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第54話 狼達の統率者

 新たな装備を整えた、その数日後。

 俺達は、ルティアのパーティと共に牙狼の迷宮に潜っていた。


 牙狼の迷宮は、広さはあるが地面の起伏や迷宮全体にかかった靄で見通しの悪い場所である。

 草原のように生え揃った下草も足が長く、狼が伏せてしまうとその姿を隠してしまうほどだ。


 見えないところから狼が群れで襲ってくる。

 それこそがこの迷宮の恐ろしいところであり、これにどのように対処するかで探索の結果は変わる。

 ……まあ、連携の取れているルティアたちに、俺のソナーが加われば、狼の奇襲なんか無意味なんだけど。


 狼達を蹴散らしながら先へ進むと、次第に靄が濃くなり、霧のようになってくる。

 これが、より迷宮の奥へと近付いた証だ。

 第三層ともなると、もはや靄ではなく霧と言うべき状態である。


 そして、ボスであるジャベリンウルフが待つ第四層。

 第四層は、いわゆるボス部屋になっている……らしい。

 第三層の最奥にはまるで壁のように不自然な、先を見通すことのできない霧が立ち込めている。

 この霧を抜けたその先で、ジャベリンウルフが挑戦者を待ち構えているのだ。


「っ……」


 霧の壁を前にして、ルティアが息を飲む。

 不安げに振り返る彼女に、仲間達は力強くうなずきを返す。

 きゅ、と唇を引き結んで、ルティアは再び前を向いた。


「……行きましょう」


 それぞれ油断なく武器を構えながら、霧の壁に突入する。

 霧の壁の中は1m先も覚束ないほどだったが、ほんの数m進むとすぐに晴れて視界が開ける。


 霧の向こう、第四層はむしろ霧が薄かった。

 そこは直径100mほどの円形の広場になっていて、地形もなだらかで木も生えていない。頭上も開けているのだが、厚い雲が垂れ込めていて第三層までと変わらない程度の明るさだ。


 その奥、俺達の真正面に、ジャベリンウルフはいた。


 見た目はこれまでに見たファングウルフと変わりない、サーベルタイガーのような二本の長い牙を生やした狼の姿だ。

 だが大きさが違う。まだ間合いが遠いためはっきりとはわからないが、ゆったりと伏せているのに体が下草に隠れきれていない。


 奴は、当然のようにこちらに気付いていた。

 じっとこちらを見詰めたまま、特に焦るでもない自然な仕草でおもむろに立ち上がる。

 そして、吠えた。


「オオオオオオォォォォオーーーーンッ!!!!」


 びりびりと空気が震えるほどの遠吠えと共に、ジャベリンウルフを中心に空気が渦巻いて膨れ上がり、一時的に霧を吹き飛ばすほどの風を巻き起こす。

 その突風は離れている俺達のところまで一気に届き、思わず腕で顔をかばって身をすくませた。

 同時に、ぞくりと背中を撫で上げる寒気は、殺気と言っていいものだろう。

 ひっ、と小さく悲鳴をあげたのはルティアか。


 突風が吹き抜けた後、ジャベリンウルフは先程までの落ち着きが嘘のように全身総毛立って敵意にみなぎり、戦闘体勢をとっていた。

 それだけではなく、それまでは姿が見えなかった配下の狼が三体一セットで左右に一セットずつ、あわせて六体、出現している。


ジャベリンウルフ 魔物 男性 Lv31

動物系ボス 風属性


ダイアウルフ 魔物 男性 Lv22

動物系 無属性


ファングウルフ 魔物 男性 Lv18

動物系 無属性


 配下の狼は第三層に出てくるのと同じ、大型犬のような巨体のダイアウルフをリーダーに、ファングウルフ二体を引き連れている。

 だがこうして比べるとジャベリンウルフの大きさがよくわかる。ダイアウルフのさらに倍は高い位置に頭があるのだ!

 俺が普通に立ったまま目線を合わせることが出来そうだ。この巨体が飛びかかってきたらタダでは済まないだろう。


 そして、ジャベリンウルフ達はV字型の隊列の先頭にボスが立ち配下を率いる形で、真っ直ぐ突っ込んできた!


「前に出るぞ!」


 叫んで、ゴルドさんが真っ先に駆け出す。

 少し遅れて、前衛の相方であるレジーが後をついていく。

 ゴルドさんの武器は大柄なゴルドさんの身の丈ほどもある両手持ちの大剣だ。剣を立て、切っ先を頭上に向けて走る勢いと迫力は凄まじい。

 だが、ジャベリンウルフはそれでもなお止められるかどうか危うい巨体だ。


「ぬおおぉっ!!」

「ガアァウッ!!」


 ごごォん、という重い金属が激突する音が響く。

 豪快に降り下ろされたゴルドさんの剣がジャベリンウルフに打ち込まれ、その巨体の突進を受け止める!

 しかしジャベリンウルフも長い牙を剣のように振るって大剣の一撃を受け止め、剣と牙でせめぎあってゴルドさんをその場に押さえ付けた。


 その隙に配下の狼がバッと左右に分かれて展開し、後衛の俺達を左右から挟み込もうとする。


「っと、行かせるか──」

「レジー! 避けろ、風のジャベリンだ!」


 咄嗟にナイフを放とうとしたレジーに、クロードの声が飛ぶ。

 間一髪、その場を飛び退いたレジーの足元に、轟音を立てて風の槍が突き刺さった。

 遠目からではボスの頭上に霧が渦巻くのが見えるのだが、あれはボスの近くにいると死角になってしまいそうだ。


「こっちは僕達に任せろ! アヅマ、右は頼む!」

「わかった!」


 刀を構え、右側から来る狼を迎え撃つ。

 突っ込みはしない。すぐ後ろからアルバートの呪文が聞こえるからだ。


「聞け、我に従いし幾千の精霊よ。我は炎の支配者なり!

 地獄の底より沸き上がる、黒き炎を呼び覚ませ! さあ、地獄の炎の精霊よ、踊れ踊れ、謳え謳え、思いのままに膨れ上がるがいい! ダークフレイムバースト!」


 朗々と歌い上げるアルバートの詠唱は聞き逃す心配がなくていい。

 呪文が完成すると同時に、狼達を丸ごと飲み込むような漆黒の炎か爆発的に広がった。

 これもやっぱり、色が黒いだけで普通の炎なのだろう。

 だが侮るなかれ。魔法はつまるところイメージなのだ。黒くてカッコいい炎が弱い筈がない、という思い込みで、実際に魔法は強くなる。


「おおおおっ!!」


 気合いを入れて、下草を燃やす黒い炎の中へと突っ込む。

 ミノタウロスの革は熱や炎にもある程度は強い。思ったほど熱を感じないが、流石に炎の中に長居はできない。

 一気に駆け抜け、その勢いのままにダイアウルフを両断する。

 炎に包まれて驚き戸惑う狼は成すすべもなく真っ二つになって絶命した。


「ええいっ、無茶をする奴よ!」

『まったくだ! 場合によっては怪我では済まぬぞ!』


 アルバートと天龍の叫びを聞き流しつつ、炎の中から逃げ出してきたファングウルフを斬り捨てる。


 それらが魔力に分解されていくのを確認しつつクロードの方を見ると、クロードもダイアウルフに剣を突き立ててトドメを刺していた。

 あちらはディッツの弓矢とユズの援護があったようだ。アルバートの炎の魔法ほど強力な支援ではないが、クロードは盾と魔法を上手く使って三体の狼をおさえこんでいたらしい。ほとんど移動もしていない。


 ともあれ、これでボスの取り巻きも全滅だ。

 あとは全員でジャベリンウルフを倒すだけである。


 思ったよりもスムーズに行きそうだ、と安心しかけたその時、ゴルドさんと鍔迫り合いを演じていたジャベリンウルフが大きく後ろに跳んだ。


 ゴルドさんの力に乗るかのように、その巨体からは信じられない軽やかさで宙を舞い、20m近くも距離を取る。

 しゅたっ、と軽やかに着地したジャベリンウルフは、天を仰いで再び吠えた。


「オオオォォーーーンッ!!」

「……オオォーーンッ……!」

「…………オォーーーンッ!」


 ジャベリンウルフの咆哮に少し遅れて、輪唱のようにいくつもの遠吠えが鳴り響く。

 そして、ジャベリンウルフの後方にある霧の向こうから、新たに三体ずつ三チーム、九体の狼が駆けてきた。


「増援か……!」

『気を付けろユート、奴ら無限にわき出てくるぞ!』

「……えっ」


 なにそれ怖い。


『ここは迷宮の最奥、構造的にも魔力の流れからしても、あの霧の向こうは迷宮の外側、何物も存在しない場所の筈だ。

 だが増援はそこから現れた。最初からそこにいたのではなく、迷宮の魔力によって、その場で生み出されたのだ!

 厳密に言えば無限ではないが…… 数千は斬らねば尽きぬ数など無限と言って差し支えあるまい』

「流石はボス、簡単には勝たせてくれそうにないな……!」


 再び配下を率いて襲ってくるジャベリンウルフを前に、気を引き締めて刀を構え直した。

次回予告

 狼たちの戦術に翻弄されるユートとルティア達。

 絶体絶命の状況を打開すべく、ユートが走る。

 次回、第55話『撤退戦』

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