦えるほどではない。
ユズが罠感知Lv5になれば、ザイードと同じ二次クラスの探索者を取得することもできるが、それもすぐに強くなれるというものでもないな。
勿論、時間をかけてレベルを上げてもいいのだが…… いつまでも、とは行くまい。
ずるずると先延ばしにすると、ユズが焦れて暴走するおそれもあるからな……
何ヶ月も足踏みするのは避けたいところだ。
それならば、足りないぶんを積み上げるしかない。
あるいは、敵を引き下げるか。
いわゆる強化・弱体化というやつだ。
魔法にも魔法・強化というスキルがあるが、今すぐそれを習得してもレベル不足で劇的な効果は見られないだろう。
ということで、ここは専門家の意見を聞こう。
「ティエナ、能力を強化するような霊薬ってあるのか?」
「能力を強化……って、力が強くなるとか、足が速くなるとか、そういうの?」
「へい、そりゃあありますぜ。色々と種類もありやすが、基本的には効果の高いものほど持続時間が短くなってる感じでさぁ。
逆に持続時間が長いと効果は低く、どっちも欲しけりゃ値が張るってぇ寸法で」
「一般的に出回ってるのは、効果は高いけど10分しかもたないのと、一時間はもつけど効果は控え目のものの二つだね」
ティエナの答えをクロードが補足する。
10分は論外だな。戦闘の直前に飲んだとしても、下手すると戦闘中に効果が切れてしまいかねない。
一時間ならその心配はないが…… 戦闘直前や戦闘中に霊薬を飲む余裕があるかどうか、というのもある。
「三時間くらい効果が続けば、迷宮に入る前に飲んでも良さそうなんだが……」
「そんなに長持ちする霊薬なんて聞いたことないよ?」
「無いこともありやせんぜ?」
少しばかり得意気に言って、ティエナが俺の首に回した腕を解く。
ちょいと待ってておくんなせぇ、と言って席を外したティエナは、戻ったときには霊薬の瓶を三個持っていた。
「こいつは、あちしが持続時間をめいっぱい伸ばして作ってみたもんでさあ。四時間は効果を発揮するはずですぜ」
「四時間! すごいな、そんなに長く続く霊薬なんて初めて聞いたよ」
「にへへ、そんな褒めねぇでくだせえよ、クロードの兄さん。
……まあ、そのぶん効果の方はほんのちょっぴり、売り物にゃあならねぇですがね。良かったら差し上げるんで、試してみてくだせえ」
錬金術の命題のひとつは「永遠に効く霊薬」を作ることだ、と以前の授業でティエナ自身が言っていたが、現実は四時間続くだけでも大したものだな。
これ以上のものを作ろうとすると材料費がどんどん嵩むだけでなく、そもそも売りに出されていない希少な素材……ドラゴンの血とか……が必要になってくるという。
ともあれ、ティエナが持ってきた霊薬は三種類。
天龍眼によると、それぞれ筋力・感覚・魔力を高めるものらしい。
流石はティエナお手製、いずれも品質はAだ。
「それじゃ、ぼくはこれもーらいっ」
止める暇もなく、ユズが筋力の霊薬を手にとって一気に飲み干した。
次いで、クロードも魔力の霊薬を手にとる。
仕方なく、俺は感覚の霊薬だ。
「……まあ、美味しくは、ないね」
一口飲んだクロードはそう言うが、ユズは当然ながらけろっとしている。
さて、俺も感覚の霊薬を飲んでみる、が……
……なにこれまずぅい。
一体何が原料なのやら、とろりとした舌触りと共に強烈な苦味とピリッとくる辛味がやってくる。
くふ、と漏らした息が鼻につーんときて、霊薬の通り抜けた胃と食道がかっと熱くなった。
幸い、後味やその灼熱感はさっと通り過ぎて消えたものの…… あんまり何度も飲みたくないなあ、これ。
強化系の霊薬なんて自由市場では見かけたことがなかったけど、このひどい味で不人気なせいもあるのかもしれない。
『味はともかく、一応の効果はあるようだぞ』
胃の辺りをさすりながらクロードとユズのステータスを確認すると……筋力と魔力に(+2)という表示がついていた。
……+2かあ。持続時間をめいっぱい伸ばしたというし、+1でないだけマシ、というものだろうか。
「うーん…… あんまり強くなった気はしないね」
「流石に四時間も効く霊薬だと、効果を強くするのは難しいからね」
「何本かまとめて飲めばいいんじゃないか?」
たとえ+2でも、複数の能力値が上がれば少しは違うし、+4、+6と効果を重ねていくこともできるかもしれない。
不味いのを何本も飲まなければならないことと、お金がかかることを除けば、悪くない手だと思ったんだが……
「ダンナ、そいつぁいけねぇ。霊薬の飲み過ぎはご法度ですぜ。
……ところで、そいつがいけねぇ理由が二つありやすが、ダンナはわかりやすか? 授業でも一度教えやしたが」
「えっ」
あれ、そんな話したっけな……?
天龍……は薬学の授業中はろくに聞いてなくて、つまらぬ、退屈だ、と俺の勉強を邪魔する始末だから頼りにならない。
ので、思わずクロードの方に視線を滑らせた。
「あー…… まずは、魔力干渉の問題だね。同じものに対して複数の魔法が干渉すると、魔力が乱れて互いに効果を打ち消しあってしまうんだ。
僕が、空気を集めて作るジャベリンウルフの風の槍を、空気を固めるエアステイシスの魔法で妨害したのを覚えてるかい?」
『ある形になれ、と魔力が働いているものに、別の形になれと同時に別の魔力が働くと、魔力が引っ張りあって互いの意図せぬ無意味な形になり、反動を撒き散らしながら散ってしまう。
当然、魔力の強さに大きく差があれば、その干渉をはね除けてしまうがな』
「おお、あれはそういうことだったのか」
そういえば、魔力の余波が放たれて、ジャベリンウルフが大きくよろめいていたのを覚えている。
クロードは器用だな、くらいにしか思ってなかった。
あるいは、ティエナの授業でこれを聞いて、あのやり方を思い付いたのかもしれない。
「もうひとつの理由は血中有効濃度域かな。
錬金術によって作られた霊薬は、薬の成分と込められた魔力の相乗効果で効果を発揮するんだけど、体内にある薬の成分量が一定の範囲より多すぎても少なすぎても十分な効果を発揮しないんだ。
しかも、霊薬の材料には少なからず、分量を間違えれば毒になるものも含まれる。摂取しすぎれば毒としての効果を発揮してしまうから、飲み過ぎは危険だよ。
……こんなところかな? ティエナさん」
「さっすがクロードの兄さん、お見事でさあ!」
「へー、ほく知らなかったよ」
「ああ、初めて聞いた」
「お嬢さんとダンナも、一緒に授業しやしたよね!?」
半ば泣きそうな声で叫ぶティエナに、俺とユズは目をそらしつつ謝ることしかできない。
すまん、ティエナ。これも天龍ってやつのせいなんだ。
『こら、私のせいにするな!』
怒られてしまった。授業中にちょっかいかけて邪魔してきてたのは本当なのに。
しかし、そうなると複数の薬を飲むとパワーアップどころか効果が消えてしまい、体内で魔力干渉が起こって内臓を揺さぶられ、大ダメージを受けたストリートファイターのようにヘドをぶちまける羽目になるのか。
いや、あの演出は二作目の初代だけらしいんだけど。
どうやら、霊薬で飛躍的なパワーアップを果たして三日月党に対抗する、というのは無理そうである。
もちろん、完全に無意味なわけではないが……
別の手を考えないといけないな、と俺はひそかに溜め息をつくのであった。
次回予告
不意に訪れた退屈な時間、ふと思いついたユートは店長に剣の稽古を申し出る。
ついに、その力の一端が明かされる時が来た。
次回、第64話「最強の力(稽古編)」




