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第43話 オシャレも防具も足下から

「ここが、シオンさんの工房ですよ」

「……こ、ここが?」


 シャリア先生に連れてこられた工房を見て、思わず俺は目をしばたかせた。

 職人達の工房が並ぶストイックな通りにあって、この工房の構えだけはちょっとしたガーデニングのように手入れされた草花で華やかに彩られていたからだ。


 看板もデフォルメされた可愛らしい犬の……いや、わんこの形になっていて、丸っこい文字で「ベルファレスの革工房」と書いてある。

 革をなめす薬品の独特の香りが漂うこの通りで、ものすごく……場違いです……

 これが本当に、この刀の鞘を仕立てた職人の工房なのか……?


 しかしシャリア先生は怯むことなく、ドアを開けて中に入る。

 俺も慌てて、その後を追った。


「いらっしゃあ~い、ベルファレスの革工房へようこそ!

 って、んまあっ、シャリアちゃんじゃないの! お元気?」


 工房に入った俺たちを出迎えたのは、身長190cmを超えていそうな巨躯で、筋骨隆々のたくましいオネエだった。

 頬骨の突き出た、ヤクザも怯みそうな無骨な顔に満面の笑みを浮かべて、シャリア先生の手を両手で握っている。


 ち、ちょっと待って。なんだこの強烈な人……!?


「こんにちわ、シオンさん。おかげさまで私も主人も元気ですよ。

 今日は、この方にこちらの工房を紹介しに来たんです」

「え、えっと、その…… あ、阿妻優斗です」

「あらっ、アナタがウワサのアルマちゃんね!

 シャリアちゃんやゲイルちゃんから聞いてるわ、アタシがこの工房の主、シオン・ベルファレスよ。よろしくネ♪」

「よ…… よろしくお願いします」


 真っ赤な口紅を塗った厚ぼったい唇をすぼめて、ばちんとウィンクつきで挨拶された。

 どうにか挨拶を返すので精一杯だ。

 なんでオネエの人というのはパワフルなのだろう……


『馬鹿な……!?

 ユ、ユート、そいつのステータスを見てみろ!』


 珍しく動揺した声をあげる天龍。

 なんだ、シオンさんのステータスに何か異常でも……?


シオン・ベルファレス 人間 Lv15

31歳 女性 無属性

筆頭職人Lv8


 ……じ、女性、だと……!?

 どういうことだ天龍、これは確かなのか!?


『馬鹿をいうなユート、天龍眼に間違いなどない!』


 いや、だがしかし、これは……

 はちきれんばかりの筋肉と、鎧兜の似合いそうな無骨な顔つきで、声も渋い重低音。こんな女性が本当にいるのか……!?


『わ、我が目を疑うという言葉の意味を、言葉ではなく感覚で理解することになろうとは…… なんということだ……』


 天龍眼に自信を持っていた天龍は、あまりにショックだったのか何やら呆然とブツブツつぶやいている。

 自ら目を潰して「これからは心の目で風を見て生きよう!」とか言い出しかねない。


 いや…… しかし、俺は天龍眼を疑うことはできない。

 そして、天龍眼を信じるとするならば、女性に対していつまでもそんな態度では失礼だ。

 思わずびっくりしてしまったが、何、オネエ系はキャラクター性こそ強烈だがいい人だというのがセオリーである。おそれることはない。


『う、うむ、そうだなユート…… 落ち着いて行こう』


 天龍も、どうにか平静を取り戻したようだ。


「まあっ、アルマちゃんのその剣、ゲイルちゃんの剣ね!

 その鞘はアタシが作ったのよ。うふっ、ゲイルちゃんの剣があんまりにも素晴らしかったから、アタシもビビッと来てね! これは黒、ヘルハウンドの黒革しかないわ! って思ったの!

 丈夫で熱にも水にも強い真っ黒な鞘、その中から現れる鋭くて美しい刃…… アタシの鞘とゲイルちゃんの剣が織り成す、実・用・美! 最高でしょ!?」

「え、ええと、そうです、ね?」


 いかん、この巨体で迫られると気圧される……!

 というか、これはヘルハウンドの革だったのか。あとでどういう魔物なのかクロードにでも聞いておこう。


「アタシの鞘とあの剣の出来なら、25000ダイムは下らなかったでしょ。アルマちゃんったら稼いでるのねえ!」

「えっ」


 思わずシャリア先生を振り返ると、先生はにこっと微笑んで口元に人差し指をあてていた。

 25000ダイムは下らないって、15000……いや、剣を下取りに出して13000しか払っていないんだけど……!?

 確かに、ギリギリまで値引きしてるとは言ってたが……本当にもう、先生とゲイルさんには頭が上がらなくなってしまうな。


「あら、ごめんなさいね、アタシったら一人でしゃべっちゃって。

 それで、今日はアタシの工房に何のご用?」

「ええ、アルマさんが次に牙狼の迷宮に行くつもりですので、その前に防具を整えたいと思いまして」

「ふぅん、なるほどね。

 それじゃあアルマちゃん、ちょっと失礼するわね?」

「え、あ、わ、ちょっ……」


 ずいっ、と迫ってきたシオンさんが、そのまま俺の体を服の上からあちこち触ってきた。

 岩のように固くて大きな手が、触る……というより、掴むと言うべき強さで腕や足、身体や腰を確かめてきて、非常にくすぐったい。

 ただし、貞操の危機を感じる……ということはなく、シオンさんの表情は真剣そのもの、職人の顔をしていた。


「んふぅっ…… アルマちゃん、なかなか素敵なカラダ♪」


 ……し、職人の顔のままそんな声出さないで欲しい。


「ところでアルマちゃん、今履いてるブーツ、探索中も使うものなの?」

「あ、はい、あとはクロースアーマーと、普通の革グローブで」


 結局ここまで、最初に着ていた装備のままだ。

 ろくに防具とも言えないが、買い換える機会が無かった。


「いけないわぁ、死んじゃうわよ」

「えっ」

「そんな普通のブーツじゃ狼の牙を防げないわ。

 アルマちゃん、狼がどこを狙ってくるか、ご存じ?」

「えっと…… 首、とかですかね」

「んふっ、半分正解ね。

 首は首でも、足首や手首も狙ってくるわ。よっぽど隙を見せない限り、まずは足首ね。それから手首。動けなくしてから喉をガブーッて感じ?

 だから、大切なのはまず足下なの」


 なるほど、狼なら立っている人間の首を狙うにはジャンプして飛びかからないといけない。

 足なら狙いやすいだろうし、足をやられて倒れてしまえば他の場所も狙いやすくなる。実に理にかなっている。


「というか、クロースアーマーってどゆこと? あんなのトレントやホブゴブリン相手なら普通の服と大差ないわよ。

 んもう、アルマちゃんったら防具薄すぎ!」

「す、すみません。なかなか防具に手が出なくて……」

「シャリアちゃんも、ゲイルちゃんの武器持たせるのもいいけど、もっと早くアタシのところに連れてきなさい!

 アンタたち、防具を軽視しすぎなのよ!」

「ご、ごめんなさい、やっぱり武器が大事かなって……」

「まず防具が大事っていつも言ってるでしょ!

 シャリアちゃんったら、現役の頃から軽装ばっかりでアタシの言うこと聞きゃしないんだから!

 聞いてよアルマちゃん、この子ったら昔はおへそ出してたのよ!」

「きゃああっ!? い、今はそんな服着てませんよぉ!?」

「それは最近お腹が出てきたからでしょ、このこの!」

「やーめーてーくーだーさーいー!」


 お腹周りをつまんでくるシオンさんから、先生が半泣きで逃げ回る。

 なんというか、きゃっきゃうふふ、というよりは、知らない人が見たら通報もののような絵面である。

 ちなみに、シオンさんのお腹はたるみなどなく見事にくびれているが、胴回り自体はシャリア先生どころか俺よりも確実に太い。


「ふぅっ、まったくアンタたちみたいな剣士系の探索士ときたら、ちゃんと身体を守ってくれる防具より、軽くて動きやすい服装ばっかりなんだから。

 いーい? アタシの防具をつけてる限り、簡単には死んじゃったりなんかさせないわよ!」

「よ、よろしくお願いします」

「はいっ、それじゃまずはここに座って。ブーツを脱いで待っててもらえるかしら?」


 シオンさんは岩のような手で俺の肩を掴むと、そのままぐいぐいと押して店内の椅子にすとんと座らせた。

 言われた通りに、ひとまずブーツを脱ぐ。


革のブーツ 靴 ランクE 品質D 耐久16% 重量3

魔力なし 付与なし(0/0)


 ……元々中古で品質も良くなかったのもあるが、迷宮まで馬車にも乗らずに歩いたり、道なき道を全力疾走したり、ゴブリンを蹴りつけたり、随分酷使したものだ。

 今までよく保ってくれたものである。


「まずはこのブーツを履いてみて。サイズは合ってる筈よ」


 シオンさんが取り出したのは、元のブーツとほとんど変わらない、しかし新品のブーツだった。

 しかも品質はBである。

 履いてみると、キツすぎず緩すぎず、ぴったりと足にフィットして、履き心地が全然違う。

 おおお、品質が違うとこんなに心地いいのか……!


「今までのブーツと全然違う……!」

「うふっ、気に入ってくれて何よりだわ。

 それじゃ、今度はこれを履いてみて?」


 次に取り出したのは、膝下まである長いブーツなのだが……

 今、置くときにゴトッと硬い音がしたぞ。


革のグリーヴ 靴 ランクC 品質B 耐久100% 重量8

魔力なし 付与なし(0/1)


 ランクと重量が明らかに違う。

 それに、グリーヴっていうと、ゲームでは全身鎧の脚部分として使われる名前だった気がする。

 足首は柔らかく稼働するようになっているが、足の甲や脛の部分は叩くとコンコンと音がするほど硬かった。


「なんというか…… 靴っていうより、防具ですね」

「そりゃそうよ、防具だもの。狼の牙は勿論、ちょっとした危険な地形からも足を守ってくれるわ」


 履いてみると、裏地には毛皮が使われていて意外と履き心地はいい。

 爪先には安全靴のように鉄板が仕込んであるようだ。床に置いたときの硬い音はそのせいか。

 紐ではなくベルトで固定するタイプで、やや大きめに作られた金属製のバックルにも防御効果が期待されているのだろう。


 普通のブーツより重いのは確かだが、案外気にならない。

 筋力8で扱える重さだしな、そんなものかもしれない。


「履き心地もいいでしょ? イロイロ工夫してあるのよ。

 ただ、ちょっと重いから普段は普通のブーツを使うといいわ。

 お値段は……元のブーツを下取りにして、シャリアちゃんの紹介だし値引きさせてもらって、二足で2500ってところかしら」


 刀が2000安くなったから、2500なら余裕だ。

 折しも牙狼の迷宮に挑むにはあった方が良さそうだし、ここは買っておくとしよう。


「えっと…… シオンさん、それ、500ダイム以上安くなってません? そんなに安くして大丈夫ですか?」

「んまっ、シャリアちゃんったら一端の商売人みたいなこと言うようになっちゃって、小生意気ねっ!

 でも大丈夫よ、防具は武器と違って、ひとつじゃダメなものなの。いいモノ用意しといたげるから、しっかり稼いだらまた来なさい」


 なんと、シオンさんも値引きしてくれてるのか。

 先生の紹介だから……というのもあるだろうが、鎧やグローブを新調するために必ずまた来る、と思っているからなのだろう。

 今安くしても、リピーターになれば元は取れる、という計算もある筈だ。


 それは、また来てもらえるくらい商品の品質に自信がある、ということでもある。

 実際、シオンさんの店の品は品質がいい。

 店内を見回しても、ほとんどの品が品質BかCである。

 目立つように飾られた高級馬具だけが品質Aだった。D以下は無い。


 大通りの組合直営武具店も見たことがあるのだが、あちらはほとんどの品がCがDだった。

 価格と品質のバランスを取るため、品質が良すぎるものは逆に買い取ってくれない、とかゲイルさんが言ってた気がする。

 そのかわり、武器も防具も小物も全部揃うんだけど。


「必ずまた来ますんで、一番いいのを頼みます」

「アルマちゃんのために最高のヤツを用意しとくから、しっかり頑張りなさい。怪我しちゃダメよ」


 ばちんとウィンクするシオンさんに、しっかりとうなずく。

 狼も手強い相手だというが、これくらいで怪我なんかしているわけにはいかない。新しい装備も手に入れたし、頑張らないとな。


 シオンさんにブーツのお金を支払って、俺たちは工房を後にした。




「ところで先生、昔はヘソ出しだったんですか?」

「ちょっ…… む、昔の話です! 昔はそれが流行だったんですよ、その時は!」


 帰り道、ちょっと聞いてみたら頬を赤く染めて怒られた。

 ちなみに今は春めいた色合いのワンピースだ。残念ながらおへそは見えない。


「今でも似合いそうですけど」

「時々さらっとそういうこと言うのやめません?

 もう、私は人妻なんですからね。言う言葉と相手はきちんと選ばないとダメですよっ」


 何故か怒られた。

 シャリア先生がゲイルさんとラブラブなのはちゃんとわかってるし、口説いてるつもりはないんだけどなあ。

 解せぬ。


『次に会う時、へその見える服装だったら脈ありだな、ユート』


 天龍まで半ば笑いながらそんなことを言う。

 だから、そういうのではないというのに。

 まったく解せぬ。




 勿論、後日シャリア先生に会ったときも、ヘソ出しルックはしていなかったのであった。

 ……ちょっと見てみたいと思ったのは確かなんだけどね。

次回予告

 新たな装備を手に入れたユート達は、次なる迷宮へと挑む。

 だがその入り口で、偶然にもルティアと出会った。

 まだここに来るのは早い、というルティアとクロードがいつものように口論となるが……

 次回、第44話「一時共闘」。


 なお、本編の内容及びタイトルは予告なく変更される場合があります。

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