第55話 撤退戦
『──これはまずいな、ユート』
「わかってる、けど……!」
ジャベリンウルフとの戦闘は、まずい方向に進みつつあった。
俺の周囲には、六体の狼が唸り声をあげながらぐるぐると回っている。
襲ってはこないが、その隙を伺っているのがわかる。
下手に切り込めば、一気に群がられてやられてしまうだろう。
何よりもまずいのは、孤立してしまっていることだ。
みんな離れていたり、狼の攻撃に対処するので精一杯で、この狼の囲みを突破するために仲間の援護を期待できそうにない。
ゴルドさんは、ジャベリンウルフに足止めされている。
ジャベリンウルフと渡り合うゴルドさんのパワーとタフネスは驚くべきだが、ジャベリンウルフに巧みに誘い込まれて突出してしまっている。
ジャベリンウルフで手一杯なゴルドさんを左右や後ろから襲う狼からカバーするために、レジーも同様に足止めされている。
突出しすぎたことに気付いて戻ろうとはしていたが、ジャベリンウルフの風の槍や配下の狼に牽制されて身動きがとれないでいた。
ルティアは、アルバート、ディッツ、ガイウスと一緒に四人で囲まれてしまっている。
四人もいれば、と思ってしまいそうだが、ルティアは立ち竦んで何もできていないし、アルバートも朗々と詠唱を始めた途端に何体もの狼が飛びかかられ、集中できないでいた。
ディッツは弓矢を捨てて短剣で二人をかばい、いくつも傷を作っている。
モーニングスターを手にしたガイウスは意外な安定感でルティアを守っているが、ディッツのダメージを回復させるほどの余裕はない。
魔法使いと弓使いの後衛メンバーが、前衛なしで封じ込まれてしまっている形だ。
残るクロードとユズが、一番動きが激しい。
盾と剣、それと空気を固めて盾にする魔法を巧みに使い、クロード一人で何体もの狼を引き付け、狼たちの合間を影のように走るユズが横合いから狼の命を刈り取っていく。
防御が巧みなクロードと、素早く的確なユズの攻撃が噛み合っているが、そのぶんこの二人のところに最も多数の狼が投入されていた。
俺のように警戒されて膠着状態になっているならともかく、流石にクロードとユズの二人だけでは、次々と襲いかかる狼に群がられると飽和状態になりつつある。
どうにか数を減らして、余裕ができそうになると──
「オオオオォォーーーンッ!!」
ゴルドさんの大剣と長い牙を打ち付けあっていたジャベリンウルフが、足元に風の槍を打ち込みながら距離を取り、高らかに遠吠えをして新たな増援を呼び寄せた。
クロード達だけでなく、ゴルドさんやルティア達のところにも増援が割り振られ、先程までと同じ……いや、それ以上の劣勢に追い込まれていく。
「くそっ、きりがないな……!」
『これは見事に分断されたものだな。
数を頼りにしての力押しではなく、このような手を使ってくるとは…… 流石はボス、今までの魔物とはひと味違う』
感心したように唸っている場合では無い。
ユズとクロードが奮戦してはいるが、全力での戦闘なんて何十分も何時間も続くものではない。
それにジャベリンウルフが遠吠えするたびに敵はセットで増え続け、敵を倒すよりも増加するスピードの方が速いくらいなのだ。
このままでは、均衡が崩れてパーティが崩壊するのも時間の問題である。
もはや一刻の猶予も無い。
多少強引にでもこちらから動き、状況を打破するしかない!
「天龍、ちょっと無茶するぞ!」
『やってみろ。お前が天龍眼を扱える僅かな時間で、何とかしてみるがいい!』
刀を構え、身を低くして狼たちの包囲網の突破を図る。
まずは、一番近くにいるルティアたちに合流する!
「せええぇいっ!」
空気を裂いて一閃させた攻撃を、狼は大きく距離を取って回避する。
それでいい、まずは倒すのではなく包囲網を崩すことが目的だ。
問題は、この後。
「ガアアアァッ!」
周囲を取り囲んでいた狼たちが、襲いかかってくる。
それも、一斉にではない。時間差をつけて、様々な方向から、次々と。これが狼たちの十八番の群狼戦術だ。
だが。
『ユート、今だ!』
解放された天龍眼でぐるりと見渡す。
それだけで、飛びかかってくる狼の爪と牙の攻撃範囲、今にも飛びかからんとする狼の動きとタイミング、全てが手に取るよりも詳らかに把握できた。
そうなればあとはもう、一週間前から決まっていた予定をこなすかのように、最適解を実行するだけだ。
端から見れば、無造作に振り向き様の一閃を振るっただけに見えただろう。
だがその結果、狼の爪と牙はことごとく空を切り、あまつさえ一体を一刀両断した。
だが、ここまでだ。
ずきり、と頭が痛んだ瞬間に視界は元に戻る。
ここから先は自分の力でなんとかするしかない。
しかし、包囲網を突破するのには成功した。
このまま狼を片付けて……いたら、また増援が押し寄せて元の木阿弥だ。一番近くにいるルティアたちと合流する!
もちろん狼たちは追いかけてくるし、向こうの方が足は速い。
だが、多少のダメージは無視して突っ切れば、狼を斬り伏せながら突破するのも難しくはない。
以前のクロースアーマーのままならかなり危険だったろうが、今の防具なら狼の爪がかすった程度では傷もつかない。シオンさんには感謝しないとな。
「アルバート! こっちに魔法を頼む! そっちは俺が守る!」
「簡単に言ってくれる! ええい、聞け、我に従いし幾千の精霊よ!」
全力で走り抜けながら、詠唱を始めたアルバートに飛びかかろうとする狼を斬りつける。
間に割り込んだ俺に狼達が戸惑った隙に、アルバートの魔法は完成した。
「刮目せよ、ダークフレイムバースト!!」
漆黒の炎が爆発的に広がり、俺を追ってきた狼たちを飲み込む。
俺が前衛として加わり、アルバートが魔法を使えるようになると、少し余裕が出来た。
だが、状況は依然としてピンチだ。
というか、盤面は詰みかけだ。ここからはプロ棋士でも諦める。今回は敗けを認め、次回にかける。誰だってそうする。俺だってそうする。
「ルティア、このままじゃ勝てない。一旦逃げよう」
狼を迎え撃ちながら、立ちすくむルティアに声をかける。
ルティアは真っ青な顔をしつつ、がくがくと震えていた。
ガイウスとディッツが動けないルティアを守っていたから、アルバートが魔法を唱えるのをカバーしきれていなかったのだ。
「で……でも、でも、アルマさん、わた、わたくしが、逃げたら……ま、また、誰か、死ん……で……っ」
「そうならないために逃げるんだ。しっかりしろ、ルティア!」
強めに声をかけるが、しかしルティアは立ちすくんだままで頭を抱え、いやいやとかぶりを振った。
むしろ、ルティアには先に逃げておいて欲しいくらいなのだが…… 仕方がない。
ルティアの肩を強く押し出すように突き飛ばして、ガイウスの方へと押しやった。
「ガイウス、ルティアを連れて先に逃げろ!」
「えっ……!? い、いやっ、やめてくださいまし!」
「…………!?」
反射的に拒絶するルティアと、今も狼が飛びかかってくる危険な現状を見比べて、ガイウスは一瞬硬直する。
「緊急事態だ、お姫様抱っこで抱えていけ!」
「………………!!!?」
ガイウスはカッと眼を見開いて驚くと、顔を真っ赤にして照れつつも、ルティアを抱き上げた。
うん、まあ、彼らはみんなルティア大好きだもんな。公然とお姫様抱っこしていいって言われたら、そうしたいよな。
男としてよくわかる。言ってる場合か、とも思うけど。
「ま……待って! だめですわ、み、皆さんを置いて、なんて……!」
尚も声をあげるルティアを軽々と抱えて、ガイウスは走る。
「ガンシューティング、開始!」
「フレイム!」
その後を追撃しようとする狼を、俺とアルバートの魔法が牽制した。
ガイウスとルティアの姿が、この第四層を包み込む霧の壁の向こうへと消えていく。
……ここからの勝利条件は、全員があそこから逃げること、だな。
「くーっ、ルティアをお姫様抱っこ…… 羨ましいっス!
なんでオイラじゃなかったっスか!?」
「然り、姫の右腕たる我こそ栄誉ある任に就くべき!」
「力と体力が一番ある奴に頼んだんだが、お前ら50kg近い人の身体を腕の力だけで抱え上げて走れるのか?」
「ええいっ、今日から毎日筋トレっス!」
「これが…… 人の重みだというのか……!」
ちなみにお姫様抱っこは、抱えられている相手が身体を預けてくれないと、腕の力だけで支えなければならない。大の男でもかなりキツく、結婚式で無理してやったら落としたとか、腰を痛めたとか、そんな話も聞く。
パニックに陥ってガチガチに固まっているルティアを抱えあげられるのは、ガイウスの他にはゴルドさんくらいだろうな。
成長期途中の華奢な少年斥候と、非力な青年魔法使いは、やりきれない思いを周囲の狼達にぶつけるのであった。
次回予告
戦況の打開と共に状況は厳しくなっていく。
一人、また一人と仲間が傷つき倒れる中、ユートの使う奥の手とは。
次回、第56話「欠陥のある切り札」。




